成長と天然

「……ただいま」
 引き出しの中から取り出したリボンと簪に声をかける。小さく笑みを溢して義勇は鏡台へ向き直った。
 今から行くのはただの買い出し。ハナと共に夕飯の食材と茶請けを買いに行くだけだ。米などの重量物は男子三人で行ってもらうというが、今なら義勇も持てると言ったが分担ですよと言われては黙るしかなかった。ちなみに千寿郎はうんうん悩んで今回は義勇たちについていくと言った。嬉しい。
 特別なことはない日常だ。簪を挿すのはめかし込みすぎな気もするが、久しぶりだから一緒に出かけたかった。姉のリボンと共に待っていてくれもしたのだし。
 門扉で待っていた三人のうち、錆兎はえらく驚いて義勇を眺めていたが、出発しますよと言うハナの言葉に慌てて足を踏み出していた。最近は杏寿郎が近くにいなくても話しかけてくれるようになって嬉しかったのだが、それ以降は目が合わなかった。
「では、よろしくお願いしますね」
 途中で重量物の買い出し組と別れて義勇はハナたちと一緒に歩き出す。茶菓子は好きなものを選んでいいと言われて少し悩んでしまったが、店に着いてから決めてもいいかと考えた。杏寿郎ならばさつまいものきんつばでも買って帰りそうだなあと含み笑いをしてしまい、ハナからどうなさいましたと不思議がられてしまった。

「リボンと簪か……えらく女の子だな」
「前からああだぞ。簪は俺が贈ったものだな!」
 義勇たちを見送った錆兎がそわそわと落ち着かないのは珍しく、それがどうやら義勇の女の子らしい姿に理由があるようだった。
 修行の際にはリボンを置いてきていたし、杏寿郎の替えの道着を身に着けていたから確かに見た目の女らしさはかなり省いていたことを思い出す。杏寿郎としてはひとつ上とはいえ、義勇に貸した道着がぴったりだったことに少なからずがっかりしていたが、煉獄家に戻ってから今までも髪を飾ることがなかった。
「……な、なんだ……やるなお前、男だな……」
「?」
 何故錆兎が照れているのかわからず首を傾げたが、どこか呆れたような目を小芭内が向けてくる。最近彼はこんな目をしてよく杏寿郎を見てくるのだが、そんなに呆れられるようなことをしているつもりはないのに、ちっともこの目が減らずなんだか悪いことをしている気分になっていた。
「杏寿郎はたらしだ。天然のな」
「む! そんなことは」
「……天然で簪の贈り物だと……?」
 信じられないものを見るような目で錆兎が杏寿郎を眺めてくる。そんなに驚愕されても、こちらとしても初耳だ。杏寿郎は今までたらしなどと言われたこともなかったのに。
「簪は想いを伝える時に渡すものと聞いたんだ。だから、」
「!!! そ、そうだよ! 伝えたのか!?」
「あ、ああ、ちゃんと……」
 詰め寄る錆兎の勢いに思わず仰け反る。そして記憶を探り始める。あの時、杏寿郎は簪を渡せたことに達成感を抱いていて、嬉しそうだった義勇にこちらも嬉しくなったものだった。あの時、己は確か――。
「そうそう、貰ってほしいと伝えたな!」
 もはや胸ぐらすら掴んでいた錆兎の肩ががくんと落ち、深い深い溜息を吐いた小芭内が頭を押さえた。ここ最近よく見る光景だ。
「違う! 途中まではいい、そこで何故肝心の言葉を忘れる!?」
「む、忘れてないぞ、ちゃんと渡したし喜んでくれた。つけてくれと言ったらすぐ見せてくれたし、愛らしかったぞ」
「ぐうっ……! ここまでできてなんでなんだ……!」
 悔しげに顔を歪める錆兎と、ひっそり両手で胸を押さえる小芭内。似合っていると言ったら嬉しそうにしていたし、杏寿郎の贈り物はきちんと義勇の心にも留めてくれたと思うのだが。
「何か駄目だったのか……? あんなに喜んでくれたのに……」
 よもや自分の行いがそれほど悪かったのかと不安になり、しょんぼりとして杏寿郎は二人を見た。両親の顔に泥を塗るようなことをせぬようにと、胸を張って陽の下を歩けないことはしないと決めている。なのに無意識にもしてしまったのだろうかと心配になった。
「むぐっ……。駄目というわけじゃないが……」
「おい、甘やかすな! それじゃいつまで経ってもこのままだろう!」
 小芭内が何かを話そうとしたところで、容赦のない錆兎の突き放すような言葉が遮った。それに受けて立つように小芭内は錆兎へ向き直りながら睨みつけた。普段は仲が良いのに今は妙に殺伐としている。
「だからといってこちらから教えるのは絶対に違うだろう。そもそもだ、……義勇がこれ・・を楽しんでいる、という線は考えないのかね」
「なにっ? これを……だと?」
 驚愕に染まる錆兎に、勝ち誇ったように鼻を鳴らす小芭内。妙に演技がかって見える気がするが、本人たちは至って真面目にやり合っているようだ。それはそれとして、先ほどからこれと示しているのは恐らく。
「さっきから俺を見てこれと呼ぶのはいかがなものだろう!」
「………。……考えてみたが、ないな」
「ああ、ない。あいつも……天然みたいだからな」
「義勇か? 天然なのか。控えめで努力家だと思うが」
「それはまあわかるが、天然というのは計算してないという、」
「観察してみたらどうだ?」
 今度は小芭内が錆兎の言葉を途中で遮り、杏寿郎へと問いかける。はて、簪のことを話していたはずが、なにやら話がどんどん違う方向へ転がっている気がしたが。
「観察?」
「ああ。二人は許婚同士、相手のことはよく知ってるだろうが、まだまだ知らないことがあるかもしれない。錆兎の言う天然の部分というのが本当にあるのかとか、杏寿郎にとっての好きな部分とか、探してみるのもいいんじゃないか」
「好きな部分ならすでにあるが……」
「………っ、新たに探すんだ。世の中の許婚は義務感だけで婚姻を結ぶ者もいるという。せっかく仲が良いんだし、ご両親のようなおしどり夫婦を目指すためにも」
「成程! それは確かに!」
 もしや二人は杏寿郎と義勇の仲を心配して妙なことになっていたのだろうか。そうだとしたら友想いの友人を持って嬉しいし、もっと早く教えてくれればよかったのにと思うが、こうして助言をしてくれるのは杏寿郎も助かる。彼らなら杏寿郎が粗相をしても容赦なく突っ込んでくれるだろう。
「今日帰ったら早速観察してみよう!」
 大体のことは知っているつもりでいたが、もっと知らないことが増えるのも楽しいだろう。それに杏寿郎のことを義勇に知ってもらうのも良さそうだ。

「まあ坊っちゃん方、もうお帰りになったかと」
「あれ? ハナさん、もう終わったのか?」
 米俵を杏寿郎と錆兎が担ぎ、根菜の入った籠を小芭内が背負ったところで背後から声をかけられ、振り向けば手荷物を持ったハナと、同じく荷物を持ちながらも千寿郎と手を繋ぐ義勇が寄ってきていた。
「ええ、さっさと退散しておかないと囲まれてしまいますから。早く帰りましょうね」
「囲まれる?」
 一体どういうことかと問いかける前に、興奮したハナが鼻息荒く言い募り始める。
「そうですよ! 義勇さんお一人で和菓子屋に行ってもらったら、そこの買い物客に声をかけられて一人で困り果ててらっしゃったんですから。その時店主まで孫が歳頃だからどうだって声かけてきたらしくて、私たちが来たらさっと離れたもので。許婚がいると断ったら別れたらよろしくと! まあ店主さんは冗談めかしておりましたが、お客はいやらしい目をしておりましたねえ」
「そ、そうでしたか?」
「ええ! 睨みつけておきました!」
 息つく隙もないハナの猛口撃によほど彼女の気分を害したのだろうとわかる。義勇が困っているのはわかったが、ハナがいてよかった。その話を聞いた錆兎も小芭内も何かを思案していたが、杏寿郎は知らぬ間にむすりと顔を顰めていたらしい。胸奥がもやもやとして、いつぞや感じたことがあるものとよく似ていた。
「……む!」
「お腹空いたのか?」
 ぐいと杏寿郎の眉間に人差し指を押しつけられ、義勇に槇寿郎さんみたい、と皺を指摘された。不満顔の時は空腹であるという印象がついてしまっているようでなんとも言い表し難い気分になったが、妙なもやもやは霧散していた。
「まだ大丈夫だ! 今は千寿郎と手を繋いでいるが、今度から俺達のうち誰か一人は二人の護衛につけばいいな!」
「ああ、そうだな」
「僕でも護衛になれますか?」
 内容はあまり理解できなかったようだが、義勇が困りハナが憤慨することが起きたのだとは千寿郎もわかっていたようだ。義勇の手を握りながら問いかけてくる千寿郎に笑みを向け、もちろんだと口にする。
「現に今護衛してるからな! 義勇かハナさんの手を離さないようにしていれば誰も近づけないぞ」
「頑張ります!」
 兄の言葉で嬉しそうに破顔した千寿郎の頭を撫でると、義勇も倣うように頭を撫でる。護衛は頭を撫でられても嬉しくありませんと、頬を赤くしながら苦情を口にした。そうかもしれないが、撫でたくなったのだから仕方ない。現に小芭内も撫でたそうにしている。錆兎は男だな、と満足げに頷いているが。
「ハナさんと義勇を別行動にすれば二人ずつ護衛につけるな!」
「頭数に千寿郎が入ってる」
「もちろん強力な護衛だからだ!」
「次は俺と一緒に護衛しよう」
「はい!」
 なんてほのぼのしたやり取りを眺めていた義勇が、ハナさんはともかく、と護衛という言葉に難色を示したものの、特に錆兎は聞く耳を持たなかった。

「でだ、義勇。お前、笑うのは俺たちの前だけにしておけ」
 帰宅して荷物を運び、杏寿郎の部屋に集まりひと息ついたところで錆兎は義勇へ話しかけた。
 突然何を言い出すのかと義勇も思ったのだろう、困惑したようにどうしてなのかと問いかけている。
「和菓子屋の男は不快だったんだろう。良からぬ虫を払うためだ」
「虫?」
 杏寿郎が首を傾げると同時に義勇も首を傾げていた。頭を押さえたのは小芭内だけではなく錆兎もで、そろそろ回数を数えてみようかと杏寿郎は考えてしまった。
「破談したらって言ってたんだろ。義勇を嫁に狙ってるんだから、義勇を狙う不届き者は杏寿郎が蹴散らすんだぞ」
「承知した!」
 成程、虫とは不届き者ということか。そう言ってくれれば杏寿郎にも理解できたのだが、それにしたって虫とはなかなかに酷い比喩表現である。もしかしたら錆兎だけが言っているものだったりするかもしれない。
「まったく天然共め……」
「俺はやっぱり天然なのか!」
「お前以上の天然がいるか!」
「杏寿郎はすごく天然」
 やり取りを眺めていた義勇が含み笑いをしながら呟いたことで、義勇にまで天然と思われていたことに少なからず衝撃を受けた。努力家な義勇だが、ぼんやりしたり時折抜けていることを知っているので、彼女よりしっかりしていると思っていたからだ。
「何が天然だったんだ?」
「これ貰った時、リボンつけたままでいいって言ってくれた」
「………? それがどう天然なんだ?」
 首を傾げたのは杏寿郎の他に錆兎もで、小芭内はまたも呆れたような目を向けた。義勇は言葉選びが下手なところがあって、時折それが小芭内を呆れさせていた。杏寿郎も最近は彼を呆れさせてばかりだが。
「姉さんのリボンだって知らなかったのに、大事にしてくれた」
 簪に触れながら破顔する義勇を見て、そんなに嬉しかったのかとぼんやり考えた。だって蕾が花開いたかと思うほどに目を奪われる笑顔だったから、隣で錆兎が見惚れていたことに杏寿郎は気づかなかった。
「ま、まあ、天然話かどうかは審議すべきだが……」
「いやこれ天然たらしの意味だろ」
「あ、あー……。惚気られたのか」
 早く自覚してやれ、と呟く声、案外本当に楽しんでいるのかもしれん、と訳知りのように話す声。どちらも小さな声だったが、杏寿郎の耳へ届いていたにも関わらず通り抜けていた。
 今の笑顔を見た杏寿郎の目が釘付けのまま頬が色づいていたことに、呆れながらも微笑ましく見守っていたのだと随分経ってから揶揄われることになるのだが、その頃にはもう良い思い出となるのだった。

*

「杏寿郎坊っちゃんの天然話なら、とんでもないのがございましたよ。ほら、義勇さんのお世話のためにお風呂まで突撃しようと……」
「わーっ!」
「義勇、お前そんなでかい声出せたのか」
「いや、ハナさんの話が本当ならなかなかの鬼畜だぞ」
「あれは本当に申し訳なかった! でも見たとしても許婚だから娶ると、」
「言わなくていい!」
「……とりあえず、義勇が口にすらしたくない天然話がある時点で杏寿郎はド天然ということだな」
「異議あり!」
「却下」

 そんな話がバラされたりバラされなかったり。