煉獄家の継子

「俺はお前に聞くことがある」
 蝶屋敷からの診察要請に立ち寄った炭治郎は、同期である我妻善逸を見つけた瞬間肩をがっしりと掴まれた。
 煉獄家で世話になるから迎えに来たのも用事としてあったので一先ず連れて行こうかと歩き始めたのだが、歩きながらも手が離れない。先に合流していた嘴平伊之助は稽古の話題を出せば喜んでついてきたし、目を離せばどこかへ向かってしまいそうなくらいなのだが。
「あのさ。なんで俺らは炎柱なの?」
「何がだ?」
 若干目が血走っているように見えるのは、もしや睡眠不足が祟っているのだろうか。元々善逸は目の下のくまがずっとあるが、普段より眠れていないのかもしれない。
 と、心配したのだが。
「継子だよ! 俺だって美人な女の人の継子になりたいんだけど!?」
「それは俺が決めたことではないからなあ……」
「なんでお前だけ! 同期だし一緒に任務行ったんだから纏めてくれてもいいじゃん! おかしいだろ!」
「そんなこと言われても……」
 善逸の血走った目はどうやら継子について思うところがあった故のものだったようだ。相変わらず女性のことになると目の色を変えて詰め寄ってくるが、そういう態度を取るから離されるのだとは考えないのだろうか。だって義勇は。
「黄色い少年は元気だな!」
「杏寿郎さん!」
 煉獄家への道すがら、溌剌と声をかけてきたのは正しく煉獄家の当主であり炎柱、煉獄杏寿郎その人だった。どこを見ているのかいまいちわからないが関わりのある人たちは皆信頼していたし、蝶屋敷でも慕う人が多いと知った。
 ぎくりと肩を震わせた善逸は、炭治郎の背後に隠れながら小さな声で我妻善逸ですと呟いた。
「きみは水柱とお近づきになりたいのか?」
「うっ。そ、そりゃまあ……柱の女の人は三者三様に美人だし……しのぶさんは怖いけど……」
「強えらしいな、ギョロギョロ目ん玉! 俺がぶっ倒してやるぜ!」
「煉獄杏寿郎さんだ、稽古をつけてもらうんだぞ」
 これから世話になる相手に失礼ばかりをしている気がするが、杏寿郎の匂いは気を悪くしたような様子ではなさそうだった。どうやら大人の対応をしてくれているようだ。
「ここだ。ただいま!」
 そんな失礼ばかりをかましながら歩き続け、ようやく辿り着いた煉獄家だ。炭治郎はすでに世話になっているので見知った屋敷だが、善逸と伊之助は物珍しそうに見上げていた。門をくぐり音を立てて玄関の引き戸を開けた時、ちょうど草履を履こうとしている義勇と幼子がそこに居た。
「あっ。父上おかえりなさい!」
「ただいま蒼寿郎! どこに行くんだ?」
「豆腐を買い忘れたらしいから、蒼寿郎と行ってくる」
「母上の護衛してきます!」
「そうか、しっかり頼むぞ蒼寿郎!」
「はい!」
 ぎゅっと義勇の手を握り、杏寿郎の言葉に力強く頷く幼子。六太は随分甘えただったのになあ、と懐かしさとともにしんみりしてしまいつつ、しっかりしている良い子だと感心もしてしまう。そして隊服ではなく落ち着いた色合いの紬を着た義勇のひとつに纏められた髪には、紅梅色のリボンが飾られ揺れていた。煉獄家ではそうやって普段から髪を飾るらしく、簪なんかもよく挿している。隊服の時とは違い女性らしさが垣間見えて炭治郎としては少々どぎまぎすることが多い。
 簪はつけないのか。今日はこれ! なんだ、蒼寿郎が選んだのか。そんな親子のやり取りが微笑ましかったのだが。
「………。……母上……?」
「ああ、紹介しておこう。水柱であり俺の妻でもある義勇と息子の蒼寿郎だ! 隊内では旧姓で呼ばれることもあるから、冨岡と呼ばれていたらそれも妻だな!」
「………っ!」
「さて、きみは水柱とお近づきになりたいと言っていたが……どういう意図があるのか詳しく聞こう!」
 驚愕に思いきり顔を歪めた善逸に、煉獄は思いきり顔を近づけてその特徴的な目で凝視した。あまりに圧が強すぎて炭治郎すら仰け反ってしまったが、よく考えれば当然である。奥方とお近づきになりたいなどという話が、気を悪くしていないわけがない。
「いやいやいやいや! そんな羨ましい話知ってたら恐れ多くて言いませんでしたよ! 美人と結婚して子供まで……きみおいくつ?」
「三歳!」
「はああ〜……、少なくとも四年前から結婚してる……? もしや俺くらいの歳の頃から……? はァァァ? 何その羨ましい話は!?」
「善逸、本音がだだ漏れだ」
 呆れ返った炭治郎は善逸の襟首を掴みつつ煉獄から遠ざけようとしたのだが、本音がだだ漏れになった善逸は相手が柱であることも忘れて、血走った目を剥き出しにしながらガンを飛ばしている。臆さない煉獄は凝視したままだが、こちらはこちらで義勇に襟首を掴まれていた。
「大人げない。お世辞を本気に捉えるな」
「きみはもう少し危機感を持つべきだがな! しかしこれは弊害かもしれん!」
 一体なんの話かよくわからないが、一先ず義勇は善逸の妬みを世辞や冗談だと思ってくれたようだ。本気だとばれたら今後に影響が出そうなので少しばかりほっとした。

*

「いだだだだ!」
「煉獄さんたちに迷惑かけたら駄目だよ」
 善逸の頬を引っ張って注意をしたのは時透だ。ヒイヒイと泣く善逸を冷えた目で眺めながら、ごめんなさいと泣き声が口にしたことでようやくその手は放された。善逸に興味が失せたのか、彼はさっさと道場の隅で遊んでいる幼子のそばへと寄っていった。
 炎柱の継子となった善逸と伊之助だが、煉獄家にはたくさんの人が出入りしては稽古をしているため、炭治郎も含めてもはや煉獄家総出での継子として過ごしている気分だった。義勇や杏寿郎はもちろん、その父である槇寿郎も炭治郎の太刀筋を見てくれるし、伊黒はひどく陰湿にネチネチ稽古と文句をつけてくれる。甘露寺も稽古と称して差し入れやおやつの時間を作ってくれたりする。
 とまあ、煉獄家に関係する人たちからの稽古はいいのだが、その中に混じって時透も出入りしている事実があった。
 見取り稽古の頃からの付き合いだが、以前は記憶も留められず随分大変だったそうな。炭治郎との会話で思い出すことができたと喜んでくれたのは良かったし、その際にそばで様子を見てくれていたという義勇に懐いたのも、とても優しい人だからよく理解できる。寄り添ったと言うと彼女は大それたことはしていないとかぶりを振るのだが、今では杏寿郎のことも随分慕っているそうだ。
「いや本当、あの人なんなの……煉獄家の居候じゃないのにさ」
「義勇さんに会いに来てるみたいだ」
「はァァァ? なんでそんなことが許されてるわけ? どんな下心持ってるかわかんないのに。俺はこんなに虐げられてるのに!」
「それは善逸の下心があからさまだからだろう」
 時透がひと際善逸に厳しいのはその隠しきれない下心が丸見えだからだ。時透が動かずとも杏寿郎があの圧のある眼力で見つめてくるだろうから、どちらがいいかという話なだけである。嫌なら下心を隠しておくべきだった。炭治郎とて綺麗な人を見てどきどきすることはあるので下心を抱くなとはさすがに言えないが、度を越しているのはさすがにいただけない。
 手を握ったり抱きついたり、稽古のどさくさに紛れてなので炭治郎は注意し損ねていたのだ。善逸はある意味平等な男なので、義勇にしたことは甘露寺にもしようとする。気づいた伊黒から怒りのままに扱かれる。これは杏寿郎も同様だが、彼は伊黒ほど陰湿ではない。
 いうなれば見張り。そこに追加されたのが時透である。今はじっと善逸を監視しながら蒼寿郎と遊んでいる。
「目に余るから怒られるだけで、厳しいのは善逸だけではないぞ」
「そりゃ伊黒さんは平等にネチネチ稽古してくるけどさ……」
「強い人に稽古をつけてもらえるのは光栄なことだよ」
「限度があるの! 死ぬよ!」
 耐えているくせに善逸はこうしていつも死ぬを連呼するのだった。善逸は杏寿郎の継子のはずなのに、義勇や他の柱からもたくさん稽古をつけられている。炭治郎たちにとってとても恵まれた環境だと思う。そのおかげで義勇が厳しいことに善逸も気づいているのだ。それでも女性であるから、そして普段は優しいからという理由で触れようとするのだが。
「癒やしは甘露寺さんと普段の義勇さんだけだ……」
「おい、今甘露寺の名を呟いただろう。貴様如きが彼女の名を呼ぶなど万死に値する、今すぐ撤回しろ」
「ヒッ、何を!? 呟いたこと!? ごめんなさいね!」
「何がごめんなさいねだ、貴様らその態度はなんだ! 馴れ馴れしく下の名前を呼ぶな!」
「そこは仕方なくない!?」
「えっ。俺もですか!?」
 おちおち話もできやしない、と善逸はぼそりと愚痴ったが、伊黒はこうしてどちらかのついでに扱いてくることもよくある。私怨があると炭治郎は錆兎からはっきり聞かされていたし、善逸の態度が不快なのはまあ間違いない。炭治郎も引いてしまうことがよくあるし。かといって一緒になって言われるのはなんだか理不尽だ。別に鍛錬は必要なことだから、しっかりついていきたいとは思っているのだが。
「柱にタメ口とはいい度胸だな。いいだろう、任務までの合間に死ぬほど鍛えてやる。喜べゴミカスども」
「喜べないよぉ!」
 指摘されてもタメ口なあたり善逸は図太いが、そうして八つ当たりも篭められていそうな伊黒の鍛錬を受けた炭治郎と善逸、途中で混ぜろと飛び跳ねてきた伊之助は、道場の床に大の字で倒れ込み一歩も動くことができなくなったのだった。
「……期待してるようだ」
 ゼエゼエと息を整えていたところに寄ってきたのは義勇だった。いつの間にやら道場には炭治郎たちしかおらず、各々入浴や食事の準備を手伝いに向かったそうな。
 持っていた手拭いで顔を拭かれた炭治郎は少々照れてしまったが、続けて善逸が彼用の手拭いで顔を拭われた時は果てしなくだらしない顔になっていた。最後に伊之助の顔も拭ってくれたのだが、どう考えても子供扱いをされているので炭治郎としては少し複雑だ。
「えーと……伊黒さんですか?」
「ああ。お前たち三人がめげずに食らいついてくるから」
「はは、まっさかあ……炭治郎たちはともかく俺は……。しかも炭治郎のことだって嫌ってるでしょ?」
「そうだよな、自分でも嫌われてると思う」
 なにせそういう匂いを醸しているのだ。善逸相手には苛立っていても、不機嫌と称せる程度の匂いで留まっている。甘露寺にちょっかいをかけた時は憎しみも爆発したように匂うのだが、それでも普通にしている時はそうでもないのだ。
 炭治郎にだけ。というよりは、炭治郎と禰豆子にだけだ。
「言い方がきついだけで、情け深いから隊士のことは助けてくれる」
「……義勇さんは伊黒さんのこと好きなんですね」
「うん」
 なんとか上体を起こして新たに流れ落ちてくる汗を拭いながら問いかければ、義勇は大層嬉しそうに笑みを見せてくれた。煉獄家に居る時はとても穏やかで優しい顔をするし、義勇はよく笑う。これも継子にならなければきっと知らないままだったものだ。
 見慣れるということがなかなかできない炭治郎としては、少々目を逸らして照れてしまうような花のかんばせだ。善逸など鼻の下を伸ばして喜んでいる。目を逸らした先にはぐうぐう眠る伊之助が居た。
「もう十年近い付き合いだ。私は口が上手くないが……わかってくれる。小芭内がどんな含みを持たせて言葉にしてるのかも大体わかる」
「良い関係ですね」
「ああ。……お前たち三人も、きっとそうなれる」
 休んだら風呂に行けと言い残して立ち上がり、道場を去っていった義勇の後ろ姿を見送った。
 義勇の言うような関係に炭治郎たち三人がなれたとしたら、それはとても素晴らしいことだと思うが。
「……懐に入れた人だけに優しいんだと思うけどね」
「善逸も懐に入ればいいんだよ」
「そんな簡単にいくわけないじゃん……」
 禰豆子のことがなければ仲良くしてもらえただろうか、とほんの少しだけ考えてみたものの、炭治郎たちに優しい伊黒もあまりうまく想像できなかった。

*

「痛え! 脛を狙うな脛を!」
 首の位置が高すぎるのと柱の中でも筋骨隆々な宇髄の胴に痛手を食らわせられないと判断し、消去法で狙った箇所であった。それなりの痛みを被ったようで、人攫いとしてこの場を去ることは引き止められたらしい。
 蝶屋敷の門前で騒がしくしているから何事かと思いきや、少女二人を抱えて宇髄はどこかへ向かおうとしていた。裾を掴むのは栗花落である。
「あー! 水柱様!」
「人攫いに落ちぶれたのか」
「任務だよこっちは! 隊士のくせに嫌がるから抱えて連れてこうとしたわけ!」
「………っ、」
 宇髄の肩の上から泣きそうな顔が義勇を見つめた。
 神崎についてはかつてカナエから、しのぶからも精神面が原因で任務に向かえなくなったという話を聞いている。かといって鬼殺隊の隊士として所属しているならば、人手が欲しくて柱が招集をかけるのもおかしくはない。
「蝶屋敷はしのぶの管理下にあるから、継子でなくとも許可を得なければ」
「つってもここ以外に手っ取り早く女隊士が見つからねえし、急いでんだよ。……あ。じゃ、お前が俺の任務付き合えよ。ちょうどお誂え向きじゃねえか、ちいとばかし年増だが」
「人の妻を捕まえて失礼極まりないな!」
 玄関扉からひょっこりと現れたのは杏寿郎だった。旦那まで居たんかい、と宇髄がひどく面倒そうな顔を晒したが、己の妻と同い年だからそう気にすることではないと義勇の肩を叩いた。宇髄から言い出したくせに慰められて納得がいかないが、義勇は一先ず神崎となほを下ろさせ、まとわりついていた皆に中へ戻るよう指示を伝えた。大きな溜息が頭上から溢れてきたが義勇は無視した。
「潜入してるんだよ、そんで今回は増員っつうか救援」
「どこに?」
「遊郭」
「却下だ!」
「おいおい、柱が任務拒否する気かよ」
 遊郭。遊郭といえば男の遊び場、場合によっては杏寿郎もそういうところへ連れていかれたりすることもあったかもしれない。春を売る場所である遊郭への潜入ならば客を取る真似事で終わる保証はなく、貞操を守ることも不可能となるかもしれない。しっかり止められてよかった。年増と称されたとおり、遊郭は若い女を求められるものなのだろう。義勇ならばともかく、そんなことを知り合いの、嫁入り前の娘にさせるわけにはいかない。了承して詳しい内容を聞こうと口を開いたところで。
「俺が行く!」
「お前が行って男だとばれねえ自信あるか!?」
「なんとかする! 妻を遊郭にやるくらいなら俺は自分で行くぞ!」
 またとんでもないことを言い出していると呆れやら嬉しさやらで内心複雑な気分だったせいか、宇髄の一瞬強張った表情に義勇は気づかなかった。杏寿郎の言葉を熟考して、とてもではないが耐え難い想像が脳裏をかけ巡ったからでもある。
「待て杏寿郎、もし男だとばれなかったらそのまま尻を明け渡す気か?」
「………、お前そんな知識あるんか、冨岡」
「尻!? ああそうか、男の穴はそこしかないな! やむを得ん! 客は穴に入りに来てるからな!」
「こっちは知識なかったか……真っ昼間から言い方酷えな。つうか煉獄が男とばれない女装ってどんな血鬼術だよ……」
 錆兎も認めるほど男らしい、義勇から見ても男前の杏寿郎が女装をしたとして、女と見紛うほどの出来にはならなそうだ。それはそれとして女装姿は一度くらい見てみたいものではあるが、そんなことよりも。
「浮気だ」
「よもや、不可抗力だぞ!」
「嫌だ、私が行く。浮気が本気になったら耐えられない……せめて蒼寿郎には定期的に会わせてほしい……」
「何故蒼寿郎だけなんだ、俺にも会いに来てくれ! というかそっちこそ浮気になるだろう! どちらが行ってもそうなるなら俺が行くべきだ! 大丈夫だ、ハナさんに頼んで祝言の時のきみを目指して着飾ってもらうぞ!」
年増を買うような物好きはいないから浮気にはならない」
「俺が買いにきたら客を取ったことになるな!」
「お前ら毎日そんなアホな会話してんの?」
 突っ込みきれねえわ、と宇髄がぼやいた。アホとは心外である。遊郭は女を売る場所であり、働く側に大の男が潜入するなどあり得ないだろうから説得している最中だというのに、宇髄とて杏寿郎が潜入するのは反対の意を示していたはずだ。そういうことではない、と口元をにやつかせた宇髄に頭をはたかれた。
「まあ言いたいことはわかったけどな。じゃあ代案をくれ、こっちも任務なんだからよ」
「だから俺が行くと」
「俺たちが行きます!」
 私が行くと口にしたのに杏寿郎の声でかき消された直後、聞き馴染みのある声が一角から飛び込んできた。声の主は竈門炭治郎。気合の入った表情でこちらへ駆け寄ってくる。我妻善逸と嘴平伊之助も一緒だ。
「俺は義勇さんの継子ですから! 代わりに行っても問題ないでしょう!」
「お、俺だって女の人が困ってるなら行くよお……」
「楽しみだぜ!」
 一人ばかり非常に弱々しい声音ではあったが、全員やる気にはなっているらしい。ちらりと杏寿郎へ視線を向けると、その手があったかというような顔をしている。確かに炭治郎たち十代の少年ならば、杏寿郎よりはばれにくいだろうが。
「……いいのかよ?」
「やる気があるならかまわん!」
「………。あっそォ。なら一緒に来ていただこうかね」
 無駄に時間を食ってしまったと呆れたように頭を掻きながら、宇髄は借りると一言告げて屋根の上へと飛び乗った。それを見送る前に、義勇はひとつ確認しておかなければならないことを思い出し三人へ声をかけた。
「……好いた相手はいないのか」
「えっ? いや、俺はいませんけど……」
「禰豆子ちゃんに操を立ててます!」
「スイタアイテってどんな食いもんだよ」
「おい、尻の心配はせんでいい。曲がりなりにも隊士なんだから自分でどうにかするだろうよ」
 顔色が赤くなったもののなんともいえない表情を晒した炭治郎と絶望したような顔を晒した善逸、そしてわかっていない伊之助に一言励めと伝え、今度こそ彼らを見送ってから杏寿郎へと向き直った。
 危うく夫の尻が見知らぬ男に奪われるところだったが、今度は継子たちの尻が危険になってしまった。宇髄は心配するなと言ったが、生死も含めて心配にならなかった時などない。
「まあ、信じるしかあるまい。皆しっかり鍛錬してきた、そう簡単に死なんさ」
 居候となっているからか、もはや弟のような気分だ。千寿郎とは違いのある可愛げまで感じるようになっていたのである。