継子

「そういえば、例の坊やが最終選別を通過したんですってね」
「ん? ああ、すでに任務へ送り出したと鱗滝さんから聞いてる」
 産屋敷直々に下された命を受けた錆兎と胡蝶は任務地へと駆けていた。
 複数人隊士を向かわせても戻ってきた者がおらず、十二鬼月かもしれぬ鬼が潜んでいる可能性があった。那田蜘蛛山は暗く陰鬱としていて、鬼が好む絶好の場所へと成り果てているという。
「ところであなたは賛成したんですか? 鬼を鬼殺隊に迎えること」
「ああ……まあ最初はさすがに反対したよ。眠っている時は良くても、起きたら襲うと思ってたからな。だが……あいつは泣きながら抱きつく兄をあやすように抱きしめていたという」
「見たんですか?」
「いいや」
 鱗滝からの手紙に書いてあっただけだ。しかしあの書きぶりと彼の人となりを思えば、鱗滝もともに泣いて喜んだだろうことは想像に難くない。妹弟子が優しければ師も心根が優しすぎる。
「寝ている間に暗示をかけたそうだ」
 人は家族であり、守るもの。どれほどあの鬼に効くのかはわからないが、少なくとも現時点で兄や鱗滝を殺そうとはしていないらしい。あの時、事前に知らされていなければ錆兎とて信じはしなかっただろう。何かの見間違いだと取り合うことすらできなかったかもしれないのだ。そう考えると義勇に何が見えていたのかと慄くほどであり、杏寿郎も鱗滝も懐が深いどころの話ではない。
「隊士になってからは木箱に収まって背負われている」
「……では今のところ襲う気配はないと」
「今のところはな」
 錆兎は義勇ほど優しくはないし、杏寿郎や鱗滝のように懐が深いわけでもない。しかし、だからといって義勇の判断が柱に劣るとは思っていない。女であれど、母となろうと、義勇とて一端の鬼狩りだ。あの鬼――竈門禰豆子が人を襲うとわかった時は、必ず頸を斬る。そして己の処分も。そういう覚悟を持っている。
「頸を斬らせたくはないが、様子見するしかない」
「あらお優しい。やはり義勇さんが元凶ではそうなるのでしょうかね」
 む、と錆兎の眉間が皺を刻んだ。
 まあ確かに、身内扱いの人物だからこうして聞く耳を持ったといえる。特に小芭内は顕著だった。それは錆兎も間違いないのだが、胡蝶の言い草では妙に含みがあるように思えた。
 が、ああそうかと錆兎は思い当たった。かつて胡蝶の姉は鬼と仲良くする方法を模索していたという噂を聞いたことがあった。姉の模倣のような笑みを浮かべている胡蝶もそれを継いでいるとも。誰一人として賛同する者はいなかったというのだから、思うところはあるだろう。義勇本人は話をして胡蝶から散々怒られたと言っていたが。
「そもそも俺は女が戦うのを良しとしていない」
「存じ上げてますとも」
 笑みを浮かべていた胡蝶の眉根が寄せられた。
 小芭内並みに彼女は短気だ。彼女の姉や義勇とのやり取りを眺めることのあった錆兎はそれを知っている。あの頃よりは表面上とっつきやすくはなっているが、腹に何を抱えているかは得体が知れなくなったと感じられる。別に嫌いではないが。
「女の手を借りなければならないおれが不甲斐ないだけだが、できる限り安全なところにいてもらいたいんだ」
「……それは、義勇さんだからでしょうか」
 やはり含みがある気がするが、錆兎は瞬いて口を開いた。
「まあ、それはあるかもしれん。蒼寿郎のためにもな」
「そういう意味じゃありませんけど」
「なんだ?」
「いいえ。続きどうぞ」
 小さすぎて聞こえなかった言葉は流され、気になりつつも錆兎は促されるままに口を開く。とはいえ話すことなど知れているのだが、胡蝶は口を挟まず隣を駆けるだけだった。
「俺はあの二人が安全な場所で仲を育めることを望んだから鬼狩りになった」
「はい?」
「理由の半分はな。だから隊士であることを良くは思っていない」
 唖然とした胡蝶の顔が視界の隅に映り込むが、錆兎は顔を向けることなく進んでいく。
 友だから、仲間だから。同じ釜の飯を食ったから。天涯孤独の錆兎を身内と扱い、祝言にまで列席させてくれた煉獄家を大事にするのは当然のことだった。叶うことなら杏寿郎にも安全な場所で家族三人暮らしていてほしいと思うけれど。
 彼は錆兎が理想とするような男の中の男である。
「だが、義勇の手を借りなければならないことは今までもたくさんあった。これからもあるだろう」
 最終選別だって義勇を連れて向かったのだ。最初から彼女の力を必要としていた。女であるからと錆兎は良い顔をしなかったが、杏寿郎は義勇のしたいことを優先させてきた。錆兎と杏寿郎の明確な違いだ。雲取山でともに居たのが錆兎だったならば、杏寿郎と同じ判断を下せたかわからなかった。
「俺たちが見極めてやらねばならん。はあ……拾壱ノ型といい胡蝶の力といい、今の鬼殺隊には特殊な技や唯一無二の力が揃ってるんだよな……」
 不甲斐ない。錆兎は杏寿郎のようにはなれないし、義勇のような気持ちにもなれなかった。確かに槇寿郎からの依頼はあったが、二人が頼むから刀を収めただけなのだ。竈門炭治郎の人となりは把握して好感も抱いたが、鬼となった妹についてはまだ何もわかっていなかった。
 と、思案に暮れているところで隣がやけに驚いた顔を向けていることに気がついた。
「……私ですか?」
「なんだその顔は。自負があるんじゃないのか? 毒を開発した張本人だろう」
「―――。あら、認められているとは驚きです」
 きょとんと瞬いた目が少しばかり緩められ、穏やかに微笑んだ。今から任務につくには柔らかすぎる笑顔だったが、胡蝶本来の笑顔が垣間見えたように思えた。
「俺は女が戦うのは好きじゃないが、その力を侮ったことはない。鍛錬もしたことのない頃の義勇ならともかく――」
「……ふ、ふふ。ありがとうございます。少しは好きになれそうです」
「え。……俺、嫌われてたのか?」
「さあ?」
 不穏な言葉が楽しげな笑みとともに吐き出されたが、適当に流され揶揄われたのかもしれないと錆兎は苦虫を噛み潰したような気分になった。頸が斬れずとも工夫を重ねて、柱にまでなるほどの研鑽を積んだ女であることは間違いないので、ひと筋縄ではいかない相手なのである。

*

――父は休みなく舞い続けていました。日没から夜明けまで。
 それが鬼狩りの行動時間だと気づくのに長くはかからなかった。
 日没から夜明けまで。疲れていては鬼に喰われるから、休んでいる隙などない。竈門家に伝わっていた疲れない息の仕方とは呼吸法。いつからかヒノカミ神楽と名を変えたものが日の呼吸であることは間違いなかった。
 目の当たりにしたのは神楽ではなく剣技としての型だ。炎とは違う、神楽舞として見たものとも違う気がして錆兎は目を瞠ったが、やがて崩れていった鬼の身体にようやく足を向かわせる。下弦の鬼を斬ったまではいいが、どうやら立っていられなかったらしく地面に倒れ込んだ。
「よくやった」
「え……さ、錆兎さん……」
 錆兎が助太刀する必要もなく、下弦の伍は崩れていった。倒れたくせに鬼へ手を差し伸べたのはいただけないが、駆け出しにして十二鬼月を討つとは見所がある。日の呼吸の継承者なのだから当然かもしれないが。
「妹は起きたんじゃなかったのか」
「………、それは、回復のために睡眠を……」
「ああ、そうだったか。成程、睡眠で回復するのは確定のようだな」
 気配は鬼のもので間違いない。しかし単なる偶然でもなく、この鬼の特性として睡眠を取るようだ。興味深く寝顔を眺めていたら、背後に気配が一つ現れた。
「……その方が妹さんですか」
 刀を収めた錆兎は振り返り、現れた胡蝶へ目を向けた。
 狭霧山で眠っていたため錆兎とてそう顔を見たことは少ないが、竈門炭治郎の腕の中で眠るのは彼の本物の妹であり鬼だ。怪我と疲労で動けないようだと伝えて箱をそばに置き、妹を戻すよう竈門炭治郎へ言いつけた。そうすると何かを察しでもしたかのように妹はぱちりと目を覚ました。
「禰豆子、箱に入るんだ。そろそろ夜が明ける」
「お前たちは本部に移送するぞ」
 きょろきょろと辺りを見回してから、兄の言葉に従うように身体を縮めて箱へと入り込もうとする。物理的に縮むさまを目の当たりにした錆兎はそこでも驚いたが、なんとまあ従順なものだ。箱の扉を閉めた頃、隠が駆け寄ってきた。
「本部へ連れて行ってくれ」
「承知しました」
 この後の柱合会議で産屋敷と対面する手筈だ。神楽舞を見た柱は皆竈門炭治郎と面識があるが、竈門禰豆子は初対面である。眠っていたことも知ってはいるが、だからといって友好的な態度を取れるかといえばそうはいかないだろう。隠に背負われていった竈門兄妹を見送ったところで、錆兎は胡蝶へと向き直った。
「……鬼の気配はそのままなのに、幼子のような反応ですね。義勇さんの当時の考えなんて理解できないと思ってましたが……ちょっと、心の整理が必要かも……」
「うん、まあ、俺も実際に見るまでは半信半疑だった」
 まるで人と同じように、兄の言うことを聞いて行動する。本能を抑えて理性が顔を出していた。義勇たちの足を引っ張るようなことにならなければいいと、藁にもすがるような気分で願っていたくらいだったのに。

 鬼の理性を試されて激昂した竈門炭治郎を押さえつけていた小芭内には一応の手加減を促しつつ、不死川のおかげで竈門禰豆子は人を喰わないことが証明できたと産屋敷は言った。今は理性が働いている、というのが正しいと思うがそこは一先ず置いておこう。鬼を試した先程の行為も柱であれば、鬼狩りであれば当然のものだ。顔合わせを済ませ、未知の呼吸を見せてもらった相手の身内とはいえ、問答無用で斬らないだけ不死川は有情だった。小芭内も説得してくれた甲斐があったというものだ。まあ兄からすれば許されざる行為だったのは間違いない。思うところある者も少なからず居るようだし。
 ようやく拘束を外された竈門炭治郎は悔しげにしつつも大人しくその場に留まっていたが、にこやかに声を上げたのは胡蝶だった。
「一先ず竈門くんは蝶屋敷で預かりますねー。では連れてってください!」
 殆ど無理やりといえる連れ去り方だったとはいえ、竈門兄妹という異端は本部から去った。その後の柱合会議も終わり、産屋敷も去ったところで立ち上がった杏寿郎は先の任務での様子を聞いてきたのだった。
「――成程、那田蜘蛛山で下弦を斬ったか! 柱になるにはほど遠い討伐数だが、充分な気概だ。では快復したらうちで面倒を見よう!」
「いやいい、あいつは俺の継子にする。お前はすでに継子義勇がいるしな」
 杏寿郎はそのつもりだろうと予想していたが、やはり竈門炭治郎を継子に迎えるつもりのようだった。
 錆兎より先に異を唱えた者は居なかったので、目を丸くした杏寿郎は思いきりこちらを凝視してきた。どこを見ているのかわからないと隊士たちから怖れられているらしい目だが、錆兎や小芭内たちから見ればわかりやすい。
「よもや、そんな話は一度も聞いてないぞ」
「言ってないからな。だがお前の継子にはさせない」
「待て、そこまでだ。俺の継子にする」
「は? 頭でも打ったかァ伊黒」
 あくまで人間であり日の呼吸の継承者である竈門炭治郎のみとなら交流を持つと決めていた小芭内は、鬼である竈門禰豆子に対しては不死川とそう変わらぬ意向だったはず。様子見しかしない、妙な真似をすれば即座に斬り落とすと決めていたのは間違いなく、そうなった時に兄が嘆いたところで、お前が妹を止めきれなかったせいだとはっきり伝えてもあった。竈門炭治郎にとって小芭内は敵ではないのだろうが、味方ではない。はずなのだが、錆兎以外は皆驚いたようだ。
「わかってるだろうが、あいつを継子にしたらもれなく鬼がついてくんだぞ」
「ああ、忌々しくともちゃんと監視はするさ」
「どういう風の吹き回しだァ?」
「……わからんか。俺は鬼など信用しないからだ」
 確認し合うことなどしなかったが、小芭内がどういった理由で竈門炭治郎を継子にすると宣言したかは少し考えればわかるものだった。なにせ錆兎自身もその理由で立候補している。
 ヒノカミ神楽の見取り稽古も煉獄家の修行も、竈門炭治郎に関わることはすべて狭霧山で行ってきた。その理由はたったひとつである。
 杏寿郎の継子になどさせてしまえば、兄だけでなく妹まで煉獄家へ足を踏み入れることになるだろう。千寿郎やハナだけでなく、蒼寿郎まで危険に晒される。日の呼吸の恩は竈門炭治郎にはあれど、錆兎たちにはそれよりも大事なものがある。幼子のような従順さを目の当たりにした錆兎は、不死川の稀血に涎を垂らす竈門禰豆子の姿も見た。強靭な理性があるとわかったところで、我慢しているとなればいつか欲が上回る可能性は充分にある。杏寿郎や義勇がどう考えているかは知らないが、錆兎にとってはそういう証明だったのだ。
「自分で監視したいってことでしょ」
「まあ、継子が欲しいのは事実だ。俺たちは炎柱の継子だったわけだし、候補生の育成に力を入れさせてくれてもいいんじゃないか。お前はすでに二人も居たんだ、かまわんだろう?」
「………! そ、それなら私も! 私、炭治郎くんとはちょっとだけ一緒に修行したから、継子にしてもいいんじゃないかしら!」
「駄目だ!」
 当人そっちのけで思案し始めた杏寿郎や錆兎たちを眺めていたのはその場の全員だったが、ここで思わぬ提案が出てきてしまった。甘露寺の予想外の言葉に腹の底から小芭内が叫び、びくりと震えて彼女は固まった。
「あの時だって狭霧山でなければ絶対に引き止めた。一秒たりとも甘露寺のそばに鬼が寄るなど……、」
「い、伊黒さん……?」
 一転して小さな声で呟いた小芭内の言葉が聞こえなかったらしい甘露寺は問いかけようとしたが、眉根を寄せて顔を覆ったせいか続けることができなかったようだ。小さく息を吐いて錆兎は口を開いた。
「すまんが俺と小芭内の二択だ。そして小芭内は鬼に容赦するつもりはまったくないし、竈門炭治郎に私怨がある。俺にしておいたほうがあいつの気持ち的にも楽だと思う」
「鬼に容赦しないのはお前もだし、稽古も同じくらい扱くだろ」
「当然だろう」
「はァ。ま、勝手にしろォ」
 私怨と聞いた宇髄は得心がいったかのように頷いたが、結局は蚊帳の外となった杏寿郎は不満そうだった。
「炭治郎も連れていかれたし、会議終わったんなら煉獄さんとこ寄っていい? 義勇さんも居るよね」
「そうだな、居るはずだぞ」
「よし、じゃあさっさと行こうよ。煉獄さんとも手合わせしたいし」
 ぐいぐいと杏寿郎の腕を引っ張って去ろうとする時透を眺めながら、律儀に引っ張られながらも挨拶をしてその場を後にした杏寿郎も見送った。物珍しいのかじっと眺めていたのは宇髄と不死川である。
「竈門はともかく……あいつ妙に煉獄と、特に冨岡に懐いたよなあ」
 不思議そうに首を傾げる宇髄が何故なのかと問いかけてくる。ヒノカミ神楽の見取り稽古では大した反応もなかったのだが、竈門炭治郎との問答がきっかけで記憶がはっきりしたらしい。そして記憶が混乱しかけた時に時透のそばに居たのが義勇だった。なので理由など義勇だから以外にないのだが、それでは納得がいかないということならば。
「……たぶんだが、母だからではないか? 杏寿郎はすぐ打ち解けるだろうがな」
「ああ、成程ね」
 義勇は率先して誰かと関わろうとするわけではないし、昔から引っ込み思案である。深く関われば義勇の良さを知ることもできるだろうが、それまでが結構な時間を要するのだ。時透のような、普段関わることの少ないだろう人物からこれほど懐かれたのはなかなかに珍しい。
 珍しいが、杏寿郎は不思議ではないと笑っていた。義勇は他者の痛みに寄り添う人だからと、時透が懐いたことは当然だとでもいうように口にしたのだった。
 とはいえ、それを教えてやるのはなんだか勿体なかったので、それらしい理由を見つけて錆兎は答えのように教えてやったのである。
「竈門炭治郎は時透の父親に似ていたらしいし、お館様もあまね様も子の親だし、懐く相手に理由はある。今まで充分に甘えられる相手が居たかも怪しいしな」
「お館様に甘えるには恐れ多いしな」
「ああ。まあ、姉とか母とかそういう感情だとは思うから、俺も目くじら立てることはしないが」
「相変わらずだなお前ら」
 呆れたような視線を投げかけてきた宇髄に眉を顰めた。時透の身の上については良くなればいいと考えてはいたが、それはそれ、これはこれだ。錆兎にとっては義勇が人目を惹きやすい故に、当然のことを考えているだけなので呆れられる筋合いはない。小芭内など義勇と甘露寺に色目を使いそうな(使ったわけではない)輩を見つけてはネチネチ陰湿な悪態をつき始めてしまうのだから、錆兎などましなほうである。
 まあ、今は錆兎たちが率先してそんなことをせずとも杏寿郎がしっかり予防線を張っているので問題ないのだが、昔の癖は抜けないのだった。

*

 快復したと胡蝶からの文を受け取った錆兎は、その足で蝶屋敷へと出向き支度を済ませた竈門炭治郎の部屋へと訪れた。同室だったのだろう、隊士らしき二人が様子を伺っていた中かまわず竈門炭治郎を連れ出したのだが、何故か二人ともついてきて内心疑問が渦巻いていた。この後のことを考えれば、まあいいかとそのまま全員を連れて歩き続けた。
「俺はお前の妹を殊更に嫌うつもりはないが、事と次第によっては敵になることを忘れるな」
「はい」
 道すがらでも話はできる。
 稽古の時点で伝えていたことではあるが、念を押すためにも錆兎は再度口にした。竈門炭治郎本人も神妙にしているし、己の隊内での立場は弁えているのだろう。そうでなくては困るが。
「お前には俺の継子となってもらうが、煉獄家には妹を近づかせるな」
「え……」
「……幼子がいるんだ。鬼に近づかれては困る」
 たとえ人を喰わないと証明されたとしても、不死川の稀血に耐えきったのだとしても、隊士ならともかく幼子をそばに置くには危険すぎる行為だ。兄がどう思おうと錆兎に曲げる気はなかった。
 竈門禰豆子を煉獄家から遠ざけること。錆兎と小芭内の目的はそれだ。杏寿郎の継子にはできない理由だった。
「柱からの信頼を得ることができた時は、その限りではないがな」
「幼子……ご家族でしょうか」
「……まだ三つの子供だ。喰われでもしたら俺は、悔やんでも悔やみきれない」
 兄とて妹には必要以上に食欲への誘惑を喰らわせたくはないだろう。
 煉獄家に足を向けるのは兄のみ。これからは水柱邸を拠点にさせることとなるだろう。錆兎自身寝に帰るだけの屋敷だから、好きに使ってくれればいい。
「――まあ、屋敷を見るのは任務の後だがな」
「えっ?」
「今向かってるのは任務先だ。ついてきたのならお前たちも来い、実力を見極める良い機会だ」
「ヒィッ」
「鬼が出るのか!」
「出る。隊士を何人も向かわせたが戻ってきた者はいない。だから柱に指令がきた」
 杏寿郎が行くはずだった指令だ。この機を是非にと錆兎が代わったものだった。
 無限列車と名付けられた汽車。父とともに一度だけ汽車に乗った記憶があるが、それももはや朧げである。こんなことでもなければ楽しめたのだろうけれど。