ひとくち話―もろもろ―
Ⅰ
「いや待て待て待て。なんだその型は見たことないものをしれっと出してくるな。錆兎すら唖然としてるだろうが水柱なのに!」
既存の呼吸に新たな型を増やすこともあるというのは炎柱の書にも書いてあったが、目の当たりにするとは思わなかった。
産後復帰に向けての鍛錬に付き合っていた小芭内が型を繰り出し、それを義勇は流さずに受け止めた。いや、受けて攻撃を無効化した。恐らくは斬ったのだろうが、包むような水が表れたものだから小芭内も見ていた錆兎も驚愕している。かくいう槇寿郎も、孫である蒼寿郎を肩に乗せながら唖然としてしまったが。
「足手まといになってはいけないと思ってただけで……」
鍛錬を控えていた期間のうちに筋力も体力も落ちてしまい、以前の状態に戻すのは義勇といえどさすがにすぐとはいかなかった。鍛錬を再開してから数ヶ月経つが、手合わせに進んだのはここ最近だったはずだ。
目の前に迫る攻撃を斬り無効化する。剣士には珍しい防御の型、背中の誰かを守るための型だ。どうやら本人は型を編み出した意識がなく、足手まといにならぬようにとただ攻撃を止めるために斬っていたという認識らしい。杏寿郎と夫婦になり、子ができたことで守りたいものが増え、そうして型にまで昇華できたのなら喜ばしいが、まあ、義勇の性格ならばどんな状況でもいずれは編み出していたようにも思える。
「……拾壱ノ型か」
「え。い、いや、型なんてものじゃ」
「型だろうそれは、水が見えたのが証拠だ。俺には思いもつかない型だ」
守るための義勇の型。錆兎だけではなく、この場の誰も思いつかないであろう型だ。鬼狩りの仕事は鬼を斬ること。人を守るために斬り殺すことを真っ先に考えるからだ。まったく水の呼吸というのは、伍ノ型といい思いもつかないような型が組み込まれていくものである。
「……正しく煉獄家の嫁だな」
家族の凄惨な死を目の当たりにして、任務でも仲間が死んでいくのを見てきた。瑠火や姉を目標としているらしいのは聞いたが、義勇には義勇の強さがある。それはあの二人にも持ち得ないものだっただろう。
Ⅱ
「では蒼寿郎、父上は!? 父上だ父上!」
「馬鹿、強要しすぎだ。そこは錆兎が呼びやすい」
「さ行は難しいだろう、小芭内がいい」
「さ行でもせなら言いやすいです。千寿郎ですよ」
千寿郎まで一緒になって雁首揃えた四人が木刀も放置してなにやら言い合っている。内容はだいたい理解できるが、それは道場で赤子を囲んでまでやることかと突っ込みたくなった。
子供に慣れていないという錆兎も小芭内も最初こそどう扱っていいのか困っていたようだが、今ではすっかり我が子顔をしてかまっている。それにつられたのか千寿郎まで張り合うようなことをしているのだ。柱になって屋敷を賜った途端さっさと煉獄家を出ていったくせに結局稽古だなんだと顔を見せ、今では蒼寿郎目当てを隠しもしなくなった。
「あれは止めないのか?」
錆兎と小芭内への文句は置いておいて、庭で洗濯物を干している義勇へ声をかける。
「誰が先に呼ばれるかを競ってるそうなので……」
昨日初めて言葉を発した蒼寿郎の話を聞いた皆がこぞって集まってきたらしい。離乳食を食べさせていた時、「うまい」と口にした時は義勇も驚いていた。話した瞬間は槇寿郎もそばにいたが、ついにこの時が来たと喜ばしく思ったものだ。まあ赤子故にきちんと発声できていたわけではないが(伝わったのでかまわないのだ)、子と違い孫というのは無制限に甘やかしてしまうものである。最初の言葉が明らかに父親を真似たことがわかったのもあってか、義勇は目を輝かせていたが。
「そんなもん義勇以外にいないだろう。杏寿郎だって最初は瑠火を呼んだぞ」
子というのは四六時中ともにいる母を第一に呼ぶ。といっても最初に喋る言葉は杏寿郎も千寿郎も「まんま」であった。食に関しての言葉が最初なのは人の何倍もよく食べる煉獄家だからだろうか。恥ずかしい話だが、槇寿郎も第一声は食べたいだかもっとだかの食関連だったと聞かされたことがある。誰にも言うつもりはないが。
「ふふ。義父上も参加すればもしかしたら、蒼寿郎が呼んでくれるかもしれません」
「あれと一緒になってか……」
息子たちと一緒にはしゃぐのは威厳がなくなりそうで躊躇する。とはいえ孫を可愛がりたい気持ちは生まれる前から燻っているので、義勇が鍛錬を再開してからよく預けてくれるものだからつい必要以上に甘やかしてしまう。そうして寝顔なんかを見ていると、瑠火も見たかったろうなあとしんみりしては孫に擦り寄って起こしてしまうことがよくあった。まあとにかく、一度祝言の翌日に醜態を晒してしまったせいで、孫にでれでれする姿でも見られようものなら錆兎と小芭内からは確実に距離を取られるだろう。
「杏寿郎、そろそろ昼寝させてくれ」
「む、もうそんな時間か! しかしまだ聞いてないぞ」
「今日じゃなくてもいいだろう……ほら蒼寿郎、おいで」
不服そうな男衆の顔がお昼寝しよう、と子へ手を差し伸べた義勇に向けられる。どうしても誰より先に言わせたいと思うのは勝手だが、何故親より先に錆兎や小芭内の名を呼ぶと思うのだろうかと首を傾げた。頻繁に会っているのは間違いないけれども。
「かーか」
赤子のほわほわした声が耳に入った瞬間、全員がぴたりと動きを止めた。次いで再び赤子の口から「かか」と紡がれる。明らかに義勇を見つめて、義勇へと向けられた言葉であった。
「………っ、そう、この人が母上だ! そ、それでもう一人は!?」
母上と呼ぶにはまだ幼すぎる故か、母と呼びたくてかかとなってしまったか。しかしそんなことは槇寿郎含め、今この場の者たちにとってどうでもいいことだった。特に杏寿郎は、持ち前のせっかちさも相まってとにかく次の言葉を待っている。
「たあ」
「ああ、惜しい!」
「いや、かまわん! 偉いぞ蒼寿郎!」
高い高いと父に抱き上げられてご満悦そうにむふむふと笑う。この含み笑いは義勇に似ていると以前話題になったところである。名を呼んでもらおうと言い合っていた錆兎や小芭内も、微笑ましい父子の様子に目尻も下がっていた。しかし杏寿郎に頬擦りされてなにやら瞬いた孫はふと槇寿郎へ視線を向け、小さな手まで伸ばしてきた。
「ばあば!」
今度は時間が止まった。伸ばされた手に触れようとした槇寿郎の手も、頬擦りしていたはずの杏寿郎も、眺めていた義勇など表情まで落として固まっていた。静かに視線だけが錆兎と小芭内から寄越されるのを感じ、槇寿郎はすっと腕を下ろした。
「……何を仕込んだんですか?」
「人聞きの悪いことを言うな。仕込むなどそんな……、……あ」
「“あっ”て……」
「い、いや断じて仕込んでない! そうではなく……」
説明しなければ疑惑を持たれたまま、仕込んだと誤解されたままになってしまう。乗り気にはなれないが、槇寿郎は額を押さえながら口を開く。
義勇が鍛錬をしている間、槇寿郎は孫を預かることもよくあるのだ。息子二人が幼かった頃のことを思い出しながら、ついつい仏間へと足が赴く。そして遊びついでに遺影を指しては瑠火の思い出を語った。いや、ほぼ毎回語っていた気がする。
「えー……仏間で瑠火の思い出話をしててな……」
瑠火の話はいくらでもできる。生きていたら義勇をハナと一緒に支えてくれただろうとか、お前が呼ぶなら祖母上か、やはり砕けてばあばだろうかと想像してみたり、ばあばと呼ぶには美しすぎないかと写真に見惚れたり。決してわざとではない。
「おい、しんみりするな。やめろやめろ!」
しでかしたことをすべて口にしたわけではないのに、まるでわかっているかのように優しい目を向けてくれるな。何故千寿郎にまでそのような目で見られなければならないのだろうか。
「せめてそこはじいじとか言わせようとしませんか」
「いや、言わせたくて話してたわけじゃ……まあ、うん。そのうちじいじと呼んでもらうように仕込むか……」
仕込もうとするとうまくいきそうにないのは何故だろう。まあ、とにかく両親のことは無事呼べたのだから、しんみりしていないで喜べばいいのだ。