煉獄家の嫁

 頭を撫でられる感触が気持ち良く、もっととねだるように擦り寄った。
 そうすれば手は一瞬離れたものの、再び頭を撫でてくる。夢見心地で含み笑いをした時、はて、これは一体誰のものかと疑問が湧いた。
 ぼんやり目を開けると眼前で焔が照れたような顔をしてこちらを見ていて、しばし思考が追いつかず沈黙が流れた。
「………っ! あ、き、杏寿郎!?」
「おはよう、義勇」
 朝からそういうのはよくない、と何に対して苦言を呈したのかわからない曖昧な言い方をした杏寿郎だったが、身体を心配されて昨夜のことをありありと思い出してしまい、思わず義勇は頬を染めた。
 祝言前後の三日間は非番とすると言われていたが、夜に眠るなど難しいだろうと思ったのにしっかりと杏寿郎の腕で眠っていたらしい。温かくて気持ち良かった。このままずっと眠れそうだった。
「ゆっくりしてるといい。身体も辛いだろう」
「う、い、いやでも……私は煉獄家の嫁だ」
 きっちり起きて嫁としての仕事を果たさねば。とはいえ鬼狩りである義勇は殆どをハナと千寿郎に任せてしまっていたので、まずはそこから正さなければならないだろう。
「うーん。それもいいが」
「え?」
「いや、昨日言ってくれただろう。嫁ではなく俺の妻と名乗ってくれ!」
「杏寿郎の……妻」
「良い響きだ!」
 請われるがままに口に出せば、頼んできた当人はひどく嬉しそうな笑みを見せて叫んだ。もう本当に叫んだというのが正しい。外の鳥はバサバサと飛び立っていったし、少し待てばハナあたりが何事かと慌ててやってくるかもしれない。
「照れてるのか? きみから言ったんだぞ」
「……昨夜は勢いで……」
「その勢いのまま言ってくれ。というわけで夫である俺がきみを労りたいんだ、聞き分けてくれないか」
「む……」
「あ、潜り込むのはいいが顔は出してくれ」
 羞恥のあまりもぞもぞと寝床へ逆戻りし、掛け布団を頭からかぶって布団の虫へと成り果てた。祝言の翌日、はっきりいうならば初夜の翌朝だが、これほど恥ずかしいものとは思わなかった。ことが終わるまではとにかく緊張と不安とが渦巻いていて、けれど杏寿郎と夫婦になりたかったから請われるがままにすべて委ねた。普段どおりの態度など取れるわけがない。未熟。
「見飽きただろう」
「そんなはずがないな! きみにはいつも目を奪われる」
 つい最近までとぼけていた鈍感のくせに恥ずかしいことを口にしている。そっと目元だけを布団からはみ出すと、それに気づいた杏寿郎は満面の笑みで目尻を撫でた。嬉しい。でも恥ずかしい。それを呟くと慣れてくれと無慈悲な答えが返ってくる。義勇は布団の中でぶすくれて、またもぞもぞと潜り込んだ。
「やっぱり潜り込むのか……。まあ、ゆっくりしてくれ」
 布団の上からぽんと叩き、鼻唄でも歌いそうなほど上機嫌で杏寿郎は部屋を出ていった。

「義勇さん、おはようございます! あっ、もう義姉上とお呼びするんでした」
 死屍累々の宴席に顔を出して挨拶を済ませた義勇が昼頃に居間を覗いた時、千寿郎は柿を紐に引っ掛けていた。
 干し柿を作っているらしい。ハナが皮を剥き終えた柿の細枝をひとつずつ紐に吊るしていくために奮闘している。
「なんでもいい」
「僕は義姉上とお呼びできるの嬉しいですから、義姉上と呼びます」
 隣に座って柿へ手を伸ばし、義勇も千寿郎を手伝おうとしたのだが、今日はひとりでやるのだと千寿郎は鼻を鳴らした。義理と頭につくとはいえ、可愛い千寿郎が名実共に弟となったことも嬉しくて仕方ない。
「私も呼ばれるの嬉しい」
 笑い合いながら千寿郎が干し柿の準備をしていく様子を見守っていたが、ふと気配のない槇寿郎はどうしたのかと気になった。聞くとどうやら昨夜の宴会でなくなった酒を買いに行かされたという。本家の当主なのに。親族はまだ酒を浴びているから、あまり宴席には近寄るなと言われたそうな。だから柿を渡されているのか。
「あっ、帰ってきましたね!」
 玄関先で戸の開く音が聞こえてきたので千寿郎と共に出迎えようと立ち上がる。しかし槇寿郎の背後に壁の如く大きな影が立ち塞がっていた。なんか居る。気づいたらしい千寿郎がそっと義勇の着物の裾を掴んだ。
「おかえりなさい……ええと、義父上ちちうえ
「んぐ」
 壁のような影を気にしながら槇寿郎へ慣れない挨拶をすると、喉に攻撃でも喰らったかのような呻き音を発して胸を押さえた。大丈夫かと問いかけるも、なんでもないと一蹴されてしまった。
「南無阿弥陀仏……」
 槇寿郎より頭ひとつ大きな壁が念仏を唱え始め、義勇はぽかんと口を開けて仰ぎ見た。見たことのない壁のような人物でもあったからか、千寿郎は義勇の後ろからひょこりと顔を覗かせながら様子を見ていた。
「岩柱の悲鳴嶼くんだ。ちょうどばったり会ったから連れてきた。軽傷とはいえ怪我人を連れていたし、挨拶もしたいと言うからな」
「悲鳴嶼行冥という……よろしく」
「あ……階級丁、冨岡……れ、煉獄義勇です。――槇寿郎さんっ!?」
「父上ー!」
 胸を押さえた槇寿郎が勢いのまま顔面から廊下にごつんと突っ伏し、思わず千寿郎を庇って避けてしまった義勇は慌てて起こそうと肩に触れる。こんなおかしな行動をする槇寿郎は初めて見たし、あまりに驚いて馴染みのある呼び名に戻ってしまっていることに気づかなかった。何かたいへんな病でも患っているのだろうか。
「し、槇寿郎さん、あ! 錆兎、小芭内! 槇寿郎さんが倒れた」
「……ああ……地獄絵図だよ」
「尊敬していた人の印象が塗り変わっていくことがこれほど複雑な気分だとはな……」
 こちらもやはり宴席には近づかず二人で薪割りでもしていたのだろう。勝手口の側から戻ってきた錆兎と小芭内は大層表情を歪めていたが、やがて大きな溜息を吐きながらも槇寿郎を抱え起こした。岩柱にも挨拶をしたところでふと彼の背後に目をやった。
「あの……こんにちは。階級丙の胡蝶カナエです」
 岩柱よりひとまわりもふたまわりも小さな人物がにこやかに話しかけてきた。柔らかな笑みを浮かべる女の子は、目を瞠るほど美しい人だった。義勇が見惚れながらも驚いているのと同時に、相手も目を丸くして驚いているようだった。
「お前、義勇で慣れたな」
「うるさい」
 背後でなんだかよくわからない話をしている錆兎と小芭内に目もくれず、義勇はただ女の子を凝視していた。
「胡蝶くんは義勇と同い年だな。十六だったか」
「ああ、そうでしたね。怪我をしたので場所を貸していただけるということになった。よろしく頼む。……ほら、上がらせてもらいなさい」
「お前たちは蝶屋敷にまだ行ったことがなかったな。彼女は隊士ながら医療機関を開いてくれている。……義勇? 胡蝶くんもどうした」
「あの、あなた、覚えてるかしら。私前に街で荷物を――あっ」
「わっ。義姉上?」
 着物の裾を掴んでいた千寿郎を小芭内に託し、言葉の途中であったにも関わらず義勇は一礼して廊下を走った。どうしたと錆兎の声がかけられたが、私室へ戻った義勇は卓上の引き出しを開けてあるものを手に取り玄関先へ駆け戻る。
「これ! ごめんなさい」
「あ、これ……私の薬」
 蝶の絵が描かれた丸い容器を受け取った彼女は、これまた驚いて容器をまじまじと眺めていた。大事なものかもしれない、いつか再会できるかもしれないと小芭内も言っていたから、それまで失くさないよう小物を入れている引き出しへ一緒に仕舞っていたのだ。まさか本当に会えるとは思わなかったので驚いた。
 女の子は満面の笑みを浮かべて義勇にありがとうと口にした。
「私あの時あなたに見惚れちゃってたのよ、すっごく綺麗な子だったから!」
 義勇はなんでも褒めると苦言を呈されたことがあるが、彼女もそういうことなのだろう。あの時、綺麗な子とぶつかってきたと錆兎や小芭内に報告したのは義勇だが、それを伝えるのも何か違う気がする。なんと返せばいいのかわからず困っていると、上がってもらいなさいと見かねたらしい槇寿郎が声をかけてきた。
 気がつかぬまま話し始めてしまった義勇は至らぬ嫁だ。ひっそり落ち込みつつ客間へと促した。
 酒を置いてくると言いながら親族たちの集う宴席へ向かおうとした槇寿郎はいつもどおりに戻っていた。買い込んだ酒をいくつか持ち上げた錆兎が槇寿郎についていったので、義勇はハナから湯呑みの乗った盆を受け取って客間へ戻ることにした。客間には岩柱に座布団を勧める小芭内と彼の裾を掴み続ける千寿郎、手早く傷の手当をしている胡蝶と礼を告げつつ座布団に座ろうとする悲鳴嶼がいた。
「ああ、すまないな。かたじけない」
 湯気の立つ湯呑みを差し出すと悲鳴嶼は手を合わせて涙を流し、驚いた義勇はつい小芭内へ顔を向けた。気にするなと小声で答えてくれたが、そう言われても気になってしまう。
 疑問符を浮かべていることに気づいたのか、処置をしながら胡蝶は小さく笑って教えてくれた。
「悲鳴嶼さんは涙脆いの。猫が可愛くても泣く人だから、気にしなくていいのよ」
「南無阿弥陀仏……」
「はあ……」
「よし、終わり! 場所を貸してくれてありがとう。それで、私もう少しあなたとお話したいわ。いいかしら?」
 女の子と話すのは、実は久しぶりだった。逃げ出して頼った煉獄家は瑠火が亡くなってからは男所帯だったし、瑠火もハナも歳が離れていて母がいたらこんな感じだろうかとか、親戚の伯母のような感覚でいたから同年代の女の子と話すことがなかったのだ。とはいえ冨岡家にいた頃から友達作りはうまくなかったので、その頃もさほど女友達がいたわけではないが。
 なので、何を話していいかわからない。けれど仲良くなりたいとは思うので、義勇は恐る恐る頷いた。
「よかった! ねえ、さっき煉獄義勇って名乗ってたわよね? 炎柱様の娘さん、なの?」
 失礼ながら似ていないから気になった、と少し探るような視線を向けられた気がしたが、自分で名乗っておいて誰かから指摘されると恥ずかしくなった。ほわんと頬に熱が集まったのを自覚し、もじもじと膝の上で手遊びしながら小さな声で義勇は答えた。
「き、昨日煉獄になった」
「養子……いえ、ということは祝言挙げるって人はあなただったのね? 噂になってたのよ、炎柱様のご長男さんが祝言を挙げるって!」
「う、噂」
 不安げに小芭内へ視線を向けると、彼も気になったのか難しい顔をして顎に手を当てている。義勇はまさか噂なんてものがあるとは思っておらず寝耳に水のような気分だったが、小芭内も知らなかったようだ。
「美人だけど愛想のない子だって話だったんだけど……そんなことないわよねえ? 表情豊かだし」
 照れてるの可愛い、なんて肘でつつかれて義勇はますます縮こまった。朗らかで優しそうな笑みが姉を思い出させたけれど、なんだか姉とも違う雰囲気がある。錆兎たちとも違う距離感に思うのは同い年の女の子だからだろうか。
「錆兎たちが居ないところで笑うなと」
「そうなの? 綺麗だからかなあ?」
 ちらりとカナエが小芭内へ視線を向けたが、義勇とハナ以外の女に極力近寄ろうとしない小芭内は気づかないふりをして、途中だった千寿郎の干し柿作りを見守っている(居間に戻ろうとした千寿郎たちを岩柱がここでやればいいと言ってくれたからである)。
 錆兎も小芭内も一緒になって言ってきたことだが、カナエが口にした理由は大袈裟すぎるだろう。抜けていると思われているから、怪しい人に声をかけられないよう気にしてくれたに過ぎない。
「綺麗なのはカナエだから違う」
「ふふ、ありがとう! 本気にしちゃうわあ」
 本気なのだが、言われ慣れているだろうから返しもごく自然なもので凄い。ずる、と小芭内がなにやら身体を傾けていたが、溜息を吐いて柿に集中し始めた。
「ね、鬼殺隊って女の子少ないでしょ。友達になってほしいわ! 私妹もいるのよ、可愛いから今度是非会ってほしくて」
 義勇ちゃんって呼んでいいかしら、と柔らかな声が弾んで問いかけてくる。断る理由は何もないので頷くと、嬉しそうに胡蝶は笑みを深めた。名前で呼ぶことをお願いされて、義勇は胡蝶をカナエと呼ぶことになった。友達作りがうまい人はこれほど簡単に増やせるのかと驚くばかりである。
「結婚したのよね。もう隊を抜けたの?」
 かぶりを振るとカナエは少し寂しげな顔をしたが、気を取り直したのかまた質問が飛んできた。続けるのかと聞かれれば、今度は頷くのが答えだ。
「どうして……て聞くのは野暮かしらね。……皆譲れないことはあるし、守りたいものもあるものね。私だって……妹を守りたいもの」
 姉というのは誰であっても妹を守ろうとする生き物らしい。それをカナエに教えられて、義勇は少しばかり切なくなった。姉ばかりがそうして身を挺してくれるけれど、その守ろうとしている側にもきっと。
「……妹は……姉を守りたいと思う」
「―――。……そう、よねえ……うん。そうだと思うわ。だから二人で鬼狩りになったんだもの」
 きっと妹にも意地というものがある。けれどやっぱりどこか寂しげに笑ったカナエの声もまた寂しげで、義勇は何か言葉を間違えたのだろうかと不安になったのだった。

「義勇! 親戚が呼んでるんだが、いけそうか!? 酔っ払いだから無理そうなら俺が控えるよう言っておくが……おっと、これは岩柱様、失礼しました! 胡蝶殿も息災そうだ!」
 襖を開け放ちながら告げられた杏寿郎の言葉に挨拶で粗相があっただろうかと不安になったが、ただの話好きが呼んでいるだけだと言われて少し安堵した。とはいえ義勇は話し上手ではないので、結局うまく相手ができないと思うが。
 杏寿郎は岩柱とカナエとは面識があったらしく、親しそうなやり取りをしている。
「ああ……祝言を挙げたと聞いた、おめでとう。祝いも何もなくすまない」
「いえ、ありがとうございます!」
「煉獄くんのお嫁さん、とっても綺麗な人よねえ」
「そうだろう! でも可愛くもあるぞ!」
「あらあ、惚気られちゃった。やだ、可愛い」
「ほやほやの新婚だしな……」
 口を挟む気もなかっただろうと思うが、一言だけは言いたかったのか小芭内がぼそりと呟いた。それに照れた義勇は俯いて黙り込んだのだが、何が面白かったのか千寿郎がほやほやだと言葉を真似て口にした。恥ずかしいからやめてほしかったが、楽しそうな千寿郎は可愛かったので止めるには忍びなかった。

*

「思ってたんだが、俺たち出ていったほうがいいんじゃないか」
「……だよなあ」
 ついでに稽古をつけてもらった岩柱と胡蝶が帰り、二人に指令が来て現場に向かっている頃のこと。駆けながらも小芭内と錆兎はどちらからともなく口を開いた。
 杏寿郎と義勇は三日間の非番で、鍛錬するにも親族を追い返してからとなりそうだ。ひと眠りして酔いも醒めれば帰るだろうと槇寿郎は言っていた。
「なんというか、今日さ……どんな顔していいかわかんなくてな……早めに指令が来てほっとした」
「下世話な奴め」
「うるさい! こっちはそもそも家族に女がいなかったんだから仕方ないだろ!」
 小芭内も祝言に列席など初めてだったので知らなかったが、万事うまくいきましたなどと宴席に報告してきたハナに目を剥いたものだった。槇寿郎が言うには賄賂でも渡して適当な報告をするようにしただろうという話だったのでまあ安堵はしたのだが、しきたりなので昔は聞き耳を立てていただろうとも言われ、報告するのが義務なのかと驚愕するしかなかったのだった。
「ああ、それでそんないつまでも思春期なのか。義勇で見慣れて胡蝶には照れなかったようだが」
「思春期言うな。そ、それでだ、こっちも気を遣うし、向こうもそうかもしれない。槇寿郎さんはたぶん出ていくなと言いそうだが……あの人意外に子供好きだからな……」
 杏寿郎が成人の儀を済ませたのだから小芭内たちも槇寿郎にとって子供ではないはずであり、己の意識的にも大人として振る舞っているが。
 なんだかんだと息子は可愛く、息子の友も可愛く思ってくれているのだろう。
「まあ、杏寿郎の友だからというのもあるだろうな」
「ああ、まさか祝言に列席できるとは思わんかったな」
 錆兎も同じことを想像しているようで、槇寿郎の人となりが浮き上がるようである。
 義勇側の親族が少ないことは小芭内たちも察していたが、がっつり家族として列席させられた。鱗滝など親代わりを喜んで担当していたくらいだし、小芭内が生家にいた頃には想像もしないような懐の深い大人たちが揃っていた。思うこともなくはないが、巡り会えたことを喜ぶべきである。
「いや、まあ、綺麗だったけどな……」
「……ま、悪くはなかった」
 披露宴の時は瑠火の簪や打掛もあり飾られているのが目に見えていたが、小芭内には真っ白な綿帽子と白無垢を纏っているほうが美しく見えた。一等嬉しそうにしていたせいもあるのだろうが、女相手にこんなことを思えるとは考えたこともなかった。
 こんな生業であっても、友が幸せそうにしていれば嬉しく感じられるものだと知らなかった。
「よお。なんの話だァ?」
「どうもー」
 包帯の下で満足げに笑みを浮かべた時、どうやら合同任務の相手があと二人いたようだと気がついた。最終選別を受けたのは小芭内たちの後だが、同い年であり入隊前から鬼を殺してまわっていたという不死川と、その兄弟子である粂野だ。粂野は朗らかな人物で誰にでも愛想があり、不死川は強面だが話してみれば短気ながらも気の合う相手である。
「誰だ?」
「乙の粂野と庚の不死川。不死川は階級こそ低いが実力は折り紙付きだ」
 紹介してやれば錆兎は興味を引いたようで、友好的に二人へ握手を求めている。不死川の荒々しさも朗らかな粂野も錆兎のお眼鏡にかなうだろう。
「昨日祝言の席に参加してな、その感想の話だ」
「へえ、隊士同士の結婚か? そんなことあんだなあ」
 正確には許婚だった相手が隊士になったのだが、いちいち訂正するつもりは小芭内にはない。周りからすればどちらも大して変わらないだろうからだ。
「ああ。で、花嫁が綺麗で見惚れたと錆兎が」
「わかる、花嫁ってだけでも見ちゃうもんなあ」
「見惚れたとまでは口にしてないだろ」
「綺麗だと言っておいて今更。お前は昔から見惚れてただろ」
「ぐっ……」
「はあ。好きだったとかァ?」
 粂野と違ってあからさまに興味がなさそうな聞き方だったが、それでも話を広げるためか不死川は問いかけた。それに錆兎は慌てたが、図星と思われても仕方ない狼狽えようだった。
「いや、断じてそういうのではない! 家族に女がいなくて物珍しかったというか、可愛かったからどうしていいかわからなく……でもなくて」
「本音出てるぞ」
 まあ、見ず知らずの馬鹿男が嫁にと言い寄ってくるくらいなのだから、義勇の見た目は美しいと称して問題ない。なんか本人はあんまりそこに意識が向かないようだったが。
「ふうん。鬼殺隊にさ、特別美人いるじゃん。そんくらい可愛い子なの? ほら、蝶屋敷の胡蝶さんとか、実弥が無視されて怒ってた時の子くらいの」
「なんだ、そんな失礼な女隊士がいるのか」
 怪我をしたようだったから大丈夫かと話しかけたら無視されたのだという。声をかけられたら返事くらいしろと不死川が憤っているが、粂野はそのなりが恐かったから答えられなかったのではないかと分析している。まあ、強面に怯えていたとしたら不憫だが、不死川の言い分は真っ当である。
「傷だらけのごろつきに話しかけられても恐いだけだし」
「だからって無視していい理由にはなんねェだろうが。見た目が良かろうと無愛想じゃなァ。少しは胡蝶見習って……、」
「ふうん、実弥は胡蝶さん派か。強いって話だったよな、確か……トミ……」
「なんだそりゃ……冨岡だァ」
「お、美人の名前は覚える! そうそう、美人だけど無愛想で、皆話しかけたくても近寄り難いっていう冨岡さん。一部じゃ胡蝶さん派と冨岡さん派で割れてるらしいよ」
「んだそりゃ、外見に釣られた物好き共め」
「うんうん、系統の違う美人で胡蝶さん派がだいぶ多いんだけど、冨岡さん派もあくの強いのがいるらしいぜ。なんとか機会を伺ったりして手篭めにしたがってるのも稀にいるとか聞いたし。炎柱の継子だし一人になんないからできないだろうけど」
「そこまでいくと寝覚め悪ィわ。危ねェ奴いんなァ……」
「炎柱がいりゃ大丈夫だって。でもお前も美人好きだろ? 二人ともお近づきになってみたいよなあ」
「………」
「………」
 繰り広げられる会話の応酬に黙り込んだのは小芭内だけではなく、錆兎も身に覚えがあるせいか神妙な表情で様子を眺めていた。小芭内たちの妙な空気に気づいた粂野がどうしたと声をかけてきたが小芭内は目を逸らし、錆兎は腕組みをして槇寿郎のように小難しい顔のまま目を瞑った。
「なんだよ?」
「いや……案外役立ってるっぽいなと」
「ああ。こりゃやめさせるわけにいかなくなった」
「はァ?」
 名前が出た直後は本当に義勇の話か? と思いかけたが、小芭内たちが言い聞かせたことを律儀に守っていることに気づいてからは、不死川の悪口ともいえる辛辣な物言いに口を挟みたくなりつつも言葉を飲み込んだのだった。不死川などよりも恐ろしい計画を企んでいるゴミカスがいると知ればもはや悪口などどうでもよく、ようやく人妻となったというのにまったく安心できないと知って表情を歪めた。
 無視への苛立ちで小芭内たちも炎柱の継子であることを忘れているのかなんなのか知らないが、思い出されたら面倒なことにもなりそうな気がしたから話題を変えることにした。
 それはそれとして、この件は杏寿郎にも伝えておこう。あんなにわかりやすく愛おしむようになれたのだから、きっと右往左往することだろう。