幕間 煉獄
「すでに出来上がっている者がいるな」
何ヶ月かぶりに顔を合わせると楽しみにやってきたのだが、座敷には平然と酒を煽る者が三名、二名はすでに顔が真っ赤になり、飲酒していますと思い切り主張していた。残りの一名は眠る体勢に入っている。
不死川がすぐ顔に出るのはすでに知っていることだが、甘露寺と胡蝶までとは。両者の隣に伊黒と冨岡がいるだけでも安心材料ではあるのだろうが、特に胡蝶は今日初めて飲酒したのだと聞いていた。どうやら限界が来たらしい。
「よお煉獄。錆兎らも久しぶりだな」
「ああ。胡蝶が潰れているな」
「お前らが遅えからだよ。飲み放題なんだから時間がなくなるだろ」
ゼミでのプレゼンに時間がかかったと伝えながら飲み物と料理を頼む。宇髄が取皿を差し出して来たので遠慮なく残っている料理に箸をつけた。
「しのぶちゃん、お酒弱かったの? それとも結構飲んじゃったの」
「最初にしちゃ結構飲んでたんじゃねえか? 焼酎とか口つけてたしな」
「あんまちゃんぽんすると良くねェって聞くがなァ」
「人によるな。そっちのが酔わねえって奴もいるし」
「不死川は今日は酔っ払っていないのだな!」
「おォ、いつまでも絡んでばっかいらんねェからなァ」
どうやら今日はセーブしているらしい不死川は、飲みに行けば毎度誰かしらに絡んでいたのが嘘のように落ち着いて飲んでいる。水らしきグラスも置いてあるので、酔わない飲み方を知ったのかもしれない。
「真菰ちゃんはお酒強いのかしら」
「私は強くないよ。飲みすぎたこともないけど、あ、錆兎と不死川くんよりは強いかな」
「お前らは似たりよったりだよな。絡んでくるのと吐いて寝るのとでちょっと違うか」
「待て、俺は吐いて寝るだけだが、不死川は絡んだ後吐くだろう」
「そんで寝るんだよな。担いで帰るのはいつも俺だ」
今日は一人で帰れよ、と宇髄が文句を言いながら不死川へとおしぼりを投げる。
黙ってグラスを傾けていた冨岡がふいに口を開いた。
「……お持ち帰りとはそれのことか?」
「ふざけんなてめェ! 何で俺が宇髄に持ち帰られなきゃなんねェんだァ!」
「また冨岡めに余計なことを吹き込んだのか宇髄」
「とんでもねえ被害被った。あのな、そこの潰れてる胡蝶をお前がお持ち帰りするんだよ。送り狼ってやつ? 据え膳食わぬはって言うだろ」
「宇髄貴様! 甘露寺の前で何を言っている!」
「ははは! やはり相変わらずのようだな!」
結局静かに飲んでいた不死川は冨岡に掴みかかっているし、宇髄は場を引っ掻き回し、伊黒は目くじらを立てて宇髄へ説教し始めた。今回の場合引っ掻き回したのは冨岡のような気もするが、原因は宇髄のようだから宇髄で良いだろう。冨岡はなすがままになっているが、もたれ掛かっていた胡蝶の体が衝撃で冨岡の膝へと倒れ込んだ。
「……ん、」
天井のライトが目に入ったのか、眩しそうに冨岡を見上げてしばし固まり、やがて胡蝶は起き上がり、煉獄たち途中参加組へと挨拶した。
「平気か」
「ええ、ちょっとましになりました。眠るまでこう、ふわふわして熱くて」
「それが酔ってるってことなのよ。良かった、少し顔色も落ち着いたみたい」
「不死川が暴れたから胡蝶が起きちまっただろ」
「こいつがとんでもねェこと言うからだろうがァ!」
「でも実際家に泊めたことあるんだろう?」
「ええ……そりゃあるけどよお。いやまじ? 事実として認められちゃうわけ」
錆兎の問いかけに心底嫌そうな顔をした宇髄と、今にも第二ラウンドを始めそうな不死川、全く動じることのない冨岡は、いうなればいつもの光景だった。高校では毎日のように見ていたが、大学に入ってからは特に酒の席で良く見る。
「何の話です?」
「宇髄くんが不死川くんをお持ち帰りしたって話」
「違うわァ!」
結局間違ってはいないような気はするが、認めたくない二人は首を縦には振らなかった。善意でした行動がとんでもない誤解を招くのは、宇髄としてもお断りなのだろう。
「何ですかそれ。お二人そういう関係だったんですか?」
「冗談じゃない。貴様らそれ以上甘露寺に近寄るな」
「冨岡お前ちょっとは考えてみろよ。お持ち帰りっつうのはな、気のある女を連れ帰って一夜をともにしましょうっつうことなんだよ。酒飲んで潰れた野郎連れて帰って介抱してやったこと全部お持ち帰りなんて言ったら、世の善人が全員節操なしのやべえ奴になっちゃうじゃん」
気のあるという言葉を強調しながら宇髄は冨岡へ言い含めている。無表情のまま頷いて冨岡が納得の言葉を口にした。
「……そうか、そうだな。宇髄は節操なしではない」
「おい、俺もだよ! 謝れやァ!」
「だろ? 不死川を介抱してやったのは俺の善意。こいつはただその善意を受け取っただけ。間違っても外でお持ち帰りしたとか言うなよ」
「ああ、誰にも言わずに黙っていよう」
「待て待て、黙ってるとかじゃねェっつうの。そもそも勘違いなんだよ! 理解して黙ってるって言ったんだよなァ!?」
つらつらと話す宇髄と騒ぐ不死川の言葉に耳を傾けていたが、煉獄は我慢ならず口を開いた。
「これは宇髄の自業自得ではないか?」
「煉獄の言うとおりだ。冨岡に妙なことを吹き込もうとした貴様が悪い」
「妙なことか? 胡蝶お持ち帰りしろって普通のことだろ」
「えっ!?」
自分のことが発端になっているとは思ってもいなかったのだろう、胡蝶は驚いて冨岡たちを眺め、甘露寺へと視線を向けた。照れたような顔をしつつ、甘露寺は困ったように笑った。
「そもそもお持ち帰りなどという単語はすでに付き合っている者には使わんのではないのか」
「そうか? まあそうかも。じゃあやっぱ送り狼。据え膳」
「何でもいいが、その理論だと結局宇髄は不死川をお持ち帰りしたということにならないか?」
「だからァ!」
「いや、宇髄は善意で不死川を持ち帰ったのだから、それはお持ち帰りとは違うのだろう。さっきの話では違っていた」
「てめェ、持ち帰るとかいう言い方やめろォ……」
「いつも意識のない不死川を米俵のように担いで帰っていたが。では不死川を荷物として認識していたということか?」
「誰がお荷物だコラァ!」
「冨岡もしかして酔ってんのか!?」
「いや。不死川が誤解をするなというから色々と考えていた」
「お前の思考本当によく分からん方向に向かっていくよな」
「お前たち、くだらない議論で白熱するな。胡蝶が困っているだろう」
いたたまれないのか心底困った顔をして胡蝶は黙って議論を見届けていたが、やがて溜息を吐いて頭を振った。
「とりあえず、皆さんが変なことでとても面白いことになっているのはわかりましたけど」
「理解しなくても良いだろう。どうせ身にならないことで騒ぎ立てているのだからな」
「俺の沽券に関わるんだよ!」
「俺もだっつうの!」
この賑やかさが彼らの良いところでもあるのだが、付き合いきれないとでもいうように伊黒は溜息を吐いた。久しぶりの騒ぎに煉獄は快活に笑ってグラスを煽った。
「こんなに訳のわからないことになっているのも貴様の説明が悪いからだろう。良いか、冨岡。お持ち帰りとは、下心があるかないかだ」
「恋人関係じゃお持ち帰りなんて言わねえっつったくせによ」
「使わんのではないのかと聞いたんだ。とにかく口を挟むな」
疲れきった顔をしていた伊黒がげんなりしながら口にした後、下心、と呟いていた冨岡へ視線を戻した。
「宇髄が不死川を抱えて帰るのは、下心ではなく周りへの配慮からであり、知り合いがゴミ置き場で目を覚ますのが不憫でならないから屋根を貸してやっているだけだ。寝て起きたら不死川は勝手に帰るくらいの気分でいる」
「そこまで恩知らずじゃねェわァ」
「黙っていろ。対して貴様が酔い潰れた胡蝶を連れて帰る場合は下心がある」
「………。……成程」
あるのか?
座敷にいた全員の思考は一致していたように思う。お持ち帰りの概念を説いていた伊黒でさえ、冨岡に下心があるとは到底思っていない節がある。隣の胡蝶は驚いて冨岡を凝視していた。
「冨岡、お前……下心があるのか?」
宇髄の問いかけに固唾を呑んで見つめる周りの視線に無表情で返しながら、静かに冨岡は口を開いた。
「それは、ある。普通に」
「お前の普通は普通じゃねえんだよお!」
「貴様、ついに下心を会得したのか! ふざけるな甘露寺に近づいたら絶対に許さんぞ!」
「いや待て、下心の意味を解っていない可能性もあるだろう! 冨岡、下心とは何だ!」
煉獄の馬鹿にしたようにも聞こえそうな言葉に冨岡は考え込み、少々困ったように眉を顰めた。周りの視線が冨岡に集まり、逃げることは不可能だ。
「……か、隠した本心とか、たくらみ……?」
辞書に載っていそうな意味を不安げに口にした。間違ってはいない。いないのだが。
その言葉を聞いた宇髄が口を開く。
「ということは、冨岡はお持ち帰りする場合たくらみを隠してるってことだな」
「………っ、たくらみは隠すものだろう!」
隠しきれなくなった羞恥が無表情に表れた。険しい表情で頬を染めているが、これは酒のせいなどではなく、ただ照れているだけだ。相当珍しいものを見た。
「冨岡、きみは……照れるのだな」
「ああ、俺は今凄え感動してるぜ。あの冨岡が下心持つようになったとはな」
「それを聞かされた胡蝶のことを考えてやれェ」
冨岡の表情に集中していたため、皆の視線が一斉に隣へと移動する。顔を真っ赤にした胡蝶がにやついた口元を必死に押さえていた。これはこれで珍しい顔のような気がした。
「喜んでんじゃねえか」
「放っといてくださいよ……」
下世話な勘繰りなど煉獄の趣味ではないが、皆が見守る初々しい二人が着実に仲を深めているのなら、それは喜ばしいことだった。
二軒目へ !酒に呑まれた悪ふざけ キス魔宇髄の総攻めみたいな描写あり