あの子は彼のチアリーダー

 アメフト部といえば最近話題に出てきた部だ。
 隣に座った同じゼミの女子と話をするようになってから、サークルだとか部活だとかの話を振ってみたことがある。明るく元気で運動も好きだという瀧鈴音は、兄の通う他校のアメフト部のチアリーダーを務めていたらしい。賑やかしを頼まれたのと、馬鹿な兄が無事アメフト部に入部でき、通っていた高校にアメフト部がなかったこともあり、ついそのまま我が物顔で応援していたのだと言った。
 おお、と私は感嘆の声を上げた。経緯は兎も角、チアの経験があるのなら部員にならないかと誘ってみたのだが、彼女は乗り気になってはくれなかった。
 所属する以上は他の部の応援にも駆り出されるし、アメフト部専属ということにはならない。アメリカでスカウトしたなどというメンバーたちは高校の専属チアになっているらしく、メンバーの処遇には困ってはいない。ううん、と頭を悩ませているのはやはり。
「やっぱりアメフト部だけ応援したいの?」
「まあ、今までアメフト部しか応援してなかったし。チアがやりたいんじゃなくてさ、デビルバッツを応援したかったんだよね」
 デビルバッツというのは高校のアメフトチームのことだそうだ。携帯端末で検索してみると、三年ほど前に日本一に輝いたチームだということがわかった。驚いた。そんなに強いチームのチアリーダーをやっていたのか。
「チアリーディングが目的の部に所属するのはさ、邪魔者になっちゃうと思うから」
「……そっかあ」
 残念。彼女の元気さと身体能力があれば、部内でも中心的な存在になれそうだったのに。
 だが彼女が懸念することも理解できる。チアリーディング部は部活に勤しむ者たちを応援したい気持ちもあるが、何より魅せることを目的とする。完璧に演技が決まると最高に気持ちいいのだ。はっきり言ってしまえば、チアリーディング部にとっての試合会場が応援の場なのである。
 なんて悩みながら勧誘を断られたのが一ヶ月前のこと。
 アメフト部の練習試合のため先輩たちについてグラウンドまで来てみれば、アメフト部員たちが部室から出てくるところだった。
「おおーすげー! めっちゃ人数いる!」
 チアリーディング部の人数に目を丸くするアメフト部から挨拶を受け、先輩に続き会釈をした。
 ずば抜けて背の高い人が一人。全体的に大きい人が一人。小柄な人が数人。他はがっしりしているけれど、あくまで鍛えているくらいの見た目の人が多かった。
 アメフトといえばぶつかり合いのスポーツだった気がしたが、あんな小柄でやっていけるのだろうか。ふと見覚えのある姿に瞬きをした。
 小柄で大人しそうな男子は、確か鈴音と一緒にいるところを見た覚えがあった。額を突き合わせて何やら手元を覗き込んでいた、あの彼女と親密そうに見えた男子だ。
 ――アメフト部? あんな子が?
 同じ小柄な男子でも、気の強そうな他の二人とは随分違う、良くいえば優しそう、悪くいえば気が弱そうな、どこにでもいる地味な男子。ひょっとして人数合わせなのかとも思ったが、そうか。彼女の知り合いならばアメフト選手――元デビルバッツなのだろう。何とも意外だ。
「去年も盛り上げてもらったんだが、不甲斐ない結果に終わったからな。今年こそ」
「最京にデカい顔させ続けるわけにはいきませんからね」
 小柄で気の強そうな男子――ちょっとイイかも、なんてチア部の部員がひっそり呟いたが、個人的には身長がもう少し欲しいところ。しかし強気な態度は自信に溢れていて確かに格好良いかもしれない。
「今年はいけるよー! 陸くんもセナくんたちもいるんだから!」
「守備がザルすぎるって記事書かれてましたね……」
 乾いた笑いを漏らして声をかけたのが鈴音の知り合いだ。話し方を見てますます小心者っぽい雰囲気を感じ取ってしまった。
「あんなの書かせときゃいいって! 取られた以上に点取る! だろ?」
「おうよ、それそれ!」
「セナくんがいるんだ、どこも全力でアイシールド潰しに来る」
「炎馬がセナだけだと思ったら大間違いですけどね」
 顔と名前が一致しないためか、彼らの会話を聞いていても誰のことを言っているのかがわからなかった。セナと呼ばれる部員が一番強いらしい雰囲気だけは何とか読み取れたが。
「やー! カメラ探すのに手間取っちゃった!」
 その場へ颯爽とベンチへ現れたのは友人である瀧鈴音だった。ローラーが滑る音に足元を見てみると、インラインスケートを履いている。人を避けてすいすいと滑る様子は少しも危なげない。
「スケート見ると鈴音ちゃんって感じだよね」
「ふふん、もう大学生なんだから普段は履かないよ。練習中だけ! まも姐みたいに手際良くないし、皆に追いつけないんだもん」
 スポーツドリンクを詰めたカゴにビデオカメラを無理やり押し込み両手に抱えて現れた鈴音は、Tシャツにスパッツ、サポーターを着けている。普段講義で見かける今時の女子大生といった格好とは随分違う。
「鈴音ぁ、アメフト部入ったの?」
 つい声をかけてしまった自分に顔を向けた鈴音は、表情を明るくさせて手を振った。
「そっか、チア部の演技やるんだね。練習試合なのに豪華! そうなのマネージャーやることにしたの!」
「だよねえ。アメフト部の応援したいならアメフト部に入るよねー。やっぱり残念。スケートうますぎだし」
「インラインスケートは昔から履いてて慣れてるの。楽だよー、普通に走ってもクリタン以外追いつけないからね!」
「何だよ鈴音、チア部に勧誘されてたのか」
 鼻の頭に絆創膏をつけた小柄な男子が話しかけてきた。運動神経が良いから演技も映えるだろうと思ったのだが、鈴音の目にはアメフトしか入っていなかったので振られたのだと教えてあげた。
「今度はベンチで颯爽と働くマネージャーになるの! 特等席で応援してやるんだから、ありがたく思いなさいよねー!」
「そうだね。鈴音の応援なら元気出るし」
「おっ、う、な、なによ、今頃褒めたって何もあげないわよ」
「いや、いらないけど……」
 大人しそうな男子の言葉に過剰に反応した鈴音は、照れているのが手に取るまでもなくわかりやすかった。やれやれ、とわざわざ口にした強気の男子と、目を丸くしてうおおと感嘆の声を漏らした凸凹男子二人。先輩らしき部員たちは何だか微笑ましいものを見るような目つきをしている。
「そこは応援してくれるだけで十分とか言いなさいよ!」
 なるほどなあ。今更ようやく理解した。鈴音はアメフト部も応援したいけれど、この男子を一番応援したいのだろう。どんなプレーヤーかも私にはまだわからない、小柄で気弱そうに見えるこの男子のことを。
「ンハッ! でもさ、確かに応援は大事だよな。応援してくれるだけで何か湧き上がってくるもんあるし!」
「名前呼ばれるとMAX嬉しいよな! お前も嬉しかっただろーセナ! 観客席から呼ばれた時はさ」
「そうだね。恐れ多いけど嬉しいよ」
「いい加減謙虚もやり過ぎると嫌味っぽいけどな」
「えええ……」
「そこがセナくんの良いところだよ!」
「全くだ。阿含にも見習わせてみたい」
「あ、阿含さんが謙虚……こ、怖い想像しちゃった」
「謙虚でもスマートに全力は尽くすだろ。何せ相手は集英医大、どう動くかお手並み拝見だぜ」
「少しでも隙があれば突っ込んでもらう。頼んだぞセナ」
「……はい!」
 返事と同時、途端に顔つきが変わった小柄な男子、セナ。
 部員たちが話していた強い人っぽい名前。大人しそうな男子を呼ぶ名前。鈴音が応援したい相手の名前。
 そうか。彼がセナなんだ。
 見た目がどれほど意外性に富んでいても、その実力は折り紙付きなのだろう。周りの部員たちが頼りにしているのがわかる。かといって頼りきりというわけでもない。だって皆同じ目をしている。それを見つめる鈴音の目は期待に満ち満ちている。
 瀧鈴音が見てきたものは目を見張るほど眩しいものだったのだろうと、自分にも感じられるほどに伝わってきていた。