労いの言葉

 観客席からの大歓声が鼓膜を響かせ、チームメイトが泣き笑いの表情を見せながら瀬那目掛けて飛び込んでくる。エンドゾーンで倒れ込んでいた瀬那が避けられるはずもなく、チームメイトの全体重に思いきり潰され殴られ抱え上げられた。
 最京ウィザーズを下しライスボウルへの切符を手に入れた炎馬ファイアーズは、年明けに日本一のチームを決定する戦いが始まる。
 去年の雪辱を見事果たした炎馬ファイアーズを悔しげに、だがどこか満ち足りたような表情をした蛭魔が眺めていた。
 フィールドから降りると途端に足元が覚束なくなった。いつかの試合も意識をなくしたことがあったことを思い出す。初めて自分を晒して戦ったあの試合。トップスピードのまま駆け抜けた疲労と張り詰めていた緊張が一気に抜けた時のことだ。
 あの時、倒れた瀬那を誰かが受け止めてくれた気がする。気がつけば更衣室の長椅子で寝かされていたけれど、どこもぶつけた様子はなかったし、薄れる意識の先で誰かが瀬那を労う言葉をくれた気がしたのだ。
 当時も皆おめでとうとお疲れ様をたくさん浴びせてくれたものだから、記憶が入り混じっているとは思うけれど。
 壁伝いになんとか歩いていたものの、階段を降りきったあと床に膝をつきそうになる。ここで座り込んだらもう立ち上がれない気がしたので、せめて更衣室までは向かわなければ。でももう足ががくがくしていて、どれだけ体力をつけたと思っても足りないのがもどかしい。
「もうちょっとだけ踏ん張って」
 床へと倒れ込みそうだった身体は颯爽と目の前に現れた人物に抱き着く形で受け止められた。華奢な肩が視界に映る。重いと呻きながら瀬那へ笑顔を見せた。
「鈴、音」
 昔ならいざ知らず、脱力した成人間際の男子の身体を支えきるには余りにも力が足りなかったらしく、瀬那は鈴音を下敷きにしながらどしんと床へと倒れ込んだ。ごめんと謝るものの、もう動けないと続ける。
「踏ん張れなかったかあ。まあ仕方ないよね。今大会じゃ一番ハードな試合だったもん」
「や、でも高校の時だってやってたわけだし……体力つけたつもりが全然足りなかったんだ」
「そんなことないよ、動けなくても起きてるじゃん」
 動けない瀬那の下からなんとか身体を起こし、鈴音は壁にもたれるように瀬那の頭を膝に乗せて床へ座った。不可抗力とはいえ皆が通る道でこれはちょっと恥ずかしい。
「ライスボウル行きおめでとう。……格好良かったよ」
 ありがとう。そう伝える前に鈴音の顔が視界いっぱいに広がり、柔らかさを感じるものが唇に当たった。少し離れた鈴音の顔に瞬きを一つして見つめる。歯を見せてにやりと笑った鈴音に、瀬那の頬はじわりと朱が差していく。
 なけなしの体力を振り絞ってなんとか起き上がろうとして、背中を支える鈴音を恨めしげに見つめる。悪戯が決まったときのような達成感を抱いているのが笑顔から読み取れて、してやられたような気分で瀬那は長く溜息を吐いた。
「なによ、嬉しくないの。勝利のちゅー」
「いや嬉しいけど……場所が」
 なにせ選手が出入りする通り道だ。瀬那以外の選手たちはすでに更衣室で浮かれ騒いでいるはずだが、誰が通るかもわからない場所で。
「大丈夫! 皆騒いで気づかないし、今日くらい良いでしょ」
 嬉しいんだから仕方ない。言葉どおり満面の笑みが瀬那へと向けられる。
 あと一つ。あと一つ勝てば日本一になる。海の先にあるプロの世界への足掛かりは、どこまでも大きな壁ではあるけれど。
「楽しみだなあ、ライスボウル」
「そっか。でもまずは」
 勝利をもぎ取ることよりもまず、また戦えることが嬉しい。そう口にすると、鈴音の目は少しだけ眩しそうに細められた。
「お疲れ様」
 色んな人から伝えられた労いの一言が、瀬那の脳裏にあの日のことを思い出させた。
 小早川瀬那として初めて試合に勝利したあの時、意識をなくした瀬那を支えてくれたのはこの声だった。
「そうか。鈴音だったんだ」
「なにが?」
「……なんでもない。ありがとう」
「……どういたしまして?」
 何への感謝か図りきれないものの、鈴音は疑問形で言葉を返した。それがなんとも鈴音らしい気がして、瀬那は声を上げて笑った。