兄弟弟子の恩人・二

 鬼殺隊の隊士になってからというもの、義勇とは一度も顔を合わせることがなかった。
 実弥は字が書けない。おかげでこちらから文を出すということができない。代筆を頼むこともできるのだろうが、私用の、しかもただ近況を確認するためだけの文など代筆として物足りなさすらある気がする。何より他人に頼むのが気に入らない。自分のことは自分でしてきた実弥にとって、文の一つも一人で出せないというのは情けないの一言に尽きる。
 平隊士には大抵拠点となる家がない。往々にして鬼に追われて集まってきたような者が多いからだ。
 育手の家に住まわせてもらえるならば御の字で、無事を確認する意味で居座る奴もいるが、厄介になり続けるのも悪いという理由で離れる者もいるらしい。任務が済めば怪我をして、藤の家紋の家で医者を呼ばれて接待を受けるのが日常だった。そこにいけば休んでいる間も何くれと世話を焼いてくれるのだ。拠点がなくても普通にやっていけてしまう。自分のことは自分でしてきた実弥としては、いたれりつくせり過ぎて気が引けたのだが。まあとにかく、平隊士である実弥もまた大抵藤の家紋の家を転々としているのが現状だった。
 柱なら屋敷を貰えるらしいというのは聞いたことがあるが、屋敷があっても帰ることは滅多になさそうだと思っている。
 しかし、自分はともかく義勇の拠点は知っておきたかった。匡近は育手の家に定期的に帰っているし、担当地区は被っているから任務で会うこともよくある。対して義勇は全く、本当に、露程も音沙汰がない。本当に存在しているのかと思うほどに。
「クソがァ! 何で鬼なんか腐るほど出てくるくせにあいつは出てこねェんだよ!?」
「ヒッ! あ、し、失礼します」
「……あー、悪ィ……事後処理かァ」
 幼少の頃より人相が悪くなった実弥は恐がられることが多くなった。特に隠は大半がこうして怯えられる。隊士にすら恐れられることがあるほどだ。別に怒っていないのに。今のはちょっとした悪態だ。
 隠が二人鬼が崩れた付近へ近寄り、そのうちの一人が辺りを見渡してから実弥へと近づいてきた。
 何だと思う前に口布を少しだけずらし、隠は素顔を晒した。
「不死川実弥隊士。以前より逞しくなったようだ」
 療養していた時、一度だけ顔を合わせて感謝された相手。実弥の兄弟子の片割れ。義勇の友である錆兎だ。
「俺の未熟さ故にあなたにも義勇にも、皆に迷惑をかけたこと、深く反省している。刀は持てないけど、もうどこにでも走り回れるようになりました」
「いや、まァ……確かに向こう見ずで無鉄砲だとは思うけど……俺だってあるし。ていうか敬語はいらねェよ。むず痒いわァ」
「……そうか、ありがとう」
 破顔した錆兎は嬉しそうだった。男らしくて剣士になりたいとずっと言っていたと義勇から聞いたが、自分がそう在れないという葛藤は凄まじかったのではないかと思う。自分が隊士になって更にそう感じたものだ。それでも吹っ切れたように錆兎は笑っていた。
「義勇には会ったか?」
「いやァ……あいつが隊士になってからは一度も会ってねェ。担当地区が違うみてェだなァ」
「そうか。この先被ることになるかもしれないな。義勇は今度水柱になるから区域は広くなるし」
「……はァ?」
 今何と。水柱。水柱だと。それは確か熟練の白髪混じりの男だったはずだ。ああ、そういえば先の任務で亡くなったと聞いたのだった。嫌がっていたから受けるよう諭したのだとも錆兎は口にした。こいつは義勇と会っていたらしい。
「義勇は思慮深い。俺が持てなかった冷静さをきちんと持ってる。柱に相応しい奴だ。まあ何考えてるのか表情からわかりにくくなってるからちょっと困るんだが……手紙出してもなかなか返ってこないし」
「柱ァ!?」
「この間なんか……ああ、そうだ。義勇は水柱になる」
 人間あまりに驚くと咄嗟に頭が働かないらしい。
 義勇が水柱。まじでか。いや、刀鍛冶がやってきた時、義勇の刀の色を褒めていたのを思い出した。
 深い深い青。色の違いが強さを表していたならば、素質は充分だったということだ。
「あいつ柱になんのかよォ! 担当地区はどこだよ!」
「いや、それは俺も詳しくは……柱になれば屋敷を頂くはずだ」
「アッ、そうかァ。どこにあんだよ」
「いつ頂くかは俺にも。蝶屋敷へは薬を貰いにいくようにしてるらしいから、もしかしたらそちらに顔を出すかもしれないな」
「おー、わかった。ありがとよォ」
 もう一人の隠そっちのけで話し込んでしまったことに錆兎が謝り、実弥も悪かったと口にしてからその場を離れて次の指令を待つことにした。

 蝶屋敷というのは最近医療機関として開かれた施設だ。最近任命された花柱を筆頭に隊士たちの治療をしてくれるらしい。開設されたばかりで実弥はまだ向かったことがなく、噂に聞く程度である。
 実弥は稀血である自身の血を流して鬼を殺す。任務のたびに傷が増えるのだから、いちいち治療に向かっては勿体ないと思うので行く気はなかった。藤の家紋の家でも治療は受けられるのだから、わざわざそこに拘る必要はない。色ぼけた隊士は拘るようだが。
 曰く、女の身でありながら柱にまで上り詰めた花柱は絵に描いたような大和撫子で、物腰柔らかく美人なのだそうだ。立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花。正に言葉どおりの方なのだと。
 どうでもいい。そりゃ実弥とて美人がいればつい目で追ってしまいもするが、だからといって鬼殺隊で色ぼけていられるほど暇ではない。
 なんて思っていたのがついさっきまで。勢いのままに蝶屋敷へとやってきたが、用事など義勇に会う以外のものがなかった。なのに急にやってきた実弥を嫌な顔一つせず招き入れてくれた。
 蝶屋敷の主人、胡蝶カナエは笑みを絶やさず客間へと実弥を案内した。義勇が来ていないかと聞いたところ、今は診察中とお言葉をいただき待つことにしたのだ。
 良家のお嬢さんという言葉が似合いそうな美人だ。つい目で追ってしまうのを何とか堪えつつ、狭霧山にいた義勇をふと思い出した。
 このおっとりのんびりした感じ、少しばかり義勇と似通っている気がする。夜の布団の中で家族の話をしていた時の義勇に、少しだけ。
「あ、診察終わったのね? 冨岡くん、ちょっとだけいいかしら」
 廊下へ顔を出してそこにいるらしい人影へと声をかけると、足音が客間の前で止まった。胡蝶の奥に現れたのは数年振りの兄弟弟子で間違いなかった。表情が何一つわからなくなっているが、間違いなく。
「実弥」
 前言撤回。何一つ読めなかったはずの表情が実弥を認識した途端に破顔した。その瞬間実弥の心臓が鈍い音を発し、思わず胸のあたりの隊服を握り締めた。あの狭霧山で感じた心臓の動きと同じものが襲ってきたらしい。数年に一度くらいに発生する病気か何かなのかこれは。
「大丈夫か。顔が赤いし恐い」
「うるせェわ! 何でもねェよ」
「心臓が痛いのか? 診てもらいに来たのか」
「今日は冨岡くんを探しに来られたみたいよー」
 口元に手を当てていた胡蝶が楽しげに実弥へと目を向けながら理由を告げられた。不思議そうに首を傾げられても実弥としては納得がいかない。
「お前入隊してから一度も狭霧山に来てねェし、任務でも顔合わせなかっただろォ。生きてんのはわかってたけどよ」
「……ああ。すまない」
 錆兎にも言われた。小さく呟いた言葉はどこか申し訳なさそうにも聞こえ、反省しているらしいことは何となく理解できた。
 気を利かせてくれたのか、胡蝶は二人分の茶請けと湯呑みを差し出して客間を出ていった。
「その錆兎からお前が柱になるとか聞いたんだよ。匡近もまだなってねェってのに、やるじゃ」
「本当の水柱が現れるまでのただの中継ぎだ」
「はァ?」
「……と、錆兎に言ったら殴られた」
 当たり前だ。
 鬼殺隊が実力主義であることは嫌というほど身に沁みている。そんな隊内で最高位の階級を任命された人間が、中継ぎなどということがあるはずがないだろうに。
「……最終選別で俺は何もできなかった。本当なら鬼殺隊に入ることも」
 義勇の剣をしかと目にしたことはない。刀を受け取った後、義勇はすぐに任務へと向かうために狭霧山を後にした。山での鍛錬は実弥が慣れるまで刀を抜かなかった。だからこいつの実力がどうなのかを実弥は知らない。
 だが実弥はその腰に差す刀の色が深い深い青であることを知っている。その青はきっと、柱になるに相応しい色なのだろうということも。
「いつまでもうじうじ考えてんじゃねェよ。おこぼれで入隊しようが隊士になってからの功績が全てだろォ。ていうかそれ俺に喧嘩売ってんのか。一回目の最終選別はおこぼれで合格になっただろォが」
「いや実弥は」
「うるせェ、面倒臭ェ。今生きてんだから良いだろォ」
 こいつはずっとこうして考えていたのか。一人でいる時間が長ければ、きっと考える時間も多かったはずだ。ただでさえ義勇の性格は後ろ向きに考えがちであることを、狭霧山でも鱗滝が心配していたのを思い出した。
 ほんの少しだけ泣きそうに眉を顰めたが、義勇は実弥の言葉に小さく頷いた。しっかり納得したかどうかは怪しいところだが、また何かうじうじと考えることがあれば、今度は実弥が殴ればいいかと考えた。
「んで? 引け目があるから連絡しなかったのかよォ」
「……お前の、くれた恩に応えられるものがない」
「はァ?」
 また何かよくわからないことを口にした。以前はもっと話もしていたはずだが、さては隊士になってから人付き合いをサボっていたのではないだろうか。
「弟が生きてると言っただろう。会いたいんじゃないかと思ったが、会いたくないかもしれないと思ってどうするか悩んでた。お前は錆兎を助けてくれたのに」
 連絡をしなかった理由として挙げたにしては謎な話だった。
 実弥が錆兎を助けたのに、恩に応えられるものがない? 弟に会いたいか会いたくないかがわからない。実弥の喜ぶことをしたかったということだろうか。そんなもの、それこそ手紙ででも聞けばいいだろうに。
「———、お前、探してたのかァ?」
「……家族がいるなら、会ったほうが良いんじゃないかと思った。俺にはもういないから。でも不仲なこともあるらしいから、余計な世話なんじゃないかと」
 世話になった藤の家紋の家の者に、名前だけでも知らないかと尋ねていたらしい。
 大きく胸を叩いた心臓が鷲掴みにされたように苦しくなった。何なんだ本当に。忙しない、義勇と会ってからずっと。
「……お前は鱗滝さん紹介してくれただろォ」
「錆兎の命と狭霧山に一緒に帰っただけのことが同列になるわけないだろう」
 頭は大丈夫かと余計な一言を付け足され、実弥はとりあえず心臓を無視して義勇の頭を叩いた。
 ああもう、本当に何だというのか。余計な世話でしかないはずなのに、義勇の心情を思うと突っぱねるのも悪い気がするのだ。
 つまるところ、人探しに忙しくしていたくらいには調べていたのだろう。人付き合いのうちに入らなかったのかさっぱり口下手になってしまっているけれど、全くお節介、余計な世話、度の過ぎたお人好しだ。いつかお涙頂戴の作り話をする悪人にころっと騙されそうなくらいである。
「俺は、弟が俺の知らねェとこで幸せになってくれんなら会えなくたっていいんだよ」
 こんな危険な仕事をしているのだから、余計に近づいてはいけないだろうと思うのだ。実弥のことなど忘れて幸せに生きていてくれれば言うことはない。
 会いたくても二度と会えない家族がいる義勇には理解できないかもしれないが、それでも実弥の心情を慮っていたらしい。大きな溜息が知らず漏れ出ていた。
「まあ……気持ちは有難いけどなァ。それで鱗滝さんたちに返事しねェとかやめろよ」
「……善処する」
 本当かよ。何はともあれ数年振りに兄弟弟子と再会し、無事を確認できたことは実弥にとっても安心できるものだった。心臓は妙な動きをしていたが、今は落ち着いたようでもあるし。
「実弥は今どこに住んでるんだ?」
「別に、適当に。……そういやお前もうすぐ屋敷貰うんだっけかァ」
 胡蝶に挨拶をして長居し過ぎた気のする蝶屋敷を出てきたところで、義勇はふいに疑問をぶつけてきた。
 怪我をしていなくても藤の家紋の家は隊士を迎え入れてくれるし、宿に困るようなことはなかった。なので特に気にしていなかったのだが。
「ああ、……来るか? 一緒に住めば良い、お前が柱になるまでの間」
 さらりと口にした言葉に実弥は目を丸くした。
 愛想も表情も消してはいるが真っ直ぐに目を向けて、実弥が柱になると信じきっているらしい。何だよそれ。そりゃなるつもりで鬼を殺してまわっているけれども。
「……お前、俺の前でその顔やめろォ……」
「生まれた時からこの顔だ」
 拠点がなくて困りはしなかったが、あって困るものでもない。助かると口にしようとしたはずが、それよりも気になった義勇の表情に意識が集中してしまったらしい。口から無意識に飛び出ていた。
「違ェよ、表情消すなァ。狭霧山ではちゃんと笑えてただろ。さっきも、……冷静さは必要だろうけど、鬼のいねェ時まで表情消さなくていいんだよ」
「……わかった。が、狭霧山を出てから実弥や錆兎と話すみたいに喋ってなかったから……表情に突っ込んだのは二人くらいだし」
「そりゃ知らねェ奴はな。癖ついたのかよォ」
「わからない。でも実弥と話してたら楽しいから緩む。来るのか?」
「あー……まァ、邪魔するわ」
 小さく口角を上げて笑みを向けた義勇を見てまた実弥の心臓が激しく音を鳴らした。ともすれば聞こえてしまうのではないかと思えるほどの激しさだった。

*

「呆けるな、斬れ!」
 この先被ることになるかもしれない。錆兎に会った時そう口にしていたのを思い出した。
 柱の担当地区は膨大で、ひと晩の間に一般隊士の何倍も駆け回っているというのは聞いたことがある。そもそも今は水柱の屋敷に転がり込んでいるのだから、顔を合わせる頻度は以前と比べ物にならず、毎日手合わせをしているくらいだ。
 だから義勇の型は全て知り尽くしているのだと思っていた。見たことのない技が匡近への攻撃を止め、邪魔のいなくなった鬼の頸を実弥の刀で一閃した。
「匡近、義勇!」
「………、義勇って、水柱のことかあ……」
 子供を庇ったせいで負った怪我は出血が多く、血に塗れたまま匡近は薄く笑い、そのままことりと意識を失った。止血をしても手拭いから血が滲み出て来る。隠を待つより自分が走ったほうが速いと感じたのは実弥だけではなかったらしく、義勇の手が匡近を抱え上げた。
「お前も怪我してるだろう、俺が蝶屋敷まで連れていく。ついてこい」
 ひと足先に柱になった故の経験か、有無を言わさぬ物言いに普段の穏やかさは欠片もなく、実弥はぐ、と言葉に詰まりながらも頷いた。義勇は知己の兄弟弟子で、任務中は上官だ。従うことに異論はないが。
 柱の任務量は膨大だと聞く。蝶屋敷へ向かうまでの間、義勇に来る指令を無視することになる。
「待て! 俺が連れていく。遅くなってすまない」
「……錆兎。頼む」
「ああ、任せろ。行くぞ、動けるか?」
「……余裕だわこんな怪我」
 走ってきた隠に声をかけられ、状況を読んで早々に判断を下した義勇は言葉少なに手早く匡近の身柄を錆兎へ預けた。実弥に目を向け、指令を受けた義勇はその場から消えるように立ち去った。
 手合わせでも普段の様子からも読み取ることのできなかった柱としての義勇は、正しく隊士たちの頼ろうとする柱そのものの存在だった。見たことのない型を使い、状況を即座に判断する。しっかり柱やってんじゃねェかよ。舌打ちしながら実弥も錆兎の後を追った。

 下弦の鬼の頸を斬ったのは実弥だ。だがそこまで弱らせられたのは匡近と二人だからこそできたことで、義勇が来なければきっと匡近は死んでいた。確かに義勇はすでに柱だが、今回の功績で自分だけが柱に任命されるのは納得できなかった。
 匡近の怪我の具合は芳しくなく、リハビリをしたとしても隊士に戻れないのだという。その憤りを八つ当たりした自覚はある。隊士の苦労も知らない男を崇めるなど実弥には無理だったからだ。
 匡近はそんな実弥の溢した苛立ちも理解していて、耀哉にわざわざ文を送ったのだそうだ。実弥に言い聞かせてほしいと告げて。
 その手紙を読む前にやらかして、耀哉には大変無礼をしてしまったと反省している。ちくちくぐちぐちと説教をされるのも仕方ない話である。
 説教がひと段落してちらりと辺りに視線を向けると、少し離れたところからこちらを伺うように義勇は眺めていた。何を考えているのかわからない表情が、実弥と目が合うことでふわりと柔らかくなった。最悪なところを見られてしまったわけである。
「……何だよォ」
 義勇を見て、実弥を見て、心底驚いたように目を剥いている柱は当事者を除く全員だった。一体何だと一先ず問いかけることにした。
「えっと。お前冨岡と知り合いなの?」
「元同門だよォ、半年だけ」
「会いに来てたし仲良いのよね」
 悪くはない。今まで義勇の屋敷で寝泊まりしていたし、時折錆兎も顔を出すようになった。匡近も今度紹介してやろうとしていたところに今回の任務だったのだ。初対面は散々な結果ではあったが、図らずも面識はできてしまった。
「ふーん。胡蝶はじゃあ冨岡担当お役御免ってところか」
「はァ?」
「あら、私は嫌々じゃないですよ。検診もちゃんと受けに来てくれるし」
 何だ担当とは。訝しげに眺めた実弥に目を向けた音柱が訳知り顔で話し始めた。
 曰く、暗く無口で協調性の欠片もない水柱との連携を取るため、もしくはどうにかするため、冨岡担当と称して世話役を置くことにしたのだそうだ。いやしかし、散々な言われようだが、主に岩柱と花柱が担当していたらしい。何だその面倒なしきたりは。
「冨岡の人見知りと口下手が邪魔をして柱同士で諍いが起こっても困るからな……。この様子だと不死川は大丈夫なんだろう。今までにないほど冨岡の空気が柔らかい」
 まあ確かに、好かれているのだろうことは理解している。あの澄ました顔を実弥にも出してくるので見慣れなくてやめてほしくて注意したこともあるくらい、実弥も義勇のことはそれなりに友であると思っている。実弥の前では以前のような表情は増えたが、うん。隊士たちの前ではさっぱり表情筋はサボっているのだろう。
「知り合いならお館様への態度くらい忠告しとけよな」
「食って掛かるとは思ってなかった」
「ぐぅ。反省してるわァ……」
 短気な性格と血の気の多さと、頭より体が先に動いてしまうせいだ。鬼相手なら良くても人間相手に、しかも目上の方に対しての態度ではなかった。
「冨岡のこの沈みきった感情のほんの少しでも理性が働けばな。両極端な奴らだな」
「正反対な人ほど仲良くなりやすいものよ」
「何でもいいけど、冨岡担当はお前だからな。お館様に食って掛かった罰だ」
 話を聞いていれば冨岡担当などというのは大したことはなく、実弥にとってはいつもどおりで罰にならないのだが。
 ああ、屋敷を貰ってしまうから、実弥はもう居候しなくなるのだった。そうそう顔を合わせる頻度も減るのだろうと思うと、冨岡担当とやらは確かに大変になるのかもしれない。

「これでチャラになったなァ。世話になった回数は俺のが多いかもしんねェ」
 柱合会議の帰り道、数少ない私物の荷造りをするために義勇と並んで屋敷へと歩き出した。他の柱はすでに去っていった後である。
 錆兎の恩人だなんだと散々実弥に口うるさく告げていた言葉。実弥にとっての義勇は、匡近を助けてくれた恩人という肩書きがつくようになった。
 自らチャラなどと言うのはお門違いのような気もするが、とにかくこれで義勇のいう恩返しは受けたのである。何故か不思議そうに首を傾げられたが。
「俺も匡近、兄弟子を助けられた。お前になァ」
「……偶然だ。俺は別の任務に行く途中だった。物音と血の匂いがしたから」
 嫌な予感がして立ち止まった。屋敷の戸を開いて鬼と隊士がいることを確認した。なのに一撃は間に合わず食らわせてしまった。
「ごちゃごちゃうるせェ、いいから言わせろよ。ありがとなァ」
「……うん」
 まただ。義勇が笑うと同時に心臓が妙な動きをして、力づくで鷲掴みにされたような感覚になる。これが持病というものか。不整脈とかだろうか。どうかしたかと口にした義勇に何でもないと誤魔化した。