兄弟弟子の恩人・一

⚠キャラ掴めてない匡近が登場します。かなり出張ります。

 大粒の涙を溢してしがみついてくる少年に、実弥は大層困惑しながらなすがままになっていた。
 涙声が感謝を何度も伝えてくる。家族を失ってから、誰からも感謝など貰えなかった身に妙に染み渡っていた。
 実弥が迷い込んだ山には複数の鬼がいて、刀を持った子供までいて、何が起こっているのかと様子を窺っていた時だった。普段なら夜明けまで縛り付けて朝日で焼き殺してしまう鬼を、子供が刀を振るって頸と胴を斬り離し、鬼だった体が崩れ落ちていくのを目にした。実弥が持っていた刃物は傷をつけても元通りになっていたのに、どういうことなのか不思議だった。
 他の子供は様子を窺っていたり隠れていたりで早々動くことはなさそうだったが、颯爽と鬼に向かっていく少年と手を伸ばして叫ぶ手負いの少年がいた。頭を怪我して動きを止めるように別の子供に羽交い締めにされていたが、それを振り払おうとして難儀しているようだった。
 そうこうしているうちに血気盛んな子供は鬼を斬っていく。助太刀するような隙もなく、残党はいないのかと山を探していた時だ。最後の一体らしき鬼を見つけ、そばには少年と、少年がつけていた面が割れて落ちていたのが見えた。
 鬼は人の名らしきものを呼び、どこぞの子供の特徴をあげつらって耳障りな声で笑った。その面が目印、弟子は皆殺しだと叫んで襲いかかろうとしてきた。少年は実弥が追いつく前に、すんでのところで攻撃を止めたが刀を叩き折られてしまい、そのまま振り下ろされた鬼の腕の勢いに押されて体を地面に叩きつけられた。
 何かを考える前に実弥の体は背負っていた武器を構えて鬼に突き刺した。痛いと叫ぶ鬼にかける情けは露程もなく、何度もいたぶるかのように切っ先を突き刺した。だが決定打となれるものを持っておらず、鬼は騒ぎながらも実弥を煽るように下卑た笑みを見せた。拘束しながら辺りを見渡し、奥に見えた人影に向かって声を上げた。
「早く斬れ! 無理なら刀ァ寄越せ!」
 頭から血を流す少年がふらふらのまま駆け出そうとして、慌てたようにそばにいた子供が刀を構えて近寄ってきた。震えているのに気づいた実弥は奪い取るようにして刀を握り、鬼の頭を足蹴にしながら見様見真似で頸を斬った。
 見ていたとおり、鬼は実弥が振るった刀でも崩れ落ちていった。ただの武器ではない何かがあるのか実弥にはわからず、やがて鬼が全滅した山を降りるという彼らについていくことにしたのだった。
「何もできなかった。狼狽えてばかりで」
「いや、怪我してたんだろォ」
 ひとしきり泣いた後、医師を見送った少年は項垂れながら呟いていた。何かをしてしまってから後悔することが実弥にはあるが、こいつは何もできなかったことを恥じているようだった。別の子供はこいつを引き止めていたし、動けなかったのは仕方ないような気がしたのだが、心情はそうもいかないのだろう。
「俺が止めなきゃいけなかったんだ」
 一人で大半の鬼を斬った少年は、今は治療を受け眠っている。医師が言うには全身を強く打っていて、今後刀を持つのは難しいという。その言葉を聞いてから少年は思いつめたような表情を見せた。
「錆兎が飛び出すのは先生も危惧してた。わかってたはずなんだ。俺が冷静になってないといけなかった。これじゃまた……」
「……あ、あんま思い詰めんなよォ……」
 見殺しにしてしまう。
 独り言のように小さな声で呟いた言葉は実弥の耳に届いた。あまりに悲壮な顔をするものだから、実弥はついわかったような言葉をかけてしまった。先生というものに興味を惹かれたものの、少年の様子は泣いていた時よりも不安になるような態度を見せた。
「……大丈夫だ、落ち着いてる」
 確かに落ち着き過ぎなほどに冷静さを取り戻したようだ。泣き縋っていたのが嘘のようだった。
 きっと眠っている少年は友だとか兄だとか、大事な身内なのだろう。その彼を本人は助けられなかったと嘆いているのだ。
「お前も鬼殺隊に入るのか?」
「え、あ、あー……お前らみたいに剣ができるわけじゃねェし」
 山の麓で待っていた女の人の計らいで何故か実弥も刀を打ってもらうことになってしまったが、そもそも実弥は剣術などさっぱりなのである。鬼を狩るには今のままでは駄目なのだろうということも何となくわかっていた。最終選別とやらに乱入した形になったが、このまま隊士になったところでいつか下手を踏みそうだ。別にそれで死のうと構わないし覚悟はしているが、情けないという気分にはなる。
「習いたいなら先生に聞いてみるけど。鬼狩りになるための修業」
 助かる。大変助かる。気になっていたのだ、少年が先生と言うたびに、師がいれば実弥も刀を持つ鬼狩りになれるのではないかと考えていた。紹介してくれるのなら有難い。
 弟と離れ離れになってから、誰かを頼るなんてことをしてこなかった。ここには実弥と同じように鬼を憎む奴らがいるのだ。
「合格してから修業になると任務はどうなるのかな」
「どうせ迷い込んだだけだし、選別受け直しでもいいだろ。刀使うなら慣れねェと鬼も殺せねェ。……お前の先生だっけ、紹介してくれよ」
「わかった。一緒に帰ろう」
「……おう」
 帰る場所になるのだろうか。実弥の帰りたい場所は跡形もなくなったけれど、これから向かう場所はそういうものになるのだろうか。何だか久しぶりに人との関わりを持ったせいか、実弥の心中は随分覚束なくなった。

 乱入した藤襲山で知り合った少年は義勇と名乗り、実弥が助けた少年を錆兎だと紹介した。
 治療中で意識のない錆兎は一時入院させることになり、実弥は義勇とともに狭霧山へと足を向けた。
 同門の兄弟弟子。錆兎は強くて男らしくて良い奴なのだという。今から紹介される師のもとで修業を積んだ友なのだそうだ。家族を鬼に殺されてから流れ着いたところに彼らはいて、義勇はそこで鬼狩りになることを決めたらしい。目が覚めたら紹介すると言って小さく笑った。
 狭霧山に足を踏み入れあばら家が見えた時、戸から出てきた天狗に実弥はぎょっとした。義勇は表情を緩めて駆け出していったので、普段どおりの姿なのだろうことは察したのだが。義勇を抱き締めた天狗の面の奥から雫が幾度となく零れ落ちていて、泣いているのがわかった。
 藤襲山に迷い込み選別の鬼を殺して錆兎を助けてくれた恩人、などという大層な肩書きが義勇から告げられ、師である鱗滝は非常に驚きながらも実弥へ感謝を口にした。普段は陽に当てて焼き殺していたことを告げると鱗滝は二の句を告げなくなっていたが、鬼を殺せるようになれる修業をしたいと言うと彼は悩みながらも頷いた。鬼狩りとしての素質は充分あると一応口にして。
 そんなわけで実弥も呼吸法とやらの修業を受けられることとなり、義勇とともに本日はあばら家で睡眠を取ることになった。久しぶりに不法侵入ではない場所で眠れるのだ。
 あばら家に戻って師の顔を見たら安心でもしたのか表情は随分穏やかで、義勇は隣で布団を被る実弥に何くれと質問を寄越してきた。どんな暮らしをしていたか、互いの兄弟の話、鬼に家族を殺された話。鬼になった母を殺したことは言えなかった。弟に言われた言葉を浴びせられるのが怖かったからだ。
 名字が不死身の不死に川でしなずがわだと口にすると、義勇はどこからそんな連想をしたのか出世しそうな名前だと笑った。変なことを言う奴だと思いはしたが、久しぶりに実弥も穏やかな気分になれた。
「……先生が錆兎に言ってたこと、俺は気にしてなかったんだ。冷静さが足りないって、先に体が動くことなんだと思ってた。俺は考え過ぎてすぐに動けなかったことがあって……だから、それが命取りになるなんて思ってなかった。……いや、錆兎なら大丈夫だって思ってたんだ」
 ひと通りの質問を終えた義勇は、最終選別でのことを振り返って呟いた。
 鱗滝は判断が遅いと義勇を叱り、錆兎には頭を使って考えろと叱る。二人合わせて割れば良い具合になりそうな言葉だ。茶化すつもりはなく口にはしなかったが。
「判断が早いのと手が早いのは別なんだ。俺はそれをわかってなかった。実弥が助けてくれて本当に良かった」
 どきり。
 歪に口角を上げても口元は震えていて、何とか涙を我慢して実弥へと笑みを向ける義勇を目にして、実弥の心臓は何故か妙に大きく動いて落ち着かなくなった。
 何だ今のは。いやその前に義勇が泣きそうだ。短い関わりでもこいつが兄弟弟子の死を恐れていたのはよくわかった。当たり前だ。すぐそばにいた存在が鬼に殺されそうになって平静でいられるはずがない。
「ありがとう」
「……いや別に、俺だって必死だったし。あー、その」
 泣くのを堪えながらも笑おうとしている義勇がやけにいじらしく見えて、実弥は慰めるように頭を撫でた。少々不満げに子供じゃないと義勇は口にしたが、実弥の手を振り払うようなことはしなかった。
 先程まで安心して眠れそうだったのに、心臓がうるさくて目が冴えた。空気の薄い山の中だからだろうか。修業場はまだまだ上にあるらしいのに。
「お前、修業ってどんくらいの期間やってたんだよ」
「一年くらい」
「ふーん。じゃあ俺はもっと早く終わらせてやる。そんでさっさと鬼殺隊に入って鬼を殺してってやるよォ。俺が隊士になるまで死ぬんじゃねェぞ」
「……精進する」
「んで、あいつの目が覚めたら紹介しろよ。お前の兄弟弟子なら俺もそうなるだろうし」
「弟弟子だな」
「あァ? ……まァそうなる」
 兄弟子と呼ぶにはどこか抵抗のある相手だが、そんなものは実弥の気持ちの問題だ。錆兎とは同時期にここに来た上に、同い年だから序列がないという。同い年である実弥もそこに含めてくれれば助かるが、一年も違えば変わってくるのだろう。
 ならばせめてこいつらより強くなって、より多くの鬼を殺してまわることを目標にした。

 最終選別からしばらく後、刀鍛冶の里から刀が二振り届けられた。
 一つは隊士となる準備が整った義勇のもの、もう一つは何故か選ぶよう促されて作られた実弥のものだ。
 まだ修業を始めたばかりである実弥は手に持っても色は変わらないらしく、仕方なく義勇の刀の色が変わるのを眺めていた。
 深い深い青に染まっていく刀身に、思わず実弥の目が奪われた。
 こんなに鮮やかに色が変わるのか。見事な青だと鍛冶師は喜んだ。
 自分の刀も変わるようになるのだろうか。本人も驚いて凝視しているが、鱗滝が持っている刀とはまた色が違う気がする。不思議なものである。

*

「風の呼吸の育手の元に行きなさい」
 義勇が隊士として狭霧山を出ていって半年ほど経った頃、鱗滝は実弥に新たな指示を寄越してきた。
 刀を持って眺めていた実弥には衝撃しか与えられない言葉だ。
「エッ。破門ですか……!?」
 何が悪かったのだろう。やはり青にならなかったからだろうか。素質はあると以前は言ってくれていたのに、鍛錬の罠にかかることは幾度もあるけれど、最近は避けられるようになっていたはずだった。実弥のために打たれたこの刀が、鱗滝や義勇とは違う色に変化してしまったけれど。
「違う。お前は水の呼吸に向いてない」
 衝撃を受けて唖然とした実弥の表情に鱗滝はまた慌て始め、鬼狩りに向いていないわけではないと弁解した。
 曰く、鬼を狩るための呼吸法はいくつか種類があり、己の体に合った呼吸法を駆使して刀を振るう。基礎訓練自体は問題なくこなせるし型を使うことも可能な場合もあるけれど、刀の色は風の呼吸を適正としているのだという。
「見事な緑だ。お前は水ではなく風の呼吸が合っている。知り合いに風の呼吸の育手がいるから、一度会ってみなさい」
「はァ……」
 鱗滝は早々に鴉を呼んで文をしたため、どこかへ使いに出した。数日のちに戻ってきた鴉の脚には文が括り付けられており、その返答は是とあったらしく実弥は刀を手渡され挨拶もそこそこに狭霧山を送り出された。
 療養していた兄弟弟子の片割れはすでに意識も戻っている。弱音も吐かず治りも早いらしいのだが、それでも一度痛めつけてしまったものは元には戻らないのだそうだ。
 誰より男らしくあろうとするという錆兎が隊士として剣を振るうことができないと知れば、きっと荒んだり悲しんだりするのだろうと思ったが、彼はそれを顔に出すことはなかった。兄弟弟子の前という意地があって、まあ鱗滝の前ならば泣いたのかもしれないが、とにかく大丈夫だと彼は口にした。そして隊士になれなくても他に方法があると言うのだ。
 強がりも多分にあるだろうが、大丈夫だと言うならば信じればいい。狭霧山には鱗滝がいるのだから、彼のことは任せればいいのだろう。
 というわけで、実弥は自分のことに集中することにした。
 義勇より短い期間で隊士になると意気込んで表明してしまった手前、時間がかかってしまうのはいただけない。半端な修業で任務中に死ぬなんてことはもっと馬鹿らしいので手抜きなんて以ての外なのだが。
 鱗滝の知り合いだという育手の元へ訪れた実弥は、黒一色を纏った男に声をかけられた。
「お前が弟弟子? 不死川実弥?」
「誰だよォ」
「俺匡近。粂野匡近な。お前の兄弟子だよ! 怪我してない時はここで寝泊まりしてるんだ」
 任務地も近いから勝手が良く、師の顔も見られて一石二鳥らしい。義勇は狭霧山を離れてから少しも連絡を寄越すことなどない。目の前の自称兄弟子のように拠点を狭霧山にしてやれば鱗滝も安心できただろうに。
「みっちり鍛えてやるってさ」
「望むところだわァ」
 新たに生えた兄弟子は人懐っこくて明るい奴だった。
 風の呼吸の師がどんな人間か、実弥は今から思い知ることになる。鱗滝のしごきを受けてきた実弥にとって、もはやどんな修業でも耐え抜くつもりはあった。そうでもしなければ隊士になったところですぐに鬼ごときにやられてしまう。そんな失態は犯さない。鬼はすべからく滅殺すべきなのである。

「お帰り実弥! 無事で何より!」
「まァ二回目だからなァ」
 此度はしっかり受けた最終選別からの帰還。匡近は実弥の顔を見て嬉しそうに笑みを向けた。
 師もよくやったと実弥を労い、迷い込んだ際に作られてしまった刀は実弥の手に馴染みしっくりくるようになった。鮮やかな緑は正しく風の呼吸の使い手に相応しいのだと言われ、何となく面映い気分だった。
 とにかくこれでようやく鬼狩りとして任務に赴けるというものだ。修業の成果というものがどれほどになったか試せるのである。
「……よく無事で戻った」
 面の奥で泣いてら。実弥が戻ったと連絡をしたらしく、鱗滝が師の元へと訪れて実弥の無事を確かめるように頬や体に触れた。その様子を師と兄弟子はにやにやと眺めていて気分を害したものの、鱗滝を振り払うわけにもいかず実弥はされるがまま耐えることにした。
「あいつ、錆兎は?」
「ああ、リハビリは順調なようだ。……あの子は隠になることを決めた」
「隠?」
「鬼殺隊の事後処理隊だよ。後方支援してくれる。後始末とか運んでくれたりとか」
「へェ……」
「隊士は皆世話になるんだ。柱だってそう」
「柱?」
「お前、何も知らないな……説明されただろ。鬼殺隊の最高位の隊士だよ」
 最終選別から戻ってきた時に説明があったらしい。そういえば確かに階級の話をしていた気がする。手の甲に何かされていたのを思い出して眺めてみるが、特に変わったことはなかった。
「筋肉膨張させて階級を示せって言うんだよ。こうやって、俺は今己だ」
「それ高ェのか?」
「ちょうど真ん中あたりだけど、下から数えたほうが早いな。お前はたぶん癸。ほらな」
「おお……癸」
 隊士になったことがはっきりと目視できた。
 正式に鬼狩りになった実弥の手には日輪刀。鬼を殺してまわれる鬼殺隊の隊士になったのである。
「じゃあ義勇は? 連絡とか」
「……うむ。文は簡潔なものだ、忙しいのかもしれん。ああ、階級は上がったと」
「何ィ!?」
 階級が上がった。どのくらい上がっているのだろう。実弥がようやく隊士になれたというのに、一年の差はやはり大きいらしい。匡近の階級も越えるのは当分先になりそうだ。
「義勇って、実弥がよく話してた奴だよな。兄弟子の」
「う。兄弟弟子だよォ」
「同じだろ。隠になる兄弟子もいんだし、兄弟弟子多いな!」
「錆兎とはあんま話したことねェ。狭霧山にいた時から入院してたし」
「同じ先生から鍛えられたことがあるんだから兄弟子、身内扱いでいいんだよ」
 人類皆兄弟とでも言ってきそうな口振りに実弥は眉を顰めたが、この明るい兄弟子には修業中何度も助けられた。この存在があるだけで負けん気を発揮できたし、コツのようなものも伝授してくれたのだ。一人だとそうもいかなかっただろうと思う。
「お前の兄弟子とも話してみたいよな。今度紹介してくれよ」
「あいつ連絡殆ど寄越さねェからなァ……」
 鱗滝には送っているようだが、それも短いものだという。筆不精なのか本当に忙しいのか。まあとにかく、生きているなら今はそれで良しとした。