鮭大根布教委員会・2

「煉獄先生。弁当だ」
 月曜日。昼休憩のチャイムが鳴った後、普段なら早々に職員室を出ていくはずの男が煉獄へと話しかけた。
「………!? あ、ありがとう! きみが作ってくれたのか!?」
 室内がざわついた。授業から戻ってきた教師も不思議そうに二人を眺め始め、不死川などは顔を歪めて不審そうに様子を見ていた。かくいう宇髄も隣で似たような顔を晒してしまっていたわけだが。
「姉が」
「………。姉?」
「姉だ」
「……えっと。……どういうことだろうか?」
 弁当の存在を知らされていなかったらしい煉獄は、自分の荷物からいつもの重箱を取り出そうとしていた状態で固まっていたものの、冨岡の言葉が理解しきれなかったらしく向かい合って話を聞く体勢を作った。
「会員一号だから」
「うん」
「本物の鮭大根を食べなければ活動にならないだろうと」
「うん。……うん?」
「姉に作ってもらった」
「ブフッ」
 誰かが吹き出したらしい。相変わらずわけのわからない思考に基づいているようだが、冨岡から弁当を渡されるなどというシチュエーションを煉獄が受けていることで、不死川の顔面が凶悪なものになっている。別に怒っているわけではなく、単に意味がわからないから不思議がっているだけだ。職員室の視線が二人に集まっていて、割り込むべきかを悩んでしまった。
「俺はきみのお姉さんの手料理が食べたい訳ではないんだが」
「本物の鮭大根を食べなければ会員とは言えない」
「冨岡先生が作ったものも本物だろう」
「あれは紛い物だ」
「そうは思えないが!? 美味しかったぞ」
「ありがとう」
「うん。今日も階段に行くのか? なら俺も行こう! ああそうだ、さつまいものお礼なんだが。近くに新しくできた店があってな、食べに行ってみたいと思ってたんだ。一緒にどうだろうか? 奢るぞ」
 唖然とした面々を放置して二人は言葉の応酬を続けている。ちらりと不死川へ視線を向けるとあちらも宇髄へ顔を向けた。恐ろしい顔をしているが、相変わらず不思議そうである。
「何故だ……? 普通自分で作らないか……あと普通に迷惑だろ姉も……」
 ぶつぶつとそばでいちゃもんをつけているのは伊黒だが、それはそう、と宇髄も内心同意した。人が作ったものを人に押しつけるという発想がよくわからなかったが、冨岡なりに何やら考えがあってのことのようではある。理解はできないが。
「それからレシピだ。一号に」
 渡すのを忘れていた。そう告げて冨岡は煉獄に何やら紙を差し出していた。思い至ったように相槌を打った煉獄は、ありがとうと礼を口にしてそれを受け取った。先程煉獄が誘っていた食事がどうなったのかも気になるが、一先ず誰しもが思ったであろうことを代表して宇髄が問いかけた。
「さっきから何だよ一号て」
「鮭大根布教委員会会員一号だ」
「何じゃそりゃ」
 聞いたことがない委員会に首を傾げる教師ばかりである。煉獄が一号ということは、さては誰も会員がいなかったと見た。活動していないのではないだろうか。
「ああ……冨岡先生。私も鮭大根布教委員会に入会してもいいだろうか?」
 職員室の全員が驚いた顔を晒し、声をかけた教師へ視線が集まった。冨岡すら驚いているのはどういうことだと詰め寄りたいが、声をかけた教師の元へと駆け寄っていったのでとりあえず様子を見ることにした。
 声をかけたのは悲鳴嶼だ。突然の入会希望に冨岡の声が驚いているのがよくわかる。感情が表れるなど非常に珍しいことではあるが、そんなことで驚いていて布教する気はあるのだろうか。
「この間鰤がなくて鮭で作ってみたんだが、美味しかったからな。もう少し知名度があってもいいと思う」
「勿論です、ありがとうございます。会員二号です」
 悲鳴嶼に駆け寄っていった冨岡の表情は宇髄の席からは見えない。だが声が弾んでいるので恐らく喜んでいるのだろう。何ともいえない笑みを浮かべたまま煉獄が様子を見ているが、あれはもしかしたら固まっているのかもしれない。殆ど動きがない。煉獄なのに。
 しかし、冨岡の顔は見えなくても悲鳴嶼はこちらを向いている。何かに一瞬ぽかんとした後、再び話し始めた。
「いや……私もよく料理をするが、鮭大根は思いつかなかった。きみのお姉さんは創作料理が得意なのか」
「母の料理ですが、最初は本当に鰤とか鶏がなくて苦肉の策で……」
「成程、同じ道を辿ったんだな私は」
「そうですね」
 おいおい、待て待て。職員室がざわりとした。
 今の声は明らかに笑っている声ではなかったか。肩も揺れていたし間違いなく笑っていたのではないか。あの堅物のスパルタ教師、何を考えているのかわからない冨岡が。だって何か、悲鳴嶼が胸元をぎゅっと掴んで何かに耐えようとしているし。
 休憩時間も有限だ。悲鳴嶼との会話を切り上げ冨岡は煉獄とともに弁当を持って職員室を出ていった。
「………、悲鳴嶼先生……あの、冨岡先生ってさっき……」
「………、………。ちょっと……衝撃だったな……」
 胸元のシャツを引き千切りそうなほどぎゅうと掴み上げたまま、目元を覆い隠して唸るように悲鳴嶼は呟いた。あれ、これまさか、煉獄と同じ道を辿っていないだろうか。まさか、あの悲鳴嶼が。
「……普段とのギャップが……」
「おいおい、悲鳴嶼先生までギャップとか言い出すんかい!」
 どうなっているのだ一体。無愛想の権化ともいえる冨岡が笑うだけで悲鳴嶼まで陥落するとは恐るべし。というか本当に大丈夫か、再起不能に陥っていないかこれ。どれほどの攻撃力があるというのだ、あの冨岡の笑顔に。
「……二号か……」
 何かちょっと残念そうな声音に聞こえるのは気のせいだろうか。弁当を取り出した悲鳴嶼は立ち上がり、少し逡巡してまた座った。何をしようとしたのかよくわからないが、とりあえず席で昼食を摂ることにしたらしい。
「見てみたかったですねえ、振り向いてくれたら皆見られたのに」
「いや、別に冨岡の笑顔なんぞ要らんのだが……」
「急に笑ったからビビっただけだろォ」
「フラグになりそうな気がするから俺は何も言わねえ」
 不審そうな顔を不死川が向けてくるが、相変わらず凶悪な顔だ。
 冨岡が笑顔を見せて喜ぶのなんて一部の女子だけだろうとは思うが。
 まあ確かに、煉獄と悲鳴嶼までギャップに慄くのだから相当なものなのだろうとは思う。ほんの少しばかり好奇心は刺激されていた。

「この調子で増えてくれると嬉しいんだが」
「うーん」
 悲鳴嶼は冨岡が勧誘したわけではないが、こうやってひとりでに増えていくのは有難いのだろう。煉獄としてはあまり面白くはないが。
 昼間のやり取りはどうかと思う。鮭大根を食べてもいないのに、話題に出しただけであんな笑みを悲鳴嶼に見せるのは狡い。そこは彼の姉の鮭大根を食べた時の特権として置いておいてほしかった。悲鳴嶼だって固まっていたくらいの笑顔だったのに。
 布教自体をしたいのは間違いないらしい。ただ彼は職務ならばともかく、そういった自分のためのことで人に話しかけるのが苦手なのだという。煉獄としてはあまり増やしたくはないのでそのままでいてほしいが、会員に誘われておいて何もしないというのも気が引けてしまう。そう、煉獄は真面目で根が善良な性格だった。
「本気で布教したいなら案がある」
 生徒の見送りを終えて職員室へと戻る途中、煉獄の言葉に冨岡は視線を向けた。
 案は至極単純なものだ。ビラでも作って鮭大根に興味のある生徒を募り、家庭科室を借りて作る過程を見せたあと振舞う。悲鳴嶼がそうだったように、味が判れば食べようとする者も増えるだろう。
「きみが作ったのは美味かったからな!」
「そうか……。まあ、確かに実物があればわかりやすい」
「そうだとも! それで、名誉会長の冨岡先生は作って振舞う係でどうだろう」
 自分で作ったものはさほど嬉しくないようだし、彼が作れば鮭大根を食べても笑うことがない。あの顔を誰にも見られなくて済む。煉獄の都合からみても、なかなか良い案ではないだろうか。
 がらりと職員室の扉を開けながら話していると、戻ってきていた教師たちがこちらへ目を向けた。
「成程」
「勿論会員一号だからな、俺も手伝うぞ! 俺は」
「お前は声出しだ」
「うん……そうだな」
 勢いづいていた声がしゅんと落ち着いていき、煉獄は少々元気をなくして頷いた。会員一号という言葉に気がついたらしく、悲鳴嶼が何のことかと問いかけてきた。
「鮭大根の布教活動についての話です! 家庭科室を借りて作るのはどうかと」
「えー、冨岡が作んの? 本当に美味いわけ?」
「食べたくないなら来なくていい」
「もっと言い方があるだろお」
 煉獄としては声を大にして美味いと叫びたいところだが、それで人が殺到しても困る。主に煉獄が困る。ただでさえ会員が一人増えているというのに。布教させてやりたいとは思うものの、せめてゆっくり人を増やしたいのである。なので冨岡の口下手は少し有難かった。
「そうか、布教活動か……なら私も準備を手伝おう」
「ありがとうございます」
「煉獄先生が声出しなのは何でです?」
「俺は料理ができないんです!」
「賑やかし要因かよ」
「楽しそうですね。日にちが決まったら参加したいわ」
 段々と興味が湧いてきたのか、早速参加表明までする教師まで現れた。表情は変わらずとも冨岡が喜んでいるのは煉獄にありありと伝わってくる。微笑ましさと不安が同時に渦巻いてしまっていたのは、まあ、仕方ないことである。

*

「鮭大根を食べる会? 冨岡先生が企画したんですか?」
「提案したのは煉獄先生だ」
 朝の校門で配られたビラに目を通し、善逸は炭治郎と顔を見合わせた。
 風紀委員である善逸はすでにビラは貰っている。挨拶ついでに配られるそれに怯える者や喜ぶ者様々だが、中身を見た途端皆一様に不思議そうな顔をしていた。
「あっちで煉獄先生も配ってるよ」
「本当だ。調理実習とは違うんですね」
「作らせるわけじゃない」
 善逸が驚いたのはそれだ。
 家庭科室を借りて作ると書いてあるからてっきり調理実習のようなものかと思ったのだが、何と冨岡が作って振舞うだけの食事会なのである。男の料理なんて絶対嫌だと思っているところに、可愛い女子たちがきゃいきゃいとはしゃぎ始めるのだ。冨岡先生の手料理なら不味くても食べに行く、などと。妬ましいことこの上ない。

「そういえば、好物食べた冨岡先生が笑うっていう都市伝説があったなあ」
 何だその怪しすぎる噂は。都市伝説とかいうのもおかしい。
 せっかくだから行こうと誘う炭治郎に引きずられ、善逸は家庭科室へと向かっていた。まあ確かに、せっかくビラまで配っておいて誰も来ないなんてのも可哀想だし、タダ飯にありつけるならいいかと思ったのは間違いない。あと風紀委員である故に逃げられなさそうだなあ、とも思っていた。
 だというのに、辿り着いた家庭科室はやたらと人が多かった。あれだけ恐れられているはずの体育教師なのに、無駄な女子人気だけはあるのだ。来ている生徒は女子が圧倒的だった。畜生。
「しのぶ先輩も来たんですね……」
「ええ、まあ。誰も来ないなんてなったら可哀想じゃないですか。そんな気遣いも要らなかったみたいですけどねえ」
 楽しげに笑う三年の胡蝶しのぶも、善逸と同じく体育教師を不憫に思い付き合いにきたのだそうだ。少しばかりつまらなそうな顔をしたが、しのぶを呼ぶ軽やかな声に表情が明るくなった。
「えーっ、カナエ先生も来たんですか」
「ええ、鮭大根興味あるもの。楽しみだわ」
「んだよ、めちゃくちゃ繁盛してんじゃねえか」
「うわ」
 まさかの美術室の主、宇髄までもが来ている。もしかして冨岡と仲が良かったのだろうか。楽しげに笑うしのぶの姉、生物教師の胡蝶カナエと談笑する姿は無駄に目を惹く。腹が立つ。
「おお、凄いな! こんなに集まるとは」
「煉獄先生」
 家庭科室を覗いた煉獄がそのまま足を踏み入れ、どさりと食材を真ん中の調理台へと置いた。
「先生も作んの?」
「作るのは名誉会長だ! 俺は会員一号」
「誰だよ名誉会長」
「冨岡先生だな」
 確かに作るのは冨岡だと聞いてはいたが、それで名前が書かれてあったのか。というかこの布教委員会も冨岡が発足させたのか。何か意外だ、こういうことをしそうにないと思っていた。
「えっ、ひ、悲鳴嶼先生!?」
 そして更にぬっと現れたのは、教師陣の中でも一番大きくいかつい悲鳴嶼だった。一瞬にして家庭科室が騒然として、少しばかり緊張が走った。
「……二号だ……」
「そうそうたるメンツじゃん……」
 どういう布教委員会なんだよ。心中で突っ込んだのはきっと善逸だけではないはずだ。
 どうやら鮭大根布教委員会はまだ会員が二人しかおらず、鮭大根の市民権を得るためこうして布教活動を行うことにしたらしい。突っ込みどころが多すぎてどこから何をすればいいのかわからなくなった。
「来たか」
 ようやく現れた責任者は、頭に三角巾とやけに可愛い柄のエプロンをつけていた。気合の入り様がいつもと全く違う。女子が歓声を上げた。
「先生、可愛いエプロン持ってんね」
「誰がやったの?」
「私よ」
 仕立て上げた犯人はカナエだったらしい。楽しそうに笑うだけで場が華やいで善逸の心も洗われるようだった。まあ、それでも前に視線を戻すとむさい男が三人並んでいるわけだが、冨岡のエプロンでどうにか目を誤魔化せないかと考えた。普通に無理だった。あれは可愛いエプロンをつけた体育教師でしかないし、あれで喜ぶのは女子だけである。妬ましいことこの上ない。

「へえ、先生手際いいんですねえ。包丁も危なげなく。意外です」
「しのぶはちょっとまだ使い慣れないものねえ」
「ちょっと、姉さん」
 窘めるような声音がカナエを呼んだが、怒っているわけではない妹の柔い頬をつついた。面倒そうに指を払われるが、いつものことである。
「やり続ければ嫌でも慣れる」
「そりゃそうでしょうね」
 冨岡先生はひとり暮らしだから、とカナエはひっそりしのぶに耳打ちした。PTAからの批判も多い冨岡だが女子生徒人気が高く、周りにばれると押しかける子がいそうだからという理由で耳打ちだ。教師内でも宇髄や冨岡、煉獄のプライベートな話は皆気を遣って生徒に伝わらないようにしていた。まあ、寡黙な冨岡はともかく宇髄や煉獄は自分で口にすることも多いので、あまり意味はないのだが。
「で、煉獄先生は何を?」
「声出しだ!」
「何で? 必要?」
「うっ。しかしやれることがなくてな!」
 食材の調達は悲鳴嶼が担当し、調理担当は冨岡。では煉獄は何をするのかとしのぶは問いかけて、料理ができず声出しを任命されているという煉獄に呆れた目を向けた。助手である必要はなさそうだと呟いている。カナエとしては面白いので構わないのだが。
「しかし、これほど来ると思わなかったから量が足りないな……」
「市民権を得るのも時間の問題だな!」
 鮭大根なんてマイナーな料理がそう簡単に鰤大根と並ぶなどと思えない、としのぶが隣でぼやいた。しかしまあ、カナエにはこれを足掛かりに広めていこうとする気概は感じられる。レシピも用意してあるらしいので、帰り際に貰って帰るつもりもある。見ている限りさほど変わった味付けのようには見えず、スタンダードな煮物のようではあるが。
「あ、嘘、美味しい」
 取り分けられた鮭大根の味見でつい本音が出たらしいしのぶが口元を手で押さえるのをちらりと確認し、カナエもまた美味しいと笑みを向けた。冨岡が安堵したような表情をしているように見える。
「美味しいです! 冨岡先生もせっかく作ったんですし」
 鍋を抱えていた冨岡は竈門の言葉に少し立ち止まり、調理台に鍋を置いて少し残った鮭大根をお玉で掬った。お椀に少し。足りなくなるほど盛況なのは良いことでもあるだろう。
「……悪くない」
 少し残った鮭大根をぱくりと口に運び、咀嚼して飲み込んでから澄ました顔の冨岡は一言呟いた。見ていた煉獄もまた何だか安堵したような表情を見せたが、近くに座っていた我妻が何やら小さな声で竈門と話していた。
「全然笑わないじゃん。都市伝説はデマだったんだよ」
「そうなのかあ、残念だな。布教するくらい好物だと思ったんだけど」
 何の話かはわからないが、彼らも何やら期待して見ていたのだろうことはわかった。そしてそれが見られなかったこともわかり、残念そうにする竈門にひっそり笑みを向けた。
「片付け手伝いますよ」
 しのぶを含めた生徒を帰らせるのを眺めてから、カナエは立ち上がって声をかけた。少し離れた場所で眺めていた宇髄も近寄ってくる。
「次回はあるんですか? 布教したいなら継続してもいいと思いますよ」
 初回からこれほど人が来てくれたわけである。女子が多かったので冨岡と煉獄の人気の賜物でもあるだろうが、煮物のレシピなど覚えて損はないものだ。家庭科教師も快く家庭科室を貸してくれたらしいし。
「いいんじゃないか? またやるのなら手伝おう。予想以上に煉獄先生が何もできないと言われていたが……」
「むう。いえ、練習する予定です!」
「いやでも本当まあまあ地味に美味かったな」
「そうですねえ。皆レシピも持って帰ってくれたし、うちに帰ったらしのぶが作ってるかも」
 反省会の如く悲鳴嶼が煉獄に突っ込みを入れると少し照れたように答える。煉獄自身も料理で役に立たないことは自覚しているらしく、できるようになりたいとは思っているらしい。宇髄は宇髄で美味かったと褒めているし、成功なのではないだろうか。そう思ってカナエも冨岡に話しかけてみたのだが。
「……そうか」
 一つ瞬いた後、冨岡は相槌を打って嬉しそうに口元を綻ばせた。
 唖然としたカナエのそばで、びくりと肩を震わせた宇髄が視界の端で固まったことに気づいたが、正直それどころではなかった。冨岡のそばに立つ煉獄もまた固まっていて、悲鳴嶼は胸元を握り締めていた。あー、成程。残っていた冷静な部分で納得した。遅れてじわじわと頬が熱くなっていく。
「………。……次いつだって?」
「え? ええと……じゃあ来月」
 固まった空気に冨岡が少し困惑し始めた時、宇髄が一言問いかけた。次回について何も決まっていないのだろうが、とりあえず提案として大まかな日程を挙げた。
「来月な、わかった。次は俺も会員側で手伝ってやる。美味かったからな」
「――そうか、ありがとう」
「、お、おう」
 悲鳴が口からまろび出るところだったがカナエは何とか耐えた。代わりに柔らかく笑んだ顔を正面から向けられた宇髄は珍しく吃った。口元が引き攣っている。
「私も入ります!」
「ありがとう」
 普段の無愛想が緩むだけでこれほどに衝撃があるなどと、一体誰が予想できたか。悲鳴嶼はともかく煉獄も宇髄も冨岡の笑顔に釣られて鮭大根布教委員会に入会してしまったことはもう明らかである。そしてカナエもそうなってしまった。
「帰るぞ煉獄」
「んっ?」
「お前も練習しろ。キッチンを貸す」
「えっ、あ、わ、わかった! お疲れ様です!」
 片付けを終えて家庭科室を施錠し、職員室へと連れ立って戻る。帰り支度をして皆で正門まで歩いてきたところだった。煉獄の首根っこを掴んだ冨岡はまた来週と挨拶をし、カナエたちはその場に取り残されることとなった。