まやかしの花嫁・唯一無二の男
「ありゃやる気ねえな、たぶん」
旦那はどうか知らないが、少なくとも花嫁側は初夜を想定していないような様子だった。男同士の知識でこっそり背中を蹴飛ばしてみたものの、実際に尻を使うかまではさすがに宇髄にもわからない。まあ、そこは二人のみぞ知ることだ。幼子のいる前でこれ以上の話はさすがに憚られるし、詮索して馬に蹴られたくもない。
それよりも。
半ば放心しているようなのが数人いるが、嬉しそうに茶を啜る輝利哉が口を開いた。
「綺麗だったねえ」
「そうですねえ。この俺様が飾ってやったんで」
「いや、本当に……。めっ……ちゃくちゃ綺麗でしたね」
腹を括った水柱はやはり強い。色直しにはさすがに眉を顰めていたものの、白無垢を着て紅を差し、綿帽子を被った冨岡は紛うことなく花嫁であった。女と比べればちいとばかしごつくはあったが、そもそも隊士だった頃より痩せていたし、そこが気にならない程度には美しく仕上がった。本人は酷いことになるのを心配していたが、そんなものは杞憂だったわけである。
「煉獄さんがあんまり見られたくないって言ってた理由がわかったよ」
「村田さん……煉獄さんそんなことを……」
冨岡の背中を押した内の一人である村田は、想像してみて似合うだろうとは考えたようだが、その想像を遥かに飛び越えた実物に度肝を抜かれたらしい。茶化そうとしても茶化せないような気分になっていたという。
「お色直しも似合ってました! 義勇さん青が似合うから青っぽい色かと思ったら明るい暖色で、あれもしかして煉獄さんの色ですか?」
「輿入れだからな」
白無垢というのは嫁いだ先に染まるために白いのだ。たとえ水柱であろうと、これより先は煉獄家の者になるのだから炎の色に染まる。実はひっそりどうなることかと思ったが、これがまた案外に似合っていた。
「どうだったよ煉獄さん」
「……む、うん……。いや……まあ、良かったんじゃないか」
「素晴らしかったです! 兄もこれ以上なく幸せそうで」
冨岡の義理の父になってしまう槇寿郎は複雑そうだが、千寿郎は興奮したようにはしゃいでいる。十年前の見合いとやらを知っている槇寿郎としては色々と思うこともあるのかもしれないが、一応お褒めの言葉が出てきたので大丈夫そうだ。ちらりと視線が向かいへ流れる。
未だぐすぐずと泣き続けている冨岡の師へ。
「まさか嫁に出すとは思わなんだが……」
「でしょうね」
「義勇も喜んでたから良かった……」
「ですね! お二人とも嬉しそうな匂いがしてたので」
師ともなれば愛弟子の起伏の少ない感情の機微もわかるのだろうか。禰豆子がひっそり涙脆いのだと教えてくれた。まあ、それは見れば大体わかるが、兎にも角にも身内の二家族が満足しているのなら良かった。全力で着飾った甲斐があるというものだ。
「で、黙り続けてるお前は? 放心してない?」
「おォ……思ったより花嫁してたわァ」
「当然だろ、俺様が飾ったんだからな。あ、さては見惚れたか、俺様の最高傑作に」
「誰が冨岡なんぞに見惚れるかァ!」
「おいおい、身内がむっとしてるからやめとけ」
師から弟弟子の妹までまんべんなくむっとしているし、義理の弟など悲しそうな顔をしている。なんなら村田まで表情に翳りが出た。口を噤んだ不死川は宇髄の胸ぐらから手を離した。
「義勇さん綺麗でしたよね?」
弟弟子の圧が不死川へと向けられる。
「実弥は素直じゃないからね」
輝利哉の言葉で獣の唸り声のようなものを漏らした。
「さすがに今日のこの場で否定はいただけんな」
ついには義理の父親までもが口を挟み。
「………、……とってもキレイでしたァ……」
「あっはっはっは!」
やり込められる不死川というのもなかなかに酒の肴になるようで、宇髄は思わず高笑いをして睨まれることとなった。
「ま、いいじゃねえか。本当のことだし」
嫌っていた過去を終え、今ではそれなりに友好的な関係を築いている不死川と冨岡である。別に褒めたところで誰も驚いたりなどしない。なにせ素晴らしい出来となった花嫁は無事輿入れできてめでたく初夜へと向かったのである。
ここからは酒を浴びるほど飲んだところで誰も咎める者はいない。照れて耐え難いのなら飲んで忘れてもいいのだ。
宇髄の最高傑作となった花嫁は鬼殺隊の柱であり、鬼舞辻無惨を討ち滅ぼしたうちの一人であり、男の中の男である人物だ。この世で唯一無二となった花嫁を忘れられるものならば、だが。