まやかしの許婚・面影

 指令を首尾良く済ませた煉獄は救援要請に応えて現場に辿り着いたが、その時にはすべてが終わろうとしていた。
 目にしたのは最後のたったひと振りと鮮やかな水。鞘へと仕舞う姿だけでもわかる、流れるような所作と剣技。怪我をした数人が固まってその様子を惚けたように眺めていて、間違いなく階級の高い隊士であることが察せられた。片身替りの羽織は珍しく、隠に言付ける横顔を眺めてどこか懐かしさを感じた。彼は煉獄に気づくことなくそのまま去っていったが。
「………、すまない、遅くなった。さっきの彼は?」
「ご無事で何よりです。水柱様ですか? 次の指令に向かわれました」
「水柱」
 炎の歴史の傍らには常にあった水の呼吸。その最高位の剣士、柱。彼がそうかと納得するとともに、胸の内から湧き上がるような熱を感じていた。

 似ているのだ。
 幾度か遠目に姿を見る機会があったにも関わらず話しかける隙もなく今に至るが、懐かしさを感じた理由を煉獄は思い出していた。
 忘れるつもりはなく、見つかるまで探し続けるつもりではあったが、人の記憶というものはどれだけ覚えていたくとも薄れていくものだ。まして子供の頃の記憶となれば、成長して姿かたちが変わってしまうことも理由としてある。
 だが面影はそう消えはしない。初めて柱合会議に呼ばれた煉獄は、あの流麗な剣技の水柱がいると思うとわくわくしてたまらなかった。挨拶をしたら話を聞きたい。何を聞こうかと色々と考えていた時、ふと既視感の理由に思い至ったのである。
 そして現在、黙ってその場にいる彼をちらりと盗み見て、やはり似ていると確信する。
 お館様への挨拶を済ませ、会議も終わり、上官ではなく同僚となる柱の面々へと挨拶をしようと向き直った。だというのに煉獄から一番遠い隅っこで、あの片身替りの羽織が翻るのが視界に映った。
「待っ、」
「あー、放っとけ。あいつはいつもああだよ。地味に挨拶だけはして行きやがるが」
 声をかけた時にはもう姿は消え去っていた。
 どうやら小さく失礼すると口にはしたようだが煉獄には聞こえなかった。あれ以上の問題児がいたから見逃されているのだという。煉獄の父が柱を辞したので、あの協調性の無さはこれから目立ってくるかもしれないとか何とか。
 問題児とはやはり父のことらしく、深く詫びると気にするなと音柱は笑った。
「彼の名前は?」
「冨岡だよ、冨岡義勇。あんなんだが腕は確かだ、仕事は問題ねえよ」
「彼の住居はどこだろうか! 地図はあるか!?」
「え。何急に」
 名前を聞いていてもたってもいられなくなった煉獄は、目の前の音柱へとつい食ってかかるように問い質した。周りで談笑していた柱たちも驚いたらしく、こちらへ意識を向けてくるのを感じたが構っている暇はない。
 冨岡義勇。その名を持つ者を煉獄は探していたのだ。
「ご執心だねえ、知り合いか? その割には相変わらずだったが」
 ようやくと期待して来たというのに目も合わなかった。そもそも煉獄は顔も向けられていない。穿った見方をすれば避けられているのではと思うほど、接する時間がほぼないに等しかった。
「………。昔の話だが、俺には許婚がいた」
「へえ。ま、煉獄家ならさもありなん」
 煉獄と同じく今日の会議が初参加だという蟲柱も会話が聞こえたようで、気になったらしく近寄ってきた。柱になる前から水柱と知り合いである蟲柱は呆れながらも煉獄を気遣ってくれたが、煉獄は態度よりも気になっていることがある。
「青みがかった目が印象的な……獣に襲われて亡くなったと聞かされた」
「……そいつはご愁傷さまだな。熊かなんかか」
 音柱の声音が少し変わったのがわかったが、それ以上を知らない煉獄はふるりとかぶりを振る。痛ましげに蟲柱は顔を顰めた。
「その娘は俺より一つ上で、俺は知らなかったが――弟がいたようだ」
「………、まさか」
「そのまさかだ。彼が冨岡義勇だというならば、俺の探していた人物だ。俺の許婚だった娘の弟……蔦子さんの弟だ」
 あの時。蔦子が死んだと父から聞かされた時だ。彼女に弟がいると初めて知った。死の衝撃と知らなかった事実も知らされて、煉獄は何をどうすべきか混乱した。
 許婚など、あの頃の自分は隅々まで理解ができていたとはいえないが、それでも煉獄家の人間である自分はそういうものなのだろうと受け入れていた。実際に会った相手は非常に大人しく態度もぎこちなかったが、大人になれば大層美しくなるだろうと思えるような娘だった。嫌なら断っていいと父は言っていたけれど、両親のように自分も彼女と夫婦になるのだと疑わなかったし、煉獄は彼女で良かったと思ったものだった。
「そうか……ならちっと話をさせたほうが良さげだな」
 彼の心の傷は深いものかもしれない。彼が言いたくないのなら無理には聞かないつもりだが、せめて挨拶と仏壇へ手を合わせるくらいはさせてほしいのである。子供だったとはいえ、見初めたくせに助けなかったと言いたい感情もきっとあるだろう。怒りも何もかもぶつけてくれて構わないから、姉の話でなくとも構わないから、彼と言葉を交わしたかった。
「……冨岡さんって双子だったんですね」
「ん?」
「いえ、お姉さんは一つ上だと仰ったので。冨岡さんもそのはずですから、双子だったのかなと」
 成程。彼は煉獄より一つ上で、蔦子とは双子。年子の可能性もあるが、と蟲柱は付け足した。聞いたことがないのかと音柱が問いかけるが、煉獄は眉尻を下げてまたかぶりを振った。
「俺は……彼女からは弟の話を聞いたことがない。そもそも一度しか顔を合わせたことがないが」
「そういやなんか言ってたな。つっても見合いの場って言わねえもんか?」
「普通なら話題としても出しやすいものですが……まあ冨岡さんのお姉さんなら、天然ドジっ子の系譜があるのかも」
「俺それわかんねえわー。とりあえず、あいつが話すかは知らねえが……虹丸からお前の鴉に場所を伝えといた」
「ありがとう! 早速行ってくる!」
 屋根に留まる鎹鴉を呼び、煉獄は同僚たちに頭を下げて颯爽とその場を駆け出した。
 ようやく見つけた探し人なのだ。納得できるまで行動に移すのみである。

「頼もう! 水柱は在宅か!?」
「は、はいっ! あ。い、いえ、水柱様はこれからお出かけに……少しお待ちください」
 玄関先で少し待たされた後、出かけると言ったはずの隠は客間で待つよう通してくれた。先約までに時間があったのなら良かったと考えるところだが、時間を取らせたのなら申し訳ない。
 積もる話は煉獄には沢山ある。彼もそうならば、片手間の時間では足りないので日を改めるところなのだが、今話したいのも事実だった。
 しばらくして客間へと顔を出した水柱は、あの夜見た涼しげな印象のまま煉獄へと目を向けて対面に座り、本来ならこちらから出向かなければならないところだが、と口にして、何故か手をついて頭を下げてきた。
「謝っても許されることではないが――」
「!? 何がだろうか!? きみから謝られる覚えはない! どちらかといえば、」
「縁談の話だ」
「! やはりきみは知ってたのか、姉君と煉獄家のことを」
 予想していた事実を告げられ、煉獄もまた畳に手を付こうとした。だというのに、彼は続けて妙なことを口にした。
「知ってたも何も、――見合いの場にいたのは俺だ」
「―――、何?」
 理解するのに一瞬かかってしまった。謝っても足りないと頭を下げ続ける水柱の旋毛を眺め、煉獄は今一度あの日のことを思い出そうとした。
 あの日は確か、話を持ってきたはずの冨岡の分家筋だという男はおらず、代わりに別の親族だという付き添いの女性を伴って少女は煉獄の前に姿を現した。付き添いの女性は若くはあったが、成長期も過ぎたはずの妙齢の女性だったと思う。
「すまない。きみは女性だったのか?」
「違う」
 もしや煉獄と変わらない背丈の、声の低い女性だったかと焦ったがそうではないようだ。ということはまさか。
 亡き両親が資産家だったという冨岡家。藤の家紋を掲げているわけでもないのに、その長女が年頃になるからと話を持ってきた男を、父はあまり良く思っていなかった。元々没交渉だったところに突然持ってこられた縁談だったのだ。
 現実主義者の男には鬼狩りの家系であることを元々伏せていて、お前がまた会いたいと思うなら娘にだけ、次会った時に伝えなさいと言い含められていたのを思い出した。初対面のあの日、男が顔を出すことはなかったが。
 愛らしい娘だったと記憶している。最初は緊張や警戒してか殆ど話してくれなかった。年頃の娘の好きなものと考えても煉獄には思いつかず、困った果てに竹刀を手渡したのを思い出した。きらびやかな振袖を着ていたので、煉獄自身も明らかに失敗したと引っ込めようとしたものだ。だというのに彼女は、竹刀に大きく興味を示して目を輝かせたのをよく覚えている。
「詳しく教えてくれないか」
 獣に襲われて亡くなった。娘の弟は行方知れず。死んだのだからこの話はなかったことに。弟を見つけたら保護してほしいと頼み込んで立ち去ったという男に、父は苛立ちを顕にしていた。
 当事者のはずの煉獄は子供だったからか、今でも何一つわかることがない。たった一度しか会わずとも、冨岡蔦子は煉獄が許婚だと認識した相手だ。そのはずだった。

*

 戸惑い、困惑。手に取るように伝わってくる。当然だ、今まで許婚と認識していたはずの相手が誰なのか、煉獄は正しく知らされていなかったのだから。
 親族である叔父からの縁談に蔦子は大いに戸惑っていた。
 すでに婚約者がいて祝言の日取りも決まっていたはずなのに、婚約者よりも良い家柄だから会ってみるよう勧めてきた。強行してきたらしく相手方は蔦子に婚約者がいることを知らず、年齢すらきちんと伝わっているかもわからない状況で、叔父は乗り換えろとまで宣ったのである。
 どうしよう義勇、会いたくないわ。しかもね、聞けばあちらは義勇とそう歳の変わらない、まだ子供だというのよ。どんな話をしたのかわからないけれど、私の年齢は知らないのね。口約束だもの、知らされていないんだわ。
 どうしようどうしよう。叔父を窘めてくれる大人はおらず、本当ならもっと相応しい相手がいただろうにと、姉は心を痛めていた。あといくつ寝るとお嫁に行くのだと、それだけを考えていられる日々であったはずなのに。
 最愛の姉がそれほどに悲しんでいるので、大丈夫、何とかすると励ましたくて冨岡はこう言ったのである。
「俺が代わりに行く」
「駄目よ義勇、そんな。……女装した義勇は……可愛いと、思うけど……」
 想像したらしい姉の目元がほわりと緩む。可愛いか可愛くないかはどうでもよく、むしろ姉の太鼓判があってはまずい。冨岡は断られに行かなければならないのである。
「大丈夫だよ、断ってもらえばいいんだよ。姉さんは美人だから絶対断られないけど、俺だったら駄目ってなるよ」
「ならないわよ……こんなに可愛いのに……」
「なるよ!」
 姉は少し目がおかしいところがあった。そもそも義勇は男なのだから、蔦子のように柔らかく淑やかな乙女には決してなれない。何か変だと違和感を抱いてもらえれば断ってくれるはずで、いくら子供だろうと不審さはあるはずだった。相手方に恨みはないが、冨岡はたった一人の姉である蔦子の結婚を守らなければならなかった。死んでも守らなければならなかったのだ。
 要件が入って行けないから日を改めようという叔父を何とか言いくるめ、二人で行ってくると告げて姉の振袖に身を包んだ冨岡は見合いの場へ向かった。そもそもが嘘を吐くのが苦手である冨岡は内心はらはらしていたが、現れた子供はにこやかに冨岡へと話しかけてくれた。断られるために無言を貫いていた冨岡は、たった一度の邂逅で子供に絆されてしまったのである。
 まあ、自分の感情はともかく、あれほど最悪な態度を取っていても子供は冨岡に優しかった。差し出された竹刀に興味を示してしまった冨岡に、嬉しそうに話しかけてくれた子供の笑顔が眩し過ぎてついに陥落した。お開きになるまで残り数十分のことだった。
 あれほど酷い態度だったのに何故子供が冨岡を許婚として認めたのかがさっぱりわからず、断られなかったことに叔父は喜び、姉は嘆いた。冨岡は困り果て、このまま性別を隠して輿入れするしかないのかと不安になった。
 なったのだが、子供との時間を思い出すと、一緒にいたら楽しそうだなあ、などと同じく子供だった冨岡は思ってしまった。嫁入りというものがどういうことをするのか、詳しく知らない頃のことだったからと言い訳しておく。
 受けるわけにはいかず断りを入れなければならなかったのに、連絡を入れる前に姉はこの世を去ってしまった。冨岡自身も叔父から逃げて、他にも色々と思い出したくないことがあって、許婚の話など頭から飛んでいた。思い出したのは鬼殺隊に入り、当時の炎柱を目にしてからだった。
 会ったのはたった一度。その一度だけでも煉獄が良い子であることはよく理解できた。己の姉への想いだけで弄ぶようなことをしてはならなかったのだと猛省した。それでも自ら名乗り出なかったのは、煉獄の父が放っておけと言ったからそれに甘えたのだ。
 もう必要ない。どうせ忘れている。そうやって息子共々卑下していたのを、冨岡が止めることはできなかった。

 きみに似た顔を見たことがある。
 飲んだくれの千鳥足だったはずの炎柱は、ふいに冨岡へ目を向けて一言言い放った。
 冨岡を視界に入れていたことも、見覚えがあることにも驚いた。たった一度しか会わなかった者の顔を覚えているなど思いもしなかったからだ。
 鬼殺隊に関わりを持ってから、煉獄家というものが鬼狩りとしてどれほどの立場にあるかを冨岡は正しく理解した。叔父は煉獄家を元武家であるとしか言わなかったが、鬼の存在を知らぬ者に素性を伝えるわけがない。本来なら冨岡家との縁談など実現するはずがなかった。
「名前と階級は」
 謝りに行かねばならなかった。だというのに冨岡は己の都合でそれを先送りにして、認識されていないのをいいことに今まで煉獄家を避けて通っていた。炎柱が煉獄家の者であることは随分前に知っていたけれど、恐ろしくて足を向けられなかったのだ。
 だがもう逃げることはできない。唇を噛み締めて息を吸い込み、はくと言葉を紡ぐために口を開いた。
「……階級丁、冨岡義勇です」
 酒精の気配がなりを潜める。しばしの沈黙の後、炎柱は穏やかな声音でそうかと呟いた。
 どれだけ飲んだくれているように見せていても、彼は少しも酔っていなかっただろうことが察せられた。
「きみが、冨岡家の……。……お姉さんのことは……お悔やみ申し上げる。きみが鬼殺隊にいるということは、まさか……冨岡蔦子さんは鬼に喰われたと、そういうことか」
「……はい」
 痛ましげに揺れた目が冨岡を眺め、やがてぎこちなく頭へ手を置かれた。
 最後に頭を撫でられたのは狭霧山を降りる時だったか。年を経るにつれてそんな状況はなくなっていく。ましてや殆ど話らしい話をしなかった相手から頭を撫でられるとは思わなかった。
「息子にも伝えたんだが、弟がいることを聞いてなかったようでな。驚いていた」
「………! ………、……そのことについて、お詫びしなければなりません」
 ふいに狼狽えた冨岡を訝しんだ炎柱は、言葉を遮り場所を移すことを提案した。朝陽が冨岡と炎柱を照らし、本日の任務は一先ずの終わりを迎えたから、藤の家紋の家に寄ることにしたのである。

「……何だと? 見合いをしたのはきみだった!?」
 平身低頭謝罪を告げた冨岡に充分驚いた後、炎柱はそれでも顔を上げるよう口にした。長女は子供よりも少し歳が離れていると炎柱自身は叔父から聞かされていたらしく、何か変だとは思っていたという。当日叔父は顔を出せず、また付き添いで来たのは本物の姉であったため、口裏を合わせていたから確認しても意味がなかった。
「姉には当時、婚約者が既におりました」
「何……」
「祝言の日取りも迫っていて、親族にも連絡が済んでいました。叔父はそれを知った上で煉獄家との縁談を進めようと……その、名家であると聞いていたようで」
「……ああ」
 鬼の存在を表立っては言えないから、やはり鬼狩りの関係者にしか正確な稼業は伝えていないのだという。それで寄ってくる輩も多かったと言い、炎柱は嘲笑するかのように鼻を鳴らした。
「それで、困り果てた姉の代わりに」
「成程な」
 姉に非は一つとしてなく、冨岡が独断で考えたことだった。だから煉獄家の者が気に病む必要はない。姉を見殺しにしたのは冨岡自身であり、嫁入りを果たせなかったのは冨岡のせいでしかないのだ。
「……いや。きみの気持ちはわかったし、人が死んでいることは事実だ。……それに、鬼殺隊はきみたちを救えなかったんだろう。謝られるような謂れはない」
「………、そんな、ことは」
「きみも煉獄家との繋がりのことは忘れろ。息子には俺も黙っておく。どうせ気にかけるほどのものにはならん」
「………」
 たった一度の邂逅でも、冨岡の目にもわかるほどの優しい子だった。彼が真っ直ぐ育てばきっと、誰より人のために強くなるのだろうと思えるほどの。
 彼の息子が冨岡であったならそこまで言うのも頷けるが、炎柱の息子はあの子供だ。何故そんなことを言うのか理解が及ばなかった。
 だが炎柱がこう言うのだ。冨岡には従うほかなく、またその言葉に安堵したのも事実だった。
 あの時の子供を目の前にして、何を言われてしまうだろうかと恐ろしかったからだ。

*

「杏寿郎。……以前、お前と見合いをした冨岡家の……蔦子さんだが、……獣に襲われて亡くなったと連絡があった」
 返答を心待ちにしていたところだった。
 最後の数十分だけは煉獄に心を開いてくれたように思えたから、今度は最初からそうしてほしいと思っていた。彼女がまた会いたいと言ってくれたら良いと思っていたのだ。
 その返事は、二度と聞くことができなくなった。
「彼女には弟がいたそうだが」
「……弟、ですか?」
 黙りだった間もひと通りの世間話は振ったけれど、家族構成については教えてもらえなかった。煉獄が知らないきょうだいが彼女にはいて、それは弟なのだという。
「姉が亡くなって言動がおかしくなったと言っていたが……恐らくその子は見たんだろう」
 たった一人の姉が獣に、無残に殺されてしまうところを。煉獄よりも一つ歳上の、あの愛らしい娘の最期を。
「その弟はどこに!?」
「……行方知れずだ、見つけたら保護してくれとな。病院に連れて行く途中だったそうだが、……見つけても引き渡していいものか……」
「……弟の、名前は……」
「ああ。冨岡義勇というそうだ」

 長話は苦手なのか、言葉少なに、時折言葉を詰まらせて起きたことを話す冨岡の声を聞きながら、煉獄はあの日に突きつけられた事実の衝撃を思い出していた。
 煉獄と見合いをしたのは目の前の冨岡義勇で、冨岡蔦子は彼の姉。どうやら付き添いで来ていた女性が本人だったようだ。
 既に婚約者がいた姉を無理やり縁談に引っ張り出した叔父の目を掻い潜り、どうにかして煉獄から断られるように画策しようとした。面子を気にしてくれたのか知らないが、先に断ってくれて良かったのに。結果煉獄は二度目を期待したので、彼の目論見は全くの無駄となってしまったわけだが。
 父が煉獄に何も言わなかったのは口止めをしていたから。父は冨岡には昔のように話をしたのだろう、何だかそれももやもやとするが。
「お前も子供だった。忘れられるならそのほうがいいと」
「父がそう言ったか?」
「………、」
 黙り込んでいたのはもしかしたら、嘘を嘘だとばれないようにするためだったのだろうか。本来の性格は残りの数十分で見せた笑顔で間違いないのだろう。今はなりを潜めてしまっているが。
「……お前が、ここに来たから覚えてるものと腹を括った」
 父については言及せず、冨岡が客間に煉獄を通した理由を口にした。
 忘れるわけがないだろう。
 たった一度。顔を合わせた大半の時間は会話らしい会話もできなかった。
 だというのにあの残り数十分で見せた笑顔を、煉獄はもっと見たいと思ったのだ。許婚というものがどういうものであるのか、正しく理解できていたとはいえないが。
 あの時の彼女が次に会う時、最初から笑みを見せてくれたら良いのにと思うくらいには、煉獄は彼女が許婚となることを望んだのである。
 ――まあ、顛末はこのとおり、死んだと思っていた彼女は彼だったわけで。
 外出はもしや父にでも相談に来るつもりだったのだろうかともやもやするものの、一先ず状況は整理できた。
 流麗な太刀筋の、涼しげな横顔を煉獄は見た。あの愛らしい娘に見えていた彼は、惚れ惚れするほどの剣技を放つ剣士へと変貌を遂げていた。噂にもあった冷ややかな視線がどこかおずおずと煉獄へ向けられる。ばちんと目が合った。
「……きみが許婚か……」
「!? 違う。お前の許婚はどこにもいない」
「しかし、きみは見合いに来ただろう」
「それは姉の、」
 するりと思いついた言葉を漏らすと、冨岡はすぐさま反応して否定した。
 確かに許婚として過ごした期間はない。そもそも返事を貰う前に本物の蔦子はこの世を去り、彼は行方知れずになったのだ。許婚だと言っているのは説明を省くためと、そうなってほしかった煉獄の望みでしかないわけだが。
「まあいいだろう。俺の許婚は生きていた、それでいい!」
「………、」
 笑みを向けると冨岡は言葉を詰まらせ、眉根を寄せて目を伏せた。
「心配してたんだ、行方知れずだと聞いたから。それに弟の話を教えてはもらえなかった。仲良くなれたのは数十分だけだったから仕方ないとは思うが、俺は――きみが生きていて嬉しい。どうせなら許婚の件は続行でどうだろう!」
「……俺は男だ」
「そうだった! まあ誰に言い触らすことはしない」
「構うな。これ以上は時間の無駄だ」
 用は終わったとばかりに立ち上がった冨岡はそのまま客間の障子をすらりと開け、帰れと一言付け足してその場を立ち去った。自室に向かったのか、しばらく待っても彼は戻ってこなかった。
「………」
 拒絶、されてしまったらしい。常日頃上げていた口角が下がったのを自覚し、ふと我に返ってぶんぶんとかぶりを振り回した。無理やり声を張り上げれば、嫌でも元気は出てくるものだ。
「振られてしまったな!」
「え、炎柱様」
「む。すまない、お暇しよう」
 冨岡に頼まれでもしたのか、様子を見に来たらしい隠に帰る旨を告げ、煉獄は水柱邸を後にした。
 以前より更に頑なになったが、あの頃も最初はそうだった。彼の対応が緩んだのは興味を惹いた物があったからで、それからようやく煉獄と話をしてくれた。
 時間をかければまた戻ってくれるだろうか。
 柱からの前評判は酷いものだったが、隊士からはその限りではなかった。あの愛らしい子供から笑みが消えるほどに、姉の喪失は辛いものだったのだろう。彼が冷淡である理由はきっとそこにあるのだ。