異端者たち 九

 病室の窓から入ってきたのは鎹鴉だった。
 師である宇髄に仕える虹丸だ。飾りをシャラシャラと靡かせながら文を渡された。療養を終えたら音柱邸へ戻るようにと書き付けられてある。
 炭治郎はあれから禰豆子と再会しておらず、義勇のことも気になっていたので音柱邸に顔を出すつもりだった。しのぶたち蝶屋敷の面々へ世話になったと礼を告げて炭治郎は暇しようとした、のだが。
「勝負しに行くんだろ。抜け駆けは許さねえぜ!」
「禰豆子ちゃん……禰豆子ちゃんに会いたい……」
 師の下へ戻ることを伝えたところ、譫言のように禰豆子の名を呼ぶ善逸にしがみつかれ、妙な勘違いをした伊之助には羽交い締めにされ炭治郎は困り果てた。
 療養の初め頃に禰豆子は義勇と一緒に音柱邸に滞在していると聞いていたから、言伝がなくともまずは宇髄の下へ行こうと考えていたのだが。
「仕方ないな……わかった、行こう!」
 禰豆子を迎えに行くのは炭治郎も同じだし、強くなりたい隊士だと言って頼み込めば宇髄も邪険にはしないだろう。一緒に行って禰豆子と合流し、稽古をつけてもらうのが一番良い。
 そういうわけで炭治郎は、三人で音柱邸へと向かったのだった。
「ただいま戻りました!」
「おかえりなさいませ、炭治郎くん」
 修行時代から顔見知りの隠に出迎えられ、炭治郎は敷地内へと足を踏み入れた。
 ちなみに音柱の継子である炭治郎は本来なら様という敬称を使われるそうなのだが、それは早々にやめてほしいと要望を出して気さくな呼び方をしてくれている。当時はまだ隊士にもなっていなかったし、その上炭治郎はまだ鬼殺隊に認められてもいないので今後もそんな呼ばれ方をするわけにはいかないためだ。隠も音柱邸内であればと譲歩してくれて今がある。
「おう、来たか炭治郎」
「宇髄さん、戻りました!」
 出迎えてくれた隠の後を追うと、家主である宇髄が庭先から屋敷へ上がり込んできた。部屋へと足を踏み入れると早速話を切り出される。
「怪我も問題ねえらしいな。冨岡は奥にいるからさっさと禰豆子連れてこい、煉獄家に行くぞ」
「煉獄家……ですか?」
「おう、日の呼吸について教えてやる。お前の刀が示す呼吸だ」
「………! は、はい!」
 黒く変わった色変わりの刀は、鱗滝もどんな呼吸が適性なのかわからないと言っていた。宇髄は炭治郎の本来の呼吸がなんなのかを調べ上げてくれたようだ。
「つっても煉獄が日の呼吸を使うわけじゃねえんだがな。先祖の残した書物に書かれてることを聞きに行くんだが……なんだお前ら、ここにまでついてくんのかよ」
「二人とも一緒に稽古を受けたくて。人数が増えるとまずいでしょうか?」
「さあ、頼めば大丈夫じゃねえか? 煉獄も面倒見良いからな」
 そろそろとついてきていた二人の漏れてしまっていた紹介をしながら奥へと足を進め、辿り着いた部屋の襖を隠が開ける。その先にはあの裁判からずっと会っていなかった二人がいた。
「禰豆子、義勇さん! すみません、おまかせしてしまって。ただいま、寂しくなかったか?」
「むー!」
「かまわない」
 飛び出してきた禰豆子を抱きしめて安心し、隠の背後からひょこりと顔を覗かせた義勇の元気そうな様子にもほっとした。
 音柱付きの隠と義勇はどうやら悪くない距離感で過ごせているらしい。宇髄は恩人であると言ったし、彼の様子を見ていれば人畜無害であることがわかるということだそうだ。それを聞いて義勇はなんともよくわからない表情をしていたが、匂いは少し嬉しそうだった。
「怪我は治ったのか」
「完治しました! 療養中に機能回復訓練というのも受けて、任務にも問題なく行けます!」
 言葉なく頷いた義勇に笑みを向け、しがみついてくる禰豆子の頭を撫でる。壊された箱も元通りに直してくれており、いつでも禰豆子を連れて出発できるようになっていた。申し訳ないと思いつつ、たいへんありがたかった。
「あと蝶屋敷でカナエさんに義勇さんのこと色々聞かれました」
 変なことは聞かれていないし答えていないが、どんなひとなのかをたくさん聞かれた。義勇はギョッとしていたが。
 一度話をしたけれどあまり打ち解けてもらえず、もっと色々話をしたいけれどなかなかその機会もなく、今度宇髄に聞いてみようかと思っていると言っていた。寡黙なひとだからと伝えると安堵したように納得していた。義勇から連絡してあげてもいいのではないかと伝えると、少々困惑したような表情を見せた。とはいえ、特に嫌というわけではなさそうだ。
「そうだ、義勇さん。この二人が俺の同期です」
「あ……どうも」
 会釈をした善逸と猪頭を被っている伊之助を不審そうに義勇が眺め、宇髄は何かを堪えるように口を引き結んで黙り込んだ。炭治郎は二人にも義勇を紹介しようと振り返った。
「てめえあの時の奴! 俺と戦え!」
「嫌だ」
「伊之助、ちょっと話を聞くんだ」
 どうやらすでに顔見知りだったらしい伊之助が義勇へ果し合いを申し込んだが、びっくりするほど速攻で、にべもなく断られていた。興奮している伊之助を宥めつつ炭治郎は口を開く。
「義勇さんは今鬼なんだけど、鬼殺隊に協力してくれるひとなんだ。俺のことも色々と気を遣ってくれるんだ」
「ふーん」
「ふーんてお前、炭治郎が言ったらなんでも納得すんの?」
 黙り込んでいた宇髄がようやく口を開くと、相槌を打った善逸とのやり取りに突っ込んだ。
「まあ、はい、炭治郎が言うなら……あと本人も穏やかな音してるし……」
 善逸の言葉に義勇は驚いたのか顔を向けたが、宇髄は何か引っかかるものでもあったのか関心を持ったらしい。しかし特に問いかけることはなく、今度は伊之助へと目を向けた。
「お前は? 戦うってのはどういう意図だ?」
「そのままだろ! あの時の水出せ、全部攻略してやるぜ!」
「断る」
「殺す気はねえわけ?」
 音でも聞き取ったのか、宇髄は片眉を上げて伊之助へともう一度問いかけた。
「あ? こいつと同じなのに殺すのか?」
 伊之助が指したのは禰豆子だった。最初こそ鬼だからと禰豆子を殺すために善逸を攻撃し続けたわけだが、今は人を喰わない鬼であることを知っている。その禰豆子と義勇が同じだと理解してくれていたらしい。厳密にいえば別物だと義勇などは言うかもしれないが、伊之助にとっては殺す鬼と殺さない鬼の違いだけでいいのだ。炭治郎は嬉しくなった。
「大丈夫です、宇髄さん。義勇さんも」
 そう、大丈夫なのだ。特に善逸など何も言っていないのに、何もわからないまま禰豆子を守ってくれていた。炭治郎の音を聞いて、信じて鬼を庇ってくれたのだ。きっとあの行動も隊律違反に該当していただろうに。情けないところもうるさいところも多いけれど、善逸は裁判で会ったあの柱より理性的で優しい男だと炭治郎は思っている。
「二人とも強くて優しい奴ですから」
「………。そうか」
 宇髄は呆れたような匂いを変わらず醸していたけれど、小さく笑みを浮かべた義勇は嬉しそうな匂いをさせていた。
「さて、禰豆子とも合流したし行くぞ」
「あ、はい! じゃあ行ってきますね!」
 渡された箱に禰豆子を仕舞い、背負って準備は整った。義勇と隠へ挨拶をして先を行こうとする宇髄の後を追う。忙しないけれど、炭治郎は充分療養した。立ち止まっている隙はないのだ。
「励んでこい」
「はい!」

「励めって言うんだもんな……」
「応援してくれてるだけなんだからいいんだ。義勇さんも禰豆子も、人に戻ったら鬼なんかじゃなくなるからな」
 ぱちりと瞬いた黄色頭が炭治郎へ視線を向ける。
 冨岡は戻りたいとは言わない。それよりもやりたいこと、やらなければならないことがあるからだろう。それどころではないというのが正しいのかもしれない。
「人を喰わずに生きてくれているんだから、なんの衒いもなく戻れるだろう?」
 だから人に戻ってほしいと炭治郎は口にした。同じように生きて歳を取って、そうして天寿を全うしてほしい。人としての枠組みの中に戻ってきてほしいのだと。
「……こういうところが大事にしたい要因なんだろうよ」
 宇髄が冨岡に感じる想いと似たようなもので、炭治郎の心根が琴線に触れたからだ。なんとも腹の立つことに、少々面白くないくらいに冨岡は炭治郎を大事にしている。
 だが、奴にとってはそうすることが当然の行動なのだろう。
「お前ら、蝶屋敷でしっかり鍛錬してたんなら身体能力も向上してるはずだ。全力でついてこいよ、遅れたら派手に爆破する」
 立ち止まってちんたらついてくる三人に声をかけてやれば、金髪は顔色を青くして表情を変えた。音だの何だのと言っていたから、こいつも耳が良いとみた。炭治郎は鼻が利くし、猪についてもなにやら言っていたからこちらにも何か鋭敏な感覚があると思われる。今時の隊士の中にも骨のある連中は多少いるようだ。鍛えれば強くなるかもしれない。
 手始めにどの程度の実力か試させてもらおう。しっかり世話になった相手に報えるようになってもらわなければ。

「遅っせえなお前ら、派手に鈍足共め。常中はどうした常中はよ」
「す、すみません……」
 立ち止まった宇髄の足下で蹲るのは炭治郎だけではなく、伊之助も善逸も息絶え絶えの状態だった。下弦の伍を倒して強くなったと思っていたけれど、涼しい顔をしてダメ出しをしてくる宇髄にはやはりまだまだ敵わない。そしてゼエゼエと呼吸を荒げている炭治郎たちを無視して困惑している少年へと話しかけた。
「よお。兄貴は居るか?」
「宇髄様。お待ちしておりました」
 どうやら煉獄家の人間らしき少年のようだ。炭治郎は必死に身体を動かし、二人を引きずって宇髄のそばへと駆け寄った。会釈をすると心配そうにこちらを眺めてくる自分より少し歳下だろう少年は、気にしながらも迎え入れてくれた。
「こっちは俺の継子、そんで馬鹿二人」
「は、はあどうも……炎柱の弟の煉獄千寿郎と申します」
 ようやく呼吸を落ち着かせて炭治郎は挨拶をし、伊之助と善逸にも自己紹介を促した。屋敷内へ足を踏み入れ、通されたのは客間だ。
「来たか宇髄!」
「おう、連れてきたぜ」
 現れたのはあの裁判で見た、炭治郎共々禰豆子に斬首を求めた人だ。あの時は疲労や混乱もあったのか色々と複雑だったようだけれど、今は穏やかな匂いをしている。炭治郎への感情もさほど攻撃的な匂いにはならず、伊之助と善逸についても二つ返事で了承してくれた。本来は優しい人なのかもしれない。
「煉獄の家は代々続く炎柱の家系だ。当時残された資料があったから色々と教えてもらった」
「凄い……」
「俺はつい最近まで読まなかったものだがな。しかも切り刻まれていたものだから、弟と直すのに苦労した」
「そいつは悪かったな」
 古めかしい書物を数冊取り出した煉獄の言葉に反応した宇髄だったが、口で謝っているほど悪びれている様子はなかった。あの裁判以降、宇髄の立場も危ういものになってしまっていたらと不安だったが、存外仲が良さそうで安心した。
「いいんだ、きっと俺も読まねばならないものだった。そのおかげでわかったこともある」
 日の呼吸とは始まりの呼吸。すべての呼吸はその派生として、剣士の身体に合うものを作り上げていった。ヒノカミ神楽こそが名を変えて受け継がれた日の呼吸で間違いない。そう煉獄は断言した。
「そんな、でもうちは、」
「証はその耳飾りだ」
 炭治郎の耳元を指した煉獄につられて耳飾りに触れる。竈門家に伝わるヒノカミ神楽とともに、耳飾りも受け継いでいかなければならないものだと父は言っていた。約束だからと呟いて、途切れさせることのないよう願っていたのを思い出した。
「日輪の耳飾りは、始まりの剣士がつけていたものだと記載されている」
「耳飾りについては冨岡にも伝えたが……どうやらお前が執拗に狙われる理由にもなってるぞ」
「え、」
 ここに至るまで義勇から耳飾りに言及されたことはなかったが、もしかしたら珠世たちに話を聞いてくれたのだろうか。鬼舞辻無惨の反応がどこかの時代であり、それを思い出してくれたのかもしれない。
「数少ない日の呼吸使いは皆殺されたという」
「鬼は率先して日の呼吸使いを潰していたらしいな。さては鬼舞辻無惨に相当なトラウマでもあるんじゃねえか」
「鬼の首魁がトラウマか、どうだろうな!」
 人間の脅威ともいえる鬼がトラウマとはなんとも考え難いかもしれないが、日の呼吸を邪魔だと感じる程度には気にしていたのは間違いない。偶然とは思えないと手記には書かれていたらしいし、わざわざ殺してまわっていたとしたら、そういう可能性もあるのだろう。
「日の呼吸の型は十三あるそうだ」
「へえ。内容はさすがにわかんねえか」
 その言葉に炭治郎の身体が不自然な固まり方をしてしまい、その場の面々に気づかれることとなった。
「……やっぱりヒノカミ神楽と日の呼吸は違うものなんじゃないでしょうか」
 竈門家に伝わるヒノカミ神楽は十二の型までだ。それ以降の型を父から聞いたことはないし、存在すら仄めかされたこともない。
 ヒノカミ神楽で刀を振るった時、炭治郎の身体は悲鳴を上げた。あの時は必死に身体を動かしてなんとか音の呼吸もどきを絞り出せたけれど、あれほどに苦しいものが身体に合っているとは思えなかった。ならばやはりヒノカミ神楽は日の呼吸とは違うものなのではないだろうか。
「だがお前の耳飾りは間違いなく同じものだ。無関係とは思えねえ」
「手記には絵も添えてあったからな! 成長期の身体がついていかないこともよくある話だ。型も何百年と経つうちに伝え漏れてしまったこともあるかもしれんが、それはおいおい考えればいい!」
 ヒノカミ神楽が本当は十三まであるのだとしたら、炭治郎はすべてを継承できていないということになるのだが。
「きみの記憶の奥底に眠っていることもあるだろう。今はその発展途上の身体でヒノカミ神楽を完璧に使えるようになるのが先決だ」
 彼らはヒノカミ神楽が日の呼吸であることを信じている。もしこれが違ったとしても、努力を重ねてきたことは決して無駄にはならないと肩を叩かれた。ああ、確かにそうだ。そうして愚直に努力するしか炭治郎にはできないのだし、できる範囲でやっていくしかないのだ。
「俺の継子になるといい! 鍛えてあげよう」
「いや俺の継子なんだけど?」
「そうか! うちに来てもいいぞ!」
「そうかじゃねえんだよ!」
「勝負すんならなってやってもいいぜ!」
「何様なんだよお前は!」
 伊之助の態度が気に入らなかったらしい宇髄が猪頭ごと彼を殴り、他の奴らにしておけと不機嫌そうに煉獄へ告げた。黙って聞いていた善逸の肩が思いきり揺れたけれど、誰も気にしようとはしなかった。
「ところで! あの蒼い目の鬼のことだが」
「……冨岡義勇さんですか?」
 ぱっと切り替わった話題に炭治郎はひとつ瞬いた。
 蒼い目をした鬼を炭治郎はひとりしか知らない。煉獄と会ったのはあの柱合裁判の時であり、炭治郎に聞いてくるならばそこで出会った義勇しかいない。
「ああ、冨岡だ。付き合いは長いのか?」
「えーと、三年くらい前からでしょうか」
 すでに知っているはずの宇髄も何故か聞く体勢に入っており、湯呑みを傾けながら先を促された。
「最初は麓の町で会ったんです。犬……あ、いえ、弟たちと炭売りに行ってて、母が怪我をしたのを手当してもらって、それで泊まってもらって……そこからですかね」
「……そうか。彼は……よく人を治療するのか」
「義勇さんが医者になられる前から知り合いですけど、怪我とか見かけたら誰でも手当してるんだと思います。優しいひとですから」
「ああ、まあ、合ってるな。鬼狩りは気絶状態じゃねえと助けられねえが」
 蝶屋敷で会ったカナエも昔助けられたのだというし、その話を宇髄が振った時、義勇はどれのことだと言いかけたのだとか。鬼のくせに鬼狩りを助けているあたり、お人好しすぎると宇髄が呆れていた。匂いは全然呆れていなかったが。
「そうか。胡蝶の姉も助けられたのだったな」
 探していた恩人が見つかって嬉しそうだったという。炭治郎に色々と聞いてきたのはそういう理由があったからだ。義勇としては当然のことをしただけのようだから、いちいち礼を受け取るつもりがないのだろうけれど。
 煉獄はどういう意図で聞いてきたのだろう。穏やかな匂いは変わらなかったから、義勇を認めるつもりで聞いてくれているといいのだが。

*

「本当にすみませんでした……」
 平身低頭謝りながら炭治郎は己のしでかしたことを猛省した。
 せっかく時間を作ってくれた煉獄に、宇髄が稽古を頼んでくれて道場でこてんぱんに伸されたあとのことだ。ついでに湯を借りることにもなり、廊下を歩いていたら当主だという煉獄の父に出くわした。挨拶をしたものの面倒そうに視線だけを投げられ、通り過ぎようとしたところで炭治郎は思いきり胸ぐらを掴まれ壁へと押しつけられたのだ。油断もしていたし相手も手練だった。宇髄と煉獄が止めるまで身動きも取れなかった。
「お前、その耳飾りは、」
 その反応は炭治郎の耳飾りを見たからだったようだけれど、その後無理やり引き離されて話をしようにも会話が通じなくて困った。だって炭治郎は何も言っていないのに、煉獄の父は妙な決めつけをしてきたからだ。
「お前、俺を馬鹿にしてるだろう」
「えっ、……な、なんの話ですか? 俺は煉獄さんたちに稽古をつけてもらって……」
「うるさい! 大したものになれないと嘲笑っているんだろう!」
 再び胸ぐらを掴まれそうになったから、炭治郎は思わず止めるためにやってしまったのだ。
「ちょっと落ち着いてください!」
 母遺伝の石頭で頭突きを食らわせた。効果は伊之助の時にも証明済みである。煉獄の父は避けずもろに食らい、昏倒させてしまったのだった。
「うお、やべっ」
「た、炭治郎ー! またかお前!」
「すみません! 落ち着いてもらおうと思ったんです!」
 昏倒した本人は見てくれていないけれど、炭治郎は慌てて深く深く頭を下げた。介抱するため部屋へとつれていき、頭に濡らした手拭いを乗せたところでまた謝った。炭治郎が居るとまた激昂するかもしれないからと、現在別室で反省しているところである。
「まあ個人的には派手でよかったけどな」
「他人事だと思ってますね……」
「うん、まあ、俺にはできん芸当だな!」
 煉獄が怒っているのかどうなのか、炭治郎の鼻はいまいち読みきれなかった。父親を頭突きで攻撃されて怒らないはずはないと思うが、怒りの匂いが嗅ぎ取れない。
「父も元柱だ、そうそうやられはせんから身体は問題ない」
 だといいのだが。面白がる宇髄を少々恨めしく思いながらも炭治郎はその言葉に安堵した。脳しんとうを起こさせてしまった伊之助もしばらく気絶していたし、そう考えると現役の柱である不死川は凄いのだと改めて考えたが。
 そうしている最中、窓から鎹鴉が侵入して煉獄の肩へと留まった。
「指令だな」
「ちょうどいい、ついていけ炭治郎。そこの馬鹿二人も連れて派手に勉強してこい」
「えっ」
 鴉の脚に括られた指令書を眺めた煉獄は、さっさと立ち上がって刀を腰へ差し準備を整える。指図された善逸はやはりびくりと慄き、伊之助は待ってましたといわんばかりに勢い良く立ち上がった。
「柱に来る任務は基本お前らじゃ手に負えねえもんばかりだ。鬼舞辻無惨を倒すにはまず十二鬼月からだろ。派手に二体目もビビらせてやれ」
「……はい!」
 産屋敷にも言われたことだ、鬼舞辻無惨に近づくにはまず十二鬼月を倒していかねば奴は捕まらない。十二鬼月にやられるようではどのみち鬼舞辻無惨になど手も届かないのだから。