異端者たち 三
「兄ちゃん本当情けなかったな。犬なんか追っ払えばすぐ逃げるのに」
「こら、竹雄。人には苦手なものと平気なものがあるんだから」
引いて歩く子供と押して歩く子供、えっちらおっちら進む荷車には荷物とともに二人の子供が座って足をぶらぶらとさせている。それを眺めながら義勇も荷車を押しては隣の子供に揶揄われ、前を歩く年長の子供が窘めていた。
本日の天気は優れない。日中にも関わらず暗い空は雨が降りそうだったが、義勇にとってはありがたいものだ。しかしたまたま立ち寄った町で犬に絡まれ、義勇は身動きできず途方に暮れていた。茶々丸とムキムキねずみは大丈夫でも犬は駄目だ。こいつらはすぐ噛むし吠えるし背中を見せれば追いかけてくる。しばし犬と睨み合っていた時に現れたのが彼らだった。
「ありがとうございました!」
「礼だ。俺はこれで失礼する」
せっせと追い払ってくれた子供たちに礼をしたくて、重そうな荷車を一緒に家まで押すことにした。道案内さえしてくれれば全員荷車に乗ってくれてかまわなかったのだが、頑なに断る年長の子供――長男だという炭治郎と、次男であるという竹雄は歩くと宣言した。弟妹らしい花子と茂は素直に乗っていたあたり、上の兄弟故の矜持のようなものがあるのかもしれない。
「待ってください! ご飯食べていってください!」
「そこまでされる謂れはない」
そもそもこれは犬を追い払ってくれた礼であるのだから、荷車を押してきたからといってその礼などを貰うものではない。大体義勇は人の食事をしないし、家の人間の許可も得ぬままそんな提案をするのはいかがなものだろう。さっさと去ろうとする義勇の裾や袖を掴んで引っ張ってくるので、力任せに引きずるわけにもいかず立ち止まって手を離そうとしたのだが。
「お母さん!」
小さな家から母を呼ぶ叫び声が聞こえた瞬間、長子二人が家の中へと駆け出した。荷車に乗っていた子供二人が降りるのに手こずっているのを手助けしつつ、止める間もなく向かった二人の後を追う。
家の中の気配はみっつ。鬼の気配も人間の敵意もなさそうだが、注意を促して中を覗いた。
「お兄ちゃん、お母さんが怪我した!」
「禰豆子、大丈夫だから。六太も大丈夫よ」
ひと際小さい幼子は驚いたのか怖がったのか、声を上げて泣き出してしまったらしい。母親らしき人物の腕が血で染まり、落ちていた包丁を拾い上げている。炭治郎が竹雄に弟妹たちを託し、青い顔のまま手拭いで血を止めようとしていた。それを目にした義勇は、懐の傷薬と包帯を探り当てて母親へと近づいた。
「すみません本当に。治療代を……」
「医者ではないので結構です」
恐縮しきる母親の腕は無事包帯が巻かれている。誰? なんて疑問が言葉を介さずとも伝わってくる気がしたが、義勇が手当を始めると子供たちは大人しくなった。
長女だという禰豆子が言うには、朝からすでに体調が芳しくなかったそうだ。隠して子供たちを見送ってから、すべてやるから寝ていろと言っても無理をして台所に立っていた。ふらついた拍子に壊れかけていた戸棚で腕を切りつけてしまい、包丁まで落としてしまって禰豆子を驚かせてしまったのだとか。
不甲斐ないと母親はしょんぼりしているが、まあ、普通あのような血まみれの姿を見せられたら驚きもする。無事でよかった。
現在母親は布団に寝かされ、小さくなりながら義勇へ支払いの話をしていた。
「ですが、こうして助けていただいたのに無償だなんて。子供たちに言い聞かせてきたこととも矛盾してしまいます」
なんか断りにくいことを言われてしまった。
しかし医師でもない義勇が金銭を受け取るなどあり得ないので断り続けるしかないのだが、同意してくる炭治郎といい頭が固そうな家族だった。弟妹たちはさほど気にはならなかったが、成長とともに頭も固くなっていくのかもしれない。
「お金が駄目なら泊まっていってください! 狭いけどもてなします!」
「兄ちゃん、ご飯食べるだろ?」
「母ちゃんほど美味くは作れないけど、火加減なら任せてください!」
「子供たちもこう言ってますから、是非」
「………」
断りたいのにとても難しくなった。
普段なら簡単にその場を去れたというのに、何故かこの家族の前だとそれができない。押しが強い上に囲い込まれたからだろうか。両隣からじっと見つめてくる花子と茂を見つめ返し、義勇は何と伝えるべきかを悩んだ。
たっぷり黙り込んでから、溜息を吐きそうになるのを堪えながら口を開く。
「……食事は……体質の関係で食べられない」
「えっ?」
「自前のものしか食べない」
嘘ではない。人と同じ食事を摂ることはないし、提供してもらった血を荷物に忍ばせている。それをどうやってこの家で摂取するかはまだ考えていないが。
ほんの一瞬何故か炭治郎から匂いを嗅がれて不審がりかけた時、長男は長女と母親と目を見合わせてから頷き合った。何なのだろう。
「では泊まっていってください! もう暗いし」
「夜のほうが都合が良い。……陽の光に当たれない」
おそらく無意識なのだろうが再び匂いを嗅がれ、炭治郎が家族と目を見合わせる。何なのだろうか本当に。家族間で行う儀式のようなものがあるのかもしれない。
「なら明日陽が落ちてからお帰りになるということで」
「じゃあ丸一日居られるね!」
――あれ?
早々に失礼するつもりで伝えたはずが、驚きすぎて声も出なかった。わっと騒がしくなった子供たちを宥めつつ母親は義勇を受け入れる体制を取り始めたし、炭治郎など禰豆子とともにさっさと台所へ向かってしまった。
結局、なんでだろうと疑問を抱えつつもひと晩――一日世話になることになり、けれど彼らの家は随分と居心地が良かった。騒がしいことは得意ではないが、裏も表もない彼ら家族は義勇を疑うことなく受け入れてしまったし、父親が亡くなって寂しいのだと少しばかり母親が申し訳なさそうに口にしたことも相まって、きっと同情を寄せたのだろうと思う。確かに両親が亡くなった時、義勇は姉とともにひどく寂しがり落ち込んだ。姉は寂しさをあまり出さなくなっていたけれど、内心は間違いなく寂しかっただろう。
そうして一日関わってみれば、義勇にも情というものは湧く。竈門家の面々が義勇をちっとも一人にせず誰かしらかまってきたからだが、それがありがたいと思えるくらいには義勇も絆されてしまったのだ。
「ずっと考えてたんだけど、花の色に似てるんだ。母ちゃんが見せてくれたあの花」
「ああ、ご先祖様のお墓のね。そうねえ、蒼くて綺麗な目だものね」
母親の包帯を交換している隣で炭治郎が口にした。なんのことかと義勇はわからなかったが、母親は得心がいったようで頷いた。どんなものかと興味を抱いたらしい禰豆子と花子が食いついてくる。他愛ないやり取りすら義勇には眩しいものであったが。
「今度はいつ咲くんだろうね。珍しい青色の彼岸花が近くで咲くんですよ。それが義勇さんの目の色に似ていて、……義勇さん?」
息を呑んで動きを止めた義勇を不審がったらしく母親が首を傾げて問いかけてくるが、義勇としてはそれどころではない。まさかこのようなところで耳にするとは想定していなかったのだ。
「青い……彼岸花」
「あ、気になりますか? でもねえ、あれはいつ咲くかわからなくて、炭治郎に見せたことが一度あるくらいで」
日中の短い間に咲く、偶然見つけて知った花。年を跨いで見に行っても咲いていないことが多く、父親も詳しくはわからないと言ったから珍しい生態の希少な花なのだろうと結論づけたのだという。
「見に行きますか? 陽が出てないと咲かないみたいなんで花は見られないけど、場所なら案内できますよ」
「……いいのか? 希少なものを狙う輩もいる」
立ち上がりかけていた炭治郎に義勇は問いかけた。
実際義勇は狙っているわけである。昨夜から感じていたことだが、彼らは義勇を信用しすぎている。犬から助けてくれたのは竈門家の子供たちで、その礼になりもしないことをして義勇はここに足を踏み入れただけなのに。
「大丈夫ですよ。義勇さんは良い人です」
眉根を寄せた義勇に笑みを見せた炭治郎が確信を持ってそう言うものだから、何も言えずに困惑するほかなかった。
結局彼岸花はやはり咲いておらず、けれど蕾の状態ではあったらしい。咲いていない状態は彼岸花には到底見えなかったけれど、あまりに驚愕して膝をついて凝視していた。見かねたのか家族は、気長に待てば次もきっと咲くだろうからと摘んでいくことを提案してくれた。
あまりに都合が良い、そしてお人好しすぎる家族に義勇は困惑し、思わず断ってしまったものだ。先祖の墓前に手を合わせ、持って行かせてくださいと拝みまでし始めるので、慌てて義勇も手を合わせた。いずれ珠世を連れてくることを約束した。
彼らの心根は驚くほど純朴だった。義勇を鬼と知りもせず疑いもせず、だからこそ優しくしてくれた。相手を信じすぎる様子は心配ではあったけれど、様々な恩のある彼ら家族が仲良く過ごしていければいいと思っていた。
そんな過去の記憶を思い出していた。
泣きながら襲っている娘の襟首を掴んで少年から引き剥がす。獣のように叫ぶ娘が義勇へと襲いかかろうとするのを右手で止めたところで、待ってと少年の叫ぶ声が聞こえた。
「禰豆子は誰も殺してない!」
家に嗅いだことのない誰かの匂いがした。家族を殺したのは禰豆子ではなく、おそらくそいつがやった。禰豆子は違う。どうしてそうなったかはわからないけれど。
義勇が娘の動きを止めた時、そう必死に叫ぶ少年の言葉が心臓に突き刺さってくるような気分だった。
あの日世話になったはずの、少年の家族が殺されたこと。眼前に鬼と成り果てた娘の姿があること。もう一度顔を出すために雲取山へ訪れたはずの義勇は、この最悪の状況を止めることができなかったということだ。
同時に納得した。幾度か匂いを嗅がれているのは何なのかと考えていたが、少年はそうやって様々なことを判断してきたのだ。血の匂いも、第三者の存在も、人の善し悪しさえも。
「……知ってるよ」
飢餓状態だろう鬼がそばにいて無事であるなどあり得ないと言っていい。だが実際に少年は生きていて、娘は襲いかかっていたものの泣いていたのだ。
抗っていたように見えた。普通とは違う何かが、この娘にもあるのかもしれない。そうであるならば。
「お前の妹は鬼になった。やったのは鬼の始祖だ」
「始祖……?」
「鬼を増やすのはそいつだけだ。……おそらく、お前の家族は奴の血に耐えられなかった」
だから姉と同じように死んだ。離れているはずの家の方角から、よほどの惨状なのだろうと思わせるほどの血の匂いが漂ってくる。人にはわからなくとも義勇にはわかる。おそらくは、目の前の少年の鼻にも伝わってしまっているのだろう。打ちのめされているだろう少年の目から涙が零れ落ちたのを見たけれど、それを隠すように少年は目元を無理やり腕で拭った。
「あなたは……鬼なんですか」
拘束を外そうと暴れ出した娘の意識を奪い、雪の上に寝かせてこれからどうするかと思案していた時だ。義勇を見つめる少年――炭治郎はやがて義勇が妹に危害を加えないと判断したのか、落ち着きを取り戻していた。
いくら鼻でわかるといっても、人間ですらない相手を信用するとは。目深に被ったフードの奥で人間の擬態を解いた時、炭治郎は目を丸くした。
「鬼とわかってなお危機感もないとは、死ぬつもりか?」
「だって義勇さんです。俺たちを傷つけるつもりがないひとから逃げる必要はないです」
「……おめでたいな。いつ豹変するかなどわからないのに」
「俺だって誰でも信用するわけじゃない。初対面の人がどんな人かくらい気にしますから」
たった一日。義勇からすれば一日程度で何がわかるのかと疑問だが。
襲われていた炭治郎を助け、豹変した禰豆子を眠らせただけのひと。混乱状態でわからなくなっていたけれど、少し落ち着いて匂いを嗅げば襲うつもりがないことくらいすぐにわかる。あの日と同じように、慮る優しい匂いがしているのだと炭治郎はのたまった。義勇は溜息を吐くしかなかった。
溜息を吐いた彼は炭治郎へ鬼の話を教えてくれた。
我が家を襲ったのは鬼で、禰豆子は鬼の血を浴びて鬼になってしまった。匂いが変わったのはそのせいだったのだという。
今しがた教えてくれた鬼という存在に妹が成り果てたのなら、似た匂いを持つ彼とてそうだ。だから炭治郎は問いかけた。豹変した禰豆子を見ても彼の匂いはあの日となんら変わらなかった。ずっと清廉としていたから気を落ち着かせて問いかけたのだ。
フードの下には禰豆子と同じく細長い瞳孔と牙が見え隠れしていたけれど、なんともいえない顔をした彼はやがて二度目の溜息を吐いて項垂れてしまった。そうしてしばししてから顔を上げた義勇は家族の埋葬を進言してくれた。
「助けられずすまなかった」
「………、いえ。俺も家にいなくて……」
たった一日とはいえ家族と触れ合った義勇の表情を翳らせる結果になり、炭治郎は己の無力さを噛み締める結果になってしまった。それでも彼からはずっと優しい匂いが漂ってきていた。
「何か用事があったんですか?」
義勇と二人で埋葬しているうち、起きた禰豆子がぼんやり立ち尽くしていることに気がついた。妹を不審そうに眺めている義勇に問いかけると、小さな声が曖昧に返事をした。
「いや……」
「遊びに来てくれたんですか?」
用があったわけではないのだろうか。遊びに来てくれただけだとしたら、突然このようなことになって炭治郎は申し訳ない気分になった。それもこれも鬼が襲ってきたせいではあるのだが。
「……墓に」
「ご先祖様の……? あ、花を見に来たんですか? 枯れました?」
「いや。……異変がなければいいと……」
義勇に譲った青い彼岸花は、本来鬼の始祖が探しているものなのだという。
鬼の始祖――鬼舞辻無惨が雲取山にまでやってきた事実は、かなりの綱渡りであったことを意味している。炭治郎の母が見たと教えてくれた時期は今ではなかったし、日中にしか咲かないのなら鬼が直接見つけることはできないはずだが、それでも人間を使えば探しようはいくらでもあるのだと義勇は教えてくれた。
顔を見に来てくれたのかと思ったが、彼岸花を摘んだ後に異変がなかったか様子を見に来たらしい。どこかぼかして伝えられたように思うが、炭治郎は青い彼岸花がどれほど貴重で危険なものなのかを薄っすらとだが理解した。
「俺、見に行ってきます。禰豆子は待ってるんだぞ」
「………。俺も行く。禰豆子も連れていけ」
じっと禰豆子を観察するように眺めてから、義勇は一言口にして腰を上げた。
陽に当たれないと言っていた義勇は、先ほど禰豆子についても陽の下に連れ出すなと言った。鬼にとって陽光は危険なものだと聞いたのに。
「外套はある程度遮る。行くぞ」
「ちょ、ちょっと待ってください。禰豆子には羽織を被らせますから」
ぼんやりしている禰豆子に義勇が着ていた外套を脱いで肩に掛けたものだから、炭治郎は思わず手を止めさせようと口を挟んだ。
厚い雲に覆われて陽射しが届いていないとはいえ、いつ太陽が顔を出すかわからないというのに。己の身を顧みないひとなのだろうと炭治郎は理解して、義勇の肩へ外套を掛け直した。昨日の昼間に着ていた羽織と上着を禰豆子の頭から被せた。
結論からいえば、青い彼岸花は見つからなかった。先祖の墓付近は雪や土を掘り返したような跡も手折られたような草花も見当たらなかったから、おそらくはあれからまだ咲いていないのだろう。とりあえず、どうやら鬼の始祖は青い彼岸花を目当てに来たわけではないようだった。
炭治郎は母から見せられたくらいでさほど花に興味があるわけではなかったが、重要なものなのであれば都度確認をしておくべきかと考えた。だからきちんと見に来ることを約束しようとしたのだった。
しかし。
「妹が鬼になって、今までの生活を続けられると思うのか?」
「………!」
家族を失い妹を鬼にされ、炭治郎はこの先どうするか。竈門家に顔を出す人は少なからずいる。家族が一気にいなくなって訝しむ者は必ず現れるだろうし、隠し通せる自信はなかった。
それに、鬼となってしまった禰豆子をこのままにするわけにもいかない。陽に晒されかけて疲れたのか、禰豆子は布団に潜り込んでしまい別室に居させているが、いつまでも家でゆっくりして居られないということだ。
「お前は何がしたい。立ち尽くすだけではなんにもならない」
あまりにあんまりな出来事にいろんな思考が立ち止まっていたようだ。炭治郎が何に困ってどうしたいのか。義勇はそれを知りたいのだろう。
「ね、禰豆子を元に戻したいです」
「その術は誰が知ってるんだ?」
「え、ええと……えーと……お、鬼にした本人……」
「確かに可能性があるのはそこだな。だが問答無用で鬼にしてくるような輩だ。話が通じると思うか」
「………!」
よしんば探し出せたとして、見つけて話をして、わかりましたと都合の良いように治してくれると思っているのなら楽観視が過ぎる。物事を深く考えていない甘ったれの子供の思考だと、そう義勇は突き放した。
「先ほどお前は妹に襲われかけたことを覚えてるか」
禰豆子が居る部屋側の壁へ目を向けながら問われた言葉に炭治郎の肩がぎくりと揺れた。
そうだ。禰豆子は今でこそぼんやりしているが、おぶっていた時炭治郎は襲われかけた。本来鬼は人を喰うという。対話など不可能であり、炭治郎のような戦う術もない子供は鬼を見つけたところで喰われて死ぬのがオチだ。人間の血肉は餌にしかならない。
いやでも、だとしても。
「で、でも、義勇さんは喰わないんですよね? 今だって俺を気遣って、喰う気なんてまったくない。だったら他にも、」
「俺はそうなっているからだ」
「え……?」
「………。初手で殺そうとしない鬼はいるかもしれないが、友好的な者はいないに等しい。最低でも襲ってくる鬼に太刀打ちできる程度には強くならなければ、人に戻す術すら探すことは困難だろう」
炭治郎自身が戦えるようにならなければ、そうでなければ尊厳を奪われる一方だと義勇は言った。鬼と渡り合えるような強さを炭治郎自身が持たなければならないのだ。
「義勇さんに弟子入りさせてください!」
「鬼に弟子入りしてどうする」
人間として戦う術を持たなければならないと、義勇は呆れたような声音で炭治郎を見据えた。禰豆子を取り押さえた様子から体術に明るいのかと思って口にしたのだが、それでは駄目だったようだ。
しかし、炭治郎の知り合いに戦える力を持った人などいない。義勇に教わるのが一番良いと思ったのだが。
「俺は……お前たちから彼岸花を奪った。そんな奴からこれ以上恩を買うな」
言い難そうにしていたのはそういう理由があったからか。
炭治郎自身も嘘は苦手だが、義勇もあまり得意ではないのだろうなと考えた。そういうところが炭治郎の鼻に引っかかるのだ。
「……鬼の始祖の手に渡るくらいなら、それがいいと俺も思います。理由があるならご先祖様は許してくれますよ」
炭治郎も墓前でしっかり拝んだし、義勇もそうしていたのだからきっと許してくれるだろう。鬼の始祖が青い彼岸花を手に入れてどうなるかはわからないけれど、炭治郎の家族を殺したのは間違いないのだ。きっとろくなことには使われないのだろう。
どこか泣きそうにも見えた表情はすぐに隠されてしまったけれど、何度目かの溜息を吐いてから顔を上げた義勇の匂いは、覚悟を決めたように張り詰めたものになっていた。