異端者たち 十九

 会いたいと言っているなんて話を聞いたら、柱稽古の合間を縫ってでも顔を出すのが礼儀というものだ。
 挨拶をした鬼――冨岡の後見人と違い、そばに控える鬼は殺意すら宇髄へ向けてきていたが、それが己を喰うためではないことも理解している。聞いてはいたがこれほどわかりやすいのは我妻並みかもしれないと考えて、なんとも人間臭いと小さく笑みを漏らしてしまった。
「珠世さまに色目使ったら許さないからな」
「おーこわ。一応おたくの珠世さまからの要望で来たんだが?」
「薄汚い口で珠世さまの名を呼ぶな!」
「どうしろってんだよ」
 早々にげんなりした宇髄が助けを求めて冨岡へ目を向けたが、子供姿の奴は気にせず胡蝶姉妹となにやら話し込んでいる。連れてきておいて放置とは相変わらず太い野郎である。もっと崇め奉られてしかるべき神なのに、宇髄に対して扱いが雑ではないだろうか。
「止しなさい愈史郎、私が会いたいと申したのです。一度お礼を伝えたかった」
 憤死しそうな鬼を制止して珠世はなにやら宇髄に伝えたいことがあったらしいことを言った。礼を言われるようなことをした覚えはないが、冨岡のことで感謝しているのだと告げてきた。
「あなたが義勇さんと出会ってくださったおかげで、今こうして鬼殺隊と手を組むことができている」
 何百年と待ち望んだ未来がすぐ近くまで迫っている。宇髄にはその百年単位の年月がどれほどのものだったかなど想像もつかないが、こうして頭を下げて感謝を伝えたいと思うほどにはたいへんな月日だったのだろうと察せられた。顔を上げた珠世は、小さく笑みを浮かべながら言葉を続けた。
「なにより義勇さんと友人になってくださったことを感謝しています」
「……いや別に、んなことで礼を言われても……」
「おい、珠世さまが貴様ごときに向けた感謝はありがたみをもってきっちり受け取れ」
「地味なくせに面倒くせえなこいつ……」
 真っ直ぐ感謝された内容が出会ったことについて、さらには友人になったことに対してなんて、どんな感情で受け止めればいいのかわからない。普通の親ならこんなものなのかもしれないが、生憎宇髄に普通の親はいなかった。けれどこんなふうに気にかけてくれる親であれば、冨岡のような奴が出来上がるのも無理はないのかもしれない。珠世は冨岡の親ではないが、同気相求むということなのだろう。
 彼女が大勢人を喰ったと感じ取れる気配を持っていることは間違いない。過去は帳消しになるわけではないが、そんなことは宇髄とて同じだ。鬼にならなければきっと、人を傷つけようとも考えなかったのだろうと思えるようなひととなりだった。
「そんで、俺様放置して研究してんのかと思ったら話してるだけかよ」
「少し聞きたいこともありましたので」
 顎を乗せるには低すぎる冨岡の背後に立った宇髄は愚痴のように呟いた。
 胡蝶の柱稽古の参加はいまだ確定していない。薬の研究、共同開発はすでに終盤へと差し掛かっているわけだが、妹自身になにやら相談があったらしい。
「藤の毒について聞きたくて」
 胡蝶は任務でも一度として同じ調合の毒を使ったことがないという。上弦ともなれば致死量は雑魚より跳ね上がるはずで、その濃度は予測がつかない。刀に仕込む毒の量では倒しきれない可能性のほうが高いのではないかという。確かに、大した量を塗布していなかったクナイでは、上弦の陸を一瞬足止めさせるくらいの効果しかなかったことを思い出した。
「昔は地面に撒いたりかけたりしかできずなかなか効率も悪かったので、かなり改善はしたんですが」
「………」
 ぴたりと冨岡の手が止まる。気にせず胡蝶は話を続けようとしていたが、小さく開いた口から小さな声で言葉が呟かれた。
「……地面に」
「え? ええ、特注の刀がなかった頃です。姉が柱だった頃はまだ私も鬼の殺し方が確立できておらずで、日輪刀と毒は個別に使っていました。頸が斬れないならせめて逃げ場をなくして毒を撒いて……冨岡さん?」
「………」
 まろみを帯びた顔が子供らしからぬ表情になり、眉根を寄せて黙り込んで俯いた冨岡の様子を皆が窺った。冨岡の背後で黙っていた珠世が口を挟んだ。
「義勇さん、もしや……しのぶさんの毒にかかったことがあるのですか?」
「はあ?」
「え?」
 声を上げたのは愈史郎と胡蝶だ。
 ついには手のひらで顔を覆った冨岡だが、否定の言葉が出てこないならそういうことだ。いつの間にか胡蝶の毒に引っかかっていたらしい。
「あれは確か四年前……」
「気をつけろって言ってた頃じゃねえか」
 宇髄の突っ込みにも応えず冨岡は四年前へと思いを馳せている。
 青い彼岸花を探していた頃のこと。山中に入った冨岡が鬼狩りの気配を察知し、逃げようとしたところで撒かれていた殺意の高い藤毒の罠に足をとられた。手をついた周辺の木々にもたっぷりと撒かれていて抜け出すのに手こずった。危うく鬼狩りに姿を見られるところだったと呟いた。
「あ、あらあら……知らなかったとはいえ恩人になんてこと……」
「嘘でしょ……」
 よほど命の危険でも感じたのか、自分がした救助はさっぱり忘れているくせに殺されかけたことはしっかり覚えているらしい。危機感がなさすぎる冨岡が悪いとも思えてしまうが、鬼狩りの大半は刀を用いた戦闘法だ。毒が撒かれていることも初めてだったのだろう。
 鬼とは倒すべき悪であると信じていた鬼狩りだったのだから、しのぶ自身にも非は認められない。こちらも額を押さえて不本意そうにしながらも謝っているが、まあ、冨岡としても過ぎたこととして流すつもりのようである。確かに今そんなことに時間を使う余裕はない。
「ま、じゃあ続けようぜ。毒の話だっけ?」
「なんで仕切っているんだこいつ」
 愈史郎から文句が飛んできたが気にせず先を促して話題の進みに耳を傾けていれば、先ほどまで申し訳なさそうにしていたカナエの目がだんだん締まりがなくなっていくのに気がついた。背が低くなってぎりぎりカナエを見上げる形になっている冨岡を眺めている間の変化である。
 いつもこの顔で子供の冨岡と話していたのか、もしかして。ちらりと隣のしのぶと目が合った時、どことなく気恥ずかしそうな様子で視線を逸らされた。こいつら、子供の外見に惑わされていないだろうか。いくら炭治郎から見損なうと宣言されるほどの可愛い姿かたちをしていようと、中身は青年に擬態していたとおり無愛想な冨岡だというのに。いやまあ、あれはこの冨岡が娘のふりをしようとしてさらに犯罪臭のする|形《なり》になってしまったからだったが。
「でれでれできない時はちゃんときりっとしてるんですけどね……こほん、」
 確かに、妹の咳払いにより締まりのない目が即座に力を取り戻していた。さすがというべきなのかどうか迷うところだが、切り替えられたようでなによりである。
 閑話休題。
 しのぶの相談とは毒の濃度についてであった。情報共有の危険を考えて鬼ごとに調合を変えた毒を使用していたというが、下弦程度の鬼であれば効く毒も上弦相手に効くかどうかがわからない。刀に仕込める毒の量は限りがある。なりふり構わずやろうと思えば他にも手はあったのだろうと思える様子だったが、カナエの手前か口にはしなかった。
 打ち込む毒の量と濃度、それが効くまでの時間。相談できる医者が三人、特に研究者でもある珠世が相談相手ならば申し分ない。
 それはそれとして、毒以外の方法もあるに越したことはない。しのぶが鬼の頸を斬れないことは隊内でも周知の事実だが、斬れずともやれることはなんなりとあるはずだ。懐を探って見つけたものを彼女へ手渡した。
「なんです?」
「火薬」
 音の呼吸の型に使用する丸い爆薬だとわかった瞬間、まわりはギョッと驚いたように目を剥いた。
「火気厳禁なんですが!?」
「固いこと言うなって」
「全然固くないんだよ!」
 頭を抱えた冨岡と慌てた珠世の前に出て怒り狂った愈史郎だったが、宇髄は大して気にしなかった。持ってくるなとは言われていないからである。こっちは持ってくるなんて思っていないんだよ、と愈史郎が血管をブチブチと切りながら叫ぶ。尻を蹴られて追い出されそうになったが、いつの間にか潜り込んできた冨岡に懐を探られてほかの火薬も没収されてしまった。
「あっ。なんだお前、小さすぎて見えなかったぜ。んだよ、派手でいいだろうに」
「洒落にならないんですよ、爆発したら全部パアなんですから。そうなったら宇髄さんのせいですからね。責任取れるんでしょうね」
 誤爆させるようなヘマなど宇髄はしないが、ここまで言われては致し方ない。チビと暗に揶揄ったことで冨岡の顔がむっとしていたが、せっせと持っていかれた火薬は手持ちのすべてだったあたり、きっちり匂いを確認して奪っていったとみえる。さすがに研究室で取り出したのはまずかったかと心中ではきちんと反省したのだった。
「まあ火薬持ってきたのは謝るけどよ、それはそれとして使えるもんはいくらでもあっていいからな」
 不審そうな顔を向けられたが、頸が斬れないからといって毒だけを使わなければならないというわけでもあるまい。毒と併用すれば倒す道筋も見えてくる可能性だってある。柱の中にはなんでも使って戦う傾向のある奴もいるわけで。
「それこそ俺様の火薬をここぞという時に使うとかな。あとはほら、こいつ継子にするのも派手でいいな!」
「えっ」
 鬼の隊士である獪岳を継子に迎える柱というのも宇髄同様の派手さがある。任務に復帰しようとした直後に鬼の出没が止まったものだから、もしや本人も不完全燃焼なのかもしれないが、これもいずれ来る戦いに備えられるなら悪くはない。まあ、宇髄が適当に提案してみているだけなので、決めるのは本人たちだが。
「……ふ」
「珠世さま?」
 未だピキピキ血管を浮き上がらせていた愈史郎が問いかけた先には、地味な表情をしていたはずの珠世が口元に手を当てて笑みを浮かべていた。
「いえ。……義勇さんが慕う理由をわかった気がしましたので」
「うへ……」
「ふふ、照れてる」
「うるせえ」
 指摘されると恥が募るのがなんとも未熟だが、悪い気にはならないのが始末に負えないのだった。

***

「あんたねえ、お客さんに雑用やらせてどういうつもりだよ」
「えー、でも一時は居候だったわけですし」
「その期間私たちはいなかったけどね」
「まあまあ! 見てるだけも暇でしょ? 一緒におむすび作りましょうよぉ」
 きゃらきゃらと賑やかな声が義勇へとかけられ、ついで櫃を抱えて部屋へ上がり込む。眺めていた庭には死屍累々の鬼殺隊士たちと、それを厳しく指導する宇髄の姿がある。柱稽古とはどういうものか、一度見てみたかった義勇がよほど羨ましそうに見えたらしい。
「気になさらないでくださいね」
「いや……やる」
 はたして隊士が義勇の作った握り飯を喜ぶかは不明だが、奥方たちのものと違いが出ないようにすればいいだろうか。ぱあと喜ぶ須磨の隣で、熱いので気をつけるようにと注意をしてくる雛鶴に水桶を差し出された。
「すぐ治る」
「……いや……、そんな火傷した手で握られても食べるほうだって気にしちまうよ……」
 そう言われるとそうである。確かにと頷くとなんともいえない顔をしたまきをが義勇を見つめていたが、由々しき問題だと雛鶴が少し困ったような声音で呟いた。話を聞いていなかったらしい須磨が首を傾げた。
「こんなにご自身を顧みない感覚に慣れてしまっていたら、……人に戻った時大変ですよ」
 思わず瞬いて雛鶴の顔を見つめたら、困ったような笑みが義勇へと返された。薬の研究について、宇髄は奥方にも内密にしていたはずだったが、察するものでもあったのだろうか。それとも炭治郎は禰豆子を人に戻したいと公言していたから、聞くようなことがあったのかもしれない。
「遊郭へ救助に来てくださった時、鬼の攻撃から天元さまと炭治郎くんを率先して守ってくださったと聞きました。冨岡さん自身は怪我を負いましたよね」
「大したことはできなかった」
「そうではなく、……我が身を盾にして守ろうとしてしまうから、いずれ人へ戻った時に癖でやってしまうのではないかと思うんです」
 反撃しようとせず、受けるだけ。鬼の脅威がなかろうと危険はどこにでもあるものだから、いつか間違えてしまうのではないか。禰豆子にもいえることではあるが、鬼となっている年月は義勇のほうが長いからという。
「人はすぐ死んでしまうのに、そんなことがあったら……私たちは悔やんでも悔やみきれない。あなたは天元さまの大事なご友人ですし」
 思わぬ指摘を受けた義勇はしばし反応し損ねてしまったが、彼女たちが義勇をひどく気にかけてくれていることは理解した。けれど言葉を紡ぐのが不得手であることを自覚している義勇には、何を口に出すこともできなかった。
「ほら、先に水で手を濡らすんだよ。米に空気を含ませるようにして熱を冷ます。熱く感じるなら余計にそうしな」
「落としたってかまいませんからねえ。お櫃の上でやれば問題ないですし! 私もよく落とします!」
「あんたは落としすぎ。数こなせば慣れるよ」
「うん……」
 子供のような返事をしてしまった直後に奥方たちが胸を押さえて蹲ったので、何事かと思い慌てて痛むのかと問いかけたが、そういうのではないと誤魔化されてしまった。

「なにお前、まだやりてえの?」
「あっ、いえ! あ、いや、その」
「早く用件言えよ」
 背後から声をかけられて狼狽してしまった村田は、竹刀で自らの肩を叩く宇髄を振り返った。
「いやその、……冨岡? さんに話をしたくて……ちょうどいるみたいなんで」
 宇髄から合格を貰った村田は次の霞柱邸へ向かえるのだが、その前に少し用があったのだ。
 昨日はいなかったけれど今日は宇髄の奥方三人ときゃっきゃしている。いやまあ室内を通りすぎた時などに見えた冨岡の表情は全然きゃっきゃしていなかったが、ついてまわる周りの|姦《かしま》しさがそう見せてくるので仕方ない。
 たいへん観察されているような視線を向けられた村田は、だめだったのだろうかと身を竦ませた。
「奥いるから行ってこいよ」
「………! は、はい!」
 慌てたように頭を下げ、縁側から声をかけつつ上がり込み気配のするほうへと足を向ける。
「すみませーん」
「はいはい! あ、ご飯ですか!? すみません、遅くなっちゃって」
「いや、俺はもう頂いたんで……」
 時折縁側から稽古の様子を見ていたように見えた冨岡は、今は厨に引っ込んでなにやら頬に飯粒をつけて握り飯を作っていた。村田が覗き込んだ時に顔を上げられ、ぱちりと目が合った。怯んでしまったのはあまりにも深い蒼の目をしていたからだろう。
 頬の飯粒を奥方のひとりが回収している。器用にこなす印象だったけど、こういうのは慣れてないからかねえ。こくり。頷いてんじゃないよ。なんて笑いながら気心知れたやり取りをしている。
「何かありました?」
 仲の良い友人同士のような、それより少しばかり過保護にも見えるようなやり取りが、鬼と人であることなどすっかり忘れてしまうくらいだった。問いかけられて気がついた村田は慌てて用件を口にした。
「あ、いえ……ええと俺、その、那田蜘蛛山で、ほ、包帯を山ほど貰ったんだけど……」
「………、……ああ。服はあったのか」
 しばし考え込むような素振りをしてから、冨岡は相槌を打って答えた。静かで穏やかで落ち着く声だ。先ほどまでの緊張がどこかへ行ってしまった気分だった。
「服?」
「いやっ、あったわけじゃないけど! あの時はありがとう。あんまり役には立たなかったけど……」
「そうか」
「何したんですかあ?」
 どことなくしょんぼりしたようにも見えてしまった冨岡だが、奥方のひとりからの問いかけに口を開きかけたところで村田は慌てて止めた。
「服を、」
「あーあー! いや内容は置いといて! 気持ちは嬉しかったからさ!」
 さすがはくのいちとでもいうべきなのだろうか、察されたのが表情でわかってしまった。とはいえそれを口に出すことはしないでいてくれたので、これ以上の恥辱は免れたようである。それに。
「そうか」
 小さく笑みを浮かべた冨岡の表情を目の当たりにして、炭治郎の言葉を思い出した。
 用件は終わったからと次の稽古へ行くことにして、村田は彼らへ挨拶をして宇髄邸をあとにした。
――良いひとですよ。
「そうみたいだなあ……」
 霞柱邸を目指しながらとぼとぼ歩き始める。こんなところを宇髄に見られてはちんたら歩くなと怒られそうだった。
 蝶屋敷で見る禰豆子も陽光を克服したあとはまるでただの幼子のようで、鬼だなんて言われても信じ難い気分になったものだ。
「会う鬼全部がああだったら、こんな気分になることもなかっただろうにな……」
 もっと早く会いたかったのか、それとも会いたくなかったのか。自分でもよくわからない感情が今更どうにもならないことを考えてしまい、村田は思考を切り替えて霞柱邸まで走ることにした。