異端者たち 十九・続
「こ、こんにちは……」
ぺこりと会釈した焔色がみっつ。
内ひとつは顔を上げた後、ずいぶん楽しそうに笑っている。小さいのはこわばりながら、貫禄のある壮年の焔は小難しい顔をしていた。各々に違いはあれど、誰がどう見ても血縁であることは一目瞭然である。
「家族総出でなんの用だ」
「む。要が寛三郎に言伝したはずだが、聞いてないか? 遊びに行くと伝えたはずだが!」
煉獄家へ招待しようかと思ったが、夜でないと義勇自身が危険だろうと気遣われた。招待するはずの煉獄は夜警邏で家を空けるため、もてなすのは父と弟になる。確かに呼んだ当人がいないのでは家人が警戒してしまうのは容易に想像できるし、義勇自身も何を話せばいいかわからない。
「俺も話したいからな!」
「そっちなのか……」
「それ以外になにが?」
疑問符を浮かべた煉獄が首を傾げるのを眺め、柱稽古はどうなっているのかと呆れつつも義勇は嬉しさに内心浮ついた。口下手と言われることの多い義勇だが、会話が嫌いなわけではない。話したいと言われて嬉しくならないわけがないのである。まあ、鬼舞辻の配下と話すのは嫌いだが。
しかし。ちらりと残りのふたりへ目を向ける。おとなしそうな弟は兄についてきただけと言われても納得できるほど身の置きどころがなさそうな様子だが、元炎柱と聞く父親が鬼の棲家へよく来たものだ。眉間は皺が刻み込まれて年季が入っているし、現役の隊士も尻込みしそうな雰囲気がある。
「息子の窮地を救ってくれたと聞いた」
ふいに言葉を発したのは壮年の焔である父親だった。立ち話もなんだからと屋敷へ上げ、宇髄の茶を用意して振る舞った直後である。茶に口をつける前に全員が頭を下げ、ギョッとした義勇へ感謝を伝えてきたのだった。
二度も救われては感謝してもしきれないからと何を言っても顔を上げず、結局は彼らの気が済むまで義勇は感謝されてしまった。
嬉しさがあってもどうしていいかわからずおろおろした義勇とは対照に、気が済んだ後の彼らは晴れやかに、各々茶を飲んだり冷ましたりと寛ぎ始めていた。居心地悪そうだった弟も安堵したように笑みを見せていたので、どうやら緊張していただけのようである。そんなことのためにわざわざ家族総出で来たのかと思うと呆れるが、受け入れてくれた証でもあるのだからありがたいことには違いない。こちらは恐縮してしまうが。
「――柱も稽古をするのか」
柱稽古は順繰りに巡っていくため、どこかで足止めを食らっていたら先へは進めない。煉獄の下にはまだ隊士は辿り着いていないからこうして冨岡邸へ家族で来たようだった。現状をいろいろと教えてくれたので気になったことを問いかけてみれば、煉獄は頷いて義勇の言葉を肯定した。
「そうだな、稽古の合間に柱同士で手合わせをする。連携の稽古も兼ねているんだ」
合同任務はあれど組んだことのない柱も多く、彼らの癖などを把握できればさらに連携は強化される。昨日は隊士がまだ来ず手持ち無沙汰となっていた風柱と手合わせをしたそうだ。
「きみは宇髄から聞いているだろうが、柱は痣を出す急務もある! 手合わせの後は満身創痍になるほどだ!」
「……痣を」
想定より小さくなった声音は煉獄に首を傾げさせてしまったが、聞こえてはいたのか笑みを浮かべて頷いた。
心拍を上げ高熱を維持して戦えるよう訓練が必須だが、鬼舞辻無惨を討つために必要なものであり、出さねばならないものである。それはわかっているつもりだが、やはり代償を思うと推奨したいものではなかった。己が医者ではなく鬼狩りであればきっと出せるなら出したと思えるのも、なんだか身勝手な思考だが。
「そうか」
何を言うこともできず相槌を打った義勇に、黙った煉獄はやがて先ほどよりも柔らかい笑みを見せた。
「我々もこのことは了承済みだ。……そもそも帰ってくる保証などないからな、寿命についてなど後回しだ」
義勇が代償について把握していることを察したのか、そばで聞いていた父親が静かに口を開いた。弟は寂しげに表情を翳らせたものの、それでも義勇へ笑みを向けた。
「戦うのは俺の責務だ。が……きみはそうではないか」
理解している。しかし肯定するには義勇は彼ら鬼狩りと関わりを持ちすぎたのだ。けれど、出すななどとは間違っても言えない。彼らの覚悟を踏み躙ることはできない。そうでなければ、そうして戦ってくれる者がいなければ、鬼舞辻無惨は滅ぼせないのだ。けれどそうやって戦った者こそ、友だからこそ生きて幸せになってほしいとも考えてしまう。
「しかしまあ、それは心配ないと思うぞ」
柔らかな笑みが一転して力強い目を向けられる。ずいと覗き込まれてつい仰け反った義勇は、闊達に伝えられた言葉に目を丸くすることになった。
「きみならどうにかしてくれるからな!」
根拠のない言葉だ。目を丸くしていた義勇はやがて胡乱な目を向けることになった。期待するのは勝手だが、痣の詳細などさっぱりわからないのに無責任なことは言えない。故に義勇は黙り込むこととなった。
「帰ってこられた暁には、俺たちの身体はきみが診てくれる。……痣については炎柱の書にも記載されていた代がある。常時出し続けていた男は鬼よりも強かった。皆こぞってその強さを求め、平時から出し続けていられるよう訓練もしたのだと。そうして先人は皆二十五の若さで亡くなっていった」
それについては産屋敷の保管していた書物にも書かれていたと聞いているものだった。鬼になればその代償も帳消しになり、だからこそ寿命を求めて鬼に堕ちた者がいたということも。
「しかし、それは痣を出し続けたからでもあるだろう。鬼舞辻無惨との戦いが短期間で終わるなら、その限りではないといえないか?」
「―――、」
机上の空論だ。痣の特性が死に直結するものであること以外にわかることはないのに、煉獄は妙に楽観視しているようだった。義勇とてそうであるならどれほどいいかと思うけれど、痣以前の問題だってあるというのに。
「きみも一緒に戦ってくれ。もちろん人に戻った上でだ!」
鬼舞辻の滅殺に義勇ができることなど知れている。けれどその少ないできることを求めている者がいてくれるなら、それは必ずやらなければならないことである。
人に戻った義勇にそれをやり遂げることなどできないのなら、できる手立てを見つけなければならない。
「人に戻る前にやれることをやる」
「む、準備は大事だな! しかしきみは人であっても人を救ってくれるだろう」
「救えた試しなどない」
「これから増やせばいい。人は成長していくものだ、努力次第でできなかったことができるようになる。冨岡は努力を惜しまないだろう」
義勇の何を見てそのような結論に至ったのかと思えば、時透に施した体内の洗浄のことを言っているらしい。そもそも医者になったことがすでに努力の結晶だろうと当然のように笑った。口下手である義勇には、それに言い返せるだけの言葉が出てこなかった。
***
「義勇さん! 髪切るんですか!?」
「ああ」
久しぶりに顔を見た義勇がはさみを尻尾に添えていた。
じょきんと音が聞こえてひとつに纏められていた髪が落ち、さっぱり首元が涼しげになった。どういう心境の変化かと驚いたが、しばらくすれば義勇の髪は元通りに肩下まで伸びたので、髪を切ることが目的ではなさそうだった。切り落とした髪の包みに何やら細長い小箱を忍ばせ、鴉へと託している。寛三郎ではない、若い鴉だ。
「|榛《はしばみ》だ」
玄弥の鎹鴉だそうで、肉体の一部を渡す約束をしていたらしい。上弦相手にどれほど役に立つかはわからないが、鬼喰いでの危険性は上弦の鬼を喰うよりも低いからという理由だそうだ。髪では鬼喰いの効果は薄いらしいので保険としてであり、血液を渡すのが主目的だそうだ。先ほどの小箱がそうなのだろう。
「完治したか、炭治郎」
「はい!」
刀鍛冶の里の一件から蝶屋敷で療養していた炭治郎は、ようやく完治し柱稽古へ合流することとなった。訛った身体を叩き起こせと宇髄にしごかれ、ついでだから久々に野方まで走るか、という提案で冨岡邸まで走ってきたのである。鬼狩りになる前の修行に組み込まれていた頃から、少しは速く到着できるようになったかと感慨深くもあった。
「獪岳さんはいらっしゃらないんですね」
「柱稽古に参加したいと言ったから、とりあえず問題ないところをまわるらしい。宇髄、時透、甘露寺、煉獄……煉獄には家族を紹介された」
「へええ」
会ってみたいと言ったからと煉獄が野方まで連れてきたそうだが、弟の千寿郎や父である槇寿郎とも案外じっくりと話したそうだ。煉獄家には炭治郎もヒノカミ神楽のことでかなり世話になってしまっていたので、礼を伝えておかねば気が済まない。煉獄のところに辿り着いたらまずは礼を伝えようと決心した。
善逸は柱稽古に怒り狂っていたが、獪岳が参加するとなれば奮起しているかもしれない。強い人との稽古は勉強になることばかりだと今から楽しみでもあった。
「伊黒のところには……少し前に獪岳を伴ってカナエと挨拶に行った」
そういえば宇髄から、伊黒は獪岳が鬼化した際に鉢合わせたと炭治郎も聞いたことがある。当時はきっと隊士たちもまだ鬼との協力を良く思っていない人が多かっただろうし、あの裁判では炭治郎も殺意に似たものを向けて押さえつけられたのを思い出した。今はもう大丈夫ということだろうか。
「鬼なんぞを気にかけた覚えなどないと怒っていたが、最後はカナエに推し負けていた」
「成程」
蝶屋敷の主人であるカナエは物腰柔らかな人であれど、元柱という肩書きがある。蛇柱の伊黒とて彼女には強く出られないのかもしれない。
「今回限りは受け入れてやると言っていたが、前もそのようなことを言っていたからただの口癖なんだと思う」
素直になれず憎まれ口を叩く人は一定数いるので、伊黒もそういう人なのだろう。炭治郎にはあまり理解できない言動だが。そして甘露寺の名を挙げた時、散々回っていた口がまごついて何を言っているのかわからなくなり、結局追い出されたのだそうだ。カナエは気にしなくていいと言っていたようなので、よくわからないがそうかと納得することにしたという。
「風柱のところは様子見してからだが、最後まで回りきると意気込んでいた。我妻が宇髄のところを抜けたと聞いたあたりで」
色々とあるようだが、善逸の頑張りが獪岳の気合に繋がっているのならよかった。ついでに診察させろと言う義勇に炭治郎も素直に応じ、屋敷内へと上がり込む。
療養明けなのですでに蝶屋敷で診てもらっているが、義勇が気にしているのは身体の怪我とは別のものだろう。宇髄が言うには痣のことをひどく気にしていたと聞いている。
それでも出すなと口にはしないあたり、義勇は理解してくれている。鬼殺隊にとって鬼と渡り合える力は切望していたものでもあるし、その覚悟を止められるわけにはいかない。何を言われても応えられないのだ。
理解してわかってくれる。配慮がありがたい。義勇とて身を粉にして戦ってきたひとだからだ。
「禰豆子は預けてきたか」
「はい。寂しがってないか心配ですけど」
まあ、そばには鱗滝がいるから大丈夫だろう。炭治郎も禰豆子がいなくとも戦えるようにならなければならないのだ。
「義勇さんもちゃんと人に戻ってくださいね。待ってますから」
放っておけば自分のことなど優先順位の最下層に置いてしまいそうだから、炭治郎はきっちりと言葉にした。義勇の言えない気持ちをわかっているくせに、炭治郎の気持ちを伝えてしまうのはなんとも狡いような気分にはなったけれど、それでもやっぱり重要なことだ。
禰豆子と義勇が人に戻ることを目的にしてきたのだから、必ず達成するべき目標なのである。