異端者たち 十七

「どうも」
 刀鍛冶の里で鉢合わせた霞柱が冨岡邸へと現れ、ぺこりと頭を下げた。その後ろには同じく刀鍛冶の里で見かけた隊士が窺うように様子を見ている。
「居住聞いて蝶屋敷抜け出してきた」
 まだ本調子ではないものの、動くことに支障はないという。あれだけ負傷しておきながら信じられないが、どうもいつもより治癒が早いらしい。それもあの痣の影響なのかもしれない。
 不在ならば宇髄家へと向かうつもりだったが、早々に会えてよかったと口にした。
「用向きがあったか」
 時透無一郎だと名乗った霞柱は、上がるのかと問いかけた義勇に間髪入れず頷いてさっさと結界内へ足を踏み入れた。後ろの隊士も名乗りつつ会釈をし、時透を追いかけるように慌てて入ってきた。美味いらしい茶葉で茶を淹れて出してやれば、不死川玄弥と名乗った隊士は、時透に無理やり付き合わされてきたのだろうなと察せる程度には緊張しているようだった。まったく気にせず飲み始めた時透に倣ったのか同様に飲み始めたが、鬼が出した茶を飲もうとするだけ凄いと思うので無理をしなくてもいいのだが。ここ最近あまりに好意的に受け入れられてきてしまっているが、普通は鬼と知って差し出されたものなど口にしないはずである。
「冨岡さんは玄弥の戦い方見た?」
「いや」
 義勇があの場に到着した時彼は崖から降りようとしていただけだったし、皆戦えるような状況ではなかったように思う。子供ゆえに細身ではあるが、上背は義勇より高く見えたので伸び代はあるのではないだろうか。時透とも、蝶屋敷で療養する隊士たちとも呼吸の仕方が違うのは気になったが。
「喰った鬼の能力を使うんだって」
 ふと蝶屋敷で聞いた話を思い出した。
 柱から診察を頼まれた隊士の体質が類稀なもので、体質に頼って無茶な戦い方をしている者がいる。続けていけばいずれ身を滅ぼしかねないものだとしのぶが言っていた。
「……胡蝶さんにも鬼喰いのことは説教されてて。でも俺は呼吸が使えないから、できることをしてるだけで……」
「………」
 わかるよ、とつい心中で深く同意していた。
 義勇自身もそうだ。人のままでは無理だった。鬼となったことを手放しで喜ぶことはできなくとも、誰かの役に立てることはありがたいことでもある。珠世の治療がなければ、有象無象の鬼のままであれば義勇は人を喰い殺して討伐されていた。
 しのぶが言っていたのは彼のことで間違いなさそうだった。たったひとりの家族となった兄と話をしたいのに、その機会がないからどうにか階級を上げようと必死になっていた。相手は柱で忙しいから、同じ柱になれば会話の機会が持てるのではないかという。
「玄弥の兄は風柱の不死川さんだね。前に冨岡さんを殺そうとしてたっけ」
「えっ」
「ああ……恐かった」
「恐かったで済むのかよ……?」
 師には咎められ、しのぶからは怒られ、しかし結局のところ戦いから退くことは考えられないから、どうにかして強くなる方法を探している。銃も刀も支給されているが、鬼喰いは玄弥にとって必要な戦闘法だからやめることは考えられないという。彼らも察してはいるのだろうが、そんなことを言えば泣かれるし怒られるので伝えたことはないそうだ。
「戦闘中は使えるものを使わないと死ぬかもしれねえんだし」
 確かにそうである。
 しかししのぶが危惧しているのは鬼を喰うことで起こる身体の変化だ。能力が使えるからと幾度となく喰い続けて、後遺症がないとは言い切れない。
 大きな力を得るには危険がつきものだ。あの痣もおそらくは、何か代償があるのではないだろうか。
「冨岡さんは症例とか、呼吸が使えるようになる方法とか知らないかなと思って」
「………」
 妙に焦った様子で手足の長い身体を縮こませた玄弥に疑問符を浮かべたものの、時透の言葉に義勇は少々考え込んだ。
 呼吸の使い方はどちらかといえばしのぶのほうが詳しいと思うが、彼女が使えないと診断したのだとしたら可哀想だが修得の見込みはないのだろう。やめろと言われた鬼殺隊にしがみつくのは兄がいるからだ。兄を守りたいからここに居続けている。やめろと言う資格は他人である義勇にはなく、時透にもない。それならば。
「俺を喰うか」
「へ?」
 ひとつ提案してみることにした。
 医者としてはあるまじき提案である。それに義勇を喰ったところで上弦に通用するかといわれればまずしないのだが、先の戦闘のように方法がなければ鬼を喰うしかないのだから、ある程度の保険にはなるかもしれない。しのぶにばれたら説教どころではなさそうだが、人の気持ちは止められるものでもない。なにより義勇は姉を助けられなかったので、兄を守りたいという感情を無下にはできなかった。
「使えるかはわからんが」
 何はともあれ、診察もまずは話がまとまってからだ。しのぶが義勇に任せてくれるかどうかだが。
「じゃあ胡蝶さんに許可得てこよう」
「あ、ああ、わかりました。……あの、ありがとうございます」
「まだ何もしてない」
 頭を下げた玄弥に義勇は驚いたが、早速行こうと急かす時透が茶を飲み干して立ち上がった。柱たる故か判断も行動も迅速である。痣の話を聞きたかったのだが、時透は玄弥を引っ張ってまた来ると告げて去っていった。

「姉は外出許可を出しましたか? わざわざ抜け出してどこに行ってたんです」
 蝶屋敷に戻ると胡蝶が仁王立ちで玄関を陣取っていた。
 いくら治りが早いからといって勝手をされては困るのだと、柱ならば隊士の模範となるべき行動をするようにと時透へ説教が飛んでいる。次は玄弥だろうとせめて身を縮こませて謝ってみたが、機嫌の悪い視線で一瞥された。
「冨岡さんとこ」
「ちょ、」
「えっ?」
「玄弥の診察冨岡さんに任せてもらえないかと思って。さっき交渉してきたから」
「は?」
 ひとり言葉なく慌てている玄弥を見向きもせず、時透は淡々と胡蝶へ告げた。主治医であるはずの胡蝶が何も知らされず交渉どころか決定事項として伝えたような状況で、そりゃ気を悪くするだろうと少し考えれば誰でもわかる言い草だった。
 面食らったような表情を晒した胡蝶は、やがて意味が飲み込めたのか今度は不審そうな目を向けてきた。
「どうして冨岡さんに? 玄弥くんの主治医は私ですが」
「体質のこと、冨岡さんなら鬼だし助言もくれるんじゃないかと思って聞きにいったんだよね」
「ああ、まあ……あるかもしれませんね。……え? 鬼喰いをやめる気は更々ないということですか?」
 不機嫌どころか怒りを顕にした胡蝶に問いかけられ、玄弥はさらに縮こまった。こちらへ来なさいと言葉の圧を向けられ、ふたりは時透が療養している一人部屋へと促された。なかったことにはできそうもなくなんかもう最悪である。
「診察してみないことにはわからないって話だったけど、冨岡さんの身体は普通の鬼と違うんだよね? だから何か秘策があるのかも」
「どう考えても身を喰わせる前提ですね」
 怒りを滲ませた胡蝶へまったく顔色を窺うことなく時透は話し始めるが、黙り込んだ胡蝶の眉間の皺がだんだんと緩くなり、怒りよりも思案している様子に変わったことに気がついた。
「………。鬼舞辻無惨の呪いが外れていることで他と違いがあるのかもしれませんね。それに食人衝動がないことも。このまま鬼喰いを続ければ本物の鬼になってしまう危険もありますし」
「ああ、治療済みなんだっけ。本人は上弦に通用しないって言ってたけど、冨岡さんの血鬼術って水の膜みたいなやつでしょ? それと洗浄。役に立ちそうだけどな」
「ええ、主に使うのは結界だそうですけど……すみません、洗浄とは……?」
 上弦の参との戦闘では槍状にして攻撃に使ったという話もあったそうだが、胡蝶はそれよりも洗浄という言葉が引っかかったようだ。刀鍛冶の里で一体何を洗浄したのだろう。
「体内の毒と肺に溜まった水を洗い流してもらった。初めてみたいだったし、実験体になったようなものだね。僕も毒どうにかしたかったし」
 一拍黙り込んだ胡蝶は、病室に備え付けてある小さな帳面を手に取り懐からペンを取り出した。
「その時のことを教えてください」
 曰く、刀鍛冶の里で玄弥たちが上弦の肆に手こずっていた間、上弦の伍と戦闘に入った時透は飛んできた毒針が刺さって毒が回っていた。おかげで水の鉢に閉じ込められた時もなかなか抜け出せず、肺に水が溜まるほど溺れかけた。運良く冨岡が現れて鉢を壊し、上弦の伍を討伐した後に治療を受けた。体内に残った毒と水を外へ洗い流すような感覚で、かなりの苦痛ではあったが呼吸に支障が出て動けなくなるよりはましだと考えて受けたのだという。
「成程、禰豆子さんの血鬼術とは違いますが、こちらもかなり有用そうですね」
「うん、禰豆子の炎と違って完全に体内からなくなるわけじゃないから、洗い残しみたいなのの可能性もあるとか」
「なんか洗濯の話してるみたいっすね……」
 ついていけずについ漏らしてしまった感想だったが、本当にそう感じてしまったのだから仕方ない。真剣に何かを考え込んでいる胡蝶の邪魔をするわけにはいかず、玄弥もこれ以上は黙ることにした。
「……成程、では冨岡さんにお任せしましょう。引き継ぎもありますし、私も一緒に」
「は、はい!」
「よかったね」
「言っておきますが、鬼喰いに賛成したわけではありませんからね。喰わせる案はどうかと思いますよ」
「は、はい……」
 一時はどうなることかと焦ったが、時透は案外うまく話をしてくれた。冨岡の血鬼術がよほど胡蝶の関心を引いたようだ。
 玄弥自身は話に聞くだけで目にしたことのない血鬼術だ。どちらかといえば後方での援助に役立ちそうなものだと思うが、それでも兄を守れる血鬼術を借りられるならありがたいことだった。引き続き胡蝶からの苦言はあるものの、兄を守るには玄弥自身の力だけでは足りないのだから使えるものは使っていくしかないのである。