異端者たち 十五
冨岡が遊郭へ救援に向かう数日前のことだった。
てちてち隣を歩く冨岡がすんと鼻を鳴らし、足を止めてとある方角へ顔を向けた。
まだ薄暗い辺りは静かで誰かが動き出すような気配もないと思っていたが、人にはわからぬものが冨岡には感じ取れたらしい。
「なにか異変でもあった?」
「鬼の匂いがする」
辺りは静まり返っていたが、かなり遠方の鬼を感じ取ったようである。
炭治郎たちもそうだが、あまりに鋭敏な感覚があると普段の生活で大変なことがありそうだ。こういう時はとても頼りになるけれど。
「なにも感じないわ。かなり離れてるの?」
「……なりかけの気配だ」
前線を離れて久しいとはいえ、カナエも鬼殺隊の柱だった人間だ。それなりに鬼を感知する術に長けていたものだが、それでも今気づくことができなかったのがもどかしい。外套の奥で上背が伸び成人男性の姿に戻した冨岡は(カナエにとってはこちらが戻った姿である)、匂いを辿り脇道に逸れて歩き出した。
気配を消してついていく。土地勘がなければ迷ってしまいそうな入り組んだ道を進んでいき、ようやくカナエは鬼らしき気配を感じ取った。
これがなりかけの気配なのだろう。やがて近づくにつれて呻きどころか断末魔のような叫びを上げるのが聞こえ、隊服を着た若い男がのたうちまわっているのを発見した。
「冨岡くん!」
子供の姿のままでは押し負けてしまっていたかもしれない。冨岡の後ろをついてきたカナエは突き飛ばされ、苦痛を感じているのか狂ったように隊士は冨岡へ襲いかかった。大きく口を開いた奥には、肉を裂くのも簡単にできてしまう尖った牙が生えていた。
鬼になった隊士がいた。なったばかりであるならば、まだ人を喰っていない。その証拠に飢餓状態のまま冨岡から押さえつけられても抜け出そうと藻掻き、口からはだらだらと涎を垂れ流していた。
「陽光を遮れる場所を探してくれ」
「あっちに小屋があったわ!」
もうすぐ陽が昇る。ついていく合間視界の隅に映っていた小屋を指し、カナエは先導した。隊士を拘束した冨岡は暴れる彼をずるずると引きずりながら移動し始めた。
鬼舞辻無惨の血を浴びた者は大半が耐えきれず死に至り、鬼と化す者もあらゆる痛みに苛まれると聞くが、鬼狩りにはその比ではない苦痛が襲うのだという。拘束していなければもっと暴れて手のつけられない状態になっているだろう彼も、必死に痛みと戦っているのだ。
「寛三郎、珠世先生のところへ行ってくれ」
懐を漁り、取り出したのは愈史郎の血鬼術で作られた目くらましの札だった。傷のついた手から血が札へと滴り落ちていく。それを鎹鴉へ渡そうとするが、暴れるのを押さえつけながらではままならない様子に、カナエが奪い鴉の首へ掛ける。高齢の鴉だから少し不安だが、本鴉は冨岡の意に添えるようよく頑張っている。短い間にとても良い相棒となっているようにカナエには見えていた。
「茶々丸でも誰でもいい、屋敷付近まで行けば気づくはずだ」
「承知シタ……スグ戻ッテ来ルカラノォ……」
「気をつけてね」
「お前も出ていろ。俺が開けるまで入るな」
小屋から飛び立った鎹鴉を見送った直後、背中を押されてカナエは外へと踏み出させられた。縦長の瞳孔がカナエへちらりと向けられたが、声をかける前に無理やり戸は塞がれた。
「無理しないでね!」
鬼になったとしても、今なら彼の鬼化に手を入れることができる。もっと経てば必ず助ける手段ができる。珠世が来るまで冨岡は隊士を抑え込むつもりなのだろう。今ここでカナエにできることがないのが悔しいが、隊士でなくなったカナエが入ってしまっては餌になる可能性もある。
今カナエにできることは、付近を通る人間を不審がらせないことだろう。そういうことならば簡単に手助けができるはずだ。幸いにもカナエは昔から、他者に警戒心を持たれることはほとんどなかったからである。
けれど、通りがかった人間が誰かを認識した時、カナエは少々緊張してしまった。
今ではかなり隊内に受け入れられている冨岡だが、それでも絶対に理解し合おうとしない者がいるのも事実であり、柱の中でも特に警戒と拒否感を隠しもしない相手だったからだ。
「鬼殺隊関係者が夜に出歩いたのか……何をしている?」
「このへんって伊黒くんの担当地区だったかしら?」
「……救援に応えたからな、普段は違う。……その奥の小屋から血の匂いがするが、何を匿ってる」
それが悪いこととは思わない。鬼狩りになる者など多かれ少なかれ鬼に憎悪を持っている者であり、悪鬼滅殺を掲げているのが鬼殺隊である。ただ悪鬼ではない鬼がいるというだけのことで、それを納得できるかどうかなのだろう。
「匿うというより、落ち着くのを待ってるのよ」
伊黒が来た時点で小屋の中は静かになっていたけれど、冨岡が出てくる気配はない。鬼同士の戦いは無益なものであると聞いているし、二人とも生きていることはわかっている。開けるまで入るなと言っていたから、それを待っているだけだった。
「すでに静かだし落ち着いたんだろう。離れていろ」
「いえ、だめよ。まだ冨岡くんは、」
冨岡の名を聞いた瞬間、立て付けの悪い戸が小屋から引き剥がすように外されて投げ飛ばされた。柱の中でも小柄なほうに数えられる伊黒だが、それでも市井を歩く男性より圧倒的に力がある。当然だが呼吸を使えないカナエでは及びもつかないほどだった。
「……鬼が二体いるな。拘束しているそいつは意識がないようだが、そうでもしないと人を襲うのか? ならばひと思いに殺してやるのがいいと思うが、しないつもりかね」
「ええ、冨岡くんがなんとかしようとしてくれてるわ」
「……蝶屋敷の主人に随分つけ入ったものだな」
「伊黒くん」
忌々しげに呟く伊黒を窘めようとした時、小屋の中で冨岡がふらりと立ち上がった。疲れているようにも見えてカナエは思わず駆け寄った。
「大丈夫?」
「鬼だぞ。疲労も怪我も致命傷になどならん」
「ならなくたって疲労も痛みも感じるものよ。彼は?」
「……あとは、食人衝動の治療だけだ」
「え?」
驚いたカナエが思わず拘束されている隊士へ目を向けるが、伊黒は何に驚いたのかわからなかったようだ。そもそも冨岡たちの状況を理解していなければわからないのは間違いないが。
「うまくいった」
「そ、そう。ええと……あとは食人衝動を抑えれば冨岡くんと同じになるのね?」
なんと問いかければいいのかわからずカナエは普通に返事をしてしまったが、伊黒が視界の端でギョッとしていたのがわかった。
認めていようがいなかろうが、冨岡が人を喰っていないという事実は少なくとも鬼殺隊に関わり出してからは揺るぎないものであり、柱は皆禰豆子の状況を逐一報告されているし、冨岡についても産屋敷を通して話せる範囲内で報告しているのだから伊黒も知っている。
だから少なくとも欲求を抑えられる鬼がいることを認知している。それが永続的なものかを信じられない者はいるが、現時点で対話ができる相手であることは情報として頭に入っているのだ。
冨岡と同じになるということは、対話できる鬼が増えるということ。それを伊黒は信じたくないかもしれないが、突きつけられたということだった。
「俺は夜まで監視する。お前は帰れ」
「放ってはおけないわね。その前にあなたも食事が必要でしょう」
「要らない」
「我慢しないで」
別れる前、買った血を分け与えてくれようと珠世は輸血袋を差し出してくれていたが、二人のものだからと冨岡は断っていた。あてがあることもわかるが、今この場で所持しているわけではないことをカナエは知っている。消耗してもいるだろうしと袖を捲って歯の立てやすそうな腕の内側を差し出した。手っ取り早いと思ってのことだ。
「もしかしてしのぶのこと気にしたりしてない? やむを得ない状況なら文句も言わないわよ。そもそも言わなきゃバレないし、ほら」
「そんな話はしてない」
「あの子結構冨岡くんには心開いてると思うから、むしろ遠慮がなくなって言い方もきつくなっちゃうのね。許してあげて」
「気にしてない。普段は恐くない」
「待って、恐いと思ってる時あるの?」
カナエが空気を変えたくて口にしてみただけの話だったが、予期せぬ言葉が返ってきてしまった。いくら柱であろうと、冨岡からすれば三つも歳下の娘だというのに恐いと思う時があるなんて。
「ふ、ふふ。ほかの子たちと似たようなこと言って……」
確かに人付き合いは得意ではないと言っていたし、冨岡にとって人あたりは大事なことなのかもしれない。
口元を隠して必死に笑いを堪えるが、何故かツボにはまって抜けなくなってしまった。弁解したはずが笑われて冨岡も困惑しているのか、不審そうにカナエを見つめて首を傾げた。ひとしきり笑ってから顔を上げると、なんとも複雑そうな顔をした伊黒がカナエを見つめていた。
「はあ。とりあえず彼は気絶してるし、これから食人衝動の治療をするから大丈夫よ。すぐにお館様にも報告を上げるわ」
「………。夜になるまで監視だと言ったな。そいつの治療とやらは夜になるまでしないつもりか。何故しない? 都合でも悪いのかね」
そう来るわよねえ、とカナエは苦笑いした。
刀を抜かずに問いかけるだけに留めているあたり、それなりに聞く耳は持ってくれているようだが、鬼が生きている状態で柱が現場を放置して去るわけがない。
となるとおそらく珠世と顔を合わせてしまうことになる。冨岡ができる限り隠したがった存在を、鬼狩りに晒してしまうことになるということだ。友である宇髄ならばよかったが、ここにいるのは蛇柱の伊黒。生真面目で鬼を憎悪するのが当然の存在である。
不審な行動をしなければ殺しはしないけれど、何をするかはしかと確認させてもらう。そういう腹づもりなのだろう。
「……食人衝動の治療は俺にはできない。専門の医者を呼ぶ」
「夜にならねば来ない医者か、随分都合のいい医者だな。……そうか、貴様の仲間がまだ潜んでいたのか。宇髄の奴め、ここまでとは……」
「俺の関係者だ。宇髄は関係ない」
普段より語気強く言い返した冨岡が面倒そうな溜息を吐き、伊黒のこめかみに青筋が立つ。
「胡蝶が同行していたのはその鬼に会うためか」
「伊黒くん。あなたに伝えられるのは彼の治療についての説明だけよ、これ以上は詮索無用」
「………、……成程」
産屋敷からの指令であると言外に伝えてみればきっちりと伝わったらしく、伊黒は眉根を寄せながらも一応は理解してくれたようだ。とはいえほとんど話してしまったようなものだが、人相手であれば伊黒とて一定の理解は示してくれる。それが産屋敷に関わることなら尚更だ。まあ、例の裁判では聞く耳を持つ気はなかったようだと聞いていたけれど、あれは前例のない場合だったからだろうとカナエは楽観して考えている。だって彼は女だからと蝶屋敷の娘たちを毛嫌いせず、話せばわかる人なので。
「そういうわけだから、ここは引いてもらえないかしら。あなたも夜までこんなところで休むわけにはいかないでしょう」
食人衝動の治療に別の医者を呼んでいる。こちらが移動するにしろ夜にならねば行動不可。生きた鬼の行く末を伊黒は見届けておきたいのだろうが、現状できることはないのだ。さすがに珠世の屋敷に伊黒を連れて行くわけにはいかないし。
「………。認めたわけではないが、鎹鴉のいるお前は体裁だけは鬼殺隊所属だからな。そこの鬼も、今回だけは見逃してやる」
「ありがとう。いずれ彼を挨拶に連れて行くわね」
「要らぬ気遣いをする必要などない。せいぜい殺されないよう立ち回るんだな」
命拾いしたな、などとやくざ者のような捨て台詞を吐いた伊黒を追い払い、もとい帰らせてしばらく経った頃。戸がなくなった小屋の入口に腰掛けたカナエは中を眺めながら冨岡に注意を向ける。
やはり回復できないのか、擬態を続ける体力もないのか、少年姿に戻っていた冨岡にカナエは再三問いかけることとなった。
「冨岡くん、やっぱり血を飲まないとそのうち彼を押さえ込むのもできなくなっちゃうわ」
日中、幾度も覚醒しては暴れようとするので都度気絶させているくらいなのだ。腕を捲って差し出したのを一瞥されたが気絶中の隊士のそばから動く気はないようである。無理やりにでも飲ませるべきかと考えたのだが。
「……腕から直接頂くのは、義勇さんも気にしてしまうでしょう」
「珠世さん」
声に反応した冨岡はぱっと表情を明るくさせ、薄暗い小屋の中で目が輝いたような気がした。カナエが声をかけても大した反応を貰えなかったことを思うと少々寂しいものがあるが、目くらましの札を手に突然目の前に現れたのは珠世と愈史郎なのだから仕方ない。不機嫌そうな愈史郎の腕には寛三郎が収まっている。
「まったくお前は! だから持っていけと珠世さまが言っただろうに、手を煩わせるようなことを!」
「ありがとう……」
「義勇……頑張ッタノォ……」
放り投げられた輸血袋を掴んだ冨岡は、小さく息を吐いて安堵したようだった。同時に愈史郎の腕から降りた寛三郎がトコトコと近寄り労っている。
「あらっ、私にもですか?」
「患者のご家族にお願いして作ってもらったものですので、おかしな味ではないかと」
「すみません、ありがとうございます」
急患がなければもう少し早く来られたのだが、と申し訳なさそうに言いながら珠世はカナエにも包みを手渡した。中身は変哲のない握り飯がふたつ。わざわざカナエのことまで気にかけてくれたようで、冨岡が慕う理由を垣間見たような気分になった。
「呪いを外したのですか」
「珠世先生のように丁寧にはできませんでした」
「珠世さまはどんな時でも優雅だからな」
しょんぼりしたように見える冨岡にさっさと飲めと愈史郎が急かし、その間に珠世が気絶中の隊士へ近づいた。呪いが外せたのなら珠世の屋敷で治療をすれば充分な設備もあったのだろうが、カナエの血を飲んでくれなかった冨岡の体力は消耗してしまっていて運ぶまでに至らなかった。
こうして体力事情の問題に直面するたび、呼吸を使えなくなった己の身体の弱さを嘆いてしまいたくなる。
冨岡とともにカナエも食事ついでに休むよう言われ、小屋の入口でふたり並んで月を眺めながら別々のものを食べ始めた。とはいえ冨岡はカナエに背を向けて座っている。蝶屋敷でも食事しているところを見たことがないから、血を飲む行為を他人に見られたくないのだろう。
「……血を」
「うん?」
役に立てなくて申し訳ない。そう謝ろうと考えていたところだった。血を飲み終えたらしい冨岡は相変わらず少年姿のままだったが、落ち着いたのかカナエの隣で座り直し、いつもどおりの表情を見せている。
「くれようとしたことについてだが。妙齢の」
「………?」
言葉を切った冨岡は小さくかぶりを振り、もう一度口を開いた。
「……人間に傷をつけたくない。から、もうしなくていい」
「そう。ごめんなさいね、気を悪くさせて」
良かれと思ってしたことが裏目に出ることは、鬼殺隊に入る前までのカナエにはあまり経験がないことだった。誰かの為にしたことがそのまま為になることばかりで、周りに恵まれていたことをよく思い知らされたものだ。冨岡は再びかぶりを振った。
「気持ちは嬉しかった。……ありがとう」
小さな声がそう告げた幼い冨岡の表情には相変わらず愛想がなかったけれど、言いたいことがわかってカナエは納得した。だからありがとうなのか。結局血は愈史郎が持ってきてくれたし、カナエはこれまでも今も何もしていない。なのに言葉足らずのまま伝えたいと考えただろう言葉をくれた。
「こちらこそ気を遣ってくれてありがとう。……ふふふ、ちゃんと言葉にしてくれたのね」
蝶屋敷にいるとしのぶがよく冨岡の言葉足らずを窘めていたものだが、もしやそのおかげでカナエに言葉を尽くしてくれたのだろうか。だとしたらしのぶ様々である。もちろん言葉足らずなだけで、冨岡自身は素直で優しいことくらい知っているけれども。
「お前の妹に言われた」
「そっか。冨岡くん、しのぶのこと好き?」
こくりと頷く。しのぶは可愛いが、冨岡とて恐い時もあるなどと言っていたし、苦手意識を持っていたらどうしようかと思ったがそうではなさそうだ。カナエがいない時も話をしているのだから、うまく付き合えているのなら良かった。恐いというのも軽口だったのかもしれない。
「つついてくるのはちょっと」
「……あら。やだそれすごく懐いてるから許してあげて。めったにしないのよ」
「そうか」
カナエが気にかける必要も無かったようだ。
両親が生きていた頃、仲の良い友達をつんつんとつついては遊んでいたのを思い出した。今となっては見ることもなくなった仕草だと寂しく思っていたが、まさか再発しているとは。カナエは嬉しくなった。
とはいえ、冨岡が殿方であることをしのぶがきちんと認識しているのか、カナエは少しばかり心配になった。しっかりしているようでいて天然なところがある妹だから、もしかしたら子供の感覚でやってしまっていないだろうか。それが冨岡だから許されている可能性もあるということをあの妹はきちんと理解しているのか心配だ。
妙齢の女性となったしのぶが殿方である冨岡を……子供扱いしていたら、それはそれで問題である。
思考が纏まらなくなったところでカナエは額を押さえて息を吐き、そういえばと思い返した。
先ほど冨岡は言いかけてやめた言葉があったが、あれはどう続くものだったのだろうとカナエは考える。
妙齢の。
自然な続きであれば女性と続くだろうが、カナエが妙齢だったから血を飲まなかったということだろうか。直後に人間と言い換えていたし、冨岡自身それは間違いではないのだろうが、人間という枠組みよりも更に頑なになるということ。彼は注射器で抜いた血なら誰の血でも摂取しているのだから、珠世の言うとおり人の、特に歳頃の女の身から直接飲むのがだめなのだ。妙齢の女であることが冨岡にとって嫌なことなのであれば、それは少し申し訳ない気分になった。
「治療は終わりました。胡蝶さんがお戻りになるなら義勇さんも一緒にそちらで休んでください」
「そんな! 私にも手伝わせてください。これまで何も役に立ててないもの」
珠世の言葉に返事をしようと口を開いた冨岡より先に、カナエは申し出を断り手伝いを頼み込んだ。
鬼となった隊士を任せて蝶屋敷へ帰るなど、こんな中途半端な状況でできるわけがない。そもそもこれは珠世との任務の延長にもなり得るはずだ。
「しかし、隊士の治療は……」
「しのぶとアオイに言伝をしておきます」
蝶屋敷の主人であるカナエに対する珠世の懸念は至極真っ当であった。隊士を辞したといえど、鬼殺隊に所属するカナエは鎹鴉をあてがわれたままだ。近くで待機していた鴉が肩へと止まり、蝶屋敷への言伝を預かる。飛び立つ姿を見送って、カナエは笑みを向けて珠世たちを促した。愈史郎はふんと鼻を鳴らし、珠世は少々心配そうな顔をしつつ頷いた。
「回復したなら運べ。……おい、そのまま行く気か? かまわないから背丈を変えろ」
愈史郎が声をかけると、大きな布を被せてぐるぐる巻きにした隊士を冨岡は持ち上げるために担ごうとした。腕力的には問題ないのだろうが、成人近い身体を子供姿の冨岡が担ぐには上背が小さいのが気になった。愈史郎もそう感じたようだ。
冨岡はいつも珠世たちの下へ向かう時は子供の姿である。その理由は鬼側へ青年時の姿が割れてしまっているせいだと思うが、さすがに理由があればそうせざるを得ないのでかまわないのだろう。カナエが見慣れている青年姿の冨岡が、荷物状態となった隊士を肩へ担ぐ。
その擬態する様子を珠世がじっと凝視していたのに気がついたが、カナエは深く聞くことはしなかった。
なんとなく、目に焼きつけているようにも見えたからだ。きっとカナエの知らない彼らの年月で育まれた想いがあるのだろうと思う。宇髄といる時も炭治郎といる時も、冨岡はいろんな顔を見せている。珠世たちに見せる顔もたくさんあるだろう。
それが少しだけ羨ましいと思うけれど、カナエたちに向ける顔が増えたことだってあるはずだ。そう思うことにして、カナエも目くらましの札を受け取った。