異端者たち 十四

「煉獄は復帰してまでまだ働くってのに、鬼を引き入れておきながら引退ねェ……」
「お。嫌味か? お館様から許しは得たぜ。伊黒にも言ったが、戦力も増えてきてる」
 遊郭での死闘を終え、上弦の陸討伐後の報告として臨時で柱合会議が開かれ、療養中の宇髄はそこへ呼び出されていた。討伐報告のみではなく、ほかにも色々と報告せねばならないことが多すぎたためだ。
 片目のみならず片腕までも落としてしまった宇髄には、このまま隊士を続けても足を引っ張ることにしかならない。もちろん女房たちとの約束を守るという理由もあるが、彼らのためにも引退すべきだという判断だった。
「だからって柱に匹敵するような奴らじゃねェだろ」
「どうかねえ。俺様の継子を舐めてもらっちゃ困る。え、継子なんか知らねえ? じゃ教えてやるよ」
「要らねェわ!」
 軽口で応酬していたところを大げさな溜息が割り込んでくる。わざとらしさを全開にした伊黒である。
「嫌味を言いたくもなるだろう、引退する暇があるとでも思っているのか。竈門禰豆子の暴走について、お前はどう責任を取るつもりだ?」
「あーうん。そこ詰められると本当困るっていうか」
 さすがに宇髄も隠し通せるとは思っていなかったし隠すつもりもなかったので、禰豆子の鬼化が進んだことは産屋敷に報告していた。炭治郎が起きたらおそらく奴も報告書を提出するだろうが。
「認めんだなァ」
「しかけた、だ。殺しちゃいねえ」
「だが殺すところだったのだろう。遊郭での死傷者の中には奴に襲われて死んだ人間も、」
「いねえよ。じゃなけりゃ炭治郎も俺も腹を切ってるからな」
 本人もそうする覚悟を持って鬼殺隊に入ったのだし、宇髄自身が介錯する覚悟でいたのだからそれだけは断言していい。鬼化が進んで凶暴性が表れた時も炭治郎はそばにいたし、どうやったかは知らないが抑え込んでいたのは間違いない。暴れられたせいか何割かは妹にやられた怪我だが。
「鬼化が進んだのは間違いねえが、その後はまったくといっていいほど無害になっちまった。……最後の食人衝動じゃねえかという話だ」
「最後?」
「ああ、要経過観察であることは確かなんだが、どうもな……。吐き出しきった今があの人畜無害の鬼って可能性だ」
 冨岡の後見人である珠世も驚いていたそうだが、とかく異質な禰豆子の細胞は普通の鬼にはあり得ないことが起こっているのだという。あの答えはおそらく鬼の始祖であれど想定していないものだろう。
「希望的観測か。節穴はこれだから……」
「ふむ。では認めた俺も節穴ということになるな! そうなれば俺も腹を切るほかあるまい!」
「なんでそうなる!」
 隊士に復帰する煉獄は片目を潰されているため、戦力として不充分だからと柱を辞するつもりでいたようだが、満場一致で継続せよと判断が下りここにいる。片腕のない宇髄すら駆り出そうとするあたり、十二鬼月、ましてや上弦と戦った隊士など人手の少ない鬼殺隊になくてはならない人材なのである。
「騙されるなと言ってんだァ!」
「まあまあ待て待て、これは正式な医者の見解だ。現に竈門禰豆子の細胞は驚く速さで変異しているらしい。遊郭の後も、どうやらかなり変わっていたそうだ」
「お館様のお成りです」
 だらだらと喋っていた空気が一瞬にして引き締まる。
 しかし、現れた産屋敷はどうやら前回よりも相当に具合が悪くなったようで、息女たちとともに奥方のあまねも付き添って身体を支えていた。安静にするよう進言しても彼は譲らず、結局は容体を気にしながらの会議が始まった。
「それも含めて話をしよう。しかしまずは天元へ労いの言葉を贈らせてほしい。上弦の陸をよくぞ討伐してくれた」
 穏やかな声音だが喜色が混じっている。産屋敷は心から喜んでくれているようだ。次いで煉獄の復帰にもありがたいと礼を告げ、会議は本題へと戻ってきた。
「失礼します」
 一室に現れたのは蝶屋敷の主人、胡蝶カナエだった。不思議そうに眺める者が数名いたが、顔を上げた彼女は相変わらずの笑みを湛えていた。
「本当なら彼にも来てもらいたかったのだけど、丁重にお断りされてしまったのでね。いくつか伝えておきたいことがあるのだけれど、まずは何から話そうか」
 敵地だったはずの鬼殺隊本部へ乗り込んできた過去があるくせに、今回は遠慮したらしい。懲りたのかなんなのかわからないが、まあ、宇髄はすでに話を聞いているので問題ない。
「では、先ほどもお話に上っていた竈門禰豆子さんのことからにしましょう。彼女の細胞の変異について」
 遊郭での凶暴性と無害性を知らしめた後の細胞だ。宇髄も聞いたとおり、カナエは禰豆子の異質性を説明し始めた。
 人にも鬼にもあり得ぬ速度で細胞は目まぐるしく変異しており、今までならばあったはずの食人衝動が現在は反応する素振りも見せなくなったこと。涎を垂らして我慢を見せていたはずが、無関心にすらなっている。それは蝶屋敷の面々全員が目の当たりにしているものだった。
「この先も変異していけばもしかしたら……。……いずれ太陽を克服するのではないかと」
「……竈門禰豆子の暴走は危うく人を襲うものだったとは俺も理解しているが、今後に必要な鬼でもある」
「必要な鬼?」
 息を呑んだ数人を差し置いて宇髄も補足する。悲鳴嶼の眉根が寄り涙が溢れ落ちるさまを片目で眺めながら、穏やかな産屋敷の声音が相槌を打つのを耳に捉えた。
「ああ、そうだね。もはや炭治郎だけが狙われているわけではない。禰豆子を殺してしまえばもう、鬼舞辻の尻尾を掴むことはできないだろう」
 先見の明を持つ産屋敷が断言するほど、多少の危険を侵しても竈門禰豆子を生かさなければならないということなのだ。
 静まり返った中にひとつ舌打ちが溢れ、一方で仕方がないとでもいうような溜息が漏れ、ようやく時が動き出すかのような心地だ。一先ず禰豆子の件は飲み込んでもらえたようなので、宇髄の首はまた繋がったようである。
「それでは次の報告を。ある鬼化した隊士の処遇ですが」
「いやちょっと待てェ。聞いてねェが」
「今から話すので聞いてくださいね」
 姉の話の腰を折る不死川を窘めるように、遮るなとでも言いたげに胡蝶しのぶが一言苦言を呈した。彼女もまたすでに顛末は伝えられているため、不死川よりは冷静だ。この件については伊黒も同様である。
「上弦の陸が討伐される七日ほど前のことです」
 胡蝶カナエと冨岡が連れ立って夜明けの帰路についていた頃、鬼になりかけの隊士を見つけた。すでに手の施しようがなく、助ける術はもうなかった。だから鬼になりきるのを待った。そう告げたカナエの言葉にやはり不死川が怒り混じりに反応する。
「皆様もご存じのとおり、冨岡くんは治療をして食人衝動を抑えている鬼です。同じように治療をして自我を取り戻させれば、人を喰わずにいられる鬼が増える。……もちろん鬼にならないことが一番の道ですが、その時はそれしか手がなかった。……結果、無事に治療は成功し今は自我を取り戻して保護しています」
 記憶も朧げな時透すらも反応したのはさすがというべきか。驚愕した音はいくつかあるが、それでも不死川が派手に反応するものだからむしろ冷静になっているのかもしれない。
「命が無駄に散らされなかったのは素晴らしいことだね」
「しかし鬼です」
「ええ、皆様の憤りももっともだと思います。……ですが隊士が鬼化したということは、鬼化させられる鬼がそばにいたということですし」
 怒りを抑えつつ産屋敷へ問い返した不死川だが、カナエの答えには黙り込むこととなったようだ。
 通常鬼化させられる者というのは、鬼の始祖である鬼舞辻無惨以外に存在しないといわれている。現に冨岡も鬼舞辻本人に襲撃され鬼になったと言っていた。例外はただひとり、珠世の付き人だという鬼だけだ。
 要するに、その隊士は鬼舞辻無惨を目撃した際の情報を持っている。鬼化させた者が別の者だったとしても、それは重要な情報なのだ。
「禰豆子ちゃんを狙って鬼舞辻が現れる可能性とともに、獪岳くん……鬼の隊士の情報があれば調査も、奇襲も可能になるかもしれません」
 鬼殺隊が喉から欲しているものは情報だ。少なくとも知っていることをすべて吐かせるまでは、生かすべき存在なのである。

「よかったですね、無事切り抜けられて」
「あー、まあな」
 禰豆子が特別な鬼であることは間違いないのだが、それを今回のこの場で証明するのは難しかった。珠世が言うには近いうちに克服するだろうとの話だが、ここまで異質な細胞なのであれば見解などあてにならないかもしれないのだ。そこを突っ込まれるとどうしようもなかったのだが、とはいえ、現状食人衝動がなしに等しいことは間違いない。
「ま、今後は俺もそっち手伝うことにもなるだろうが」
「ええ、冨岡くんが喜びそうですね。次回からしのぶも向かうので、愈史郎さんが怒りそうだわ」
 薬の研究とともに毒についての助言も頼めるかもしれないと期待しているようだ。藤毒については宇髄も拝借していたので興味がある。引退するはずが色々と慌ただしくなってきた。
 しかし。
「ありゃあどういうことかねえ……」
「どうかしました?」
「いやあ?」
 カナエがぽろりと漏らした鬼化した隊士の名を聞いた時、悲鳴嶼の心音が随分跳ねたことに宇髄以外気づいた者はいなかっただろうが。

*

 臨時で開かれた柱合会議の数日前のこと。

 一体どういうことだろうか。
 あの遊郭の任務後、善逸は昨日に目を覚ましたばかりだった。
 もうひと眠りして起きた今、ようやく枕元に手紙が置いてあることに気がつき、それが師である桑島からの手紙だとわかったら気力が湧いた。
 騒ぐチュン太郎をかまってやりながら読んだのだが、手紙の内容は首を傾げるものだった。
 手紙に冨岡の名が出てきた。
――えーと、知り合いだったの?
 浮かんだ疑問はそればかりだ。だってそうだろう、今でこそ鬼殺隊と協力しているが、彼の存在が公になったのはここ最近だと聞いている。善逸は禰豆子と会うまで人を喰わない鬼がいるなどと桑島から聞いたこともないし、鬼は斬るものだから逃げるなと言い聞かせられてきた。なのに冨岡の存在を知っていてあんなにごんごん殴っていたのだろうか? 理不尽ではないだろうか。
 見舞いに来ると書いてあり、その時に冨岡含めて話があると綴られている。
 炭治郎ではなく善逸に。善逸の師だからおかしくはないのだが、一体なんの話があるのか恐ろしくなった。
 善逸は昨日起きたばかりだが、炭治郎と伊之助は食らった鬼の攻撃が酷く今も予断を許さない状況だ。たった一日でも、蝶屋敷の面々が入れ代わり立ち代わり部屋に入ってくる中に彼の姿は何度もあった。
 炭治郎と同期である善逸は宇髄のところにも禰豆子へ会いについていったし、今回だけではなく蝶屋敷ではよく同室にされる。そのため冨岡と顔を合わせる頻度は多い。
 けれど、向き合って二人で話をしたことはない。できるほど親密にはなっていないからだ。
 あのひとが悪い鬼ではないことくらい、善逸には聞こえている。他の鬼にはないあまりにも静穏な音をしているのがわかっているし、炭治郎から耳にたこができるほど聞かされてもいるし、蝶屋敷の面々は皆もう慣れきってしまっているようでもある。昨日起きた時は療養中だったらしい宇髄の見舞いに来た奥方三人にちやほやと囲まれて話すところを聞かせられたし、腹が立つものの人畜無害というのは間違いない。まあ、鬼殺隊には未だに禰豆子含めて敵視する者もいるみたいだが。
「俺が全然仲良くないのに爺ちゃんはいつから……」
 ふいに玄関先から聞き馴染んだ音が聞こえてきて、ああ来てくれたと安堵した。同時に得体の知れない話を聞く時間がやってきたのだと慄き、善逸は耳を塞ぎたくなった。
 先に病室へと現れたのは冨岡だった。未だ目覚めない炭治郎の枕脇に手紙のようなものを置く様子を怯えながら眺めていたら、ふいにこちらへ視線を向けられた。
「読んだか」
「えっ」
 無言で指を差した先には、善逸が握りしめた桑島からの手紙があった。誰からの手紙かも理解しているようである。
「桑島さんが来た。兄弟子の話を、」
「――へ?」
 何故とか聞いていないとか、取り留めのないいろんな聞きたいことをぐるぐる考えていた善逸にとって、伝えられたのはまったく想定外の内容だった。
「え、ちょ、待って、兄弟子って獪岳の話? 爺ちゃんからは話があるとしか書いてなかったけど……ていうかいつ知り合ったんですか?」
「この前」
「あ、そうですか……ええと、それで、爺ちゃんが見舞いに来て獪岳のことを……? ……え、獪岳に何かあったんですか」
「今後も踏まえて説明する」
「善逸くん、お客様が来られたからお通しするわね」
 困惑し始めた善逸を尻目に冨岡は扉を振り返り、開いた戸の先からカナエが声をかけてきた。彼女の背後には善逸がずっと慕っていた師の姿がある。
「爺ちゃん!」
「元気そうじゃのお、任務もう一発行っとくか?」
「勘弁してよ爺ちゃんっ!」
「昨日目覚められたばかりですので……。アオイ、お茶お願いできるかしら」
 廊下を通りがかったアオイに頼みごとをしたカナエはそのまま善逸の騒ぐ病室内の椅子へと桑島を促し、彼女自身も部屋へと入って腰を下ろした。
「あれだけ逃げ癖がついていたわりによく頑張っとるようじゃないか」
「俺じゃないしいつでも逃げたいよ! 気づいたら終わってるんだもん!」
 起きている時もあった気がするが、大半は善逸が気絶している間に誰かが倒してくれている。呆れた顔を向けられても善逸は何もやっていないのに、何故か階級だけは上がっていくのだ、恐ろしい。一体誰が手柄を横流ししているのかさっぱりである。
「お前、本当に気絶しとるのか……」
「そりゃ怖いからね!? いや俺のことはとりあえずいいからさ、獪岳の話って何!?」
 中途半端に聞いてしまったことで気になって仕方ないのだ。しかしアオイが茶を持ってくるまではと止められ、今のうちにカナエの診察を受けることになった。いやまあ、これはとても嬉しいことなのだがまったく堪能できない。
 そわそわしているうちに時間が経ち、アオイが茶を置いて出ていきようやく話をする体制ができたようだ。桑島を見つめていたら音を立てて茶を啜り始め、ちらりと視線が冨岡へ向かった。そういえばさすがに知り合っていたというだけあって警戒しないなと善逸が考えていた時。
「お前の兄弟子は鬼になった」
 静かに告げた冨岡の言葉に、ヒュッと喉が音を鳴らして息を呑んだ。
 鬼を退治してまわる鬼狩りであるはずの獪岳が、頸を斬ることがかなわず鬼になった。
 隊士が鬼になることで責任を問われるのはそいつを育てた育手だ。同門であるほかの兄弟弟子にもきっとその咎は向かう。そう桑島から教えられていた。露骨に狼狽え始めた善逸を抑えるように冨岡の手が肩に乗る。
「落ち着け、俺も鬼だ」
「いやそっ、そうですけど違うじゃんっ! 鬼になったら爺ちゃんが――」
 桑島と冨岡が知り合いだったことも予想外だったのに、今度は獪岳が鬼になったなどと言われて善逸の頭は限界だった。だってそう、一門から鬼が出てしまったら育手は責任を取らなければならないし、その責任の取り方は。
「落ち着かんか善逸。切腹はまだせんわ」
「――は、」
「儂がこちらを含めて話をすると伝えた理由を想像してみろ。お前も世話になったんじゃろうが」
 冨岡を指して桑島は言う。目の前の師はまったく慌てておらず、カナエもにこにこと普段どおりの笑顔を見せてくれ、冨岡とていつもどおり何を考えているのかわからないままの顔だ。
 揃って三人いつもどおり。混乱の音も不安げな音もしない。
「見つけたのは偶然だ。カナエと蝶屋敷への帰路についていた時、鬼になりかけていた鬼狩りを見かけた。だから拘束して鬼になるまで待った」
 変異し始めたらもう鬼にならなければ助けることができないから。静穏さを醸し出す声音が善逸を落ち着かせるような気がした。
「大変だったのよ、小屋の中で暴れまわったみたいで、冨岡くん私に入るなって言うし。伊黒くんにも見つかって……まあこれは善逸くんにはあまり関係ないかしら」
「まあ結局、鬼になってしまったが現状人を襲う気配はない。お館様に切腹を止められては勝手に切るわけにもいかんからな」
「やっぱ切る気なの!?」
「当然じゃろうが。皮一枚で繋がっとる」
「いえいえ、今後切ることはありませんよ」
 カナエが宥めるように口を挟む。鬼である冨岡を信じていないわけではないようだが、桑島にも元柱として善逸の知らない思いがあるのかもしれない。
「えーと……それで、獪岳は……?」
「自我を取り戻した。呪いも食人衝動も治療済みだ」
「よ、要するに……冨岡さんみたいになってるってこと?」
 こくりと頷く。それを見た善逸はようやく一人緊迫していた緊張を解き、思いきり息を吐き出して布団の上に突っ伏した。
「なんだあ〜、それならそうと先に言ってよ、めちゃくちゃビビったじゃん。冨岡さんみたいになってるなら別に心配する必要ないし、あ、陽には当たれないのか。じゃあ鬼狩りは……あいつ続けるの?」
 そこは知らないらしく冨岡はかぶりを振った。まあ確かに、治療相手とはいえそこまで身の上相談をするような間柄ではないのだろう。善逸はどんな相手でも話してしまうだろうけれど。いや、冨岡とはあんまり話したことがないのだったと思い返した。
「お前、飲み込みが早すぎんか……」
「まあすでに冨岡さん見てるし、禰豆子ちゃんだっているし。大丈夫だよ爺ちゃんは」
 腹を切ることなどない。というか切らせるわけにはいかないし、桑島が切るなら善逸も切らねばならないような気もするので、切りたくないからやめてほしい。まあ、鬼殺隊の当主が不要と言ってくれたのなら問題ないだろう。
「それで、獪岳はどこに?」
「こちらで保護している」
 詳しくは言えないが、事情を知る者がいる場所だそうだ。冨岡の後見人がいる場所で、人手もいるからと自我を取り戻してからは協力してくれているのだとか。あれだけ善逸には当たりの強い獪岳だが、尊敬できる相手には丁寧な態度を取る。うまくやっているのだろう。
「そっちに行けたりは……」
「いずれ帰すつもりだが」
 ずっといるわけではないのか。それなら焦らずとも顔を合わせることはできそうだ。善逸が心配しているなど獪岳からは迷惑でしかないのだろうけれど、それでも同門の兄弟子のことは気にしてしまうのだ。

「――成程なあ、よくわかったわ」
 救援に来た伊黒が何故か妙な態度を取っていた理由が。様子見と言っていたのは禰豆子に対してではなかったようだが。
 病室に顔を出した冨岡を引き止め、診察を済ませて廊下を歩くカナエを呼び止めた宇髄は、遊郭任務中に起こった内容を知るためにふたりへ問いかけた。宇髄ならばと事細かに話し始めたカナエの話はまたも増えた鬼についてではあったが、ただの鬼ではなく冨岡と同じ食人衝動を治療された鬼だ。それが我妻の兄弟子だという事実は気にかかる部分になるかもしれないが、人を喰っていないのなら大したことでもない。が、その治療を進めようという時よりによって伊黒と鉢合わせたのだとか。
 伊黒が宇髄のいぬ間に冨岡と接触することになっていたのは想定外ではあるが、まあ、見逃したというならとりあえずは問題にならないだろう。丸々意見を変えることはないだろうが、耳を傾ける余地くらいはできたはずだ。
「その隊士は復帰させるのか?」
「それはどうかしら、お館様次第ではあるけれど……」
「いくら呪いを外して擬態しようと、鬼であることは鬼が見ればわかる」
 鬼狩りに復帰する危険性は確かにある。こちらの呪いが外されていようと、出くわした鬼は鬼舞辻無惨と繋がっている。鬼殺隊に与する鬼が禰豆子と冨岡以外に増えたという事実は、おそらく冨岡の後見人――珠世の存在へ繋がってしまうだろう。
「だよなあ。万年人手不足の鬼殺隊には痛いが」
「鬼狩りには出ないほうがいいが、本人が望むなら止めるつもりはない。蛇柱にも礼を……」
「え?」
 よりによって伊黒に礼を?
 冨岡の妙な思いつきか、隊士本人がそう言ったのか。どっちだと疑問を込めてカナエへ目を向けたが、カナエ自身は笑みを浮かべたままである。言葉はきついが相手を慮る人であるとカナエが言ったから、ならば例の隊士のことも気にかけてくれたのだろうという思考のようだった。
「いやー……あいつは胡蝶を気にかけても鬼を気にかけたわけじゃねえだろ」
 敵ではないと認識できたとしても、それで気にかけるようになるかは別問題だ。嫌な顔をされて双方気分を害するよりは、関わり合いにならないようにするのが吉だと思うのだが。
 表に出ないまましょんぼりしている冨岡の頭をがしがしと乱暴に撫でつつ、宇髄は盛大に溜息を吐いた。
「……ま、会わせるなら胡蝶と一緒にな」
「蝶屋敷で会えば隊士たちにも周知できるわね。蛇柱さまが認めたって」
「うわあ、まだ報告も済んでねえだろうにそんなこと考えてんのかよ」
「そうですね、まだお館様と一門のお二人にしか伝えてない話です」
 ちゃっかりしている奴である。
 なんにしろ、近いうちその鬼隊士はこちらへ連れてくるそうだ。しばらく逗留する桑島と我妻との面会もあるらしいので、そのついでに顔を合わせればいい。宇髄としては別に会わせるまでしなくていいと思っているが、元柱である桑島もいるならば伊黒もそう失礼な対応はしないだろうと思う。
 まあ、その前に上弦の陸の討伐と宇髄の引退の報告を臨時の柱合会議でしなければならないのだが。