異端者たち 十三
野方へ戻ろうとしていた道すがら、流暢に話す鴉に呼び止められた。産屋敷の使いであるらしい鴉は主から依頼を持ってきたと告げ、随分と義勇を探したとまるで人のように感情を込めて口にした。
音柱である宇髄が継子を遊郭へ潜入させているが、探っていた鬼が正体を現し戦闘に入ったそうだ。野方へ向かったが留守であり、珠世の屋敷は愈史郎の血鬼術によって隠されており滅多と見つかることもなく、産屋敷もそこを暴こうとはしていなかったからだろう。帰路についていた義勇を見つけられてよかったと安堵したような声音で鴉は言った。
遊郭ではすでに多くの死傷者が出ていると報告が来ており救援に向かえる柱を探しているところだが、彼らは多忙のため先に受けた指令を終わらせてからでなければ向かえない。このままではまだ息がある者たちの命が危ない。義勇に戦ってほしいというわけではなく、負傷した者たちの治療を頼みたいという。
遊郭には顔見知りが多数潜入している。狙ってのことだったのかもしれないが、道すがら話を聞いていた義勇に断る理由はなかった。
「こっちは危険だ、巻き込まれるぞ!」
道中、怪我人の集団を見つけた。
混乱に陥りながらも必死に遊郭方面から逃げてきたようで、女に誘導されてこちらへ避難してきたらしく、慌てたように声をかけられた。誘導した女はそのままとんぼ返りしたという。
義勇も用があるのは遊郭なので引き返すつもりはないが、怪我人を放置していくわけにもいかない。刃物のようなものが辺りを襲い、一瞬で周辺の建物が真っ二つに切られ何人も命を落としたのだという。男の片手も落とされ、ろくに手当もできなかったのだろう、かなりの血を失っているようだった。医者であることを告げると限界に達したのか男がへたり込んだ。
「炭ちゃんがまだ戦ってる」
止血をしてほかに重傷者はいないか確認していた時、一人の女が近づいてきた。
結い上げた髪が乱れているが、身なりを見るに遊女なのだろう。義勇の腕を縋りつくように掴み、青白い顔で訴えてくる。幸いにも怪我はしていないようだった。
炭ちゃんという名が誰を指しているのか義勇は知らないはずだったが、勘づくには充分な一言だった。遊郭で戦っているのはそこに潜入した鬼狩りたちだ。炭という一文字を持つ子供を義勇は知っている。
「炭ちゃんを助けて。怪我をしてた」
縋りつく手が震えている。拘束された際に子供が助けてくれたのだと呟いた。
「目に陸の文字が入った女だった」
「人の皮を被った化物だ」
蒼白な顔を隠すように頭を抱えて俯いていた壮年の男が一言呟いた。
もう片目には上弦の文字があったという。嫌な予感が当たっていたらしい。
遊郭最寄りまで義勇が近づいた頃、虹丸を見かけた。方々飛び回っていたのだろう、疲弊しながらも必死にまだどこかへ飛び立とうとしている。救援に来てくれる柱が見つからないのだろうか。あまりにも濃い血の匂いに気づき義勇は眉を顰めた。
「天元、炭治郎、善逸、伊之助、上弦ノ陸ト戦闘中!」
これほどに漂ってくる匂いで予想するに、死傷者は相当数に上るだろう。状況を知らせてくれた虹丸の叫びからは義勇のよく知る名前ばかりが挙がったが、隊士が死んだという報せではなかった。
苦しげな荒い息遣いが聞こえた義勇がその場に辿り着いた瞬間、逃げろという宇髄の常にない鬼気迫る叫び声、その後ろで倒れていた鬼から最大級の血鬼術が膨れ上がるのを目の当たりにした。頸を斬られていたから最後の足掻きだったのだろう。だがそれこそが満身創痍の人間には最大の攻撃になり得る。方々に吹っ飛ばされた二人の身体を血鬼術で包んでどうにか衝撃を緩和させようとしたが、不甲斐なくも己が食らってしまった。
義勇が食らったところで鬼の攻撃は治るものの、毒が体内をじわじわ巡ろうとしているのがわかる。人が受けたらひとたまりもないはずだが、よくぞ今まで息をしていたものだと心中で彼らを労った。
ややあって知っている気配が三つ宇髄のそばへと動き出したのがわかり、奥方たちは皆無事だったのかと安堵した義勇は倒れた炭治郎の下へと向かった。
心音が聞こえてくるのはあと三つ。瓦礫に挟まれた腕が見えても、音も気配も感じなかった。
「むー」
「禰豆子? なにを、」
意識のない炭治郎のそばへ辿り着いたところで小さくなったままの禰豆子が駆け寄ってきて、炭治郎を勢い良く炎で燃やし始めた。
突然すぎた行動に義勇は目を剥いたが、爛れていた皮膚が元に戻っていくのを目の当たりにし、苦悶の表情が段々と緩やかになっていく様子を見て言葉を失った。
「ぐっ、」
炭治郎を焼く炎に触れた時、義勇の手は陽に焼けたように爛れて痛みを発し、治る気配を見せなかった。上弦の鬼の血鬼術だろうと、食らった怪我など治るのが鬼のはずなのに。
これは鬼を攻撃する炎だ。だが人を助けることのできる炎でもある。
傷自体はどうにもならない様子から、おそらく炭治郎の体内に残った血鬼術が燃やされた。鬼狩りが血鬼術を受けた時、日光浴をして治癒する様子を義勇は蝶屋敷で見ていた。まるで人に対する陽光の効果のようだった。
とはいえ呑気に考察している場合ではなく、炭治郎が目覚めるのをのんびり待っている隙もない。手早く応急処置を済ませて禰豆子に炭治郎を任せ、義勇は気配のする場所へと駆け寄った。
「起きたら身体中痛いんですけど! 俺の両足どうなってんのこれえ」
泣きべそをかきながら瓦礫の下敷きになっている我妻を見つけた。以前炭治郎から我妻の特性について教えられてはいたが、本当に眠りながら戦っていたのだろう。まあ、怪我は酷くとも騒ぐ元気があるなら大丈夫だ。
「俺も可哀想だけど伊之助がやばいよお」
心臓の音がどんどん小さくなっている、早く助けてやってくれ。怖い痛いと騒ぐわりに、瓦礫から引っ張り出すより先に嘴平の下へ向かうよう我妻は義勇に促した。
「義勇さん!」
崩れた屋根の上で倒れていた嘴平へ駆け寄ると、意識を取り戻したらしい炭治郎が禰豆子に背負われて走ってきた。嘴平の様子に気づいた炭治郎は泣きそうになりながら呼びかけるが、我妻の言うとおり心音はどんどん弱くなっていた。
「禰豆子、さっきと同じことを頼む」
「むんっ」
炎に触れられない義勇は一歩後退るしかなかったが、任せろとでも言いたげな表情をした禰豆子は伊之助の傷へと触れた。途端に燃え上がる嘴平に炭治郎は驚愕したが、やがて血鬼術で爛れた皮膚が治っていくのを見守り、腹が減ったと叫んだ嘴平に涙を流して喜んだ。
「お前も動くな」
「いえ、俺はまだ。伊之助をお願いします、行こう禰豆子!」
心臓のあたりを刺されて内臓が傷ついているかもしれないと言い残し、炭治郎は禰豆子に抱えられて離れていった。
嘴平をその場で安静にさせ、我妻を瓦礫から引きずり出して手当を済ませ、義勇は逃げ遅れがいないか気配を探りつつ宇髄の下へと走った。
ひと際大きな叫び声が聞こえる。礼と、泣き声と。困惑も混じっているのだろうが、一人の泣き喚く声にかき消されつつ啜り泣く二人分の声が聞こえてくる。禰豆子は毒を消して宇髄を助けてくれたのだろう。
「よお。んな泣きそうな顔すんなよ、生きてっから」
その場に辿り着いた時、己の顔がどんなことになっていたかなどわからない。本当に泣きそうな顔をしていたのかもしれないし、無駄に誇張して言われたのかもしれない。けれど義勇の心情は安堵と心配が渦巻いていてうまく言葉にすることができなかった。
ただ生きていてよかったと思うだけに留まってしまったけれど、それは言葉無くとも宇髄へ伝わってしまったようだった。
「冨岡さん〜」
「お久しぶりです、お元気そうで……」
「挨拶なんざ後でいくらでも言えばいいから、女房診てやってくんねえか」
この非常時に礼儀正しく再会の挨拶をしようとした雛鶴を制した宇髄は、誰より重傷なくせに奥方の容体を心配した。毒を飲んだ雛鶴は解毒薬も服用済みだと言ったが宇髄は譲らなかった。
「俺は呼吸で止血してるから。こいつらも怪我してるし頼むわ」
力なく大きな手が義勇の頭へと乗せられた。本人の言うとおり、止血もしてあるし奥方たちはある程度処置を施してある。あとは蝶屋敷へ向かうだけだと宇髄は言った。
「いえ、冨岡さんがいらっしゃったならきちんと診てもらうべきです。天元さまをお願いします」
「お願いします〜!」
「アタシの血ならいくらでも抜いていいから早く!」
人数の多さに意見は追いやられたようで、言い返す気にもならなかったらしい宇髄は溜息を吐くに留めることとなった。
「ふうん、そうか、ふうん。陸とはいえ上弦を倒したわけだ。実にめでたいことだな。陸だがな」
鬼の頸を確認すると言った炭治郎たちと冨岡がこの場を離れた後、救援に応えた柱はようやく姿を現した。喧嘩を売っているようにしか思えない言葉だが、労いの意味も一応込められているだろうとは理解している。まあ、鬼を生かしたことで宇髄の好感度が地に落ちていればその限りではないが。
片目のみならず、腕まで失くしてしまってはむしろ隊士の足を引っ張ることになるだろう。死ぬまで戦えと言ってくる伊黒の気持ちはわからないでもないが、女房たちとの約束でもあるのだ。
「俺がいなくとも若手は育ってるからな」
「―――。おい、まさか」
宇髄の言葉で動きを止めた伊黒が困惑した声音で問いかける。
――生き残ったのか、竈門炭治郎が。
宇髄の言う若手が誰なのかを間違いなく言い当てた伊黒に笑みを向けてやると、包帯の上からでも口元が大きく歪められたのが目に見えるようだった。
「もちろんよ、俺様の継子だし? 何度も救われることがあったしな。強くなったぜあいつ」
「誰も教えろとは言ってないが」
そうは言っても情報共有は基本中の基本である。それをきっちり理解している伊黒だが、悪態は今に始まったものではないのでいつものことだった。
男鬼の攻撃を致命傷は避けられていたし、手負いでなければもっと食いついていけたはずだ。力が及ばなかった宇髄は片目と片腕を失くし、危うく女房まで失くしかけたところを炭治郎に救われた。
「命の恩人が増えちまったな。禰豆子にも助けられたし、この怪我だって冨岡の手当だし」
「……ふん。様子見している状態なのだから、下手なことはせんだろうよ」
あれ? と耳を傾けた。疲弊していても宇髄の耳は様々な音を拾い上げる。鬼の話に応えた伊黒の声音が以前と違う気がしたせいだ。
「……お前なんかあった?」
「なにもない。さっさと蝶屋敷へ行け」
明らかに何かあったが話すつもりはないようだ。情報共有は基本のはずだが、口止めでもされているのかもしれない。
――敵意はねえし、まあいいか。
ようやく到着した隠に炭治郎たちを託し、宇髄は女房たちの手を借りて立ち上がった。