異端者たち 一
意識を飛ばしていたと気づいた時、宇髄の視界に子供が覗き込んできた。
一瞬たりとも気の抜けない状況で気絶したなど不覚以外の何ものでもないが、身体を起こした瞬間走った痛みの箇所に包帯が巻かれていることに気づき、気を失う前のことを思い出した。
そうだ。里抜けしてから女房を連れて走り通しで、人気のない民家の庭でほんの少しでも休憩を挟もうとした時だった。庭に足を踏み入れた瞬間妙な感覚が宇髄を包み、誰もいないと思っていたら誰かの気配があることに気づき、だというのに警戒したはずが意識を飛ばしていたらしい。
「天元さま! よかったあ起きたー!」
「この方が治療をしてくださいました。身体は大丈夫ですか?」
どうやら不法侵入した宇髄たちを本当に助けてくれたようだ。毒を盛られた形跡もなく、適切な治療すら施してくれるとはお人好しが過ぎると思うが、助かったのは間違いない。敵意も殺意も感じなかった。
「ああ、助かった。医者……なのか?」
「見習いのようなものだ」
成程。運良く医学を勉強している子供のもとへ来たようだった。
一先ず緊張を解いていざ周りを意識してみると、やはり妙な場所だった。足を踏み入れた当初も感じたが、やはり外の音が妙に聞こえ難かった。鼓膜に膜が張ったような、水の中にいるような感覚だ。さらには少年の気配、音。忍である宇髄は数多の人間の音を聞いてきたが、今までに聞いたこともない音が聞こえてくる。
「夫共々このご恩は必ずお返しいたします」
「浅い傷ではなかったので、早くきちんとした医者へ診せるほうが」
「それができたら苦労しませんよお」
「須磨!」
訳ありであることに気がついたらしい少年は少々困惑したようだったが、ここの安全は確保されていると口にして部屋を出ていった。それを見送ってから、女房三人は大きく息を吐き出した。
宇髄が意識を失くしている間、当たり障りのない話を色々と聞き出したらしい。
ここは東京、野方村。彼は冨岡義勇という名で、歳は雛鶴と同い年。家族はおらず一人で屋敷に住んでいる。医師見習いとはいうが、知り合いの医者から何かと有用だろうからと手ほどきを受けただけなのだそうだ。結構込み入った話も聞き出していやがる。
里を抜けてから休む間もなく随分遠くまで来ていたらしいが、怪我が治る前にでもここを離れなければならない。宇髄たちには安息がない。妙な少年とはいえ恩人を巻き込むわけにはいかないのだ。
だというのに、居心地が良すぎて滞在しすぎるなんてことが起こるとは思っていなかった。
冨岡邸で療養を始めてから、妙に神経が落ち着くようになった。宇髄たちにはあり得ないことに、よく眠れるようになったのだ。
冨岡の音も気にはなっていたが、聞き覚えのないそれは少しも宇髄たちへ危害を加えるものにならず、危険なものでは決してないと判断するようになった。
宇髄の療養中、女房たちは交代で見張りを立てて休んでいた。追手からいち早く離脱するためだ。警戒を解いた後は、女房の誰もが同じことを報告してきた。野方自体が静かではあったのだろうが、屋敷内は音も空気も膜の中にいるように静かで、まるで安全地帯とでも思えるほどに守られているような感覚がする。気を張っているうちは普段どおりにできても、少しでも気を抜いて仮眠を取ろうとすれば一瞬で眠りに落ちる。警戒せずに眠れた試しなどなかったはずなのに。
この空間と寡黙な冨岡に慣れてきた頃には、宇髄たちが忍であることを明かしていた。甲斐甲斐しく宇髄の容体を診てくれる冨岡は代わりに、陽の光を浴びることのできない身体なのだと言った。
嘘の音はなく、確かにそのような奇病は宇髄も聞いたことがあった。まさか罹患している者がいたとは驚きだ。
病ではないにしろ、宇髄とて陽の下を堂々歩けるような過去を持っていない。罪のない少年と同列に語ることはできないが、陽の光を感じられない気持ちは察することくらいはできる。きっと言葉にできない思いがあるのだろうということくらいは。
「世話んなったな、行くわ」
「そうか……達者で」
結局しばらく療養させてもらった宇髄たちはようやく屋敷を離れることになり、野方村を出立することになった。
怪我の具合としてはまだ完治してはいないので冨岡は少々複雑そうな表情を見せたが、特に反対をするでもなく頷いた。追われている身であることは伝えているので、引き留めようにも引き留められないとでも考えていたりするのかもしれない。冨岡はそういう奴だ。
宇髄が遭遇したことのない変な音と気配を持った奴ではあるが、悪い奴ではなくむしろお人好しが過ぎるくらいだ。だからこそ、危ないところを救われた恩人なのだから礼を尽くすのが当然ではあるのだろうが、追われている宇髄たちが屋敷に留まり続けるのは冨岡の身の危険も出てくる。いくら地味ながら良い奴でも、近くにいると穏やかな気分になれても、宇髄たちがいる限り危険はそばにあり続ける。恩人を危険に晒し続けるなど、己の身体がどれだけ血にまみれていようと宇髄は良しとしたくはなかった。
「たまにはこいつら寄越してやるよ、俺様の手下のムキムキねずみだ」
「ねずみ」
「おう。様子見に来てやるし、何かあったら助けを呼べ。義理は果たすぜ」
「……うん」
「どうぞお元気で」
「お世話になりました!」
手を振って見送る冨岡に背を向け、宇髄たちは門扉を潜り抜けた。その瞬間、落ち着いていたはずの神経が研ぎ澄まされていくのが手に取るように感じられた。
「天元さま?」
背後の屋敷へ意識を向けた。
普通の人間ならばきっと気づかないような異変だ。宇髄ほど感覚が鋭敏ではなくとも、忍としての英才教育を受けたはずの女房たちにも気づき難いほどの。
膜の外へ出たような感覚が屋敷を出たと同時にあった。次いで門を潜って外へと出た瞬間、宇髄の耳は空気や虫の音、雑音をくまなく拾い上げてたまらなくやかましくなった。この土地か、それとも屋敷か冨岡本人に何かあるのか。そもそも人為的なものではなく、あの場所に霊的ないわくでもあるのか。どちらにしろ冨岡が何かを知っているという結論へ至るのに時間はかからなかったが。
忍としての己は奴が怪しいと思うのに、どうしても彼からは悪意が汲み取れなかった。
*
不安、緊張、警戒、観察。戦い慣れた人間から向けられていたものがだんだんと柔らかなものへと変化していくのを、義勇は宇髄たちから短い間に感じ取ることとなった。
人であればその変遷に気づけたか知れないほど緩やかでひっそりとしていて、けれど鬼である己に向けられるにはなんとも擽ったいものだった。
だがそれは鬼と関わりのなかった忍だったからだ。彼らからは季節の折にねずみを介して生存報告がなされていたが、それが四季をひと回りする頃覚えのある気配が屋敷へと訪れた。
警戒を再びこちらへと向けて。
「よお、久しぶりだな。元気してたか?」
定例の捜し物をしに玄関を開けた。以前の宇髄ならば入ってきただろうと思えたが、今はその気配もない。
警戒を隠しているようだが屋敷に足を踏み入れることはなく、門扉の向こうから声をかけてくる。間合いを詰めずに観察している。義勇の一挙手一投足を見逃さぬように。
外灯は殆どない。鬼である義勇の目に差し障りはないが、おそらく宇髄もそうなのだろう。程度差はあれどそこいらの人間よりはよほど頑丈で強く耳も良い。夜目とて利くはずだ。
宇髄の纏う服には覚えのある匂いが染みついていた。
義勇自身の血肉に似た匂い。鬼の血、気配、あれは隊服だ。肩から見えるのは刀の柄だろうが、背中にはおそらく滅の文字が刻まれている。鬼狩りになったのか、と義勇は納得した。
そこが安住の地ならばいいが、だとしたらあまりのんびり羽を伸ばせるような居場所ではないのではないだろうか。鬼との戦いなど何百年以上に渡って続いている上に、生身で簡単に治りもしない人間のほうがよほど不利だからだ。
それでも戦うことを選んだくらいには、宇髄の中で決意があったのだろう。
「ああ」
なんともあっけない幕切れだと義勇はひとりがっかりした。結局のところ己は数年生き延びただけで、何を成し遂げることもできずに終わるらしい。青い彼岸花を見つけることも、珠世たちに恩を返すこともできず。
「こんな時間からどこ行くんだ? 夜は危ねえぜ」
「問題ない」
「そうか? 朝になったらまずいだろうよ、外套で凌げるなら凄えけど」
警戒はしている。
敵意は見当たらない。
殺気もない。間合いを詰めようとしないくせに、義勇へ向けるのはそれだけだ。確実に義勇の正体に勘づいているくせに、鬼狩りのくせに見極めにでも来たのだろうか。
敵が同じならば一緒に戦えないのかと聞いたことがあったのを思い出した。手を組める相手がいなかったと珠世は言い、楽観視しすぎだと愈史郎には怒られたけれど、鬼狩りが、宇髄がもし義勇を斬らないでいてくれるのならば。
鬼狩りと手が組めるかもしれない。
「真意は?」
「なに?」
「宇髄がここに来た真意。斬りに来たんじゃないのか?」
「―――」
かといって、いつまでも解答のない腹の探り合いは不得手だった。溜息を吐いた義勇は玄関を出て門扉に近づいた。虫の音や空気が肌に触れていく。
「……お前、やっぱ鬼なの?」
「わかってるから来たんだろう」
人のふりはもう意味がないので、義勇は瞳孔と牙を鬼の状態に戻して宇髄へ顔を向けた。せめて親戚には化け物などと思われたくないので、さすがに家の前で体格を戻すのは避けたのだが。
「……そりゃまあ……妙な音だなって、最初はな……」
面食らったらしい宇髄はなぜかしどろもどろに答え始めた。さほど長くない関わりでも、今の宇髄がよほど宇髄らしくないというのは理解できた。義勇が驚くほど狼狽えているらしい。
「鬼狩りになってからは、似た音が鬼からするし。でも、俺が斬ってきた鬼は全部血の匂いがこびりついてるし。音は禍々しいしよ。お前みたいな音の鬼なんざいなかったし。中身は嘘ばっかだし。……お前、本当に鬼なの?」
「そうだが」
「なんで普通に答えてんだよ」
なんでといわれても、宇髄に聞かれたから答えただけだ。
隠したところでばれるのだろうに、でかい図体のくせになんだか子供がむずかっているようだった。どうやら義勇の性格に文句があるようだが、そんなことをいわれても眉根を寄せるしかないのに。
「人を喰ったことはない」
「―――、まじ?」
「血を買ってる」
「………、あー……それで医者?」
「そんなようなものだ」
「ああ……成程なあ……」
混乱、惑い、迷い。乱暴に頭を掻いているが、巻いている布がめちゃくちゃになりそうだなと義勇は眺めた。
まあ、宇髄の反応は混乱を極めているということは理解できるのだが、鬼狩りともあろう者が鬼に情けの余地を見せるのは普通に失格だろうと思う。是非とも珠世たちに報告したかったが、まあ、とりあえずは宇髄の落ち着きを待つことにした。そうして斬られるようなことがあってもそれは仕方のないことである。
「喰ってねえのかよ……」
「信じるつもりか?」
「信じられたくねえなら嘘を吐け。こっちは葛藤しかねえよ!」
「職務放棄か」
今度は地団駄でも踏むかのように地面を踏みならしたが、やはり今日は子供のようである。
それを見ていた義勇はなんだか胸がいっぱいになって、つい笑みを漏らしてしまった。鬼だとばらしてなお対話の余地を残すような鬼狩りと知り合えたのだ。己の仕事は全うすべきだと内心で文句をつけつつ、葛藤してくれるのならこれ以上の嬉しいことはない。
「ふっざけんなよ、恩人斬り殺せるほど人間やめてねえわ。俺がどんな思いで里抜けしたと……っ、」
「……それは知らないが、……しなければならないこともあるだろう」
「お前を殺すのはしなければなんねえことじゃねえよ!」
忍も鬼狩りも向いていない奴だ。
宇髄の言うことがあまりに都合良く聞こえて、まるで願望を見せている夢なのではないかと思えた。なのに嬉しさで涙が出そうだった。
人からも鬼からも隠れ生きていくのは、義勇が想像していた以上に辛く寂しいものだったのだろう。気の長くなるほどそうして生きてきた珠世も、同じ時を生きてくれる愈史郎がどれほど救いになったかと推し図るしかできないが。
「くそっ! 俺はなあ、鬼狩りになっても別に鬼に家族を殺されたわけじゃねえんだよ。そりゃ他の奴らなら一匹たりとも逃さず殺すってなったろうけどよ。お前を知ってたら、まず話を聞きに行くだろうが」
「……警戒していたように見えたが」
「あれからずっと葛藤続きだわ!」
人であろうと鬼であろうと、義勇は身体が作り変わる前と中身は大して変わっていない。宇髄の怪我を処置したのだって、怪我人がいたから対処したに過ぎない。姉にそう教わってきたからだ。そうやって人と助け合って生きていくことをやめなかったのは、姉の生きた証が欲しかったからでもあるけれど。
人であったことを忘れたくなかったからでもあったのだ。
「手を組もう、宇髄」
「――は?」
呆気にとられた顔を晒した宇髄に、義勇はさらに口を開く。
本来は珠世の目的だ。二人のことを勝手に知らせるわけにもいかないから、深く話すことはできない。申し訳なさは募るが、それでも。
「俺の目的は鬼舞辻無惨を殺すことだ。……俺の姉は……祝言の前日、あの男に殺された」
「―――」
「悪鬼滅殺を願うのは人間だけじゃない」
あの日のことを後悔しない日はない。もっと早く気がついて家を離れていたら。義勇が先に玄関を見に行っていたら。回避することなど不可能だと冷静な部分では理解しているが。
鬼舞辻無惨を滅殺する。そのために陽光を避けて生活をして生き続けているのだ。
唖然としていた宇髄はやがてひとつ瞬き、視線を彷徨わせてから項垂れ黙り込んだ。それから躊躇うような動きを見せた足が、静かに結界の内側
へと踏み入ってきた。
なんともいえない複雑な笑みを浮かべて義勇を見つめ、そうして吹っ切れたように声を張り上げた。
「――そうかい、なら話は簡単だな。くっ、あっはっは!」
突然高笑いを上げた宇髄に思わず肩が跳ねたが、更にずかずかと目の前まで近寄ってきた宇髄は義勇の肩へ腕をまわし、ずっしりと体重をかけて凭れてきた。重い。
重いけれど、空気は軽い。この笑いで宇髄が腹を括ったらしいことが伝わってくるようだった。
「いやー焦ったぜ、俺の耳に聞こえねえ殺意があったらどうしようかと思ったわ! 良かったわ本当」
「……そうか。……俺も……お前が鬼狩りになってくれて良かった」
この変わり身、先ほどまでの反応はもしや義勇を試していたのだろうか。ここに来るまでにしかと腹は決めていたのかもしれない。初めて年相応の笑顔を見せてくれた宇髄につられるように、義勇も笑みを浮かべたのだった。
「じゃ、まあ俺も任務があるから、朝になったらまた来るわ」
「殺されなければな」
「うるせー地味なこと言うな。約束どおり来てやるから待ってろ」
「……うん」
腹を括った宇髄の行く末は、鬼狩りである限りどう足掻いても処罰は免れないだろうが。
その懸念が忍であった宇髄の頭にないはずがない。それでもなお鬼である義勇を受け入れてくれたことに感謝しかなかった。
*
人を殺していない鬼などよりも、宇髄のほうがよほど人でなしだ。
けれど、だからこそ宇髄は里を抜け出した。染まりきれるほど人でなしではいられず、耐えきれずに逃げ出したといわれても仕方ないようなことをした。それでも宇髄は人間でいたかった。血に染まり続けた己の手が綺麗になることなど決してないけれど。
鬼のくせに何ひとつ汚れていない手だ。夜ごと斬る鬼と同じ音を持っているのに、鬼が持ち得ない穏やかな心音が重なっている。人間ではないのに、けれど鬼としても異端である男だ。宇髄からすれば信頼に足る男だった。
「重石を抱え込んでた胃の腑が軽くなったもんで気が楽だわ。鬼と通じてるなんてばれたら斬首ものだと思うが……ま、これはこれで派手だな」
鬼狩りとしての宇髄はまだ駆け出し故に、ばれればまず間違いなく処分されるだろうが。里を抜けた時と同様、掻い潜って生き延びるつもりもある。
しかし、宇髄としてはそれよりも気になることがあった。
遭遇してきた鬼は理性がある奴もいたが、どいつもこいつも人間へ向ける音は同じだった。総じて生きるための餌であり、それ以上でも以下でもなかった。
人間を喰うのは鬼の本能だ。どうやって喰わずにいられるようになったのか。これほどに人と変わらない、人よりも穏やかな鬼が現れるなんてことがあり得るとは思わなかったのだ。
「で、お前がそうしていられる理由は何なんだ?」
「治療をした」
人を喰わずにいられるように。少量の血で空腹を満たせるよう身体を弄った。そんなことができるものなのかと驚いたが、実際目の前にいるのだからそれ自体は可能なのだろう。
「自分でやったわけ?」
「それは言えない」
「あっそう……」
馬鹿正直に伝えてくるのは、宇髄を騙すつもりはないという意思表示だろうか。耳に聞こえるのは相変わらずの穏やかな音だが、それが少しだけ張り詰めている。嘘は吐いていないが、隠しごとはしている。まあ、言葉に偽りはない。
「まあいい、そんで輸血ね……こいつを飲んで過ごしてると。ところでお前、本当はいくつなの?」
「十五」
「聞いてた年齢と変わりはねえのか。鬼って成長すんの?」
まだ若い、少年の域ですらある冨岡がひとりで身体を弄るよりは、そう吹き込んだ者、もしくは弄った者がいると考えるのが妥当だろう。本人の様子からも何か背後にいることは間違いない。その背後の輩がどのようなものかは仮説立てるくらいしかできないが、冨岡を見ていればそう悪いものではないと思えてしまう。
「見た目を変えてる。親戚が来るから」
「ここ生家だっけか、そんな綱渡りして大丈夫なのかよ。鬼だってばれることもあるかもしんねえのに」
「鬼なんて信じてないから大丈夫だ」
獣に襲われて怪我を負った。姉はそのまま息を引き取った。本当のことは告げず、親戚にはそう通しているらしい。
「ふうん、………。……お前、俺と一緒に来る?」
「正気か。組織に粛清されるんじゃないか」
「まあな。でもさー、お前ずーっと嘘吐いてねえんだもん」
これだって宇髄の処遇を気にしての言葉だ。口下手であることは療養中に嫌というほど知っているし、それに苦言を呈すだけに留められるくらいには理解しているが、人としてもこれほど裏のない人間は宇髄の見てきた中では少数派だった。案外少なくないと知ったのも里を抜けてからだが。
「ありがとう」
心底嬉しそうな声音で告げるものだから、宇髄も少々照れくさくなってしまった。
略啓 珠世様
先日、一人の鬼狩りと接触を果たしました。彼は鬼狩りになる前に怪我をしたまま我が家に迷い込み、療養していた相手でした。私の気配や音が人ではないことに気づき、確認しに来たようです。人を喰っていないという私の言を信じてくれ、今後についてを話し合いました。かねてより願っていたように、鬼狩りと手を組むことができそうです。