女の勘は侮るなかれ

 鎹鴉の羽音に顔を上げると、脚に紙が括り付けられていることに気づいた。のんびりと煉獄の肩に降りる。ほっとしたような表情をしているように見えて、じっと目で追っていた甘露寺も笑みが溢れた。
「師範へのお手紙なのね」
 煉獄の肩で休んでいる鴉の頭を撫でてやれば、気持ち良さそうに指に擦りつけてくる。手慣れたように手紙を解いて懐に仕舞う煉獄に、目を通さなくていいのかと甘露寺は問いかけた。
「急を要するならば鴉が教えてくれるからな」
 幾度もやりとりをしているような様子に、甘露寺は胸を高鳴らせた。もしやそれは文通ではないだろうかと推測し、己の師である煉獄の文通相手を想像した。
「師範、きっと今読むのが良いと思います。お相手も返事が待ち遠しいと思うの!」
 私が素振りをしている間に、ほらどうぞ。背中を押して腰掛けられる場所へと連れて行こうとするが、煉獄は首を振った。
「今は稽古の途中だ」
「私なら一人でやれますから」
「送り主はいうほど返事を待っていない」
 手のひらに込めていた力を弱め、煉獄の顔を見上げた。いつもどおり笑みを見せてはいるが、どことなく残念そうにも思える。
「そんな。だって文通しているくらいだもの、お相手はちゃんと待っていると思うわ」
「ああ、待ってはくれているだろうが、早い返事を期待してはいないだろうという意味だ」
「そんなことないわ。だって何回もやってらっしゃるんでしょう? 早く返ってきたらそれだけ師範の気持ちも伝わると思います」
「そうだろうか……。いや、甘露寺。相手が誰なのかわかっているのか?」
 答える前に満面に笑みを乗せ、甘露寺は口を開いた。
「だって師範、鴉が来た時とても嬉しそうだったもの。きっと好きな人なんだろうってすぐわかっちゃった」
 手のひらで顔を覆った煉獄を見て、その予想は当たっていたのだと確信した。高鳴った胸が締め付けられるように動き、甘露寺は頬を上気させてまた煉獄の背中を押す。
「いやしかし、これは千寿郎と一緒に読むものだ」
「三人で文通をしているのね! 素敵だわ。いつか私もお会いできるかしら。師範が好きになった人なら、きっと素敵な人なんでしょう」
 顔を隠した煉獄の耳は少し赤くなっていた。照れているのね、可愛いわ。心中で思った言葉を、口には出さずに噛みしめる。
「きみは……いや、随分鋭いのだな」
「女の勘というものです」
 そうか、と溜息を吐いた。隠すつもりもなかったように見えたが、はっきり指摘されると恥ずかしいのかもしれない。さすがに相手は誰だと問い詰めるつもりはないが、羨ましさも相まって目の当たりにしてしまうと気にはなってしまう。
 鎹鴉が煉獄の肩で羽を広げた。主の元へ帰るのだろう。煉獄が礼を告げると、鴉はそのまま空へと羽ばたいていった。
 見送りながら師の想い人へと思考を馳せる。鴉が手紙を持ってくるのだから、鬼殺隊に属する隊士、もしくは隊士の知り合いがいる人間なのだろう。何度もやりとりをしていることを否定してはいなかったから、隊士だとしたら、幾度となく死線をくぐり抜ける実力を持っているのがわかる。もしかしたら、煉獄と同程度の強さの人間かもしれない。ならば柱の誰かだろうか。甘露寺が会ったことのある柱は音柱と風柱だ。どちらも屈強で男らしい者たちだったことを思い出した。柱は九人が基本だが、あと六人はまだ会ったことがない。
「師範、柱の皆さんはどんな人たちなんでしょう。私が会ったのは師範を含めても三人だけだわ。女の人はいらっしゃるのかしら」
「ああ、いるぞ」
「やっぱり! 素敵だわ、早くお会いしたい」
「なぜそのようなことを? 俺の継子であれば、会う機会はいくらもあると思うぞ」
「だって、師範の好きな人は柱の誰かなんじゃないかと思ったから、気になってしまって」
 深く深呼吸をして、手に持っていた木刀を腰に差した。頭を抱えた煉獄が絞り出すように口を開く。
「……参考までに聞くが、なぜその発想に至ったんだ」
 どうやら女の勘というものを侮っていたらしい。甘露寺は誰より恋というものに敏感である。それに、少し敏い者ならば、思い至るにはあまりにも煉獄はわかりやすかった。
「師範と鴉を見て気づいちゃったの! ごめんなさい、誰かまで聞く気はないですから」
「いや、いい。俺も隠しているつもりはない。ただ、そうだな。二人でいるところを見られたわけでもないのにそこまでわかるのは、ああ、凄いな、きみは」
 笑ってはいるが、困惑が隠しきれていなかった。可愛いわ。幾度思ったか知れない言葉をもう一度心中で呟いた。