名もなき隊士の見た光景
目立つ隊士の噂について話をしよう。
最初に言っておくが、俺は別に見たくて見たわけじゃない。任務帰りにたまたま通りがかった道が炎の呼吸の使い手の家の通りだったらしく、話したことはないもんだからそのまま角を曲がろうとしたところだった。なぜ隊士の家なのかがわかったかというと、そばにそっくりの小さい少年がいたからだ。兄弟なのだろう、とさほど気にもとめず目の端に捉えていた程度だ。続いて出てきた黒髪に見覚えがあり、好奇心をそそられてつい角で様子を窺った。
見覚えがあるのは当たり前だった。その黒髪も鬼殺隊の隊士であったし、男連中の間じゃちょっとした有名人だった。おおっと思うような美人なんて、こんな仕事じゃなくたって広まるだろう。
めきめきと階級を上げている水の呼吸を使う剣士。涼しげな目元が良い、と騒ぐ奴らは一定数いる。まあ他にも女隊士はいるし可愛い子もいるので、俺の同期なんかは別の人にお熱だったりする。俺としてはああいう凛とした女が好みだった。
そういうわけで今、あの炎の呼吸使いの家から出てきた三人を遠目で観察しているのだ。うん、最初に嘘をついたな。見たくて見たよ、気になったからな。
少し遠いから会話は聞こえない。門前に立つ少年と向かい合いながら頭を下げる。恐らく任務の後あの家で休息をとったのだろう。炎の呼吸の隊士も黒髪の隣に立ち、少年に向かって手を降る。そうして連れ立って歩き出した。
ひょこひょこと松葉杖をつきながら足を動かしている。見かねたのか黒髪が、杖をついていない側の腕を肩に回させ、密着して歩いて行った。生傷の絶えない隊士にとって、特に気にすべきことでもないのだろうが。
――仲良いんだ、あの二人。
水の呼吸の隊士――冨岡義勇を良いなと思っていた俺は、正直なところ、衝撃を受けたのだった。
冨岡義勇。愛想はなく、口数も少なく、鬼を狩る回数は多い。このまま行けば彼女が柱になるのでは、と噂されている女だ。見た目の良さに反して中身を良いと言う者は少ない。だって話したことがないのだから。
彼女の交友関係は狭い。同じ任務についたことも実はあるのだが、話をする間もなく鬼を瞬殺し、一通り見回ったあとさっさと帰って行った。勿論俺だって鬼は倒したが、冨岡ほど速く頸を斬ることはできなかった。
そして夜が明け鬼がいなくなったことを確認すると、何も言わずその場を離れて行くのだ。誰がどうやって彼女と話をするというのだろう。どうしたらそんな自然に家に連れていけるのだ。もしかしてあの炎の呼吸の隊士、大物なのではないだろうかと俺は感じた。
まあ、彼女とお近づきになれるなど最初から思ってはいない。ただ高嶺の花だから、せめてそういう相手はいませんように、とは思っていた。だって俺が見たことがあるのは、女隊士の胡蝶しのぶと話をしているところだけだ。
小柄だがとんでもなく可愛い胡蝶しのぶは、これまた男隊士の間で有名人だった。そんな綺麗どころ二人が話をしている姿なんて、いつまでも見ていたい極楽でしかない。まあ会話をする場所は、大抵鬼狩りの任務で赴いた血生臭い場所なんだが。
そういうわけで人知れず傷心した俺は、鬼殺隊のなかでとりわけ仲の良い仲間に見た出来事を話したのだった。