おまけ・はじまりの合図
たくさん泣いてたくさん悲しんだら天狗が現れた。
妹以外の家族が突然いなくなり、今後どうしていくかを大人が話し合っていたのは知っている。二人一緒は引き取れないとか、施設に行くのが一番良いのではないか、なんて言葉が聞こえていた矢先のこと。
必死に堰き止めていた涙が溢れそうになった時、炭治郎と妹と一緒に住もうと天狗が言ってくれたのだった。
「ここが今日からお前たちの家になる。入りなさい。義勇、居るか?」
炭治郎たちが住んでいた家より大きくて古ぼけた家の玄関を開け、天狗は奥へ聞こえるよう声をかけた。しばらくして足音とともに現れたのは炭治郎より歳上の少年だった。
「この子は義勇。炭治郎の六つ上だから、今は十二歳で今度中学生になる。お前たちの兄だ。義勇、今日から一緒に住む炭治郎と禰豆子だ。六歳と五歳、炭治郎は次小学生だな。仲良くしなさい」
兄。
炭治郎に兄はいなかったから初めてだ。禰豆子も大きな目を更に大きくさせて少年を見上げている。少年も目は大きいけれど、なんだか瞬きが重そうだった。どきどきしながら自己紹介すると、ぎこちないながらも挨拶を返してくれた。
冨岡義勇さん。炭治郎より六つも上の少年は、そろそろと手を伸ばして炭治郎と禰豆子の頭を撫でてくれた。
「……義勇さん。あの、お兄ちゃんのお兄ちゃんになるの?」
「うん」
「じゃあ私のお兄ちゃんにもなる?」
「なる」
驚きばかりだった禰豆子の顔が喜びを表し始め、頭から離れた少年の手をぎゅっと掴んだ。反対の手が炭治郎の手を掴む。
「皆いなくなっちゃったから、家族が増えるの嬉しい!」
「……俺も、弟と妹は初めてだ」
にこにこ満面の笑顔を向けた禰豆子に、少年は小さく口元を綻ばせて笑みを返してくれた。少し離れたところにいた天狗が小さく息を吐いたのがわかったけれど、増えた家族に炭治郎も嬉しくなって気にする余裕があまりなかった。
四人でご飯を食べて、お風呂に入って髪を乾かして、歯磨きをして。あてがわれた部屋に禰豆子と二人布団に潜り込んだ。
両親や弟妹とよく一緒の布団で眠っていたのを思い出し、炭治郎は寝返りばかりを打ってちっとも眠れなかった。暗闇に慣れた目が仰向けになり天井へと向けられた時、隣から小さな小さな声が炭治郎を呼んだ。
「お兄ちゃん、眠れない……」
「ごめんな、起こしちゃったか」
「ううん……私もずっと眠くない」
どうやら禰豆子も炭治郎と同じく眠れなかったようだ。
家族がいなくなって、また家族ができて興奮しているせいかもしれない。それともまたいなくなるのではないかと怖くなっているせいかもしれない。何にしろ色んなことを考えて全然眠れないのは炭治郎だけではないらしい。
困った。明日も起きなければならないのに、このままでは寝坊してしまう。そうしたら鱗滝の手伝いもできないし、義勇とお話することもできなくなる。だらしない子だと思われてしまうかもしれない。どうにかして眠ろうと禰豆子を抱きしめてぎゅっと目を瞑っても、ちっとも眠気はやってこなかった。
トイレに行ってくると布団から抜け出そうとすると、禰豆子は自分も行くと言ったので手を繋いで階下へと音を立てずに階段を降りた。見慣れない家の中は静まり返っていて、少しばかり心細い。二人で用を終えるとまたそっと階段を上り、そろそろと部屋へ戻る。布団に潜って冷えた足先を二人で擦り合わせながら、抱きしめ合って眠ろうと目を瞑った。それでもやっぱり目は冴えていて、炭治郎はもはや困り果てていた。
こん。
ドアから小さく音が響いた。ぱちりと瞬いた炭治郎が暗闇の中ドアへ顔を向けるともう一度、今度はふたつこんこん、と小さく音が鳴る。怖くなったのか禰豆子は炭治郎の裾を掴んだが、炭治郎はそっとドアの隙間を開けた。
「……眠れないのか」
ドアを叩いたのは隣室の義勇だった。
炭治郎と禰豆子の気配がずっと起きているから気になっていたそうだ。なんだか申し訳なくて炭治郎は謝った。暗闇の中で義勇は少しばかり困ったような気配がしたが。
「ごめんなさい、起こして……」
「……まだ寝てなかった」
一言言い残して義勇は部屋に戻っていった。広い部屋に禰豆子と二人、慣れない部屋、彼は兄になる人だと教えてもらったのだ。やはり頼めばよかっただろうかと炭治郎は少ししょんぼりしてしまったが、初日から突然一緒に寝てほしいなんて言ったら迷惑になるかもしれない。
それに炭治郎は長男だ。禰豆子を守る立場なのだから、頼っていては駄目なのだ。
「お兄ちゃん……」
「心配してくれたみたいだな。ごめんな禰豆子、頑張って寝よう」
「うん……」
開けたままだったドアを閉めようとした時、隣室から出てくる気配がした。もう少し開けてくれと頼む声が潜められていたが、しっかりと耳に聞こえた炭治郎はドアを開け放した。
「あれ? 布団……」
「ここで寝る」
布団を横に並べた義勇はそのまま布団に潜り込み、炭治郎と禰豆子にも布団に入って目を瞑るよう促した。目を瞑って横になれば身体だけでも休ませることができるとかなんとか聞いたことがあるそうだ。
「眠れなくても誰も怒らない。俺も、そうだったからわかる」
「はい。ありがとうございます」
「礼はいらない。……姉さんは……俺が眠れない時一緒に寝てくれた。……きょうだいはそういうものだと思うから。……鱗滝さんも、仲良くしなさいと」
義勇の家族のことはあまりきちんと聞けていないが、姉がいたことは夕食時にも聞いた。炭治郎たちと同じようにいなくなって、鱗滝に引き取られたのだ。
これから義勇ときょうだいになることを、炭治郎はしっかりと理解できていなかったように思う。兄ができるということがどういうことか、少しだけわかったような気がした。
「義勇さん、あの、じゃあ……」
布団の中でもじもじしていた禰豆子ががばりと起き上がり、枕を抱えてそわそわと義勇へ問いかける。
「そっち行ってもいいですか」
「……布団?」
「うん。あのね、眠れない時はお母さんもよく布団に入れてくれたから」
禰豆子の言葉に義勇がきょとんとしたのが暗闇でもよくわかったが、力強く頷いた禰豆子はこれまた力強く言葉を発する。黙り込んだままではあったが、義勇は布団の端を捲り上げて禰豆子を懐へと促してくれた。
「………! ありがとうございます! お兄ちゃん!」
「お、俺もいい、ですか?」
嬉しそうに手招きする禰豆子に慌てつつこわごわ問いかけると、義勇はまたも黙り込んだままこくりと頷いてくれた。
そわそわもぞもぞと潜り込む禰豆子を眺め、その後にどきどきしながら潜り込む炭治郎を眺めて、義勇は布団を掛け直して二人まとめてぎゅうと抱えてくれた。炭治郎は肩の部分に手を乗せられただけだったけれど、三人分の温もりはたいへんに温かかった。
「……義勇さん。義勇お兄ちゃんって呼んでもいいですか?」
「うん」
「えへへ。おやすみなさい、お兄ちゃん、義勇お兄ちゃん」
「……おやすみ」
禰豆子の提案に炭治郎はいいなあと羨んでしまったけれど、温かさが眠気を運んできてようやく眠りにつくことができたのだった。
翌朝、三人寄り添って眠る姿を見た鱗滝が面の下で目頭を熱くさせ、良かったと呟いてから起こされたことで三人ともが気恥ずかしそうに顔を見合わせたのだが、彼らにとってはきょうだいとなる始まりの合図になったのだった。