眠り姫の巡遊・記憶

「書いてるってことは間違いなく夢は見てたんでしょうけど、日記読んでもあんまりピンと来ないんですよね」
 姉が持ってきたしのぶの日記には、拙かった文字から長々と夢の話が綴られていた。
 子供の頃から確かにその話を教えていたことは何となく覚えているが、今日記を読んでもどうにもぼんやりとしたままだった。
 鬼退治もその組織も知り合いも、想像してみてもあまりはっきりとしない。物語を読んでいるような気分で眺めていた。
 一つだけやけに目に止まった名前はあったが、どこにでもあるような名前である。きっと生活の中で見かけたりクラスメートにいたりとか、そのくらいだろうと思っていたのだが、少しばかり残念そうにした悲鳴嶼が鞄から手帳を取り出した時、何か小さな紙がひらりとシーツの上に落ちた。
 名刺のようだった。拾い上げて文字に目をやるとそこには日記に書かれていた名前があった。
「冨岡除霊事務所? 胡散臭いですね」
「……知り合いの名刺だ。間違いなく本物の霊能者だと思う」
 ふうんと気のない相槌を漏らしたが、しのぶは何となくそれをじっと見つめていた。
 何だろう。悲鳴嶼は人をすぐに信用する節があるから、きっと騙されているだろうと思うのに、何だかしのぶはそれを知っているような気がした。胸の奥が少し浮足立つような、柔らかい何かに包まれたような気分。楽しかったと無意識に考えて、何がだと自問した。首を傾げて考えたが、さっぱり思い当たることはなかった。
「まあ、夢の話は仕方ない。今はもう見ないのだろう。思い出すことがあれば教えてくれ」
「うーん……まあ、はい」
 悲鳴嶼はしのぶの夢の話を楽しみにしていたようで、起きてから覚えていないと告げると非常に悲しそうな顔をした。聞いているのがどれほど楽しかったのだろう。
「私としてはすぐにでも会わせたいが、彼も忙しい身だ。お前も落ち着いてから会いに行こう」
「え……何で私が会うんです」
「……世話になったからな。礼をしなければ失礼にあたる」
 しのぶが知らないはずの胡散臭い除霊屋に恩があるのだと悲鳴嶼は笑った。悲鳴嶼の交友関係にとやかく言いたくはないが、少しは危機感を持って知り合わなければ、悲鳴嶼などすぐ騙されてしまうだろうに。
「そんな簡単に信用して大丈夫なんですか?」
「ふふふ、それは冨岡くんにも言われたぞ」
 一応釘を差す程度の良識はある人間のようだ。
 冨岡除霊事務所、所長冨岡義勇。胡散臭いとは思っているが、確かにしのぶは気になっていた。
 日記と同じ名前が書かれているせいだろうか。会いたいようなどうでも良いような不思議な気分で名刺を眺めた。

 しのぶが院内を歩けるようになった頃、ロビーのソファで休んでいたしのぶは病院へ訪れる者たちをぼんやりと眺めていた。
 体力も戻り始めて順調にいけば退院もそう遠くない。また以前と同じ生活ができる。姉と悲鳴嶼には随分心配をかけてしまっていたので、早く元通りになりたい気持ちが強かった。
 そのおかげか医師が想定していたよりも快復は早いらしく、リハビリも兼ねてしのぶは一日のうち大半を歩くようにしていた。
「何だ、冨岡に扱かれでもしたかァ?」
「いえ、これは妹を庇った時に捻って。義勇さんは知らないんです。ところで不死川さん、その肩というか、周りですけど」
「……あー、おォ。ちょっとなァ。今日にでも顔出そうと思ってたんだよ」
 凝っているのか肩を回す男性と、手首に包帯を巻いた少年。聞き覚えのある名前が聞こえて思わずしのぶは目を向けた。その瞬間、しのぶの脳裏に覚えのない映像が見えた。
 広く美しい庭、病院とは違うような部屋に並ぶ寝台、檻のように咲き乱れる藤の花。
 何だろう、この映像は。どこか古めかしいような懐かしいような、切ないような苦しい感情がしのぶの胸に渦巻いた。
 日記にあった夢の話が映像として現れたような光景だったが、しのぶは見てきたかのような錯覚を受けた。
 何だか急に落ち着かなくなり、しのぶはひっそりと下ろしていた髪を手ぐしで掻き集めて顔を隠した。
「お守りはどうしたんですか?」
「いや、財布落とした時に……んだよその顔はァ」
「不死川さんて危機感ないですよね。本当にやばい人なのに」
「うるっ、……うるせェわ」
 怒鳴るように声を荒げた男性はここが病院だと気づいたらしく、小さな声に切り替えたものの文句は言わなければ気が済まなかったのか口にしていた。
「俺が祓えれば良いんですけど。義勇さん呼びましょうか? たぶん今なら事務所にいますよ」
「いや良い。後で行くし」
「そうですか。気をつけてくださいね」
 会話の意味はあまり理解できなかったが、少年は男性に会釈をして病院を後にした。その後ろ姿を眺めていた男性は、どうやら診察に来ていたらしくそのままロビーの待合席へ座った。
 日記を確認しなければ。しのぶの脳裏に過ぎったものは夢由来のものであることは予想がついた。それでも突然思い出すように浮かんだのは妙ではあるが、とりあえずすぐ調べられるのはそれくらいである。
 冨岡。義勇さん。先程の二人はこの名前を口にした。やけにしのぶの目に止まっていたその名前。見知らぬ者たちの会話ではあったが、こんなに近くで耳にするなんて思っていなかった。悲鳴嶼の知り合いというだけだと思っていたのに。

*

「よォ、肩重いどころか痛ェ」
「………」
 ばしんと音を立てて肩を叩くと、現れた男は確認するように肩を回して短く礼を告げた。
 上半身が真っ黒いもやで覆われているなどと、とんでもない状態で現れた不死川に冨岡は思いきり顔を歪めたのだが、本人は慣れているせいかさほど堪えてはいないようだった。
「お守りはどうした。俺と宇髄の特別製だぞ」
「そう言われるとあんま嬉しくねェな。財布に入れてたんだが落とした時に失くしてよォ、探したんだが見つかんなかったわ」
「探すな。余計に悪霊が憑いて来る」
「悪いとは思ったんでなァ。まァ無駄足だったけど」
 こうして不死川が取り憑かれては毎度の如く対処してまわっていたのだが、お守りを渡してからはぴたりと止んでいた。効果を確認できて助かりはするが、根本的な体質改善には至っていない。
「せっかく宇髄が誘ってたのに。そのとんでもない取り憑かれ体質もどうにかできていた可能性もある」
「まァお守りありゃ何とかなるし、俺は出来高制の仕事より安定性を求めてんだよ。さすがに弟が危ねェならどうにかしてェが」
 不死川は公務員だ。確かに冨岡のように不安定な、信用性も難しい仕事は避けたいのだろう。別に職にしなくても構わないとは思うが、師事するなら極めたいということだろうか。
「そういや今日病院で竈門に会ったぞォ。何か怪我してた」
「ああ、捻挫だったか」
 妹が階段から落ちかけ、庇おうとして手首を痛めたとメッセージを貰っていた。気をつけろと伝えると謝りと礼の言葉を送られた。
 わざわざ藤襲病院に行くあたり、炭治郎はまだ依頼人だった者を気にしているようだが。
 容態については時折悲鳴嶼からも連絡が来ている。歩けるようになっているらしく、そろそろ退院も近いのだとか。彼女が退院しようと冨岡にはあまり関係はないが、悲鳴嶼はどうやらまだ冨岡を会わせたいらしい。記憶がないことは察しているだろうに、不思議なことをする。
「とりあえずこれを持ってろ。宇髄に頼んで作ってもらう」
「おォ、悪ィな……お前これ、御札じゃねェか……」
「結界札だ。お前にはお似合いだ」
「うるせェわ!」
 放っておけばすぐに悪霊が纏わりついてくる不死川である。かといって四六時中冨岡がそばにいるわけにもいかないのだから仕方ない。渡した結界札なら数日は保つだろう。たぶん。
 値段を聞いてくる不死川には馴染みということもあり、特別料金で提供している。それを気づかれているのか、顔を出して用を済ませた後不死川は良く食事を奢ってくれるのだが。
「ついでだから宇髄も呼ぶぞォ。腹減ったわ、さっさと片付けろ」
 人を誘うのが苦手な冨岡としては、こうして誘いに乗るのは嬉しかったりする。

「はあー。お前ね、せっかく派手に効き目のあるお守り作ってやったってのに何で失くすかな」
「悪かったってェ」
 不死川が呼んだ宇髄は相変わらず派手な装飾を身に着けているが、そのどれもが霊障に効果のある物であることを冨岡は知っている。
 こちらはこちらで不死川とは別ベクトルで大変な幼少期を送っていたらしく、冨岡が初対面であまりに背負っている霊の量が多いことに気づいて近づけなかった時、見えるのかと声をかけられたのが始まりだった。
 不死川とは違い悪霊以外も引き寄せはするが、憑かれるというよりは磁石のように近寄ってくるというのが正しい。そして力があるものだから、冨岡の近くに寄ってきた霊まで引き剥がしたりした過去がある。
「お前そういや鬼殺隊ってのはどうなった?」
「何だそりゃ」
「……ああ」
 知り合いに産屋敷家のことを確認するついでに宇髄にも鬼殺隊について知らないかと聞いてみたことがあった。知らんと一言返ってきたメッセージを見て冨岡はすぐに話を切り上げたのだが、宇髄は覚えていたらしい。
「産屋敷家に伝わる百年前までの記録だ。去年亡くなった当主が最後の頭目だったらしい」
「産屋敷って、関わりあったか?」
「ないが、養父に聞いて面会してきた。それはもう大体解決してる」
 仕事の話か、と不死川は深く聞くのを止めたようだが、同業者である宇髄は構うことなく続きを促した。一応提携もしている宇髄には言っても良いだろうが、どこまで話すかを迷ってしまった。
「百年前の記憶を持った生霊が来たので手掛かりを探しに行った」
「また何か妙な奴来てんなァ……」
「そいつが鬼殺隊と産屋敷の名を出したから聞きに行った。鬼退治の組織は百年前まで存在してたようだ」
「ほー。随分長生きだな、その爺さん?」
「若い女だ。今は快復してるらしい」
 疑問符を掲げた二人は眉を顰めて首を傾げた。百年前の生霊が若い女とはどういうことか。まあ話だけでは冨岡も理解できなかっただろうと思う。
「抜けた魂に前世の記憶がくっついてきて、自分を百年前の浮遊霊だと思い込んでいた」
「はあ……? また珍しいこともあるもんだな。そんでそいつが鬼殺隊に所属してたってのか」
「ああ。記録には名前も記載されていた」
 冨岡自身いつ死のうとおかしくない仕事ではあるのだが、鬼退治の組織はその比ではなかっただろう。胡蝶が言うには入隊試験から生き残るのは至難であり、無事隊士となっても階級が上がることなく死んでいく者は数え切れぬほどいたという。それでも入隊する者たちが絶えないのは、偏に喪った家族の仇を討ちたいという者が多かったらしい。
 百年前までの時代で、子供であろうと女であろうと刀を振るい戦っていた。
「他に面白いことがあったな?」
 長年関わっているせいか、宇髄は冨岡の一瞬の顔色を見て何やら察したようだった。こんなところまで目敏くならなくても良いというのに、表情が何を考えているかわからないと言われているはずが、宇髄や炭治郎にはばれてしまうのだ。まあ炭治郎は特殊な鼻を持っているのだが、宇髄は単に経験から言ってくる。
「……お前たちは自分の名付け親のことを知ってるか」
「普通に孤児院の先生だろ?」
「うちは死んだお袋だったんだろうけどォ」
 宇髄は孤児院に捨てられていたと聞いたことがあり、不死川は炭治郎のように親が死んで預けられた者だ。冨岡は宇髄と同様赤ん坊の頃孤児院に置いていかれたと聞いているが、その時はまだ名前すらなかった。
「輝利哉さんが名付け親だと聞いた。恐らく間違いない、俺もお前たちも」
「何で俺までェ」
「鬼殺隊の記録にお前たちの名前があったからだ」
 何百年も続く鬼狩りの組織である鬼殺隊の戦闘記録。その最後の一冊に書かれていた名前。産屋敷輝利哉の能力。胡蝶しのぶの墓。そして胡蝶しのぶがこの世に生きている姿は、他人に見えないものを見ている冨岡には信じるに足る話だった。
 直接ではなくともどこかで輝利哉と繋がりがあり、鬼殺隊に縁のある者はその名を授けられている。炭治郎も、悲鳴嶼も。
 その真意は輝利哉本人にしかわからないが。
「生まれ変わりとかいう落ちか。まあ信じないわけじゃねえけど」
「てことは俺らは百年前鬼退治してたってわけかァ」
 荒唐無稽な話を信じる者は多くない。冨岡の周りには幸いにも霊障が見える者が多いが、大多数の人間は眉唾ものだ。誰にでも話せるものではなかった。
「お前はその前世ってのは覚えてんの?」
「覚えてない」
「思い出す可能性ってあんのかァ?」
「どうだかなあ。すでに記憶のある人間に触発されて連鎖的に思い出すとか、ある日突然思い出すとか。まあいくらでも可能性はあるかもしんねえな」
 今まで思い出さなかったからといって、今後もそうてあるとは限らない。それはそうなのだが、自我の薄い子供ならばともかく大人になってからもあるのだろうか。
 思い出していれば確かに、胡蝶の話と整合性も取れただろうが。

 三度目に墓地へ足を向けた時、見知った姿を発見した。相手も冨岡に気づき会釈をして近寄ってくる。
 悲鳴嶼は稼業を知った後も好意的で、良くメッセージを送ってきては調子や予定を聞いてきていた。見えない者が冨岡に友好的に接するのは昔馴染みくらいのもので、胡蝶に会わせようとしているのは少々困りはするが、仕事関係ではない知り合いが増えるのは素直に嬉しいものだった。
「聞きたかったことがあります」
 墓掃除を手伝い終えてひと息ついた時、冨岡は口を開いた。
 見えないものを見るのが不得手になった。胡蝶の見舞いと称して魂を体に戻した時に口にしていたこと。幼少の頃に見えていたものが見えなくなった者というのも中にはいる。悲鳴嶼もそうだったのかと気になっていたのだ。
「霊障が以前は見えていたんでしょうか」
「……以前か。見えたことがあるが、それは私ではない」
「………?」
「百年前のしのぶは私に何か言っていたか?」
 思案しそうになった時、悲鳴嶼は言葉を続けて問いかけた。あの時胡蝶は悲鳴嶼を見て驚きながらも纏わりついて話しかけていたが、見えないとわかると少し寂しそうにしたように思う。百年前の悲鳴嶼を慕っていただろうことは理解した。今もそうなのだろうことも何となくわかる。
「嬉しそうにはしていました」
「そうか」
 冨岡の言葉に笑みを見せて頷いた悲鳴嶼は、遠くへ目を向けながら小さく呟くように話し始めた。
「前世の記憶というのは、きみが思うより覚えている者がいたりする」
「………! 悲鳴嶼さんは、」
「ああ。私は百年前の鬼殺隊のことを知っている。死ぬ間際の記憶まで。……これはしのぶとその姉も知らない。輝利哉様にしか言えなかった。……驚いてるな」
 炭治郎も持っていなかった記憶を悲鳴嶼が持っている。その時代を生きた輝利哉しか知り得なかったことを、悲鳴嶼は冨岡に教えてくれた。
「それで俺を信用できると?」
「いや。記憶の印象がなかったとは言わないが、会って話した結果だよ。きみは信用に足ると感じたからしのぶに会わせた」
 冨岡自身に百年前の記憶はない。それも理解して話したのだそうだ。除霊屋なのだから信じ難いことも信じてくれるだろうと笑った。
 冨岡自身が霊障に悩まされる者にしか身元を伝えたりはせず、見えない者を信じさせることの困難さは身に沁みて思い知っている。冨岡は実際に百年前の記憶から生霊として蘇った鬼殺隊の胡蝶しのぶという存在を見たのだ。前世というものを稀に覚えている者がいるというのも、悲鳴嶼に言われるまで会ったことはなかったが、話に聞いたこともあった。
「見せたいものがあるんだ」
 スマートフォンを取り出した悲鳴嶼は、何やら画像を表示して冨岡へ差し出した。
 古ぼけた写真をカメラに写したもののようだった。集合写真のようで大勢が笑いながら写っている。
「私は死んだので写っていないが、生き残った者たちが撮ったのだそうだ。これが当時の輝利哉様。私もこれを見てやっと皆の顔を知ったんだが」
 女児と見紛う幼い子供を指し、悲鳴嶼が告げる。楽しげに笑う様子は年相応のようにも見える。鬼退治に成功した後の、何の不安もなくなった写真。
「冨岡はここにいる」
 満面の笑みで写るのは、確かに自分に酷似した男だった。こんな笑顔は子供の頃にしたくらいではないだろうか。他の者へ視線を移した冨岡の目に入ったのは、見知った姿だった。
「………!」
「きみの知る顔がいるか?」
「……ええ、何人か」
 炭治郎と禰豆子、不死川、そして宇髄。差し当たって目についたのはその四人だった。今とそう変わらない年頃で、眼帯や傷があるものの面影は色濃い。うり二つだ。
 胡蝶を見た時も感じたものだが、これほど似ているとは。
「しのぶは夢のことが曖昧になっているようだ。忘れていくのか思い出すのか、私にはわからない。確かに寂しいが、無理に思い出させたいわけじゃないんだ。しのぶにもきみにも今の人生がある」
 人の体にはキャパシティがある。一人の体に二人分の記憶を持つのは苦しむこともあるという。それはそうだろう、自分を知らない友や顔見知り、死ぬ間際の記憶など持っていて楽しいものではない。
 胡蝶はいつから夢を覚えていられなくなったのかは知らないが、少なくとも魂を戻してからは薄くなっているようだ。自然と思い出すのなら仕方ないと諦めもつくが、胡蝶の記憶を揺さぶってまで思い出させるのも得策ではない。
「悲鳴嶼さんはいつから記憶が?」
「私は……そうだな。ある日突然というか、偶然産屋敷家の前を通った時に記憶が蘇った」
 高校の頃だったという。突然一気に情報が襲い掛かってきて、その場で動けなくなった。たまたま玄関から現れた産屋敷の孫娘が休ませてくれ、その時輝利哉に会ったらしい。
 混乱したまま何も言えなかった悲鳴嶼に、輝利哉は一言ごめんねと口にしたそうだ。
「同じ名前を付けることが、人生の楔になってしまっていないかと不安だったそうだ。それでも輝利哉様は見えたとおりに名付けていた。生まれ変わって来る者たちに名を与え、いつか友になってほしいと願われていた」
 落ち着いて頭を整理した後、悲鳴嶼は輝利哉の友として彼が死ぬまで関係を結んだという。
「思い出してほしくて名を付けていたわけじゃない。それはわかってほしい」
 頷くと安堵したように悲鳴嶼は笑みを見せた。
 冨岡は名付けに対して憤ったわけではないし、きっと胡蝶の件がなければ知らぬままだったはずだ。それは炭治郎や他の者もそうだろう。
 輝利哉は自ら名乗り出てくることはなく、また名付けたことを知っている者も意を汲んで口にすることはなかった。もしくは輝利哉の意図すら悲鳴嶼以外誰も知らなかったのだろう。何かの拍子に知ることになり、産屋敷家を訪ねれば答えるだけの成り行き任せだった。
 少しだけ、話してみたかったと考えはしたが。
「百年前の私は盲目だった。死の間際を思い出した時、死んだ子供たちが迎えに来てくれたのを見たんだ」
「成程」
「記憶のない者にすんなり信じてもらえることがこれほど嬉しいとは思わなかった。とはいえ記憶とは関係なくきみには世話になったからな。しのぶにも会わせたいとは思っている」
「……世話をしたのは百年前の胡蝶です」
「ははは、確かに。なら今のしのぶとも友になってくれれば嬉しい」
 笑みを向ける悲鳴嶼の様子は、冨岡の目には随分楽しそうに見えた。