眠り姫の巡遊・邂逅

「ひゃあ、お化け!」
 好奇心の限り各地を飛び回っていた途中の一室で、扉を開けた女性が慌てたように部屋を出ていった。
 はっきりとお化けと口にされて、少々自分も驚いてしまった。やはりそうなのかと理解するとともに、何故こんなところで浮遊しているのかわからないまま各地を回っていたわけだが。
 自分はお化け。確かにそうなのだろう。しかし納得がいかない。とはいえ気づかれてしまったからにはここにいるのも憚られた。除霊でもしてもらえば成仏できるかもしれないが、自分はすでに未練など何も残していなかったはずなのに。
「義勇、早く。もやもやいるよ」
「そんなに慌てなくても問題ないから」
 聞き覚えのある名を呼んだ女性の声に、しのぶはつい逃げ出す前に動きを止めた。
 誰かの腕を引っ張って再び現れた女性と、少しばかり困ったような顔をしている気がする男性。見覚えのある姿にしのぶは目を丸くした。
「………。たぶん大丈夫だから」
「たぶんって? 義勇が祟られたりしない?」
「大丈夫」
 もやもやなどと口にした女性は見えていないのか、彼女はしのぶと目が合うことはない。だが連れてこられた男性ははっきりとしのぶへ目を向け、目を合わせて尚女性へ向き直った。
 義勇と呼ばれた男性はそのまま部屋の大きな机へと向かい、何かを取り出して女性の背中を押して部屋を出ていった。
 あの女性は。いや彼は。目が合ったのに見知らぬ振りをするのか。しのぶは混乱しながら壁をすり抜け、室内へと降り立った。
 名前も顔も見覚えがある。かつて同僚として顔を合わせていた彼がいた。何故こんな別世界のような、異国のような場所にいるのか。しのぶを覚えていないのは何故か。先程の女性は一体誰なのか。気になることは山程あるが、一先ずしのぶは辺りを見渡した。
 片付いているのかいないのか、部屋はさほど散らかってはいないが窓際に近い机の上は書類が乱雑に置いてある。本棚がいくつか壁際に、部屋の真ん中にはもう一つ脚の低い卓が置いてあり、そばには高そうな椅子のようなものもある。異国に移住でもしたのかと考えたが、言葉はしのぶも聞き取れるものだ。
 自分は死んだはずだ。お化けと言われたのだから間違いない。自分がこうして浮遊しているのがおかしいのだろう。だがかつての同僚が自分を見ても、何の感慨もなさそうな様子なのが少し気に食わなかった。
 しのぶが部屋を眺めていると、一人分の足音がこちらへと戻ってくる。はっきりと目が合ったのだからしのぶのことは見えているはずだが、逃げるべきか留まるべきかを悩んでしまった。
 見えているなら成仏させてほしいと言えばお祓いをしてくれるところに連れていってくれるだろうか。それとも姿が見えるだけで声は届かないかもしれない。しのぶはこの浮遊している間、誰も声を聞いてくれる人がいなかった。色々聞きたいこともあるが、このまま浮遊しているのも駄目な気がする。しのぶは生前誰かの霊を見ることはなかったが、浮遊霊を放置していては悪霊になる可能性だってあるだろう。自分がそうなるのは嫌だ。何とかして意思疎通と除霊を頼みたいが。
 扉が開き顔を出したのは、義勇と呼ばれた同僚だった。真っ直ぐ散らかった机に向かい、今度こそ椅子に座った。何やら机にある見たこともないものを操作している。
 それは何ですか。ここはどこですか。あなたは冨岡さんですか。聞こえるかどうかはわからないが、とりあえず聞きたいことを口にしてみた。答えが返ってくるかもわからないまま、しのぶは更に問いかけようとした。
「……俺を知ってるのか」
 部屋の中には男以外の人間はおらず、独り言とも思えない言葉を穏やかな声が紡いだ。宙を浮遊していたしのぶが振り向いて男へ顔を向けると、机に座った男がしのぶへ目を向けていた。
『聞こえるんですか!?』
「聞こえる」
 誰にも聞こえなかったのに。感覚がないとはいえ、しのぶは会話をしたのが随分久しぶりのような気がして安堵した。
『冨岡義勇さんですか?』
「……そうだが、どこぞの依頼中にでも見かけたか」
 訝しく眉根を寄せた冨岡が、何故名前を知っているのかと問いかけた。会話。会話ができる。しのぶの記憶が確かならば、相手はあの人付き合いに難のあった冨岡と。思い出してきた。目の前の彼はしのぶとなら話をしてくれていたのだ。
『依頼中とは? 私はこうなってからお会いするのは初めてです』
「じゃあ何で知ってるんだ」
『同僚でしたから、それくらい覚えていますよ』
 冨岡の目が丸くなり、驚いたことを察した。訝しげだった表情に更に眉間の皺が増え、しのぶをじっと見つめてくる。
 しのぶが死んでから世間は目まぐるしく変わったのか、とにかく見たこともないものばかりだった。相変わらずここはどこなのかわからないが、知った顔があるだけでも安心してしまっていた。
 どんな顔をされてもしのぶが見えているのだから贅沢は言うまい。
「……名前と生年月日を教えてくれ」
『胡蝶しのぶです。二月二十四日生まれ、年は明治の』
「……明治……」
 名乗らなければならないことにも少なからず寂しい気分になったのだが、妙な顔をして呟いた冨岡は、額を押さえながらも机に置いてあるものを眺めていた。それは何なのかと問いかけると、少々困りながらも機械であることを教えてくれた。
『ぱそこん』
「データの入出力とか通信、……何か色々できる。まあそれは覚えなくて良い。胡蝶といったな」
 誰かから名を呼ばれるなど久しぶりで、しのぶはつい緊張したように背筋を伸ばした。落ち着かせながらも一応頷くと冨岡は手招きし、機械を見るよう促した。そこには何やら文字が書かれている。
「この国の元号だ。明治が四十五年、大正は十五年まで」
『まあ、大正が十五年ですか?』
「ああ。次は昭和、六十四年。平成が三十一年まで。そして令和。今は令和だ。お前が生まれた頃から百年以上経っている」
 疑問符が飛び交っていた頭のまま唖然としたしのぶだが、想定内だったのか、冨岡は顔色も変えず淡々と教えてくれた。
 別世界のような街並みは間違いなくしのぶの生まれ育った国の未来の姿で、しのぶは百年前の人間なのだという。この現世、百年の間の移り変わりは目覚ましかったらしいが、俄には信じられなかった。まあ自分が浮遊霊であることがまず信じられないことではあるが。
 ということは、目の前の冨岡は百年前しのぶの同僚だった冨岡ではなく、いうなれば生まれ変わりのようなものなのだろう。同じ名前であるのも顔がうり二つなのも何だか不思議だが、しのぶを知らないことに納得はできた。それにしたって信じられないことではあるが。
 何せしのぶが意識を持った時、すでに世間はこの通りだったのだ。百年経っているなら百年間飛び回っていれば、ここまで驚くことにもならなかっただろうに。
 それを小さく口にすると、冨岡は考え込むように口元に手を当てた。
「いつからその状態だったんだ」
『わかりませんけど、確か桜と雪は一回は見ましたねえ』
 一年経つか経たないか、と呟いた冨岡はまた黙り込んだ。
『私、成仏したと思うんですけど。満足して死んだはずなんです』
「浮遊霊とは違うと思うが」
『はい?』
 しのぶの姿は死んだ時のままだ。最愛の姉の羽織を着て、隊服を纏い刀を差している姿。馴染みのある姿だが、浮遊霊とは違うと言われてもそれも何か妙な話である。
『冨岡さんは霊障に詳しい人なんですか?』
「除霊屋だ」
 取り出してしのぶに見せた小さな紙には、冨岡除霊事務所と書かれている。その下には冨岡義勇という名前。身元を示すものなのだそうだ。
『除霊屋……なら私も除霊してもらえるんですか?』
「……いや、」
『ええ……? 死んだ者が此岸にいるのはおかしいことじゃないですか』
「お前は生霊だ。元に戻すのが依頼内容になる」
『生霊……? って、私はもう死んでますってば』
 妙なことを口にした冨岡にしのぶは首を傾げたが、本人は大真面目らしく表情はさっぱり変わらなかった。しのぶの知る冨岡も表情の乏しい人ではあったが、一体どういうことだろう。
「その辺は良くわからんが、糸が出てる以上は生霊だ」
 冨岡が指した先はしのぶの胸元。白く思えるような細い糸が隊服の合わせから確かに出ている。指で糸を押し上げても感触はなく、目で辿っても数十センチメートル程先で見えなくなっていた。
「薄すぎて見えない。辿るのは無理だな」
『私の体が生きてるって言うんですか!?』
「そうだ」
 そんなはずはない。しのぶは確かに死んだのだ。何もかも鬼に取り込まれて死んだ。骸も残らずに。
 百年も経っていて生きていることもおかしいはずなのに、糸があるから生霊などと冨岡は宣った。隊服がほつれているだけかも知れないのに。まあ、ただの糸ではないことは何となくわかりはするのだが。
「胡蝶しのぶ。生前は何をしてた?」
『……鬼退治』
 落ち着かなくても冨岡は問いかけてくる。渋々しのぶは口を開いた。
 夜な夜な鬼を殺してまわる鬼殺隊の一員だった。鬼の首魁を目指したあの夜、しのぶは仇である鬼が地獄に向かうのを見届け、きっちり仇討ちを完遂させた。今が百年後の未来ならば、きっと鬼舞辻無惨は無事討ち取ったのだろうと思う。誰が生き残ったのかはわからないが。
 人知れず戦っていた鬼殺隊は、鬼を知らぬ者たちからは存在すら知らないようなものだ。
「鬼退治……百年前か」
『……信じるんですか。鬼に取り込まれて遺体も残りませんでしたから、私の体が此岸にあるはずがありません』
「除霊屋なんかやってると妙なことはいくらでもある。……お前は俺の名前と顔に覚えがあるんだろう。この時代に生まれたお前がいる可能性がある」
 冨岡の一言にしのぶはまたもあんぐりと口を開けた。生まれ変わりのようなものだろうと仮定したことを、冨岡も考えたらしい。
『………! そ、ういう……い、いやでも、それでもおかしいですよ、私は鬼殺隊の胡蝶しのぶです。まさか記憶が私のままで生きていたなんてこと』
「まあ、記憶があったとしても百年前のままではないだろうな」
 この世に何年かでも生きていたならば。そう、そうだ。だとしたらやはり、しのぶが生まれ変わって生きていたとしても別人のはずだ。
 調べてもわからない可能性もあるが、動かなければこのままであると冨岡が言う。この時代に生きている可能性のあるしのぶの体を見殺しにするのならば、放置すれば良いと冨岡は突き放した。
『そんなこと……。……私が戻りたいと言ったら戻してくれるんですか?』
「………。勝手に戻ってくれるのが一番良い」
 まあそうだろう。除霊屋などというのだから報酬は請求しているのだろうし、今のしのぶではそんなものを払えるかもわからない。戻ったとしても自分の体が今幾つなのか、自由になる金銭があるのかもわからないのだ。法外な金額を要求されても困る。
 まあ、恐らく目の前の冨岡は、しのぶが知る彼とも良く似ているので。
『どうすれば手伝ってもらえますか?』
 戻りたいと言えば手助けはしてくれるだろうと思えた。
 しのぶの知る冨岡も、困った人ではあったがしのぶ自身を邪険にすることはなかったし、案外お人好しな部分もあった。彼は本人ではないが、名前も見た目も、話し方も。全てにおいてうり二つなのだ。

「来客中すまない、義勇……あれ」
「合ってる」
「あー。どこにいるんだ? ごゆっくり」
「こっち。ゆっくりさせてどうするんだ」
 扉を開けて入ってきたのは宍色の髪をした男性だった。冨岡と同年代のように見えるが、気安い様子は恐らく間違ってはいないだろう。
 彼は錆兎というらしく、全く霊感はないが手伝いをしてくれているのだという。冨岡が指した先にいるしのぶに向かって声をかけてはくれるのだが、如何せん視線が噛み合わないので少し残念だ。冨岡しかはっきりと見えて話せる人がいないのだろうか。
「これ、持ってきたから置いとくよ。また何かあったら連絡くれ」
「ああ。真菰に大丈夫だって念押ししといてほしい」
「何を急に……ああ、そこにいるお客さんの話か。わかったよ」
 用件を終えたらしい錆兎はすぐに部屋を出ていった。
 はて、真菰とは誰だろうか。少々気になってしまうと同時に最初に部屋へと顔を出した女性のことも思い出した。
 結局あれは誰だったのか聞いてみようかと考えて、口を開こうとするよりも先に冨岡はしのぶへ問いかけてきた。
「鬼退治は一人でやってたのか?」
『いえ、鬼狩りの組織がありました。鬼殺隊といって、数百人規模の部隊です』
 鬼殺隊の当主である産屋敷家を筆頭に、鬼を狩る隊士たち、事後処理隊の隠の話を口にした。産屋敷の名を聞いて冨岡は一瞬止まり、少し考え込んだ後口を開いた。
「……産屋敷家か。比較的すぐ手掛かりは見つかりそうだな」
『産屋敷家をご存じなんですか?』
「知り合いと交流があったはずだ。輝利哉さんは去年、」
『輝利哉さん? 産屋敷輝利哉様ですか?』
 しのぶが驚いたことに目を丸くした冨岡だが、すぐに表情を戻して頷いた。
 産屋敷輝利哉。しのぶが生きていた時、当主である耀哉のそばにいた幼子だ。跡を継いだのは鬼舞辻無惨との戦闘が始まる直前だった。まだ八歳の子供だった少年。
「百年を生きた大往生だった。輝利哉さんは去年この世を去ったと聞いてる」
『………、……そんなに、ですか。百年……そうですか』
 言葉に上手くできないほど、しのぶは安堵のような嬉しさが渦巻いた。呪いの進行で若くしてこの世を去っていた産屋敷家の血が百年の時を生きたという。それを聞いて間違いなく鬼舞辻無惨は討たれたのだと確信した。
 あまりに嬉しくて拝んだり飛び回ったりしていると、控えめな声がしのぶにかけられた。
「知り合いか」
『ええ、ええ。私が隊士だった頃のお館様は輝利哉様のお父上である耀哉様でしたが、お姿も良く存じ上げています。そうですか……冨岡さんたちが頑張ってくださったんですね』
「……百年前のか。そうなんだろうな。輝利哉さんが存命であれば話も聞けただろうが」
 自分ではない冨岡の話をしていると理解した冨岡は、少々妙な顔をしながら口にした。その言葉にしのぶは首を横に振る。
『構いません。産屋敷家は鬼の呪いで短命でありましたから、百年なんて時を過ごされたのならきっと満喫されたことでしょう。お会いしてみたかったのは間違いありませんが』
「ご家族ならば連絡も取れるだろう。知り合いに聞いてみる」
『ありがとうございます! 楽しみですねえ』
 明らかに浮かれているのがしのぶ自身ばれているだろうと思いつつ、部屋中を浮遊することをやめられなかった。しのぶが礼を告げた時、冨岡は少しばかり呆れにも似た目を向けたが、引き結んでいた口元がほんの少しだけ綻んだのをしのぶは見た。

『ねえねえ冨岡さん。ついでだから聞きますけど、部屋に入ってきたあの女性はどなたなんですか?』
 冨岡の知り合いに機械から連絡をすると聞き、仕組みのわからないしのぶはとりあえずその様子を眺めていた。
 ずらりとボタンが手元に並んでいて、それを素早く押し込むと目の前の四角に文字が浮かぶ。何故ボタンを押しただけで文字が出るのかと問いかけても、冨岡はそういうものだとしか教えてくれなかった。機械というものに馴染みが全くないしのぶは、とりあえず説明を請うのを諦めることにした。
 この時代に意識を取り戻したしのぶは会話ができる相手がいなかったせいもあり、冨岡にあれやこれやと質問していた。甲斐甲斐しく答えてくれる冨岡は、しのぶの知る冨岡より口数の少なさは緩和しているような気がした。
「女性……? ああ、昔馴染みだ」
『へえ、昔馴染み……可愛らしい方でしたね』
「そうだな」
 可愛らしいという言葉に冨岡はすんなり同意した。距離が近くて驚いたが、もしやそういう関係なのだろうか。そういえば街にはやけに近い距離で男女が歩いていたりもした。手を繋いでいる男女もいて驚いたものだが、街中で口づけを交わしていた二人を見た時しのぶは逃げ出すようにその場を離れたりもした。
 しのぶは診察や訓練の時に異性に触れることは確かにあったが、あんなふうに自由恋愛を楽しんだことはない。ほんの少しだけ興味はあるが、生身ではない今のしのぶにも無理なことである。
『……冨岡さんは、街中で女性と手を繋いだりするんですか?』
「……真菰と?」
 先程聞いた女性の話がまだ続いていると思ったらしい冨岡は、場合によっては繋ぐと口にした。あんまり想定外な答えにしのぶは唖然としてしまった。
『冨岡さんが年頃の娘さんと手を……ええと、外を回っていたら良く見かけて、周りの方も驚いていなかったので、今の時代は普通なんですか?』
「………、手を繋ぐ関係ならまあ、そういうこともある」
 何だか急に知らない人間のように感じてしまった冨岡の答えは、しのぶにとって衝撃だった。
 手を繋ぐ関係とは、所謂自由恋愛の末に結ばれた相手ということだろう。そういう相手とならば街中で手を繋ぐことを厭わない。あんなに人を避けていた冨岡がそんなことを。いや別人なのだからそういうこともあるのだろうとは思うが。
 如何せん顔と名前が同じなせいで、しのぶの知っている冨岡がそんなことを言っているのかと困惑してしまった。
『真菰さんがそのお相手ですか?』
「違う」
『違うのに手を繋ぐんですか。いたことはあるんですか? その関係は解消できるものなんですか?』
 眉を顰めた冨岡が天井へと視線を向けた。
 言うことを考える時、冨岡が困った時に良くしていた仕草だった。そんなところまで同じなのかと驚いてしのぶは冨岡を眺めた。
「大正だろうと離婚した夫婦はいただろう。夫婦になる前の試用期間のようなものだ。真菰は子供の頃から知ってるからだが」
『ああ、まあ確かにそのようですね。成程、わかりました』
 この冨岡と恋仲になるような女性がいたとしたらどんな人物なのか気にはなるが、困っているようなので続けるのも何だか悪い気がする。気を遣って話を終えようとしたのだが、冨岡は続きを促すかのように問いかけた。
「……お前は結婚しなかったのか。大正なら結婚しない者は奇異の目で見られもしただろう」
『あら、今は違うんですか? まあ私はしてませんよ、する暇もありませんでしたし。鬼に家族を殺されてから、ずっと仇討ちばかりを考えてました。死んだのは十八の時ですし』
「……早いな」
『鬼殺隊なんて強くなければすぐ死ぬ仕事ですからね』
 速さがあろうと総合的に見ればしのぶの身体能力は劣っていたし、それを補うための毒の開発だったのだ。残した者たちには悪いことをしたとは思っているが、後悔はなかった。
 そう考えていたのに、冨岡はやり残したことを問いかけてきた。
『いえ、特には。……ああでも、この時代のことは良く見ておきたいですね。鬼のいない世界がどれほど素晴らしいものか。冨岡さん付き合ってくださいよ、色々ご存じなんでしょう?』
「………。一人で回ってくれば」
『今まで一人だったんですから、ちょっとくらい良いじゃないですか。私とお話してくれたのは冨岡さんが初めてなんですよ。仕事に向かうついでにでも良いですから』
 冨岡の仕事は除霊屋なのだが、他ならぬ冨岡から生霊判定を食らったのだから除霊されたりはしないだろう。つつく振りをしてみせるとまた見覚えのある表情をした。つい含み笑いを漏らしてしまったが、溜息を吐いた冨岡は恐らく予想通りの言葉を口にするだろう。
「……仕事のついでだからな」
『ええ、ありがとうございます』
 押しに弱いのも変わっていない。話せば話すほどしのぶの知る冨岡との違いがわからなくなりそうで複雑な気分ではあったが、浮遊し続けていた頃に比べればだいぶ良い。
 覚えられていないことに寂しい気分になるのは変わらないが、覚えていても苦痛を伴いそうだとも思う。一人の人生に二人分の記憶があるなど、きっと辛いこともあるだろうとも感じていた。