運命の人探し・ご対面
春休み最後の土曜日、蜜璃はその日を今か今かと待ち侘びていた。
天使に会える。恋人も気になるけれど、やっぱり蜜璃の頭は天使でいっぱいだった。義勇だけが知り合ってしまったのはなんだか寂しいけれど、きちんと四人で会う約束をしてくれたのだからそれでいい。
義勇は蜜璃の話に同意し、確かに天使っぽかったと頷いてくれたのだ。羽はなかったと報告してくれたが、人前では隠しているのだと言うと納得しかけたのに、背中がごわついている感じはなかったとかぶりを振った。
天使の羽はきっと出し入れ可能なのだ。素性を隠して下界に下りて人のふりをしているのだと言うと、天界に帰ったら友達になれないと義勇に言われて蜜璃は押し黙った。そんな話をしていた時に待ち人たちに声をかけられた。
ぱっと振り向いた時、最初に目が合ったのは炎みたいな男子だった。溌剌と笑って冨岡に挨拶をして、蜜璃へと目を向けた。
全身がきらきらしている人だった。義勇と背丈が変わらず蜜璃よりも背が高い。炎のような髪が跳ね返っている部分が動くたびにぴょんぴょんとして可愛い。蜜璃に笑顔で話しかけてくれる彼の声をあんぐりとしたまま凝視していた。天使に目をやる暇がなかった。
格好良い。きらきらしていて、格好良くて眩しい。落ち着いた義勇とは正反対の格好良さだった。
「はっ。か、甘露寺蜜璃です! 遊びに誘ってくれてありがとうございます!」
ふと我に返った蜜璃は深く頭を下げて挨拶し、隣にいる天使へと目を向けた。あの日見かけたままの、あの時よりも可愛く見える気がする天使が目の前にいて蜜璃を見ていた。マスクをしていてわかりにくいが、なんだか妙な表情をしているようにも見えた。しかしすぐに色違いのきらきらの目が細められて蜜璃の胸は高鳴った。
格好良い人が煉獄杏寿郎と名乗り、天使の名前は伊黒小芭内だと教えてくれた。どんな字を書くのかわからないが、珍しい名前に蜜璃は興奮した。
義勇と並べばさぞお似合いだろうと考えていたが、煉獄と伊黒が並んでも素敵だった。何故あの文化祭の時、天使だけしか見ていなかったのかと後悔するくらいである。それほど二人揃うと相乗効果できらきらしていて、蜜璃の目は非常に幸せだった。
煉獄は蜜璃に色々話を聞いてくれて優しい。朗らかで笑顔が素敵で、二人が剣道をやっているということも教えてくれた。部屋に行ったことのある義勇は賞状が沢山あったと教えてくれて、もしかしたら義勇と同じくらい強いのかもしれないと尊敬の眼差しで煉獄を眺めた。伊黒も同じくらい表彰されてきたのだとか。
義勇の見立ては本当に間違いなかった。今までこんなに格好良くて優しい人など義勇しか知らなかったけれど、蜜璃の目は現在三人のきらきらに囲まれて大変幸せだった。
近くのファーストフード店に入って広めの席を確保し、蜜璃は普段通りメニューを注文した。受け取ってから気づいた蜜璃はこっそり義勇に一緒に食べようと言おうとして、煉獄が持っているトレーの量の多さに目を丸くした。
蜜璃と同じくらい頼んで席へと運んでいる。伊黒はトレーもなくジュースを持っているだけなのに。
「れ、煉獄さんはよく食べるの?」
「俺より食べる人を見たことがないな! すまない、気をつけよう」
「あ! い、いえ! 私もよく食べるから……」
蜜璃のトレーには煉獄と同じくらいの量が乗っており、義勇のトレーはメニュー表にあったセットものだ。食べる量を見て驚かれるのは慣れていたが、同じような人を見たことがなく蜜璃が驚いてしまった。
「なんだ、そうか! 気にしないで食べるといい、俺も気にしないからな! 小芭内はむしろ少食だから、足して割ればいい感じになるとかよく言われるぞ。小芭内は好きなものを食べているところを見るのが好きだと言ってくれるが」
「わかる」
煉獄の言葉に義勇がひっそり頷いた。
だからたくさん食べてほしい、と伊黒が言っていると煉獄は教えてくれ、伊黒もうんうんと頷いて目を細めてくれた。
蜜璃が感動して二人に熱い眼差しを向け、嬉しくなって隣にいた義勇に顔を向けると、彼もまたきらきらした目を二人へ向けていた。
感動した時や嬉しい時、義勇は子供の頃のように目がきらきらと輝くのだ。いつも人から驚かれて肩身狭く感じていた蜜璃を知っている義勇は、何も気にしない煉獄たちに感動したのだろう。蜜璃も感動したのだからわかる。
「小芭内は食べるのもゆっくりだから、大体同時に食べ終わるんだ。バランスが取れている」
「義勇さんも一緒! 私たちもいつも同じくらいに食べ終わるの」
幸せだ。格好良い人と可愛い子が目の前にいて、蜜璃を変だとも言わずに受け入れてくれる。義勇は隣で嬉しそうにしているし、蜜璃の心臓は張り裂けそうなほどどきどきして、四人で会う今日が最高の日であることは間違いなかった。
「入学式はもう終わったんだったな小芭内! 今度は会えませんでしたね」
「母親といた。……なんで敬語に戻ってるんだ?」
義勇に問いかけられた煉獄は少し照れたような顔をして(可愛い!)、謝りながらあの時は狼狽えたからと蜜璃にはわからない理由を口にした。
義勇は謝ってほしいわけではなく、敬語を使わないでほしいと言いたいのだろう。蜜璃も敬語はあまり好きではなかった。
「外してほしいんだが」
「しかし、先輩であることは間違いないので!」
ほら、やっぱり。義勇の気持ちはわかる。部活では上下関係というものが厳しく、義勇も蜜璃もそこで反発したいとは思わないが、彼らとは上下関係など関係なく知り合ったのだから必要ないと思うのだ。現に蜜璃は敬語じゃなくていいかと煉獄と伊黒に早々に問いかけて、快諾してくれて今に至る。敬語を使われないのは気にならなくても、使うことは気にするらしい。
「敬語って距離感じてあんまり好きじゃないのよ。私もそう!」
「俺は剣道部じゃないし、この前はちょっとタメ口だった」
「うっ。……まあ確かに。先輩であることには変わりないが、それなら敬語はやめることにしよう!」
煉獄から了承されて義勇もやけに嬉しそうだ。伊黒は義勇と同い年だからそもそも敬語の概念はないのだそうだ。天使も普通にタメ口を話したりするらしい。可愛い。
「義勇さん元々友達作るの苦手だから、もうお友達ができて良かったわ!」
蜜璃は元気いっぱいだが、出会った時から義勇は大人しく控えめな子だった。小さい頃はいつも蜜璃から話しかけて会話が始まっていた。蜜璃とはたくさん話をするけれど、クラスになかなか馴染めないと言っていたこともある。
義勇の部屋に遊びに行くと、昔はよく部屋で大人しく本を読んでいたり将棋をしていたり、インドアな遊びが好きだった。護身術を習い出してからは体を動かすのが楽しくなったらしく外でたくさん遊び始め、今では通知表の体育の欄は一番成績が良くなっているのである。
「身体能力が高いんだな。剣道やってみたら強くなるかもしれないぞ!」
「義勇さんがやるなら私もやってみたいわ!」
うんうんと伊黒は目を細めて相槌を打ち、そのたびさらさらした黒髪が揺れる。この天使が煉獄と同じくらい強いだなんて、こんなに可愛いのに格好良いなんて凄い、と蜜璃は目を輝かせた。
しかし。
弾む会話がふと途切れた時蜜璃は気がついた。
四人で会ってからしばらく会話を楽しんでいたし、天使が想像どおり天使のように素敵な人であることもわかってきたが。
蜜璃は未だ伊黒の声を聞いていないのである。
「何か食べたいのか?」
「ち、違うよっ!」
もじもじしていると小腹が空いたと勘違いした義勇が問いかけてきたが、初めて遊ぶ二人の前で少し恥ずかしかった。そわそわと隣の義勇の服の裾を引っ張って弄びながら、蜜璃はおずおずと口を開いた。
「私まだ伊黒さんの声聞いてないわ。マスクもつけたままで……風邪引いてるの?」
「いや、引いてないぞ! マスクはいつもつけてるやつで、痛っ」
伊黒が煉獄を小突いたらしい。煉獄のセリフのどこに気を悪くしたのかはわからないが、天使といえど機嫌を損ねることもあるらしい。なんだか親近感を抱いて蜜璃の胸はまた高鳴った。
「しかし、さすがにもう限界じゃないか? 俺はわかるなら早いうちがいいとあれほど言ったんだが、小芭内は頑固でな」
「頑固な天使でも可愛いと思うわ!」
「………」
額を押さえて顔を顰めた伊黒は深く溜息を吐いたようだが、一体何があったというのだろうか。天使にだって個人差はあるだろうし、義勇もたまに頑固なところがある。それも個性だと褒めたくて蜜璃は励ましたのだが、逆に顔色が悪くなったようだった。不要なことを言ってしまったのかもしれない。謝ろうかとした時だった。
「……ああ、性別のことか」
「言うんじゃないっ!」
黙っていた義勇が理由らしきことに思い当たったようで、ふいに一言口にすると瞬時に荒げた声が義勇へとかけられた。
対面に座っていた伊黒が椅子をがたつかせて立ち上がり、義勇の胸ぐらに手を伸ばそうとしている。どこかで聞いたことがあるような声が伊黒の声なのだと蜜璃に理解が及んだ時。
「………、……えっ。お、男の子っ!?」
声変わりした義勇と同じくらい、なんなら低いくらいの声が伊黒の地声であることに、蜜璃もまた椅子をがたつかせて驚いたのだった。
「……ごめんなさい……」
「いや、いいんだ。俺がこんななりをしてるから悪い……」
盛大な勘違いにようやく蜜璃は気づき、深く項垂れて伊黒へ謝った。天使――伊黒もまた申し訳ないと口にして、互いに頭を下げ合う。羞恥で蜜璃の顔は真っ赤だったが、後ほど義勇は伊黒の顔も真っ赤だったと教えてくれた。
伊黒のことを女の子だと思っている蜜璃のために夢を壊さないよう黙ってくれていたらしい。話さないと人となりもわからないと煉獄は注意したそうだが、幻滅させないため声を出さないように気をつけてくれていた。格好良くて可愛い上に優しい。最高の人柄である。
しかし、男の子だったのか。そうなると義勇にぴったりな人としてはさすがに難しいだろう。困った、蜜璃の大好きなきらきらを持っている人なのに、伊黒以上の人がいるとは思えないのに。
「残念だわ……こんなところにハードルがあるなんて……」
「な、何がハードルなんだ?」
どこか焦りを見せた伊黒が問いかけてくる。焦っていても格好良い、と蜜璃の胸は毎度の如く高鳴った。
いや、今は蜜璃の心臓などどうでもいい。心配そうな彼の顔を見ながら問いかけられた言葉に、もしかしてもしかすると、伊黒はハードルなどものともしないのかもしれないと期待が膨らんでいった。
「伊黒さんは愛があれば性別は関係ないのね!?」
「あ、愛? い、いやその、こちらこそいいのかっ?」
「もちろんよ!」
後に義勇はこの時の蜜璃が暴走し始めたことで静かに諦めかけたのだと語った。
あまりの嬉しさに天使の肩を掴んで揺すってしまったが、喜んだ蜜璃が続けた言葉は伊黒にとって衝撃だったらしい。
「だって義勇さんと並んだらとっても素敵だもの! 日本には昔からそういう文化があったらしいわ! 性別が同じでも大丈夫よ天使だものね!」
驚愕したらしくキラキラの目が大きく見開いて、あ、とかう、とかあまり意味のない声が伊黒から漏れた。隣には同じく驚愕した煉獄がいたらしいが、蜜璃はもはや夢見心地であった。
「ちょ……いや……、て、天使は続行なのか?」
「もっと突っ込むところあるぞ小芭内!」
「え? だって伊黒さんは天使でしょう? あのね! 義勇さんもとっても可愛いから絶対好きになるわ! 私が伊黒さんに義勇さんを好きにさせてみせるもの、頑張るわ!」
「俺は頑張らなくていいか?」
「義勇さんも頑張るの!」
「そうか……」
ノリの悪い義勇の背中を叩き、蜜璃は決意を新たに拳を握った。こんなに可愛い天使が男の子だったことには非常に驚いたけれど、それでも蜜璃の心臓は高鳴ったままだった。
「……俺たちも……相当頑張らねばならないかもな……」
「うう……ちくしょうめ……」
冨岡が少しばかり文句を言っていた甘露寺の暴走していく姿を目の当たりにした杏寿郎は、項垂れて拳をぶるぶると震わせる小芭内とともに早速困り果てていた。
「……まずはあの男を御さなければ彼女に近づけもしないということだな……。さらに勝たなければ任せられないと、そういうことなのだろう……ナイト気取りのいけ好かない野郎め……」
「……成程!」
単に甘露寺が周りを置いてけぼりにしているだけだと思うが、小芭内には冨岡からの挑戦状だと受け取ったらしい。まあ、彼も半端な人間に彼女を任せられないと言っていたので、そういう意図が無意識に含まれていたのかも――いや暴走したのは甘露寺なので、やはりそんな意味合いは込められていないと杏寿郎は考えたが、ちょうど冨岡がこちらへ振り向いた。
「……煉獄は、蜜璃の暴走を止めることができるか?」
「甘露寺の?」
何を言い出すのかと小芭内が不審そうな顔を向けた。杏寿郎が首を傾げると、未だ一人の世界に入り込んでいる甘露寺へちらりと視線を向け、冨岡は口を開いた。
「さっき。……話聞かなくなることがちょくちょくあるんだが、あれを止められる奴がいるなら、」
「――お、俺が甘露寺を止めるし一生大事にする!」
「――えっ!?」
突然宣誓の如く叫んだことでどこかから鐘の音の幻聴が聞こえてきた気がしたが、声を荒げた小芭内の言葉はきっちり甘露寺の耳に届いたようだった。目を丸くした冨岡とともに、意味を理解したらしく真っ赤な顔を晒した彼女は杏寿郎の目から見ても愛らしかった。
しかし。
「……あ、で、でも私……ぎ、義勇さんにお似合いの人を探さないと……」
「いやそれは、」
「それなら心配はいらない! 俺が彼に似合う人間になれるよう努力しよう!」
「えっ?」
小芭内の告白を受け流そうとした甘露寺だったが、杏寿郎はここぞとばかりに乗ることにした。
小芭内のことだけではなく、自分自身もどうにか進展したいと思っていたのである。いやまあそう簡単に行きはしないと思ってもいたので、正直三足飛びくらいには勢いがついてしまった気はしている。しかし今しかない。そう思ったから口からまろび出てきたのだった。
「え……ほ、本当に!? やったわ義勇さん! 義勇さんの推しが恋人になってくれるって!」
「こい……え?」
「ずっと男前だって言ってたものね! 天使に見向きもしなかったんだから、きっと義勇さんは一目惚れだったのよ!」
ぽかんとした冨岡を置いてけぼりに、甘露寺は嬉しそうに言い募る。杏寿郎にとって大変喜ばしい言葉を。
一目惚れ、と呟いた冨岡が甘露寺に手を取られてなすがままになっているが、段々と頬に赤みが差してきたのは見間違いではないだろう。
「きみは俺が嫌いか?」
「え。いや、好きだ」
「じゃあなんの問題もないな!」
「そ、………。……そうか……」
「いや、流されすぎだろ」
そのまま黙っていてくれればいいものを、我慢できなかったのか小芭内が冨岡へ突っ込みを入れた。腕を組んで悩むようなポーズを取った冨岡に、よもや撤回されるのではないかと杏寿郎は焦ったが。
「………。……ううん……いや、まあ、いいかと……」
「なっ……いいのかっ!? き、貴様本当に好きなんだろうなっ!? 杏寿郎はすごく良い奴なんだからな!」
「わかってる。お前だって蜜璃を泣かせたら転がし祭りの刑だからな」
「何だそれは!?」
不穏な単語が冨岡から出てきたが、小芭内を脅さずともそれに耐え得る根性はある。そもそも目を瞠るほどの熱烈さを見ていた杏寿郎からすれば、甘露寺を泣かせるなど想像もできないことだった。そういうわけで冨岡の心配は無用のものだと思われたが。
「そっかあ……ということは私も天使に一目惚れを……あの電撃は恋の衝撃だったのね……」
なにやらまたも妙なことを口にして一人納得している甘露寺が夢見心地になっていたが、天使イコール小芭内の図式はすでに周知の事実であり、その言葉で小芭内の顔は赤黒くなっていた。やがて甘露寺も頬を染めたまま小芭内によろしく頼むと頭を下げたので、結局はうまく収まったのである。
おそまつ。