運命の人探し・思惑巡る

「冨岡先輩!」
 制服の採寸と説明会を終えた義勇は、帰り道を一人散策しながら歩いていた時のことだ。母からは先に帰ると告げられ、ぼんやり辺りを見渡しているとひと際大きな屋敷があった。
 古き良き日本家屋。庭が広くて蜜璃の家の松の木よりも大きな木が立っていて、奥にはなにやらもう一軒屋敷が立っている。門の横に小さく煉獄道場と書かれた表札があった。
 呼び止められた先にあの炎があって驚いたのか心臓が激しく反応してしまったが、どうやら目の前の大きな屋敷が彼の家のようだった。
 なんだか見ているだけで背筋が伸びる。ぽかんと家屋を見上げていた義勇は、嬉しげに玄関から現れた煉獄に落ち着かなくなった。
「煉獄」
「まさか来てくれたとは! いつ連絡くれるのかと気になっていたところです」
「いや、来るつもりは……高校の説明会があったから」
 義勇からすれば隣町にある高校に入学すると伝えると、どこかがっかりしていた煉獄は納得したように笑みを向けた。この後の予定を聞かれ、あとは帰るだけだと告げると腕を掴んで中へと無理やり連れ込まれた。
 なんだか押しが強いが、義勇は蜜璃に慣れて流されることが多いせいか、割とぐいぐい来る者は嫌いではなかった。あまり自己主張ができないせいもある。
「友達か?」
「はい! いや、先輩です!」
 煉獄とそっくりな大人の男が顔を出し、その後ろからひっそりと顔を覗かせているこれまたそっくりな子供が義勇を見ていた。
「冨岡です。お邪魔します」
「ああ、いらっしゃい」
 何故連れ込まれたのだろうかと不思議に思いつつ、煉獄の部屋だという一室に通され座布団に腰を下ろした義勇は、自分の家とは違う部屋を見渡した。
 義勇の部屋は洋室だが、煉獄の自室は和室だ。なんだか物珍しさでつい眺めてしまった。
 席を外していた煉獄が引き戸を開け、小さなテーブルに持っていたトレーごと置いて湯呑みを差し出した。
「そっくりだな」
「む。父と弟ですか? よく言われます」
 蜜璃の家族も似ているし、義勇も姉と似ていると言われていた時期がある。だがあんなにわかりやすくそっくりな家族は初めて見た。
 けれどまあ、なんとなくの性格の違いか、顔つきは皆少しずつ違っていた。父だという男性は厳しそうな感じだったし、弟だという子供は幼さもあるのか大人しそうな印象だった。溌剌とした煉獄とはやはり違うように見えた。
「俺も冨岡先輩と同じ高校を受験するつもりなんです! 運動部に力を入れていて、そういえば弓道部もあるとか」
「ああ。だからあそこにした」
 別になければ部活に入らなくてもいいのだが、通えるところで弓道部があるなら続けたいとも思っていたし、家族もそれを勧めてくれた。大会に応援に行くと煉獄が言ってくれたので、義勇も嬉しくなって代わりに剣道の大会を見に行くと伝えた。
 蜜璃も誘って二人で行けばいい。煉獄に会えないのは寂しいが、なんならお邪魔虫の義勇は来なくてもいいくらいだ。
「……随分強いんだな」
 和室に合っているのか合っていないのか、よくわからない気分になりながらもトロフィーや賞状の多さに義勇は人知れず驚いていた。予想以上に煉獄は腕が立つようで、ますます蜜璃にぴったりの人間であると内心ガッツポーズをしていた。謙遜せず素直に礼を口にするのが自信の表れのようで、嫌味に感じないのも煉獄だからなのだろう。そういうところが格好良い。
「相手と切磋琢磨して心身を鍛えるのが性に合ってたのもあります。弓道は自分との戦いでしょう、難しそうだ」
「剣道も同じだと思う」
 礼儀作法や心身の成長のために習うこともある。義勇は弓道部を覗いて自分にもできるかもしれないと思ってやり始めただけだが、これが案外性に合っていた。一人でひたすら矢を射続けていると雑音が入らなくなって、頭が無になる感覚がする。
 義勇はその感覚が好きで、朝も晩もひたすら的に向かっている。部活は入らなくても構わないのは確かだが、いざしなくなるとやはり物足りないだろうと思っている。
「確かに。あと護身術の話も聞きたい! 俺は剣道しかしていないので、得物がなければ何もできません!」
「そうか……? 何でもしそうだが」
 これは謙遜だろう。どう見ても何でもできそうな顔をしているし一つ下なのに体格も義勇と同じくらいだ。さわりを覚えればすぐに身につけてしまいそうなくらい身体能力も高いだろう。そもそも棒さえあれば何かできる時点で凄いのに。
 義勇は護身術を習っていたが、それはあくまで甘えただった性根を叩き直してもらうためだったはずだ。遊びたい蜜璃も付き合って習ってくれたから彼女も強い。年上だとか男だからとか、諸々の意地でなんとか義勇は蜜璃から勝ちをもぎ取っていたが。
 しかし、蜜璃のことや何故か暴れまわる心臓のことを置いておいても、煉獄は義勇にとって非常に話がしやすかった。話下手な義勇の話を相槌を打ちながら聞いてくれる。優しい。
 だが、こんなに優しくて強くて格好良い男前が、よもや学校で人気がないわけがない。まさか蜜璃以外に恋人でもいないだろうかと義勇は不安になった。相手がいたらさすがに蜜璃の恋人になってもらうことができない。護身術の話がひと段落して茶を飲んでいる煉獄に目を向け、一応聞いてみようと口を開いた時だった。
「邪魔をする。杏寿郎、作ったから持っていけと言われて、」
 ノックとともに声がかかり、引き戸が開いた先に現れた人物に義勇は目を瞬いた。

 見覚えのある顔をどこで見たか思い出したらしい小芭内の動きが止まった。
 二度目に冨岡を見かけて話をしたことは杏寿郎も小芭内に伝えていて、葉桜色の彼女はいなかったと言うと少しがっかりしていたが、それでも冨岡が連絡してきてくれるのを杏寿郎とともに待っていた。
 来客があることは両親か弟から聞いたのだろう、差し入れとしてクッキーを渡そうとした小芭内は知らない人間が部屋にいることをわかっていたようだった。知り合う人全員と仲良くなりたい、なんて考え方をする人間ではない小芭内は、杏寿郎の友人やクラスメートが来てもそうそう顔を出そうとはしない。そもそもネチネチと後輩に苦言を呈すのであまり好かれてはいないし、それを自分でもわかっているからだ。今回は用があって仕方なく顔を出したのだろう。
 杏寿郎としてはむしろ呼びに行こうかと考えていたくらいなので、小芭内がこちらへ来たのは渡りに船ではあった。まあ固まってしまったのは想定していなかったが。
「前に言った幼馴染です。あっ。そうだ、冨岡先輩の通う高校、小芭内も通うんです! 同じクラスになったら是非仲良くしてほしい!」
 自分のことを知ってほしいばかりに幼馴染の話を忘れていた。慌てて同級生になることを伝えたが、冨岡はなんとも感情の読み難い表情で小芭内へ目を向けている。
「………。……ああ、天使か」
「は?」
「成程、よくわかった」
 なにやら呟いて一人納得している冨岡は、杏寿郎と小芭内を無視して頷いている。
 天使ってなんだ? 固まっていた小芭内は普段の調子が戻ったのか訝しげな顔をして眉を顰め、疑問の声を漏らした。なんだこいつ気持ち悪……と思っている顔だ。
「ええと……天使とは? 小芭内が天使に見えたんですか?」
「蜜璃が言ってた。俺は見てなかったからわからなかったけど、納得した」
 冨岡の幼馴染、葉桜色の彼女が小芭内を天使だと騒いでいたらしい。彼女と杏寿郎はさっぱり目が合わなかったのだが、もしやそれで目が釘付けになっていたのだろうか。
「目がきらきらだ。蜜璃が好きなやつ」
「………っ!」
 小芭内は頭の回転が早い。蜜璃とは誰かを思い当たって気がついたのだろう。先程までの虫けらを見るような目から大きく驚愕したものに感情が変化していた。口から生まれてきたのではと思うほど悪態をつけば小芭内の右に出る者はいないのだから、何も言わない今は狼狽えまくっていることが一目瞭然だった。いやしかし、冨岡の得意げな顔が果てしなく可愛い。
「そうなんですか!?」
 その顔を間近で見たくてつい身を乗り出して問いかけると大声すぎて驚かせてしまったらしく、冨岡はびくりと肩を震わせた。目を丸くした冨岡に謝ると、こくりと頷く冨岡が可愛くてつい小芭内のことを売り込み忘れそうになったが、その後の言葉に杏寿郎も固まってしまった。
「でも羽は生えてない。蜜璃の妄想だ」
 何も言えなかったはずの小芭内がまたもゴミを見るような目を向けかけたが、冨岡の意見ではなさそうなことに気がついてなんともいえない顔をした。わざわざ小芭内の背中まで視線を向け、少しばかりがっかりしたような様子ではあった。どう見ても人間なのだが、そこでがっかりするのか。
 杏寿郎より一つ歳上の男子が、可愛いからといってわざわざ背中まで確認して羽の有無を見るだろうか。計算でそこまでするのは中々いないだろう。いや、世の中にはいるかもしれないが、短い間に知った冨岡の人となりを思い起こした。
 これはどっちだ。本気か、天然か? いや恐らく杏寿郎の推測ではこれは天然だ。
 小芭内はどうしていいかわからず非常に複雑そうだが、冨岡は満足げにスマートフォンをいじり始めた。恐らく件の幼馴染に報告するのだろう。何をしていても可愛く見えて困るが、そろそろ言ってしまわなければ。
「今度は四人で遊びませんか! 家でもいいし、冨岡先輩の家も見たい!」
「わかった。いつだ」
 どきどきしながら問いかけたのに、冨岡は勢い良くスマートフォンから顔を上げて真剣な顔を向けて若干言葉尻に被って答えた。
 乗り気であるのは有難い。そしてようやくそこに話が持っていけたことに一人喜んだ杏寿郎は、連絡先を教えてほしいと冨岡に打診した。花見の時は文具を持ち歩いておらず、覚えて帰るには少々帰り道が長かった。そもそも杏寿郎は数字があまり得意ではない。
 メモ用紙とボールペンを手渡すと、習字でも習っていたのか綺麗な文字で名前と番号を書き記してくれた。
「これで俺からも連絡できます!」
「出られなければ折り返す。……座らないのか?」
 ずっと立ち尽くしている小芭内が気になったのか、眉を顰めて冨岡が問いかけた。
「……い、いや、……ごゆっくり」
「……ああ、四人で会うなら最初に男だって訂正したほうがいい」
「……ん?」
「蜜璃は天使を女子だと思ってるから」
 俺は声でわかったけど。その言葉は見た目ではわからなかったと言っているようなものなので、小芭内からすれば怒り以外を表現しようがない返答だったはずだが、ショックすぎたらしく固まった。それに気づいた冨岡は少し申し訳なさそうな顔をした。
「なんかごめん……でも俺も可愛いと思うし。美的感覚はまとも」
「……貴様は男が可愛いと言われて嬉しいと思うのかっ!? まったく慰めになってないんだが! 持ってきた菓子は食えよ、お邪魔しました!」
 ようやく動きが戻った小芭内は怒りに任せて冨岡に叫び、律儀に挨拶をして手土産を食べろと伝え、ぴしりと戸を閉めてどすどすと部屋を出ていった。
 そうか、可愛いと言われても確かに杏寿郎は嬉しいとは思わない。冨岡と知り合ってからずっと可愛いしか頭に浮かばなかったが、口に出さなくてよかったとひっそり安堵した。
「……怖い」
「すみません。小芭内は割と怒りっぽくて」
 しかし小芭内を怖がる冨岡が可愛いのは事実であるので、口に出さなければ思っていてもいいだろうかと杏寿郎は考えた。

「そういえば、美的感覚がどうとかいうのはなんですか?」
「蜜璃が俺の美的感覚が壊れたと言う」
 小芭内の置いていった菓子をつまみながら、杏寿郎は少し気になっていたことを問いかけてみた。
 どうやら彼の幼馴染は外見に自信を失くしていたらしく、冨岡が可愛いと言うのは彼女と一緒にいたせいで感覚が麻痺していると思われているらしい。可愛いから可愛いと言っているだけなのに、と口を尖らせている。
「あいつが知らないだけで俺は物凄く言われてた」
 付き合っているのかとか、幼馴染だからといっていい気になるなとか。言ってくるのは冨岡と同学年の者だけだったので、自信を失くしたのは彼女の同級生の男子から何か言われたのかもしれないと冨岡は推測していた。
 冨岡ほどの美形でもそんなことを言われるのは、やはりあの彼女が可愛いからに他ならないのだろう。
「それを教えてやればよかったのでは?」
「蜜璃はたまに話を聞いてくれない」
 周りが見えなくなったり、突っ走る傾向にあるらしい。冨岡はそれも可愛いものだと思っているようだが、こうしてたまに困る時があるそうだ。別に杏寿郎も可愛いと思われて嬉しいとは思わないが、冨岡から褒められているのは少し羨ましかった。できればそう、格好良いとか思われたいが。
「けど、さすがに誰でもいいわけじゃない。蜜璃に相応しい人は……」
 幼馴染だからなのか、冨岡にも思うところがあったようだ。
 誰でもいいわけではない。生半可な者に渡すつもりは毛頭なく、どんなことにも耐えられるくらいの気概を持っていて、彼女自身が好きになれる相手でなければならない。冨岡はそう口にした。成程よかった、これは保護者目線にも思える。そもそも自分を勘定に入れていないようなので幼馴染との仲は大丈夫そうだ。
 小芭内は冨岡のお眼鏡にかなう人間だろうか。彼は冨岡の幼馴染に初めて一目惚れをしたが、それを認めてくれるだろうか。小芭内の良いところは杏寿郎はいくらでも言うことができるのだが。
「……蜜璃の恋人探しをしてる」
「なに?」
 つい敬語を忘れてしまった杏寿郎は、突然呟いた冨岡の言葉に疑問符を掲げた。
「格好良くて可愛い恋人。可愛いに比重がある」
 小芭内を天使だと言った彼女なら、喜んで受け入れてくれる可能性があるのではないだろうか。
 彼女の恋人探しなどと聞いては黙っているわけにいかなかった。ここで冨岡の了承を得なければ葉桜色と小芭内は会えないだろう。それは少し困ってしまう。せっかく再会できたのだ、初めて恋をした小芭内の気持ちは杏寿郎も成就してほしいと思う。
「………。この辺りは可愛い」
「そ、そうか。初めて言われました! ……ん?」
 杏寿郎の跳ね返っている前髪を指して冨岡は妙な感想を口にした。本当に言われた冨岡からの可愛いという言葉は複雑ながらもどきどきした。先程から少々狼狽えて言葉遣いがごちゃまぜになってしまっているが、冨岡は気にした様子がない。しかし、何故杏寿郎の可愛く見えるらしいところを指したのだろう。
「俺はお前が蜜璃の恋人になってくれるのが良いと思う。頑張ってくれ、あいつはお前の顔をまったく見てなかったから」
「………、………」
 予想外の言葉に絶句してしまったが、杏寿郎の視界にはきらきらした冨岡の目が映っていた。反射でそう見えるのかわからないが、青く見える目の中に光が集まって綺麗だった。まるで初めて会った時の小芭内の目のようだとなんだか懐かしさも感じたが。
「……はっ。お、俺が頑張るんですか!?」
「嫌なのか? あんなに可愛いのに」
 む、と眉を顰めた冨岡の機嫌が悪くなった。幼馴染を貶されたとでも思われたのだろう。
 しかし、杏寿郎が彼女に会いたいと焦がれたわけではない。彼女に一目惚れをしたのは小芭内なのである。彼の気持ちを知っているのに、杏寿郎が彼女とそういう意味で仲良くなってしまうなんてあり得なかった。
「い、いやその、……彼女は可愛いものが好きなんでしょう。小芭内も可愛いと思うんですが」
「あっちは怖かったし……」
「ちょっと機嫌を損ねただけです。一度四人で会えば態度も変わりますよ。それから考えましょう!」
「……うーん……。まあ、わかった」
 よかった。振られたわけでもないのに二人同時に失恋するかと思った。それだけは一先ず回避できたようで、杏寿郎は気づかれないようほっと安堵の息を吐いた。