運命の人探し・恋人探し始めました

 義勇の部活のOBが高校の文化祭のチケットをくれたらしく、一緒に行こうと誘ってくれた。
 高校なら中学よりも格好良くて大人な人が多いだろうと義勇は言い、蜜璃は蜜璃で義勇に似合う人がいるかもしれないと思い立ち二つ返事で了承した。それを聞いていた母は何故か項垂れていたが、なにやらあの後義勇も家で蔦子に問い質されたのだと言った。
「なんか、気は確かかとか」
「蔦子お姉さん、漫画で主人公が敵を仲間にした時反対してた人みたいなこと言ってるわ」
 蜜璃の例えに首を傾げた義勇は、そうかと一言口にしたまま蜜璃の隣を歩き始めた。
 中学一年生である蜜璃は高校などさっぱり縁がなく、義勇は学校見学で複数の高校を見て回っていたのだそうだ。その時とは違うらしい、正門からすでに活気溢れる様子に蜜璃は目を輝かせた。
 色とりどりのペーパーフラワーが看板を彩っている。多種多様のプラカードを持って仮装をした生徒たちがそこかしこにいて賑やかだ。受付でチケットを渡し、パンフレットを覗き込みながら校内へと足を向けた。
 模擬店は食べ物や縁日、体育館や道場ではもっと大掛かりなことをしているらしい。お化け屋敷もあって中学とは全く違い、蜜璃ははしゃいで義勇を連れ回した。
 食べ物は全て回りたい。縁日もちょっと覗きたい。お化け屋敷は怖いけれど、義勇がいるからそれも大丈夫だ。全部回ろうと言うと頷いた義勇は、順番に回っていけばいいと蜜璃を落ち着かせた。
「あ、ちょうどすぐ入れそう」
 お化け屋敷の前の廊下に受付のように席に座る生徒がいる。先に入っている人がいるらしく、反応がどうなのか少し気になった。あんまり怖いと蜜璃は困るのだが、どうしようかと悩んでいると、ちょうど出口から一組出てくるようだった。
「出来がいいと聞いてたがやはり一介の学生ではこんなものだな」
「だいぶ見る目がシビアだな! 普通に怖かったぞ!」
 電撃が走った。
 お化け屋敷から出てきた二人の男女。蜜璃の目は釘付けになった。主に女の子のほうに。
 小さくて細くて、クラスのどの女の子より可愛かった。光の加減か両目は別々の色をしていて、とんでもなくきらきらしている。この世にこれほど可愛い女の子がいるのかと蜜璃は唖然としたまま固まった。
 楽しげに笑い合う男女をただ見つめていた時、ふいに二人組から視線を向けられて蜜璃はついびくりと姿勢を正した。
 驚いたように丸くなる二つの色がきらきらしていて綺麗だった。黒髪のきらきらが義勇以外にいたなんて。電撃を喰らってから蜜璃の心臓はずっと忙しなくどきどきしていたし、義勇と並べばとても絵になるだろうと確信していた。
「ありがとうございましたー。入りますか?」
「あ、はいっ!」
 急に声をかけられて蜜璃はつい返事をしてしまい、去っていく二人を見送りながら項垂れた。
 声をかけたかったのに。あんなに可愛い女の子と義勇が蜜璃の部屋でぬいぐるみに塗れていたら、天国かと思えるくらい素敵な光景だろうと思ったのに。
「男前がいたな」
「えっ? どこに?」
「蜜璃が見てたほうの……見てなかったのか」
「天使を見つけたからその子ばかり見てたわ……義勇さんは見た?」
「………? 男前しか見てなかった」
 蜜璃の恋人探しに来たつもりの義勇は、女の子には目もくれていなかったらしい。義勇より男前だったのだろうかと少しばかり興味を持ったものの、それよりも蜜璃は天使のことで頭がいっぱいだった。
 肩のあたりで真っ直ぐに切り揃えられた艶のある髪、二つの色を湛えた目の下はマスクで覆われていたけれど、絶対に可愛いだろうと確信している。背中を見れば羽でも生えているのかも、などとすっかり夢見心地で惚けていた。
「ぎゃあっ!」
 だから進んだ先がお化け屋敷だったことなど頭から抜け落ちており、おどろおどろしい室内で驚かせてくるものに思うまま怖がってしまい、義勇の腕にしがみついて泣きそうになった。
「怖かった……」
「そうだな」
 義勇はさっぱり怖がっていたようには見えないが、出口で突っ立っているわけにもいかず、涙目の蜜璃を連れてまた廊下を歩き出した。
 さっきの天使はどこに行ったのだろう。まだ昼を過ぎたばかりだから、きっとまだ見回っているのだろうと思うが。もう一度見つけたら今度こそ声をかけたいけれど、突然話しかけるとやっぱり怖がられるだろうか。蜜璃は背も高く髪もピンクだし、不良に絡まれたとか思われるかもしれない。義勇に頼もうかと思ったけれど、人に話しかけるのが得意ではない義勇に頼むのもなんだか悪い。
 それに、蜜璃が義勇にぴったりの人を探すと言ったのだ。それなら蜜璃が自分で声をかけたかった。

 一目惚れをした。
 たった一度見かけただけの通りすがりだ。クラスメートに見惚れることも恋をすることもなかった小芭内は、まさかあの一瞬でこれほど心を乱されるとは思っていなかった。
 二度と会うことのない人。どこの誰かもわからない、ただ同じ文化祭に来ていただけの偶然見かけた相手。更にいえば男子と来ていたのだから、それは良くて友人、悪ければ恋人ということになるだろう。
 小芭内が見惚れた相手は葉桜色の髪をして、愛らしい笑みを浮かべて隣に立っていた黒髪の男子と仲睦まじそうにしていたように思う。男子はこれまた整った顔立ちをしており、近寄ることすらできないと、小芭内の目に非常に眩しく映ったものだった。
 彼らはこちらを見て驚いていたように見えたが、受付の生徒が促してすぐにお化け屋敷へと消えていった。
 あれほど目を惹く女子に小芭内は今まで出会ったことがなかった。小芭内の視線は彼女を視界に入れてから動かなかったのだ。
 小芭内と杏寿郎は幼馴染である。昔から知っている彼は非の打ち所のない男の中の男であり、身内の欲目があろうと同性の小芭内から見ても素晴らしい人格者に育っていて、周りから好かれてばかりだった。
 しかし、しっかりしていようと小芭内より歳下の少年だ。底意地の悪い女きょうだいばかりの小芭内にとって、杏寿郎の存在は正に太陽といっても過言ではない。そんなもはや救世主同然の杏寿郎と先輩の高校の文化祭に遊びに行って小芭内が一目惚れをしていた間、同様に杏寿郎も一目惚れをしていたという。
 正直あの彼女に杏寿郎も惚れてしまったのだとしたら勝ち目などひとつとしてなかったが、違う相手であることを小芭内は聞いている。
 葉桜色の華やかな女子に一目惚れしたことを小芭内が杏寿郎に教えると、なんと杏寿郎はその隣に立っていた男子に一目惚れしたなどと宣った。あまりに驚いた小芭内はつい気は確かかと問いかけてしまっていた。
 いやまあ確かに、あの彼女の隣にいた男子は整った顔をしていたように思うけれども。杏寿郎の母は随分綺麗な人なのだし、別に美形を見慣れていないというわけでもなかろうに。
 とはいえ、初恋だと言うのだから応援しないわけにはいかなかった。
 もしかしたらでかい女だったかもしれないし、と微かな希望を抱きながら、小芭内は杏寿郎の熱烈な想いを聞くことにしたのだった。もちろん小芭内にも目的があった。自分だって杏寿郎に応援してほしかったのである。
 まあしかし、小芭内も思春期であるので、どうでもいい推定男子の情報より恋い焦がれる彼女のことを思い返してしまう。
 あの日見た彼女は背が高かった。隣の男子(推定)の少し下に頭があった。杏寿郎とさほど目線が変わらなかったように見えたから、計算すると小芭内よりも少し背が高いはずだった。それに気づいたらちょっとショックを受けた。しかしあの見かけた光景は、まるで季節外れの葉桜が咲いているようで目が離せなかったことを思い出していた。

*

 義勇の卒業祝いも兼ねて少し遠出して花見に来ていた時のことだ。
 これからまた会う頻度が落ちてなかなか遊べないのは寂しいが、蜜璃も高校に行けばまた一緒に帰ることもできるだろう。まあ一年しか被らないので少し足りないような気もするが。
 義勇にぴったりの人を探す名目で蜜璃は張り切っているが、彼女は文化祭以降天使の妄想話ばかりを口にするようになった。細くて小さくて、きらきらしてどきどきして可愛かった。きっと性格も可愛くて素敵な子なのだ、義勇と並んだらさぞ素晴らしいだろうと言っていた。どうやら一度見ただけの相手を義勇にぴったりの人間だと信じて疑わないらしい。そんな才色兼備のような女子は義勇には勿体ないだろうと思うが。
 正直にいえば天使のことなど殆ど気にしていなかった。あの時義勇は顔を見ていなかったし、そもそも恋人が欲しいと思ったことはない。話を聞いてくれずに突っ走っていくのは蜜璃にはよくあることなので、義勇はとりあえず頷いただけである。
 義勇自身は天使などよりもあの時の男前ともう一度会いたいのだが、これがまったく街でも見かけなかった。あれほどの目立つ男子ならばすぐに見つかるだろうと思っていたのに、やっぱり住む街が違うのかとがっかりしたものだ。
 光に当たると髪が透けて、まるで炎のようだった。意志の強そうな目と朗らかに笑うのが好印象だった。まるで雷に打たれたかのような衝撃が全身を走った。心臓が暴れまわって落ち着かなかった。義勇は学校でもあれほど目立つ男子を見たことがない。蜜璃と並んでも見劣りしないのは容易に想像できたし、並ぶ姿を見ればさぞ目が幸せだろうと考えていた。
 あんな男子が蜜璃と結婚してくれたら、義勇は結婚式で泣く自信がある。いやまあ誰が相手でも泣くだろうが、蜜璃に相応しい相手が見つかった感慨とかで泣くと思う。
 昔は髪のことでいじめられていたし、あんなに目立って可愛いのだから一人にしたらきっと大変だ。実はまったく守る必要はないくらい強いのだが、これはもはや気持ちの問題である。蜜璃を守りたいと臆面なく言えるような奴が良い。その点あの時の男前は格好良かったし強そうだったし言いそうだった。
 義勇は弓道部だが、親戚から習い事として蜜璃とともに護身術を習っていた。義勇ごときに負けるような相手は蜜璃に相応しいとはいえない。それを姉に言うと物凄く複雑な顔を向けられたが。
 ご飯を食べて近くを散策しながら歩いていると、頭上から何かが舞い降りてくるのが視界の端に映った。なんだろうと顔を上げ、手を伸ばしてそれを掴んだ。どうやらハンカチのようだった。
 白地にワンポイントで刺繍が施されていて、男女どちらのものなのかがわからない。すみません、と声が背後から聞こえ、もしや持ち主かと考えて義勇は振り返った。
「――きみは」
 あの日の文化祭で目を奪われた炎が、義勇を見て驚いたように目を丸くしていた。

「前に文化祭で会った! 葉桜色の女子といた人だろう!」
 男前だ。
 溌剌とした声が興奮したように義勇へ話しかけてくる。義勇とは正反対の、明るさの象徴のような奴だとすぐにわかった。雷がまた全身を襲ってくるくらいに。
 最初こそ質問攻めのように言い募って口も挟めなかったが、我に返ったらしく興奮してすまないと一言口にして照れくさそうに笑みを見せた。あの日の心臓が帰ってきたように暴れ始めていた。
 蜜璃の言う可愛い部分に入りそうな笑みなのではないか。義勇はますます決心を固めた。蜜璃にはこの男子しかいない。
 彼は煉獄杏寿郎と名乗った。名前すら炎を模しているのがなんだか眩しく感じる。とにかく義勇は蜜璃に相応しいと思える人の名をようやく知ったのだった。
「なんと! 年上だったか、すみません!」
「いや、いい。一つしか変わらないし」
「そういうわけにはいきません。一つであろうと先輩であることに変わりはない。部活でもそうですから!」
 礼儀正しいのも好印象だ。確かに義勇も部活では後輩に敬語で話されているが、そもそも先輩でもなんでもない相手なのに律儀である。まだ名前と歳しか知らないのに、歳など気にならないくらい好感が持てる。好きだ。蜜璃にとても似合うはずだが、二人が眩し過ぎて直視できないかもしれない。
「目が合っただけなのにまさかまた会えるとは思いませんでした! 俺の髪は珍しいので確かによく見られますが」
「ごめん。男前がいると思ったから」
 あまりに見過ぎて不躾だったかと謝ると少しばかり頬を染め、はにかみながら首を横に振った。可愛い。驚かれたのはわかったが、訝しむような様子ではなかったから気にしていないと言ってくれた。
 煉獄は隣町に住む中学生で、義勇の一つ下。剣道部に所属していて家も道場を営んでいるらしい。礼儀正しく溌剌としているのは剣道のおかげだろうかと考えた。
 義勇は話すのは得意ではないが、煉獄は嫌な顔一つせず頷きながら話を聞いてくれた。彼が話すことは義勇も共感できるものが多く、なんだか話していて楽しい。初めて話す義勇にもとても優しい。
 非の打ち所がない。擬音ばかりの蜜璃の話や、義勇では止められない蜜璃の突っ走りも止めてくれそうだ。いや、もしかしたら一緒になって義勇を振り回すかもしれないが、それはそれで楽しそうでもある。
 完璧か? 背丈は義勇と同じくらい、数値を聞けば義勇よりほんの僅かに低かったが、成長期なのだからまだ伸びるだろう。蜜璃と並んでも見劣りしない華やかさと目映さを持っていて、中身も驚くほど良い奴だ。剣道部なのだから腕も立つ。早々に相応しい相手を見つけてしまった義勇は人知れず満足していたが、煉獄からの一言で心臓がひと際どくりと脈打った。
「ところで、一緒に文化祭に来ていた女子のことですが」

*

 己の初恋相手とまさか再会できるなどとは思っていなかった。
 警戒されるかと思ったが意外や意外、話してみると穏やかでのんびり話す。表情があまり変わらないが、杏寿郎の話に目がきらきらと輝いてとても綺麗だった。
 好きだ。このままもっと彼のことを知りたかったが、小芭内のためにも聞いておかねばならないと考えていたことがあった。意を決して杏寿郎があの時の女子のことを口にした時、冨岡の穏やかだった目が突然鋭く光ったように見えた。
 杏寿郎より一つ年上の他校の先輩。たった今知り合っただけの間柄ではあるが、礼儀正しくしておいて損はない。これからの関係を育みたい場合、特に。
 弓道部所属だという冨岡は、杏寿郎とさほど変わらない体格をしている。心頭滅却するには非常に良い武道であると冨岡は言い、自分には相性が良いと小さく笑んで口にした。表情が出にくいせいか大人びていると感じたが、笑うと非常に可愛い。頬が緩んだだけで杏寿郎の心臓は大きく脈打った。
 杏寿郎は弓道を嗜んだことはないが、剣道にも通ずるところがあるのもわかる。弓を射る冨岡は静けさを纏っているのだろうと想像できるくらいに声は小さく、大人しく穏やかで可愛かった。いかん、可愛さに惑わされて全然思考が纏まらなかった。
 杏寿郎と変わらない体格ならば、恐らく鍛えているのだろうと考えてトレーニング内容を聞いてみると、元々護身術を習っていたという。護身術の中身は非常に興味があったが、成程。もしかしたら相当な手練の者なのかもしれない。
 自分より強い者でなければお話にならないとか、あるかもしれない。
 だからといってこんなところで尻込みしていては今後などないわけで。杏寿郎はなんとか次の約束を彼と取りつけたかった。逸る心臓を抑えつけ、とりあえず普段通りを装って問いかけた時、冨岡の目が鋭くなったというわけである。
「葉桜色の、仲が良さそうな」
「………。幼馴染」
「成程!」
 ということは、恐らく今はまだ恋人などという関係ではない。まるで杏寿郎を咎めるような視線を向けたこの反応、この先どうなるかわからないわけではあるが、一先ず割り込む隙はあると見た。
「俺にも幼馴染がいます。一つ上で、文化祭一緒に来てたんですが」
「……蜜璃が言ってた奴かな……。でも見てなかった」
 確かに冨岡はずっと杏寿郎と目が合っていた。
 杏寿郎の見た目の如何を置いておいても、小芭内の目はかなり珍しい色違いである。奇異の目を向けてくる周りには鬱陶しそうに嫌がっているが、本人も見られること自体は仕方ないと思っている。見えていなかったとは中々に豪胆だ。杏寿郎に目を奪われていたというのなら非常に嬉しいが。
 そして彼から飛び出た誰かの名前。それこそ彼女の名前なのだろうと理解した。
 蜜璃。蜜璃か。名前も華やかで可愛らしいと小芭内は惚けるのだろうな。どうにかして会う約束を四人で取りつけたいところだ。
 杏寿郎とは違う穏やかで控えめな冨岡の様子は好ましく、どこか弟を彷彿とさせる。年上の先輩であることは間違いないし、そうでなくとも幼い弟と重ねるなど失礼なことかもしれないが、杏寿郎の考えていることなど胸の内に秘めておけばいい話である。弟は引っ込み思案で大人しく、気質は恐らく似ているのだろうと思う。地声も大きく明る過ぎると小芭内から言われたことがあるが、杏寿郎自身はそういった大人しい気性の者たちが嫌いではない。むしろ好きだった。
 隣にいると穏やかな気分になれる。母もまた落ち着きのある人だった。今もずっと隣にいたい気分だった。
「煉獄。その」
 ふとなにやら頬を染めておずおずと声をかけてきた冨岡に思わず見惚れてしまった。我に返った杏寿郎がなんでしょうかと慌てて問いかけると、冨岡はしばし迷った後スマートフォンを取り出した。
「……連絡先が知りたい」
「ああ、勿論! 俺も知りたいと思ってました」
 以心伝心なのかもしれない。
 連絡先を聞きたくてもじもじしていたようでなんと可愛らしいのかと叫びたくなるほどだった。願ったり叶ったりである。彼が聞けば杏寿郎でなくとも皆教えてくれると思うが、彼は人に連絡先を聞くのが苦手なのだろうか。他の者にあんな可愛らしい顔をして聞かれたらたまったものではないから杏寿郎以外にはやらないでほしいが。
「しかし、俺はそのスマートフォンを持ってないんです。高校に入ったら持たせると言われていて」
「……そうか」
 しゅんとしたのが目に見えてわかり、杏寿郎は思わず慌ててポケットを探り始めた。スマートフォンがなくとも家の電話番号なら教えられるし、メモに書いて渡せば冨岡も登録してくれるだろうと思ったのだ。生憎メモ用紙もペンも出てはこなかったが。
「ええと、家の電話番号を渡したいんですが」
「教えてくれるのか。言ってくれれば登録する」
 そういえばそうだ。母はスマートフォンを持っておらず、父もさほど機械に詳しいわけではなく、家で長く触っているようなこともなく、杏寿郎も触ったことがないので思い当たらなかった。確かに口頭で伝えて登録してくれれば助かる。
 なんだか恥ずかしいところを見せたような気がして杏寿郎は少し照れてしまったが、気にしていない様子の冨岡に電話番号を伝えた。ついでに住所も口にし出すと、驚いたように目を丸くされたが。
「是非遊びに来てください! なんなら剣道をやってもいいかと」
「いや、剣道は……しないけど。ありがとう」
 柔らかく口角を上げた冨岡は、登録し終えたらしいスマートフォンの画面を眺めながら嬉しそうにした。
 控えめに笑う様子が性格を表しているようであまりに可愛く、またも杏寿郎の頬は熱を持ってしまった。

*

「お前の恋人が見つかったぞ!」
「え!? 本当に!?」
 忙しなくリビングへと上がり込んでくる義勇は珍しく、そして口にした内容に蜜璃は驚いて立ち上がった。
 どちらかといえば今は天使のことで頭がいっぱいなのだが、義勇は蜜璃の恋人を探してくれているので聞かない選択肢はない。同じくリビングにいた母は悲しげな顔を見せて何やら言いたそうにしていた。
「おばさん、どうかした?」
「いやあ……義勇くん、恋人ってどういう……?」
「花見に行ったら再会した」
 文化祭で会ったあの男前に。その言葉で蜜璃の脳裏に天使の姿が蘇った。ということは、義勇は天使と会ってきたのだろうか。それなら蜜璃も連れて行ってもらえばよかったと口にしようとしたのだが。
「男前かあ……義勇くんよりかなあ?」
「俺? 俺は男前じゃないし、似ても似つかない。すごい格好良かった」
「そうかなあ……」
「もう、お母さん黙ってて! ねえ、天使はいたの!? 話した!?」
「煉獄しかいなかった。いても顔わからないし」
「えーっ! 見たらすぐわかるよ! だって羽が生えてる天使だもの!」
「生えてたら俺でも気づく」
 首を傾げつつもそんな奴はいなかったと口にして、幼馴染だと言われたと教えてくれた。
 蜜璃はその煉獄という男子の顔はわからないのだが、それでも義勇が男前だと言うのだから間違いないだろうとは思う。義勇より格好良くて可愛くて強い恋人。気にはなるが天使とは会えなかったのが残念だ。
「見てるだけでどきどきしたぞ。家の電話番号と住所教えてくれた」
「義勇さん、もうお友達になったのね! 天使の電話番号は?」
「いない奴の連絡先は聞いてない」
 煉獄は義勇の一つ下で、その幼馴染は蜜璃と同い年なのだそうだ。幼馴染とは文化祭に一緒に来ていたらしいから、間違いなく天使のことだ。
 その場にいなくても話題には出たようだ。蜜璃もその場にいたかった。
「天使がいたら義勇さんと絶対お似合いだったのに」
「はあ……」
 母が大きな溜息を吐いてキッチンへととぼとぼ向かっていくのを眺めつつ、蜜璃は義勇にスマートフォンを見せられ煉獄という人の連絡先を覗き込んだ。
 煉獄杏寿郎。義勇の名前も格好良いけれど、こちらもすごく格好良い名前だ。天使の名前はなんなのかと聞いても義勇は首を横に振った。知らないらしい。残念。
「隣町に住んでるらしい」
「義勇さんの学校、隣町よね。もしかしたら帰りに会ったりするかも!」
 羨ましい。春休みの間、高校で入学準備で教科書や制服の採寸があるらしく、隣町に行く用事があるらしい。もしかしたらそこで偶然、それとも連絡して遊んだりできるかもしれない。そうしたら蜜璃を呼んでもらって、天使も呼んでもらって、四人で楽しく知り合える可能性がある。
「私も高校行きたい……」
「あと二年我慢しろ」
 同い年なら一緒に高校に行けたのに。だが天使と同い年ならクラスメートになれる可能性もあった。それはとても魅力的だ。テーブルに突っ伏した蜜璃の頭を優しく義勇は撫でてくれた。
「早く二年後にならないかなあ。あ、でもその前に受験があるのよね。私あんまり頭良くないから、義勇さんと同じ高校行けるかな?」
「やればできるから大丈夫だ」
「えへへ、頑張るわ! 勉強教えてね」
「わかった」
 義勇と同じ高校に天使と恋人が行くかはわからないのだが、とりあえず今からどこでも行けるように勉強を頑張っておこう。蜜璃も義勇も体育会系だと言われているけれど、国語ならきちんと点数が取れる。塾や家庭教師がいればもっと頭に入ってくるかもしれないし、二つ歳上の義勇なら蜜璃のわからないところもきっとわかるだろう。
 天使と恋人に会える。蜜璃は楽しみではしゃいでいたが、相変わらず母は曇った顔を見せるだけだった。