運命の人探し・幼馴染
きらきらしたものが好きだ。
世の女の子の中には男の子が好きそうなものを好む子もいるらしいけれど、勿論そういうものも嫌いではないけれど。両親に連れられて玩具を一つ選ぶよう促された時、蜜璃はアニメで見たことのあるお姫様の衣装や装飾のついたグッズやままごとセット、可愛いお人形の着せ替え衣装を選んだりする。色とりどりで鮮やかなものが好きだった。
だから蜜璃の髪色が変わった時、家族は嘆いてしまっていたけれど、初めて鏡を見た時蜜璃は目を輝かせてしまったのだ。
毛先を陽にかざすと薄く透けて煌めいていて、これが自分の髪なのかと驚くほど目を奪われた。なのに幼稚園で怖いとか変だとか言われてから、初めて蜜璃の髪がおかしいのだと気づいて泣いてしまったことがある。
両親は毎日可愛いと言ってくれていたのに、蜜璃の髪色が変わると困った顔ばかりをするようになった。力も強くて周りの子より体が大きくて、これでは変な目で見られると夜中トイレに起きた時に話していたのを聞いてしまった。自分は何もかも変なのだとようやく思い知ったのが五歳の頃だった。
幼稚園では髪を掴んで変だと言ってくる子がいて、蜜璃にはもう弟が産まれたのに泣いたりしてしまうことがよくあった。園長先生からクラスを分けると言われても、結局外に出るとその子はいたのであまり変わらなかった。
幼稚園に行きたくない。今日が終われば明日も行かなきゃいけないのだと溜息を吐いて、憂鬱なのを誤魔化すために庭の大きな松の木に登って足をぶらつかせていた時だった。
家の前の道路を歩いていた二人の影のうち小さいほうが、蜜璃を見て大きな目を更に丸くさせた。
かつて蜜璃もそうだった真っ黒の髪の下に大きな目があって、それが青く煌めいていて、蜜璃は固まってただその子を見つめた。
蜜璃の好きなお人形みたいな目に光が沢山入り込んでいて、目だけが鮮やかに色づいているようだった。
きらきらしたものが好きだ。蜜璃が見た大きな目の中に沢山の光がきらきらしていた。どこの誰かも知らない通りすがりの子供を見て、蜜璃は息をすることも忘れて見送ったのである。
越してきたという隣家は四人家族。母が玄関先で応対し談笑が始まった。ぼうっとしていた蜜璃は父に連れられて玄関先に顔を出した。土間に立つ見知らぬ家族の中に、蜜璃が目を奪われたきらきらがそこにいた。
「あ、」
向こうも蜜璃と先程目が合ったことに気づいたらしく、小さく声を漏らしてから控えめに笑みを見せた。
幼稚園にいるあの意地悪な子とは違う。蜜璃に笑みを向けて珍しいのかちらちらと髪に目をやっている。蜜璃の両親が髪色のことを困った顔で少しだけ話し、そして挨拶をするよう促した。
「甘露寺蜜璃です! 五歳です」
「……冨岡義勇です。一年生」
「あら、息子と同じくらいかと思いました。学校では会えないのねえ。残念」
「蜜璃は同い年の子の中でも大きくて、成長も早いんです」
両親が隣家の家族とまた話し込み始め、挨拶をしたあと蜜璃はじっと義勇の目を覗き込んだ。義勇は義勇で蜜璃の髪に目が釘付けだ。お姉さんの服を掴んでいた義勇の手がそうっと伸びてきて、蜜璃のおさげの先にちょんと触れた。
幼稚園のあの子のように痛くない。なんだ、それなら構わない。痛くしないなら触ってもいい。蜜璃はどうぞという気分で笑みを見せた。そして代わりに触らせてもらうことにした。
青い光がきらきらしている目を。
「うっ」
手を伸ばして片目をぎゅっと掴むと義勇から短い声が漏れ、驚いたのだろう、蜜璃のおさげを思いきりぎゅっと掴まれた。
「わー! なにしてるの蜜璃!」
「義勇!? びっくりしたのね!? わかったから手離しなさい、蜜璃ちゃんが痛いでしょ!」
引っ張られているわけではないので痛くはないけれど、無理やり抱っこされて引き離されて蜜璃は少々不満だった。もう少しできらきらが手に入りそうだったのに。義勇を見るとなんだか困ったような顔をして、蜜璃が掴んだほうの目から涙が出ていた。
蜜璃はさっと血の気が引いた。いじめて泣かせてくる男の子を好きになれなかったのに、義勇をいじめて泣かせてしまった。これはこれできらきらしているが、これは蜜璃がいじめたせいでこうなっているのだ。慌てて母の手を振り解いて義勇の手を握った。
「ごめんなさい! きらきらしてて、触らせてもらえるかなって思って」
「え……目を?」
お姉さんからハンカチで目を拭われて涙は止まったけれど、少しばかり赤くなっているようで蜜璃は項垂れて頷いた。いじめて泣かせてごめんなさいと口にすると、義勇はまた困ったような顔をしてお姉さんの服を掴んだ。
「泣いてない。痛くて涙が出ただけ」
それは泣かせたことにならないのだろうか。困ったように笑うお姉さんを見上げ、蜜璃はもう一度義勇へ目を向けた。少し潤んだきらきらした目がもう一度蜜璃の頭へと向けられた。
「木に登ってたから、桜が咲いてるのかと思った」
挨拶する前に見かけた時のことだ。蜜璃がきらきらに目を奪われていた間、義勇もまた蜜璃を見ていた。だから目が合ったのだ。
「義勇、前に桜の枝貰ってきてたもんね」
「うん。良いなそれ」
大きく瞬いた先に羨ましげに呟いた義勇がいる。
良い。良いんだって。義勇は蜜璃の髪を良いと言った。幼稚園の男の子はいじめてくるけれど、この髪の色を良いと言う人がいるのだ。髪色に目を輝かせた蜜璃はおかしくなんてない。嬉しくなって満面に笑みを義勇へ向けると、母はあらあらと嬉しそうな声を上げた。
だからといって幼稚園の男の子が揶揄ってくるのをやめることはなかったけれど、蜜璃はすでに一言口にできるようにはなっていた。やめてと言うとむっとして更に髪を引っ張ってくるし、先生から言ってもらっても次の日には何も聞いていないかのように元通りだったが。いくら能天気な蜜璃でもあんまり続くと悲しくなってくる。学校から帰ってきた義勇が甘露寺家に寄り、母から菓子を振る舞ってもらい、蜜璃はしょぼくれながらその話をした。
「うーん……」
話を聞いている母は何だか不安げに義勇を眺めて答えを待っている。二つも歳上だから何か良い案を教えてくれるかと思って相談したのだが、義勇は少し考えたあとに蜜璃へ目を向けた。
「じゃあ、早く帰ってきて俺と遊ぼう。俺も早く帰ってくるから」
「本当っ!? やった!」
義勇は蜜璃の遊びになんでも付き合ってくれる。幼稚園はあの子さえ普通に遊んでくれれば文句はないのだが、帰ってきたら義勇と遊べるなら我慢できる。はしゃぐ蜜璃に面食らいながらも義勇は頷いてくれたので、なにやら胸を押さえてテーブルに突っ伏している母へ報告すると、良かったねえと蜜璃の頭を撫でてくれた。
「すみません、こんな遅くまで預かってもらっちゃって」
「いえいえ。共働きでお姉ちゃんも部活で遅いと大変ですね。今日も蜜璃の面倒見てもらったので全然」
義勇の両親は共働きで、義勇が学校から帰ってくる時間は家に誰もいないのだそうだ。学童というものに入るつもりでいたらしいが、待機児童という子たちが多く順番待ちなのだという。それならうちにおいでと口にしたのが蜜璃の母で、蜜璃も喜んで賛成した。夜遅くまで遊べるのだから反対する理由がない。きらきらを毎日見られるのだ。
「幼稚園で揶揄ってくる子がいて、その子の対処法を義勇くんに聞いてたんですけど。やり返すとか言わない優しい子なのねえ」
「義勇はおっとりしてますから、友達と喧嘩もまだしたことないんです」
母たちの会話はわからないこともあったが、義勇がおっとりしているということはわかる。幼稚園にいる男の子の誰より優しいのだ。それが蜜璃にも心地良く、同じ歳だったら一緒に幼稚園に通えたのにとがっかりするほどだった。
そうして季節は過ぎていき、卒園して小学校に入学し、登校班で毎日義勇と通うことになった。朝に顔を見て夕方からまた顔を見る。甘露寺家に義勇がいることがすっかり当たり前になった。義勇の姉は義勇と歳が離れていて蜜璃とあまり顔を合わせることはなかったが、それでも顔を見れば蜜璃たちにも良くしてくれた。蜜璃は長女なのに妹のように可愛がってくれて、夜には隣家に帰ってしまう義勇や蔦子に、もし兄や姉がいたら二人のような人が良いと思うくらいには懐いていた。そして仲良くしている二人が可愛くて、そばで見ているのが蜜璃は好きだった。蜜璃は義勇たちを眺めることで目が幸せになると子供ながらに気づいていた。
中学に上がった義勇は学校帰りに甘露寺家に寄ることはなくなり、部活を始めてしまってなかなか会うことができなくなった。それでも顔を合わせた時には挨拶をして、家に遊びに行けば迎え入れてくれる。部活が休みの日に蜜璃は家に呼んだり押し掛けたりしていた。そんな生活は蜜璃が中学に上がってからも続いていた。
そうしたら知らないクラスの女子から呼び出されてしまった。
冨岡先輩とどういう関係なのか。
冨岡先輩という聞き慣れない呼び名は義勇のことだと思い至り、蜜璃は隣の家の子だと素直に教えた。五歳の時に引っ越してきて、よく家に来ていたことも話すと女子はなんだかむっとした顔をして、付き合っているのかと問いかけてきた。
付き合う。少女漫画が好きな蜜璃はその言葉も知っている。男女が告白して手を繋いだりキスをしたりする恋人のことだ。なんだか大人な質問にはしゃぎつつも違うと口にすると、納得していないような顔をしたものの女子は去っていった。
それからなんだか女子からよろしくない視線を向けられるし、何度も付き合っているのかと聞かれることが増えた。否定してもだったら近寄るなと文句を言われる。友達は付き合っていなくても幼馴染なのが羨ましいとか言ってくる。義勇が格好良いから人気があるのだと教えてくれた。
蜜璃は義勇を可愛いと思っているが、格好良くて人気があるのはわかるしそれは蜜璃としても嬉しい。蜜璃が知る義勇はとても優しくて可愛いのだ。
蜜璃がたくさん話をしても聞いてくれるのが優しい。蜜璃の話をわからないなりに解釈しようとするのが優しい。時折ご飯粒をつけているのが可愛い。蜜璃の部屋のぬいぐるみの山に埋もれていた時など、あまりの可愛さに息が止まるかと思ったくらいだ。何より目がきらきらで、蜜璃の好きなものの中に義勇の目が入っているのだ。だが確かに、蜜璃よりも背が伸びた義勇は格好良く思えた。
蜜璃は義勇のことが大好きだったが、もっと早く母にこの気持ちを伝えていれば、母たちが思っていたのと違う方向へと舵を切っていることに気づいて軌道修正しようとしたかもしれない。義勇への想いは完全に恋ではなく、愛でる方向へと向かっていることに。
可愛いと可愛いを掛け合わせれば、蜜璃の目はもっと幸せになれる。そう感じた蜜璃は、義勇がどんどん格好良くなっていても、可愛いところを見つけることに心血を注いでいた。
とはいえ蜜璃はその気持ちを大事に心の内に仕舞い込み、時折友達に漏らすくらいしかしなかった。しかし義勇が格好良いことは理解していたので、蜜璃の男子の基準は義勇になってしまっていた。
深く考えてはいなかったが、この弊害は大きかった。クラスのどんな人気者の男子でも、義勇より格好良くない、可愛くないと判断してしまうようになって、恋をしてみたいと憧れる蜜璃は未だ好きな人ができなかった。
周りはすでにそういった話題に興味津々で、クラスメートの誰と誰が付き合って、誰が振られて誰が告白したなど飛び交っていた。聞いているのも好きではあるけれど、やっぱり蜜璃は蚊帳の外だった。
蜜璃は両親や義勇、蔦子たちからも可愛い可愛いと可愛がられてきた。弟妹たちすら蜜璃を可愛いと褒めそやしてくれた。昔は髪色で揶揄われたけれど、今は面と向かって言ってくる人はいないから、皆受け入れてくれたのだと思っていた。けれど恋が成就するクラスメートは皆黒髪で細くて、蜜璃よりも頭一つ分背の低い子たちが多かった。
鏡を見ると自分の姿が映る。背が高くて胸も大きくて、髪の色はピンクと緑。似ても似つかない姿に今頃気づいてしまった。
本当は、可愛くなんてないのでは。
そう考えてしまい、とぼとぼと教室に忘れ物を取りに向かった時、教室内から聞こえてきた会話に足を止めた。
「甘露寺は良い子だけど、やっぱ付き合うとなると違うよな。派手過ぎる、なにあの頭」
「わかる。おっぱいでかいけど背もでかい。俺よりでかいのはちょっとなあ」
「冨岡先輩変わった奴好きだよな。あれ、付き合ってないんだっけ?」
思い返してみれば、今まで家族と義勇以外の男の子に可愛いと言われたことなどなかった。
きっとずっと一緒にいたから感覚が麻痺してしまったのだろう。義勇の姉である蔦子は蜜璃よりも小さくて細くて、柔らかい笑みを向けてくれる可愛い人だ。きっと義勇もそんな女の子が好きなのだろう。
項垂れて帰り道を歩いていた蜜璃は背後から声をかけられ、振り向くとそこには義勇が立っていた。
「義勇さんは美的感覚が麻痺してるんだわ」
「……何の話?」
首を傾げた義勇の顔を見上げ、蜜璃はまた溜息を吐いた。
蜜璃と一緒にいたせいで美的感覚が損なわれてしまったのだ。蔦子がいるのに蜜璃が可愛いなどと言うのはきっとそういうことだ。そう力なく呟くと、義勇は眉を顰めて隣を歩き続けた。
「よくわからないけど、蜜璃は可愛いぞ。誰がなんと言おうと可愛い」
「そうかな……義勇さんにはそう見えるのね」
「いや、普通に言ってくる奴も……聞いてないな」
悲しい。十年近く一緒にいたせいでもう正常な判断ができなくなっているのだろう。蜜璃と付き合っているなどという噂も嫌だっただろうと問いかけると、困りはしたが嫌というわけではないと口にした。義勇は嘘は言わないけれど、困っていたのは確かである。
「きっと私に恋人なんてできないのよ……こんな大きな子、皆嫌がるわ」
「大きいか……? 俺より身長低いけど」
そうだった。義勇はいつの間にか蜜璃の身長を追い越して視線を少し下に向けるようになっていた。だが義勇より小さくても他の女子より随分大きいのだ。同級生には蜜璃より小さい男子だっている。慣れないながらも慰めようとしてくれているのかと嬉しくなったが、蜜璃の気持ちは沈んだまま二人の家の前まで辿り着いていた。
「じゃあ、俺が見つけてやる。蜜璃に相応しい人」
ぱちりと瞬いた蜜璃は顔を上げ、義勇へ目を向けた。夕陽が反射して義勇の目がまたきらきらしている。なのに表情は真剣で、きらきらなのに格好良い、と頭の隅ではしゃいでしまった。
「本当に?」
「うん。蜜璃が一番可愛いと思ってくれる人を見つける」
「………! じゃ、じゃあ、私も義勇さんにぴったりの人を見つけるわ!」
「いや、俺は別に……。……うん、わかった、頼む」
義勇が蜜璃のために相応しい人を探してくれる。どんな人が相応しいかなんてさっぱり考えていなかったが、とりあえず一番に重要なことがあった。
「義勇さんより格好良くて可愛い人が良い!」
「格好良くて可愛い……? なんか知らないがまあ、わかった」
義勇が頷いてくれたので思わずはしゃいで手を掴んだ時、義勇の背後に見知った姿が視界に映った。
その人影はあんぐりと口を開いて、慌てたように蜜璃の家へと走っていったが。
「蔦子お姉さ、」
「おばさーん! 大変! 義勇と蜜璃ちゃんが」
「どうしたの!? ついに告白した!?」
「違うのー!」
玄関から聞こえる慌てた母の声と蔦子の声。間違いなく蜜璃と義勇のことで慌てているのはわかるのだが、それが何故なのかわからず、蜜璃と義勇は揃って首を傾げた。