権利の行方

 走り去る男子の姿を視界に収めながら、大きく深呼吸をする宍色の髪の生徒へと目を向けた。
 またやってんなあ、と宇髄が楽しげな声音で口にした。何度もあるのかこの光景は。普段にこやかに話していた先輩の姿は跡形も無く、怒りを抑えるように目を瞑っていた。
「いたのか、宇髄」
「そりゃ学校だからなあ」
「何をしていたんだ?」
 己の問いかけに困ったように眉尻を下げ、珍しく言い淀みながら首を振った。
「何でもない」
「何でもないという様子ではなかったが」
 口を歪ませて唸る姿は初めて見るものだった。先程の生徒は何か彼の逆鱗に触れてしまったのだろうか。はっきりとした男ではあるが、相手を思いやる気持ちなしに何かを仕出かすような者ではないはずだ。一体何があったのだろうか。
「いやいや。健気だねえ」
「宇髄先輩は知っているのか」
「そりゃもう。風物詩みたいなもんだよ」
 二年のな、と笑う宇髄に錆兎が頭を抱えた。彼らの学年ではよく見る光景らしい。
 走り去った生徒は攻撃を受けた箇所を押さえつつ悔しそうに顔を歪めていたが、何かの勝負なのだろうか。
「最近は頻度が多くて困った。三年もいる」
「あー。そりゃあれだ、文化祭で目立っただろ」
「そうだな。あれは本当に、その……いや、何でもない」
「もうバレてるから言ってもいいぞ」
 無理だ。頬を赤らめて口元を覆いながら呟いた錆兎を見ても、何の話をしているのかわからなかった。文化祭で何があったというのだろうか。
 学校の大きな行事である文化祭は、生徒の自主性を重んじ毎年趣向を凝らして取り組むらしい。煉獄のクラスも準備には余念がなかった。集客数などを集計し、上位の出し物をしたクラスには賞品——食堂の食券が与えられる。だいたい毎年三年のクラスが上位に入るのだが、そういえば錆兎と宇髄のクラスが三位に入っていたことを思い出した。
「先輩のクラスは確か、」
「ファッションショーだ」
「ああ。女装の」
 高校生ともなれば体格は成人に近いものになり、宇髄のようにがっしりとした体つきの者も少なくない。煉獄も見に行ったのだが、流石に女装した男子たちはまるきり男にしか見えない者ばかりで、ステージ下の観客席は大きな笑いで溢れていた。例に漏れず目の前の二人も女装していた。全員化粧をしていたと記憶しているが、体格までは隠しきれない。何故か露出の多い物を着て出て来る者もいた。
「煉獄も見てたんだったよなあ。凄え歓声起きた時あったろ」
「あったな!」
 それまで笑いに包まれていた観客席が、一人の生徒が出てきた途端に色めき立った。煉獄も驚いて凝視してしまったほどだ。
 彼らと同じクラスである冨岡の女装は、己の視点だったからか誰かがやり切ったおかげなのか、相当気合が入っていたように見えた。それまで受けを狙ったかのような衣装も、冨岡が着ていた物は露出も少なく、男の部分をできるだけ隠せるような物だった。とはいえ本人は人前に立つのも慣れていないような振る舞いで、ステージ端から野次を飛ばす宇髄の姿が見えていたのを思い出した。
「あれは見た目は俺の次くらいに良い出来だったんだが、緊張だか何だかでちっとも観客を楽しませる気がなかったのがな」
「化粧を宇髄先輩がやったのか」
 崇め奉れよ、と自慢気に鼻を鳴らす宇髄を睨みつけながら、誰がするかと錆兎が口を挟む。
「あれのせいで義勇に邪な感情を向ける輩が増えたんだが」
「そうなんだよ、さっきのはそれだ」
 首を傾げると宇髄が丁寧に教えてくれた。
 曰く、入学時から冨岡は目立っていたらしく、女子のいないこの男子校では時折そういう目で見ている者がいたらしい。それに気づいた錆兎が宇髄に相談し、宇髄は提案してやったのだそうだ。
 冨岡に告白したければ、錆兎を通してからにしろ。
 通すというのは先程見たとおり、錆兎と一戦交えて彼に勝てたら冨岡へ想いを告げられるというものだ。小さい頃から一緒にいるとは聞いてはいたが、御伽話の騎士のような役割まで果たすらしい。そして今まで錆兎に勝てた者はおらず、冨岡はよもや自分に想いを寄せる者がいるなどとは露程も気づいていない。正に鉄壁だ。
 そのようなことになっているとは知りもしなかった。
「成程な!」
「いやあ、まさか本当にやると思ってなかったし、いつまでやってんだよって話だよな」
「無論、義勇が俺を必要としなくなるまでだ」
「いい加減告白しちまえばいいだろうに」
 ぎくりと肩を震わせた錆兎は、宇髄の言葉に頬を赤らめる。それはまだ、ともごもごと口を動かし俯いた。どうやら本当に誰も、冨岡に告白することはできていないらしい。
「ではその権利を俺に貰おうか、先輩」
 ぴたりと時が止まったかのように動きを止めた。
 え、は、などと短い言葉にもならぬ声が二人の口から漏れた。二つの視線を受けながら、満面に笑みを作って言葉を続ける。
「俺は冨岡先輩を好いているからな!」
 どうやら煉獄の気持ちに少しも気づいていなかったらしい二人は、顎が外れそうなほどあんぐりと口を開けて驚いていた。

*

「これやるよ」
 ご丁寧に購入してきたものをプレゼントされたのかと紙袋を見つめるが、一度は開けて中身を改めていたらしい。何なんだ、と呟きながら紙袋を拾い上げる。雑誌らしきものを掴んで途中まで引き抜き表紙が視界に映ると、錆兎は勢い良く紙袋へと雑誌を戻した。そのまま渡してきた相手——宇髄の頭を雑誌で叩いた。
「良かれと思ってやったのに何なんだよ」
「良かれと思ってじゃない! な、な、何なんだこれは」
「俗にいうエロ本だ」
 焦って宇髄に詰め寄る錆兎の頬は赤かった。胸部が丸出しの女性の表紙を、宇髄はあろうことか教室で開けさせようと渡してきたのだ。男子校なのだから気にすることはない、と笑う宇髄を睨みつけるが、廊下側の窓際に座るクラスメートから貰ったのだと聞いてもいない入手経路を教えてきた。
「まあよく見てみろって。似てるだろ」
 誰にだと口に出さずとも宇髄の言いたいことは理解してしまった。
 気にならないといえば嘘になるが、だからといって似た女の裸が見たいわけではない。必要ないと荒れそうになる声音を落ち着かせながら、錆兎は紙袋に入った雑誌を押し付けた。
「いらねえの」
「いらない。そんなものを見て何になるんだ」
 似ていれば良いという話ではない。幼い頃から見ていた顔を脳裏に浮かべた。
 いい加減腹を決めろと宇髄は言いたいのだろう。似たようなことは以前から口にしていた。
 そんなことは錆兎もわかっている。常日頃男らしくありたいと思っていて、そうあろうと振る舞ってはいるものの、いざ本人を前にすると言いたい言葉が出て来なかった。
「でもよ、思わぬ伏兵がいただろ」
 ぎくりと肩を震わせた。
 見た目につられて好意を寄せて来る輩は少なくない。だから錆兎は擦り寄ってくる馬の骨どもを文字通り蹴散らして来た。錆兎自身も嫌いなどでは決してなく、むしろ良い友人になれそうだと思っていた相手が、蹴散らして来た者たちと同じように錆兎との勝負を願い出てきたのだ。
「見応えあったぜー。決着つかなかったしな」
 頷きながら感想を伝えてくる宇髄は純粋に観戦していたらしく、俺ならあの時避けられたなどと口にする。人の気も知らないで。いや、錆兎の気持ちを知っているものの、それは勝負事には関係ないようだった。
 後輩である煉獄が義勇を好いていることを、錆兎も宇髄も全く勘付いていなかった。
 本人の進言がなければいつまでも気がつかなかったかもしれない。それほど煉獄は自然体で義勇に接していた。
 煉獄のことは好ましく思っている。明朗快活で潔く、弱音を吐かず、他者に優しく接する様は、正しく錆兎が思い描く男らしさに当てはまるものだ。義勇も宇髄も彼のことは好意的に見ている。
 だからこそ複雑なのだ。
 錆兎に勝てたら義勇に告白する権利を渡す。それを撤回するつもりはなかった。蹴散らす自信があったからだ。
 宇髄が見応えがあったと言った通り、錆兎と煉獄の実力は拮抗している。油断すれば勝利をもぎ取っていかれる。錆兎は焦った。
「でも別に負けても冨岡が頷かなきゃ関係なくねえか。そもそもお前が決闘の真似事始めたのも有象無象のバカ男どもを叩き潰すためだろ」
 煉獄なら知っている奴だし、と宇髄は言う。
 それは言い換えれば、煉獄ならば義勇が頷く可能性があるのだ。
 はっきり好きだと言っていた。朗らかで優しいと笑いながら口にした、義勇の煉獄への評価を、笑みを向けながら聞いてはいたものの、心中は穏やかではなかったのだ。煉獄がまさか義勇を好いているなどとは思っていなかった時でさえ。
「義勇は押しに弱いんだ」
 煉獄のあの勢いで言い寄られでもしたら、勢いに負けて頷いてしまいそうな想像が容易に脳裏に浮かぶ。そんなことになってしまったら、己は一体どうなってしまうだろうか。たぶん立ち直れない。
「つってもよお……というか、恋愛対象じゃなきゃ流石の冨岡でも断るだろ……」
 どんな心配だよ、と宇髄は呆れたように錆兎を眺めた。お前、冨岡が絡むと馬鹿になるよな、と一言添えて。
「俺はまあ面白いから良いけど、うだうだムラムラしてる間に女作られたらどうすんだよ」
「女……」
「お前が目の敵にするのは男だけじゃなくて、むしろそっちが本命じゃねえ?」
 男子校なので女子と知り合う機会は極端に少ないが、健全な男子高校生であれば確かに、彼女を作るという未来のほうが先に来そうではある。蹴散らす訳にもいかない。
「それは、まあ……」
「近くのお嬢様学校の子と知り合ってよ、合コンの頭数集めようかと思ってんだが」
「行かないぞ。義勇もだ」
「そう言うなって。周りに目を向けてみるのも大事だと思うぜ」
 敵が多すぎる。
 にやにやと楽しげに笑う宇髄をげんなりと眺め、錆兎は溜息を吐いた。

*

 宇髄は二度見した。
 なにぶん人が多かったので、声を掛ける前に見失ったせいもある。
 休日のショッピングモールを彼女と連れ立って歩いていたら、以前から何かと話題に上る人物が数人を挟んだ目の前に立っていた。モールの中にある映画館で、可愛らしい女子と楽しげに話しながら映画のお供となる飲料とおやつを店員から受け取っていた。しげしげと眺めていると、仲良さげに二人で歩いて行く。彼女に急かされ宇髄がドリンクを手渡される頃には姿を見つけることは出来なくなっていた。
 友達、もしくは彼女かと考えるほどに距離が近かった。楽しそうにもしていた。交友関係が広くないことは知っている。女子の友人がいることは聞いたことがなかった。
 錆兎は知っているだろうか。仲の良い幼馴染な上、あいつは並々ならぬ想いを抱いているのだから把握しているとは思うが、もしこれが黙っていることなのだとしたら、尋常じゃなく落ち込むだろうことは容易に想像できた。
 しかしこれはチャンスではないだろうか。
 知らなかったとしても、錆兎が男気を出して告白する為の足掛かりになるのではないか。彼女だとしたら断られることになるが、たとえただの女友達だったとしても随分仲が良さそうだったから、焦らせる理由にはなり得るだろう。
 いい加減うじうじとのの字を書く錆兎の姿にも飽きてきたのだ。男がそんな仕草をしても少しも可愛くないし。

「こないだ映画行ったら冨岡がデートしててよ」
 テーブルにコップを勢い良く置きすぎて中の飲み物が飛び散った。飛沫が少々腕にかかり、宇髄は錆兎をじろりと見やった。平静を装おうとしているが、どう繕っても慌てているしそわそわと落ち着きがない。
「結構可愛い子だったぜ。ああいうのがタイプなのかね」
 弁当の白飯をかっ込み錆兎は聞こえていないふりをした。そもそも宇髄は他人の心情の機微には敏いほうである。錆兎はわかりやすすぎるが。
「あいつの姉は可愛らしい美人だ」
「いや、ありゃ同い年か年下だと思うぜ。俺が言うんだから間違いねえって」
 美的感覚は人より優れていると思っているし、女子の見る目は肥えていると自負している。どれだけ化粧で誤魔化していようとも、見た目で年齢を当てるのは割と得意である。童貞とは経験値が違うのだ。
「素朴でおっとりしてそうな感じだったぞ。肘で突いたりしてたから仲良いよな」
 飯が喉につっかえたのか、錆兎は胸の辺りを拳で叩いた。飲み物で流し込み一息つく。
「いねえのかよ、あいつの周りに仲良い女子は」
「……いるにはいる」
 少し考えた後、錆兎は口を開いた。
 少々つまらなそうに宇髄は相槌を打った。宇髄が口にした女子の特徴とも当てはまるらしい。
「何だよつまんねえ。知ってる女子かよ」
「たぶん幼馴染。けど一緒に出掛けるとは聞いてない……」
「お前ほんと……彼氏面するよな、彼氏じゃねえくせに」
「うるさいぞ」
 ふわふわおっとりした、妄想に描く女子そのもののような幼馴染らしく、よく三人で遊んでいたらしい。今でも時折三人で会うことはあったが、二人で出掛けるような仲だとは思っていなかったらしく、案外ダメージを受けているようだった。
「……真菰と付き合ってるのか……? いやでも義勇は何かあったら絶対俺に伝えてくるし」
「本人に聞けよ」
「付き合ってると言われたら立ち直れない」
 不思議で堪らない。普段公言している通り、錆兎はクラスでも男らしいと言われるほど硬派ではっきりとした性格だ。男が認める男らしさを持っているはずなのに、何が起こってこうなるのだろう。恋は人を変えるともいうが、それにしたって変わりすぎだろう。
「お前さ、ちゃんと冨岡に告白してみろよ。そんで玉砕するなりしねえと、お前の目指す男らしさが抜けてっちまうんじゃねえか」
 溜息を吐いて宇髄は言い聞かせるような声音で口にした。箸を持っていた右手はテーブルから上がらず、錆兎の表情は暗くなっている。
「それは嫌だが、義勇の顔を見ているとこのまま関係を壊したくないと思うんだ」
 乙女じゃねえか。これが可愛い女子なら慰めてやったところだが、相手はどんな奴であろうと負ける姿を見たことのない腕っ節の強い錆兎だ。無駄に鍛えられている。
 だが神妙な顔をしている錆兎を揶揄う気にもなれず、宇髄はふうん、と小さく頷いた。
「で、その愛しの冨岡くんは何してんだ? 全然飯食いに来ねえけど」
「今日は風紀委員の仕事だ」
「ああ……」
 お姫様を守る騎士様の真似事を冗談半分で提案した時、宇髄が本気でやると思っていなかった理由のうちの一つだった。委員会に属する冨岡は根が真面目なので、単に仕事を全うしようとしているだけなのだとは思うのだが。
 校則違反者に対しての扱いが物凄く厳しいのだ。
 厳しいだけではない。顔がもう怖い。染髪している生徒を見つけようものなら般若の形相で竹刀を持って追いかけてくるのだ。一部で騒がれている美形という長所も台無しである。宇髄も追いかけられた。友達であっても容赦は無かった。錆兎や煉獄は地毛だからという理由で見逃されている。俺もだっつうの、と愚痴を溢すと、知らなかったとそれ以降は無くなったのだが。
 人が変わるといえば冨岡もそうだった。普段は穏やかに宇髄や錆兎と話しているくせに、風紀を取り締まる間だけは恐ろしい何かに憑依されている。声も大きくなり、元々錆兎と同じ道場に通っているからか腕力がある。殴られると驚くほど痛い。それが良いという上級者もいる。宇髄には理解できなかった。
 そう、冨岡義勇は強いのだ。錆兎や煉獄、二人と喧嘩をしたとしても、一方的に負ける姿は想像できない。どちらかというと殴り合いをした後笑い合って空を眺める、なんて想像が浮かぶ。こいつらは案外そういうのが好きだ。拳で会話するような連中だった。煉獄はまだ理性的だ。見習えよ、本当。
「あれがお姫様とかマジでないな」
「何か言ったか?」
 小さく呟いた言葉が聞こえなかったらしく、錆兎は聞き返した。何でもねえよ、と宇髄は頬杖をついて溜息を吐き出した。

*

「あ、」
「え?」
 宇髄が声を上げ、視線の先にいた女子高生を眺めた。近くにあるお嬢様学校と名高い高校の制服を着た、如何にも女の子らしいと思える雰囲気を持った女子高生だ。
「何してるんだ宇髄」
 先を歩いていた錆兎が後ろで立ち止まった二人に声を掛けに戻ってくると、女子高生が笑顔を見せた。空気まで柔らかくなるような笑みだ。
「錆兎だ。今帰り?」
「ああ、真菰か」
 親しげに会話を始めた二人を眺め、煉獄は最初に声を上げた宇髄を見上げた。
「あいつの幼馴染。こないだ冨岡とデートしてるとこ見かけたんだよ」
「成程。……デート?」
「そう、デート」
 意地悪く笑う宇髄の顔を凝視していたら、聞こえていたのか錆兎が難しい顔をしてこちらを振り向いた。女子高生に時間はあるかと聞いているが、頷く前に手首を掴んで歩き出している。必死だ。
 必死になる気持ちは理解できる。何せ煉獄も驚いたのだから。

「へえ、義勇と私が? ………」
 考える素振りを見せた後、女子高生は錆兎に向かってにやりと笑った。どの時の話かな、なんてにこにこと問いかけている。
 有無を言わさず連れてこられたファーストフード店で、真菰と名乗った女子高生は嫌な顔一つ見せなかった。トレーに乗せられたポテトとシェイクは錆兎が奢った物だ。嬉しそうに喜ぶ姿は可愛らしかったが、義勇と名を呟いた後は、どうにも揶揄いの視線が混じっている気がする。錆兎に対してだけではあるが。
「ど、どの時だと……? 俺抜きでそんなに遊ぶのか」
「そりゃね? 別に三人で会わなきゃならない決まりなんて作ってないでしょ」
「それはそうだが」
「ここしばらくは特別だけどね。最近ちょっと寂しそうなんだよ」
 疑問符を掲げた錆兎が首を傾げる。シェイクのストローを咥えながら真菰が話し出した。
「錆兎が最近友達とよく二人で話してて、あんまり輪に入れないって」
 しゅんとしてて可哀想だったあ。真菰が続ける。錆兎は身に覚えがないようで、少々間の抜けた顔をしていた。
「何だ? 友達って、クラスメートなら義勇とも普通に会話してるが」
「うん、でも何か、妙な空気を出してるときがあるんだって。誰だったかなあ、確かう、うすいくん……」
「宇髄か?」
「あ、そうそう! その人と話してる時の錆兎は何かいつもと違うから、距離も近いし時々顔が赤かったりしてて、ひょっとして付き合っ」
「はあー!?」
 傍迷惑も良い所なんですけど! 何故か敬語で叫び出した宇髄は、真菰に向かって頭を下げた。
「いやほんと頼む、あいつの誤解解いてくんねえ? 俺こいつとそういう勘違いされるとかちょっと吐き気がするレベルで耐えられん。というか男と噂になるとかマジで無理。相談に乗ってやったってのにこの仕打ちなんなの?」
「俺だって嫌なんだが……」
「こんな善良な男友達をそういう意味で怪しむとかあのアホ……」
「うん、まあ、違うと思ってたけどね」
 宇髄の怒涛の勢いに押されることなく真菰は答えた。冨岡の勘は大抵当てにならないのだそうだ。特に色恋を混じえたものは。
 想定以上のダメージを負ったのは、何かとお節介と称して面白がっていた宇髄である。
「お前よお、もう本当にさっさと告白しろって……」
「真菰の前で何を言うんだ!」
「いや、知ってるけど」
 驚いた錆兎が真菰を見つめた。真菰自身はむしろ何故知らないと思うのか、と不思議そうだ。赤くなったり青くなったりと顔色が忙しない。
「だって錆兎わかりやすいし。文化祭から変な輩が増えたんだーって怒ってたじゃん。義勇には言ってないんだっけ」
「真菰ちゃんの見立てでは冨岡はどうなんだ? 脈アリ?」
「うーん。そりゃ義勇は錆兎好きだからねえ。でも脈アリかと言われるとわかんないな」
 テーブルに肘をついて頭を抱えた錆兎にちらりと視線をやり、真菰は続けた。
「恋とかするより友達と遊んでるほうが楽しいんだと思うよ」
「……まあ、義勇だしな」
 幼馴染の言葉は何よりも説得力がある気がした。わからないと言いつつ真菰は冨岡の心の内を予想し、錆兎は想定内だったようで頷きつつ受け入れた。長年共にいる二人だからこそわかる心の機微だ。少々羨ましい。
「そういや決闘受け付けてるんだったよね。まだ誰も告白してないの?」
「……ああ」
「錆兎が勝ち続けてるんだから、次にでも告白しちゃいなよ。勝ち目がなくても戦うのが男だよ錆兎」
「………」
 さりげなく玉砕しろと伝えてくる真菰に錆兎はまた頭を抱え、宇髄は笑いを堪えて震えていた。勿論無事くっついたらお祝いするよ、と錆兎を鼓舞することは忘れない。
「忘れているようだから言っておくが」
 真菰側へと体を向けていた錆兎が煉獄へ顔を向けた。以前の私闘を思い出しながら口を開く。
「俺との勝負は決着がついていなかったぞ」
 笑いを堪えていた宇髄が目を瞬いて煉獄を見た。何を言おうとしているか、どうやら気がついたらしい錆兎の顔は敵対心を滲ませたものに変わり、真菰はただ状況を飲み込めずに疑問符を掲げていた。
「だから先輩は俺を負かさなければ告白できんな!」
 今までならば擦り寄ってくる連中を退けてきた錆兎にその権利はあったのだろうが、煉獄との勝負は引き分けで止まっている。まだ誰の手にも冨岡への告白権は渡っていないはずだ。
「……良いだろう。お前に勝ったら義勇に告白する」
 何やらようやく覚悟を決めたらしい錆兎は、本来の男らしさが戻って来たように見えた。