ご訪問

 春休みに東京へ行く予定があるから会おうと提案すると、彼女は二つ返事で応えてくれた。
 会うのはクリスマスボウルぶりだ。どこに行きたいかと聞かれて大和が答えた言葉にセナは少々困惑したようだが、少し悩んでからわかったと頷いた。用事を済ませてから駅前で待ち合わせ。姿を見せたセナはスニーカーにジーンズを履いていたけれど、身体の線が見えるカットソーを着ていた。選抜の時のようなだぼついたトレーナーではない。
「久しぶりの東京なのに、本当にうちでいいの? 遊びに行ったりとか……大和くん?」
「……大丈夫。セナの家にも行きたかったんだ」
 そうか。更にいわゆるスキニーデニムといわれるものをセナが履いているのだ。今日はクリスマスの時よりも普段着に近いもののように見えるのに、身体の線が浮き彫りになっていて非常に心を揺さぶられてしまった。
 自分で選んだのかな、とあまり服に注意が向いていないセナの、防具のない胸の膨らみと脚に目が向いてしまうのを我慢した。
 家に二人きりなんてことになったら、触るのを我慢できるだろうか。
「あの……今日お母さんいるんだけど……」
 残念。本能に従った心の声が胸の内で溢れた。母親、家族というものは、我慢する気でいるのならこれ以上ない抑止力となる。だが問題はない、家族が在宅の場合のことも考えているから大丈夫だ。これ以上なく残念だが。
「うん、挨拶しないとね」
「や、その、大丈夫! へ、変な人だしあんまり気にしないで。人呼ぶとしか言ってないから……」
「言わないほうがいいのかい?」
「で、できれば……」
 がちゃりと音を立てて玄関のドアを開ける。
 歓迎されない可能性があるということだろうか。セナの母親という存在がどんな人かを今まで聞くことはなかったけれど、気難しい人なら余計に挨拶は重要になりそうなのだが。セナは小さくただいまと声をかけ、そっと大和を玄関そばにある階段へと促した。
「おかえりセナー。お客さん来たの?」
「………っ!」
 奥の部屋から顔を出したのはセナに似た雰囲気の女性だった。会話の流れから母親が彼女であるとわかる。大和と目が合った瞬間、彼女は目を剥いて玄関まで駆け寄ってきた。ちらりとセナへ目を向けると、何とも言い表し難い表情を晒していた。
「あら! あらあら! ええと……? あなたは?」
「大和猛です。お母さんですよね、お邪魔します」
「え、ちょ」
「あらあらあらお母さんだなんて! ちょちょセナったらもー! 何このイケメンはあ」
「ちょ、ほんとやめ、」
 大和がしていた予想と違い歓迎されていないわけではなさそうだ。しかしセナとしては関係を隠しておきたいようだから、大和も最低限伝えるべき挨拶だけを告げて笑みを向けることにした。
「セナさんと仲良くさせていただいております」
「仲良くだなんてまあー! こんな格好良い子がうちのセナとなんてグフフ」
「それやめてって言ったのに! も、もういいよね!? 部屋行くからね!」
 ぐいぐいと背中を押すセナの意を汲み、大和は階段を上って促されるままにセナの部屋へと足を踏み入れた。
「お、お母さんなんて呼ばなくていいよ。おばさんとかでいいの、過剰反応するから……。と、とりあえず、飲み物持ってくるね」
「お構いなく」
 どうやら母親側の反応を気にして言いたくなかったようだ。拒絶もされていないようだし、大和には賑やかで良い母親のように見えた。セナにも少し似ていて微笑ましい。
 部屋の中をぐるりと見渡した。
 アメフト関連以外は普通の女の子の部屋に見える。さすがに好きな子の部屋は大和もそわそわしてしまうが、自分の一番のテリトリーの中に入れてもらえるのは嬉しかった。
「はあ……」
「家はやめたほうがよかったかい?」
「いや……大丈夫。お母さんがアレなだけだし……」
 しばらくしてトレーを持って部屋へと入ってきたセナは、溜息を吐きながらグラスと菓子を大和へ差し出した。
「俺は嬉しかったけどね。歓迎されてると思えたし」
 そう、あそこまではしゃがれては大和も有難いくらいだった。しかも相手はセナの家族、一番セナを見ていた母親だ。今後も考えると嬉しくないわけがない。
「う……うちのお母さん面食いだから……アメフト観始めてから桜庭さんのファンになってて。たぶん、大和くんもファンになると思う……」
 桜庭は元モデルという話だったから、そこに並べられるのも光栄なことである。だが言外にセナから格好良いと思われているのがわかる言い方をされては、ついそちらに気を取られて更に喜んでしまった。
「じゃあ試合は帝黒を応援してくれるのかな」
「はは……そうなる可能性もあるかも」
「それは嬉しいな。娘のチーム相手ならそんなことはないだろうけど、セナが出ない今年一年だけでも応援してくれるなら」
 今年セナの後輩である泥門がクリスマスボウルに出場したら、セナは大和を胸の内で応援してくれるだろうか。取り留めもないことを考えてしまっていたが。
「大和くんは今年も秋大会出るんだよね」
「ああ。セナがいないのは少し寂しいけど」
「泥門は中坊くんがキャプテンだし、今年こそクリスマスボウルに行くよ。応援は行けないけど……ネットで観るし」
 ほら。この様子では大和ではなく後輩を応援しているのだから、去年が特別だっただけだ。大和にとっても去年のクリスマスボウルは、進と勝負ができた思い入れのある試合となっていた。
「ああ。俺もね、一つ決めたことがあるんだ。進路先のこと」
 三年の冬まで部活をする帝黒アレキサンダースは受験にかける時間がないからか、大抵が内部進学か推薦で大学を決める。進学と決めている大和もそうである。
「推薦はいくつか貰ってるんだけど、セナのところにもあっただろう? 最京大学。あそこは男女の縛りもなく有能な選手をスカウトするし、選手層も厚く全国でも強豪校だ。俺も推薦を貰ってね、大学はそこにしようと思ってる。今回もそれが用事だったんだ」
 スカウトマンとの面談をしてきたところだ。ついでに最京大アメフト部の見学もさせてもらってきた。帝黒も大概最新設備が揃えられていると思っていたが、大和も目を見張るほどの設備と部室だった。
「大和くんが最京に……」
「ああ。それに、東京に来ればもう少し会えるだろう?」
「へ……そ、そんなこと」
「俺にとっては大事なことだよ。最京以上の大学が関西にあれば違っただろうけどね」
 照れたらしいセナの頬が染まる。
 数あるセナの好きなところだが、中でも大和の言動に照れて頬が染まる瞬間は上位に入る。視界に鮮やかさが増して、ずっと見ていたくなるくらいに好きだった。
「……うん」
「それで、前はまだ考え中だと言ってただろう。留学中受験するにはなかなかハードだろうし、希望として入るかもしれないから、もし推薦で大学に入るならセナの希望先を知りたくてね」
「……ぼくは……」
 少しの逡巡から俯いていた顔が上げられ、フィールドで見てきた戦士の目が大和を見据えた。
 この目が大和を捉える瞬間にどうしようもなく胸が震える。一番といっていい好きな瞬間だった。
「最京には行かないよ」
 どこかわかっていた答えがセナから紡がれる。むしろそれを待っていたとさえ思うくらいだった。だって彼女は強者と戦うことを望み、挑戦者であることを望むのだ。
「ヒル魔さんとか……強豪に挑戦してみたいし、大和くんと戦うの楽しいし……」
「だろうと思ったよ。予想はしてたからね」
「う……そ、そっか」
 笑みを向けた大和の言葉にセナが少し狼狽えたが、相槌を打って俯いた。小さなテーブル越しにもじもじと膝の上で指を動かしているのが見える。
「進学するのは決めてるんだけど、あんまり勉強できないし、学力的には炎馬だなあと……栗田さんも受かったらしいし」
「俺が教えるのに」
「それだと大和くんが勉強できないよ……あ、推薦だから受験ないんだっけ……」
 自分を卑下しがちなのは成績が良くないからなのかもしれない、と大和はふと思い至ったが。
「対等な選手としてもいいけど、たまには頼ってもらえると俺も嬉しいな」
 思い至ったことが正解だからといって、大和は大和で彼女に頼られるのを望んでしまうのだ。その理由は勿論、目の前のセナにある。
「う……だ、だってその、英語も頼ってるし他もなんて駄目だよ」
「別にいいのに。無条件に何でも頼みを利きたくなるのはセナだけだよ。特権は使っていい。その代わり俺も使わせてもらうから」
「……え? ぼくにできることなんて」
「これ」
 至極不思議そうに大和を見上げた瞬間、大和はセナへキスをした。相変わらず慣れないらしいセナはやっぱり頬を染めて絶句したが、それが見たくてやっているところもある。
 大和の言動で照れるのが可愛くて、困らせるのをやめようとしても無理なのだ。
 目と鼻の先でセナを見つめてじっと待っていると、困り果てたようにたっぷり視線を彷徨わせてから目を伏せた。
 もう一度口づけて、更に二度、三度と繰り返す。下唇を食むとぴくりと震え、閉じていた瞼が緩く持ち上がって甘さの滲んだ目が向けられた。
 恋人としての顔が向けられる瞬間は、戦士の目で見据えられる時と同じくらい好きな瞬間だ。これからも大和にしか与えられない特権である。
 舌を入れるのはまだ早いのかなあ、なんてぼんやり考えながら、大和の手はセナの小さな背中を宥めるように擦っていた。呼吸を止めていたらしいセナがふと口を離して息を吸う。開けてしまったか、なんてセナのせいにして思いきり唇に食いついた。
「んぅっ」
 咥内に入り込んだ舌に驚いたらしいセナは小さく声を漏らしたが、それは大和にとっては行動を煽るものにしか聞こえなかった。
 というより、いつもより身体の線が出る服装から何から、今はセナのすべてが大和を煽るものにしか見えなくなっている。ああ、困ったな。ゆっくり進めてあげたいけれど、こちらの我慢が足りなくなってしまった。さすがに家族のいる家では避けたいと大和も思いはしているのだが。
「こんにちはー! セナいますか?」
 味わうように咥内を舐め回していたところに、階下の玄関先から女性の声が聞こえ、大和とセナは揃って固まった。とろりと蕩け始めていた目が理性を取り戻して丸くなったのに、唇を離すと唾液の糸が二人の間で繋がっているのが妙にアンバランスだ。我に返ったという表現が正しいのかはわからないが、いつの間にか二人でカーペットに倒れ込んでいた大和の脇からセナは上体を起き上がらせ、真っ赤になった顔を両手で覆い隠した。
「………、……ま、まもり姉ちゃん」
「……そうか」
 姉崎まもり、だったか。泥門のマネージャー兼主務だった女子だ。セナの幼馴染だという話でもあったから、家に来るのは日常茶飯事なのだろう。大和からすればはっきりいって、大変良いところで邪魔が入ったという感想しかないが。
「続きはまた後で、かな。照れてるのは可愛いけど、それじゃすぐにばれるよ」
「うう……だ、誰のせいで……。ちょ、ちょっと、席外すね!」
 顔を隠しても赤くなった耳は隠せていない。恨めしげに文句を言っても大和にとっては嬉しいだけだが、慌てて部屋を出ていったセナは途中姉崎に見つかったらしく、先にトイレだと叫んで足音を立てて駆けていった。またドアの音が聞こえたから、恐らくトイレに辿り着いたのだろう。
「まもりちゃん、セナ今イケメンのお客さん来てるから、邪魔しちゃ駄目よ」
「え? あ、そうなんですか? 誰だろ」
 会話も丸聞こえで賑やかだ。大和自身も昂りかけていた興奮を押し込めるために素数でも数えようかと思ったのだが、階下の日常的な会話を聞いていると冷静になってきた。
「そうなのよ背が高くてイケメンで! 大和くんていうんですって!」
「えっ? やだ、聞いてない。挨拶したいけど……」
 言っていないのか。大和はこれ幸いとチームメイトへ伝えることに成功したが、幼馴染ともなれば言われないのは寂しいのだろう。少しばかり意気消沈したようにも聞こえた。
 ドアの音がまた聞こえ、足音とともに姉崎がセナの名を呼んだ。どうやら大和から逃げたセナが顔を出したらしい。
 ねえ、お邪魔だった? ごめんね。ただのお裾分けだから、はいこれ。ねえ大丈夫? あ、そう? じゃあまた話聞かせて! そう聞こえてきた声とともに、玄関ドアの開閉音が響いた。静かになった玄関は少し寂しいが、おかげで大和の気持ちも落ち着いてきた。しばらくして部屋へと戻ってきたセナはまたトレーを持っていて、更に足元から猫が入り込んでくる。どうやら猫も大和の邪魔をしに来たようだ。
「ケーキお裾分けだって。まもり姉ちゃんお菓子とかも作るからよく貰うんだよね。ぼくは作れないけど……」
「俺も作ったことはないな。今度二人で挑戦してみようか」
「……うん」
 嬉しそうに笑ったセナに目を奪われながら、どの部分が嬉しかったのかを予想してみた。そんなにケーキを作りたかったのか、それとも大和と一緒に作るのが嬉しいのか。後者ならば大和も嬉しいのだが。

「本当に駅まで行かなくていいの?」
「いいよ、道も覚えたし」
 結局侵入してきた猫――ピットがセナの膝をひたすらに占領していたおかげで続きはお預けを食らう羽目になってしまったが、まあそこは仕方ないと思うべきだろう。玄関前で見送りに立ったセナと向き合い、大和はついでに一言伝えておくことにした。
「お母さんたちに言ってもいいと思えたら、改めて挨拶に伺うよ」
「………、う、……うん。じゃあ……わっ、」
 狼狽えつつも頷いたセナを抱き締めると、存分に慌てたあとそろそろと背中へしがみつくように腕がまわされた。
「見送りには行くから」
「……うん。ありがとう。大和くんも、クリスマスボウル楽しみにしてるから」
 最後にキスをしたらもっと照れて慌てると思ったのに、セナは嬉しそうに笑みを見せた。

*

「何かあったでしょ、大和くんと」
「っな、な、何が!?」
 ぼうっとしていたと思ったらほんのり頬を染めて、膝を抱えて顔を埋めたり、顔を上げたと思ったら真っ赤になっていたり。かと思えばカーペットの上でもんどり打っていたり、ふと何かに気づいて正座をしたり。階段を上がって開いたままになっていたドアから見えたセナの様子だ。これで何もなかったとは絶対に考えられない。
 やはりセナの母を押し退けてでも部屋に押し入るべきだったかもしれない。
 大和猛。告白した時はまもりもはしゃいでしまったけれど、セナに一体何をしたというのか。無理強いだとか同意がないとか、話次第では直談判も吝かではない。まもりは部屋に入ると膝を突き合わせてセナに向き直った。
「なな、何でもないよ。あ、ケーキありがとう、美味しかったよ」
「そう? 砂糖控えめのレシピで、やっぱり普通のが美味しいなって思ってたんだけど。で、お家デートどうだったの。いつから付き合ってるのよ、聞いてないわよ」
 妙な鳴き声を発したセナは項垂れて顔が見えなくなったが、耳まで赤いので照れていることは明白だ。そして即座に否定しないあたり、本当に大和と付き合っているらしい。
「……しゅ、修学旅行で……」
「修学旅行……夏前ね。もう、そんなに前に……あ、クリスマスボウルの時の服装が可愛かったのは彼に会うためだったのね。私もすぐ帰ったし気づかなかった……。ねえ、同意がないまま変なことされてないわよね?」
「へ、へ、変なことって!?」
 過去最高に怪しい。アイシールド21の正体はまもりが見えていなかったせいもあるが、わりと自然に隠していたと思ったのだが。恋愛ごとに慣れていないせいかもしれない。もしかしたら大和が初恋なのかもしれないし。
「な、ないよ! 大丈夫……その、い、嫌なことはされてないから」
 まもりはふと思い至った。嫌なことはされてない、けれども、嫌じゃないことをされてるのかしら、と。
 そこに思い至った途端、まもりもまた照れて頬が熱くなってしまったが、セナと一緒に狼狽えている場合ではない。嫌なことはされていないのならまあいいのだが、それはそれとしてまもりには付き合っていることを教えてもらっていなかったのである。
「それならいいけど。も、もうセナったら、話したいことあるんじゃない? 聞くわよ惚気」
「の、惚気って……そ、そんなのまもり姉ちゃんだって」
「えっ!? な、何の話!?」
 突如として白羽の矢を立てられたまもりは更に狼狽え、驚きのあまりセナのように吃ってしまった。
「いや、ヒル魔さんと……」
 びくうっ! と思いきり身体が震え、セナが不審そうな顔をしながら本当なんだ、と何やらかまをかけたようなことを口にした。人を試すようなことなどしたことのないセナに、まさかしてやられるとは思わなかったまもりは混乱した。
「なな、何でそんな、ヒル魔くんなんて名前が」
「うん、まあ鈴音に言われたからなんだけど……怪しいって話」
「怪しくなんかないわよ……」
 だって付き合っていないもの。確かに何だかんだと進学先も同じになって、いつも放っておけないと思ってしまうけれど、そもそもあの男と付き合うなんて話になったらセナだって止めるかもしれないのに。
「付き合ってなんかないから。大体セナだって私がもしヒル魔くんと付き合ってるなんて話になったら反対するんじゃない? あんな人だもん」
「………? なんで? ヒル魔さんは優しいじゃない。まもり姉ちゃんが一番見えてたんじゃないの?」
 酷いと怯えていたこともあったのに、セナはすでにヒル魔を優しい人物だと認識するようになっていた。
 必要以上に自分を大きく見せて、ハッタリを効かせて勝負を仕掛ける。敵に回すと非常に厄介極まりない相手ではあるが、その分味方にはわかりにくく信頼を向ける。日本一を果たしたあの年の大会で、ヒル魔はチームメイトへの信頼を隠さないようにもなっていたくらいだ。セナにも彼の本質は見えていた。
「これも鈴音が言ってたんだけど。ほら、月刊アメフトの昔のインタビューでさ、好みのタイプは使える女って書いてたの。まもり姉ちゃんのことだよね」
「な、何言ってるの! セナのことかもしれないでしょ!」
「まさかあ」
 セナの言葉にまもりの頬が染まり、慌てて別の仮定を持ち出したけれど、セナは全く意に介さずないないと手を払った。ないわけないでしょうにと思うものの、ヒル魔がセナに向ける感情はそれこそまもりと似たものであることをまもりは知っていた。
 使える女が本当に好みのタイプの話なら、それはアイシールド21のこと。一つ掛け違えばそうなった可能性はきっと高い。それほどにヒル魔はセナを信頼して、大事にして、手元に置こうとしていたのだ。
 しかし、今はもうシスコンの兄、何なら親バカの父親紛いの感情になってしまっている。それをセナも何となく感じ取っていたのかもしれない。
「ま、まあ、私のことはいいのよ。それで、あんなに困惑してたのに、セナはどこが良かったの?」
 なんで、どうして、意味がわからない。あんなに凄い人がぼくを好きだとかおかしい。変な人だ。あれは選手として好きだと言ってくれているのに、本人は恋愛感情だと勘違いしてしまっている。でも言い方があれだから、こちらも勘違いしそうになって困る。そんなことを口にして、泣きそうになっていたのを思い出した。
「………。……だって、真っ直ぐだよ大和くん。あんなに真摯にぼくが良いんだって言われたら……。そ、それに変な人だけど優しいし! ちょっと強引な時もあるけど……」
 変な人認定は継続しているらしい。大和とのやり取りを思い出しながら話した時の表情があまりに大人びて見えて、まもりが追えない速度で遥か遠くに連れ去られてしまったような気分になった。
「……そっか。セナが好きならいいんだよ」
 それでも、何かあれば絶対に助けに行くからね。まもりの手を離したセナに庇護なんて必要ないはずだと思っても、妹を取られたことはやっぱり悔しいのである。