クリスマス
「それで、その……クリスマスボウルの相手は、」
「……王城ホワイトナイツか。……進清十郎」
セナが尊敬する、関東最強のラインバッカー。
その実力は大和もよく知っている。ワールドカップで味方として戦った時のあの安定感も、敵となれば最高に厄介なものへと変わる。
クリスマスボウルに向けて、今年の泥門はどれだけ強くなっているか。偵察から戻ってきた花梨が大和を見て泣きそうな顔をした理由は、試合のすべてが収めてある映像の中にあった。
関東大会決勝戦、泥門デビルバッツ対王城ホワイトナイツの戦いは熾烈を極めたものだった。関東大会まで駒を進めたチームが弱いわけは決してなく、どちらかが一方的に叩きのめされたわけでもない。むしろ決勝戦に相応しい戦いだったと思えるものだった。
「関東には実力のあるチームがまだまだ埋もれてるんだ。ワールドカップで味方として戦った選手は沢山いたんだからね」
映像の中では試合終了後、腕で涙を拭いながらセナが進と握手をしている。表情までは見えないが、涙を止めた後は穏やかな様子で話しているように見えた。
「……決着はつけられないと思ってた相手だ、不足はないよ」
泥門が来ないなら王城。過去何年にも渡り、神龍寺ナーガがクリスマスボウルに進出してきていた関東の強豪チームだが、大和にとっては泥門ではないのなら進のいるチームが来るのは必然にも思えた。
「順番に見ていこうか。まず、花梨が注意しなければならないのはこの選手だよ、進清十郎。セナ……小早川セナと同じ光速の脚を持ち、ベンチプレスも俺より記録が上だ」
「や、大和くんも百キロ超えとったんやけどね……」
「捕らえられれば逃げようがない、慢心もしない真っ当に強い選手だ。……だが、マッチアップしたら――決まっている。勝つのは俺だ」
セナが尊敬する進を下して日本一を取り返す。それだけである。
*
王城も出場が悲願だったクリスマスボウルは、たった今帝黒アレキサンダースの勝利で幕を閉じた。接戦だった試合は観客席を湧かせ、鳴り止まない大きな拍手が送られている。スティックバルーンを叩き続ける寅吉が桜庭の名を泣きながら呼んでいた。
凄かったなあ。目に焼きついて離れない戦いは、観ていてわくわくするものだった。観客席にいることが寂しく思えるくらいに。
関東勢二連覇を狙った今年は敗退に終わってしまったけれど、進や桜庭のいない王城ホワイトナイツも、来年はきっともっと強くなってくる。セナたちのいない泥門だって同じように強くなるはずだ。
スティックバルーンを抱えたセナは挨拶をしている選手たちへと目を向けた。握手を交わす大和と進が見える。
関東勢二連覇を応援する側にいるセナとしては、本当は駄目だったのだが。
――でも、心の中だけなら構わないよね。
そう考えたセナは心中でだけ、大和へ聞こえないエールを送っていた。
それがばれるときっと怒られる。だから心の中でだけだ。とはいえ大和との付き合いを知っている人間――中でも鈴音は、何も言っていないのにわかったような顔をして笑みを向けてきたけれど。
そして試合が終わった後、会場を出て王城と挨拶をしている帝黒の面々を遠目に確認したセナは、大和と約束した場所で一人待つことにした。
クリスマス会うんでしょ、なんて教えてもいないのに何故か当ててきた鈴音が選んだ服を着ているのである。スカートなんて寒くて履けないと言ったのは脚が出るからだというのに、だったらキュロットにしようと言って結局膝が出る服だった。しかも走れることを優先してスニーカーにしてしまったので余計寒い。タイツだけでは耐えるのがきついけれど、着ると決めたのはセナである。要するに自業自得だった。
両手でカイロを揉み込みながら、手元に息を吐きかける。寒いけれどあの凄かった試合を思い出せばそんなに気にならなくなった。そういえば試合中は全然寒くなかったのだ。
「セナ!」
「、大和くん」
思い出す試合に意識が集中し始めた時に名を呼ばれ、慌てて顔を向けた。大和とその後ろに帝黒の選手たちが覗き込むようにこちらを見ていた。
「お! セナちゃんや」
「ど、どうも……優勝おめでとうございます」
こんな総出で顔を合わせると思っていなかったので、セナは少しばかり恐縮しながら会釈した。王城の乗ったバスはもう出発したらしく、今はもう帝黒の面々しか残っていない。
「まじで彼氏になったんやなお前……」
「何故か交際を疑われてるんだ」
「あ、そ、そうなんだ……」
皆に言ったのか。それはちょっと、かなり恥ずかしい。寒さだけではなく羞恥で頬に熱が上がっていくのがわかり、セナは照れて大和の影に隠れようとした。
「セナちゃん!」
大和の脇から顔を見せた花梨に気づきセナも笑みを見せた。
優勝と試合への労いを口にすると、進が怖かったと小さく弱音を吐いていた。確かに試合中の進は恐ろしいので、花梨が怖がるのも頷ける。セナだって最初は本当に怖かったし。
「ほれほれ、目の保養はもうええやろ。そろそろ邪魔したんなや」
「あ、ほなセナちゃん、またね」
「うん」
集まっていた選手たちを一人が促してバスへと戻っていく。花梨にも挨拶をして、ようやく周りに人がいなくなった。
「優勝おめでとう」
「ああ、ありがとう」
「……クリスマスボウルに、行けなくて……」
会ったらまずはこれを謝ろうと思っていた。そりゃ有言実行がどれほど難しいかはわかっているけれど、不実行をしたくてしているわけではないということも、大和はわかってくれているだろうけれど。王城に負けたのが許せないとか納得いかないとか、そういうわけでも決してない。それこそ進に勝つのはひと筋縄ではいかないことくらい思い知っているのだ。それでもやっぱり、帝黒がクリスマスボウルに来たのだから尚更不甲斐なかった。
「来てただろう?」
「観客でね……」
「そうじゃないよ。進氏とトレーニングでもしたかな」
俯きかけた顔を上げると、大和は笑みを見せてセナを見下ろしていた。
関東勢でのマンツーマントレーニングは、今年も関東大会優勝校で開催していたのだ。敵同士であっても技術やトレーニングは惜しまずに伝える。そうして切磋琢磨して、妥当関西を掲げていた。
それを大和に言ってはいなかったけれど。
「進氏の後ろにアイシールド21の幻影が見えた気がしたよ。間違ってなかったようだね」
セナが進にコーチできることなど何一つとしてないけれど、それでも大和は何かを感じ取ってくれたようだ。
嬉しい。気づいてくれたことが嬉しくてつい頬を押さえて照れてしまった。
「う、うんそう。マンツーマントレーニングって、去年から関東の出場校で協力してて……ぼくは進さんと」
「ああ、そういえば去年も泥門はデータより強くなってたな。……マンツーマンね」
「?」
「何でもないよ」
進とのトレーニングはどちらがコーチを受けているのかわからないくらいのものだった。セナのラン技術が進にとってどれだけ力になるのか不安だったけれど、観ていた試合でも彷彿とさせるようなこともあった。こうして敵チームだった大和が言うのだし、勘違いではなかったとも思えて嬉しい。
「あ、あの……口には出せなかったけど、大和くんのことはこっそり応援してたよ。関東二連覇はしてほしかったけど、……大和くんには、勝ってほしかったから。心の中でなら、チームじゃないならいいかなって……誰も聞いてないし、わっ。あ、あの、」
突然抱き締められてセナは慌てた。
前もそうだったけれど、帰国子女だからか大和はすぐ抱き締めようとするようだ。こちらはがっつり日本育ちで友達も殆どいなかったから、抱き締めてくるくらい近い距離感にはまもりしか慣れていないのに。心臓がどきどきしてうるさい。
「ありがとう」
「え、ええと、あの。クリスマスプレゼント――」
だから、大体いつも突然なのはわざとなのだろうか。少し緩んだ腕に安堵した瞬間、大和が顔を近づけてセナに口づけてきた。触れた唇が離れても、目と鼻の先に大和の顔がある。言葉を発せずセナは真っ赤になった。
「誕生日も会えなかったからね。俺もちゃんと持ってきてるよ、クリスマスプレゼントと一緒に誕生日プレゼントも」
「………、……そ、そんな、いいのに」
「俺が渡したいだけだよ。移動しようか、寒いだろう? かなり待たせただろうし」
寒さなんてどこかへ吹き飛んでしまった。ようやく身体を離した代わりに両手を取られ、大和の大きな手に包まれた。頬は熱くても指先は冷えていて、大和の体温が移ってくるのが何だか恥ずかしい。大丈夫だと口にすると、ぎゅうぎゅうと両手を揉み込んだあと片手を離して手を繋がれた。
「ところで、今日もおしゃれしてきてくれたのかな。俺を待ってる姿が可愛くて驚いたよ」
「へ。な、なに。なんで今日もって」
「うん、選抜の時から気になってたんだが、自然体の時と妙に服を気にしてる時があったから、スカートは履き慣れてないのかと思ってて。ごめん、服を褒めるのはまだ早いかと思って言わなかったけど」
本当はいつも可愛いと思っていた、などと。色々とキャパシティを超えそうでセナは思考が働かなかった。
そういえば選抜中は本当に普段着だったのだった。気づく人は気づくのかな、と感心しつつ恥ずかしさについ謝った。普段着は本当に動きやすさだけを重視しているから、まるで男の子のようで鈴音に文句を言われていたので。
「なんで謝るんだ? 俺はね、どっちも好きなんだよ。だから両方見せてくれると嬉しい。俺のためにおしゃれしてくれるのも嬉しいからね」
少しは手を緩めてほしいのだが、大和は恐らくこのままセナをずっと翻弄してくる気がする。うう、と唸り声を漏らしたセナは自分のことばかりで気づかなかったけれど、寒さではない赤みが大和の耳を色づかせていた。