帝王の恋

 クリスマスボウルが終わった帰り際、本庄鷹に連絡先を聞こうと意気込んだモン太に付き合い、帝黒学園の選手たちが出てくるのを待っていた。バスに乗り込もうとするチームメイトたちを眺めていると、敵だった関西最強のチームが続々と現れた。
 帝黒アレキサンダースの面々と挨拶を交わし、泥門よりも人数が多い彼らの中から本庄鷹を探し出し、鼻息荒くモン太が足を踏み出した。と同時に帝黒の人だかりに紛れて慌てている小泉花梨と目が合ったが、その隣を大和がずいと掻き分けてきた。
「きみのことが好きだ」
 周りの誰かが咳き込むのが聞こえたのだが、セナは思いきり目が合った大和が言い放った言葉を理解し損ねていた。栗田並の高さにある彼の顔をぽかんと見上げる。
「大和、お前っ!」
「突然過ぎるわ……」
「セナちゃん全然わかってないじゃんね」
 隣にいたモン太へ顔を向けると、何やら顎でも外れたのかというほど表情を驚愕に染めている。というかバスに乗り込もうとしていた泥門の面々もほぼ全員が振り向いて愕然とした顔をしていた。ヒル魔は至極鬱陶しそうな顔を大和へ向けていて、まもりと鈴音は頬を染めて互いの手を握り締めている。反応が女の子でやっぱり憧れる二人だ。ではなく。
「………、……へっ!?」
 好き。真正面からセナと目を合わせた大和が、誰を。それは恐らく目が合った人間に言っているのだろう。目が合っているのは、セナである。
 それにようやく気づいたセナは、周りと同様に驚愕したまま頬を染めた。
 いや、待て待て。現実的に考えてそんなことあるわけがない。そういえば帝黒は全国から引き抜きを行っているのを思い出した。
「そ、その、引き抜きとかの話ですか……? だったらその、」
「……ああ、それはそれで良い考えかもしれないね。でも今は俺個人の気持ちを告白してるんだ。小早川セナという人間が好きだと言っている。勿論、恋愛感情として」
「ハ!?」
「ハァ!?」
「ハアアア!?」
 愕然としていた三兄弟が割り込んで反応したと同時に、セナは再び驚愕にあんぐりと大口を開けることになった。
 大和がどんな人なのか、選手としては理解できても人となりはまだわかっていなかったようだ。いやそうか。彼自身は標準語を話しているが、関西の学校の人だからそのノリに染まったのかもしれない。帝黒のキャプテンである平良は頭を抱えてしまっていたが。
「じょ、じょ、冗談だよね……?」
「何故?」
「え……」
 至極不思議そうに、本当にわからないといった様子で大和はセナへ問いかけた。
 だって、見ればわかるだろう。アメフト選手としても一流の大和は体格もそうだが、格好良いと言われるような外見だ。自信に満ちた性格をしていてどんな時でも輪の中心にいるような人である。対してセナは、脚だけが頼りの地味で目立たない女子。まもりのように誰もが振り返るほどの美人だったり、鈴音のように特別可愛かったりもしない。
「俺は冗談は言わないし、自分の気持ちを間違えたりもしない。きみと戦えたクリスマスボウルは、どんな試合よりも興奮したし必死にさせられたよ」
「あ、そ、そう、なんだ。大和くんが……」
 本物のアイシールド21からそう言われてしまうと、恐縮すると同時に飛び跳ねたくなるくらいに嬉しいものだった。なんだ、恋愛ではなく選手としての話か。驚いた胸中を撫で下ろし、安心したところでセナは俯きかけていた顔を上げた。
「きみの疾さは唯一無二の技術だ。それに、気迫で負けるつもりはなかったが、絶対に勝つという強い意志。最後まで諦めず、あまつさえ俺を抜き去ったきみに惚れない理由があるだろうか。ああ、勿論他のメンバーに気迫が足りなかったというわけではないよ。マッチアップしたのがきみだったのは幸運だった」
「………、………」
 二の句を告げずに固まったままセナは落ち着いたはずの頬の熱がぶり返したのを感じる羽目になった。それって結局選手として好きだと言ってくれているだけなのでは? と思うのだが、それを大和は恋愛感情だと宣っているのだ。何故と聞きたいのはこちらなのだが。
「さ、さあ……。あ、あるんじゃない、かな……」
「そうかい? きみに魅せられた者がどれだけいるか、数えるのも大変そうだが。それでも勝つのは俺だけどね。――ストップ」
「ひいっ!」
 セナの本能がこの場から今すぐ逃げたがっていたというのに。じり、と数センチ程度後退りした瞬間、気づいたらしい大和は素早くセナの手首を掴んだ。せっかく編み出した新技も出す前にである。泣きそうだった。いや、大和が怖いとかではなく、どうしていいかわからないせいだが。
「うちのセナに触んじゃねえよ敵だろうが!」
「試合は終わった。今はもう同じアメフト選手だ」
「知らねーよ離せっつうの!」
「おいおい、乱暴はやめーや」
 愕然としていた面々が復活したらしく、十文字が大和とセナを引き剥がそうと割り込んできた。正直助かった。誰か何とかしてほしくて過去最高に困っているので。
 しかし大和は十文字たちの割り込みもものともせず、彼らを押し退けて結局手首を掴んだままセナの前に立ち塞がった。
「今すぐ返事が欲しいとは言わないよ。今はね」
 色々不穏な言葉を吐いているような気がするのだが。しかも、先程の話ではやはり恋愛感情など大和の勘違いのようにも思ってしまう。
 だが、それでも。勘違いだとしても、人生で初めて告白されたのは間違いない。その事実にセナは顔を上げていられず、耳まで熱くなった顔を俯かせた。何故かそこかしこから小さくどよめきが聞こえて疑問を抱えたセナは顔を上げたのだが、周りには変わらずアメフト選手たちが集まっているだけだった。見世物のようにもなっている気がして恥ずかしいのは違いないが。
「それはそれとして、逃げる前に連絡先を聞きたくてね。教えてもらえるかい?」
「う、ええと、」
「もはや泣きそうやん……」
「あ、あの! わ、私も連絡先、交換させてほしいなあて……」
「じゃあ花梨とも頼めるかい?」
 関西唯一の女子選手、小泉花梨が大和の隣から声を上げた。
 彼女とはセナも交換できたらいいと思っていたので願ったりではある。未だ掴まれたままの手首に視線を向け、モン太へ助けを請う目を向けた。無言で勢い良くかぶりを振ったモン太に、十文字たちがばしばしと殴り始める。それをまもりと鈴音が無理やりバス側へと押し込めようとしていた。
 これは教えるまで離さない顔だ。そう言われているような気がした。なにせセナ自身が手首に感じる力強さをひしひしと感じているので。
「う、うん……連絡先、なら……」
「ありがとう! 先に通信するかい」
「あ、ううん……大和くんお先どうぞ」
 何故か両チームが見守る中(デビルバッツは今にも噛みつきそうなほど殺伐としていたが)、赤外線通信を終えたセナはそれでも連絡先が増えることは素直に嬉しかった。ちらりと見えた大和の連絡先の件数が二千件を軽く超えていたことに目を剥いたが、それだけ知り合いがいて余計に何故セナへあのようなことを宣ったのか不思議だ。
「あ、あの。小早川さん……じゃなくて、せ、セナ……ちゃんて呼んでもいい?」
「あ、う、うん!」
 恐る恐るといった様子で問いかける小泉花梨の姿が、比べるのも烏滸がましい美少女が、どこか自分と似ているようで親近感が湧いた。自分も下の名前で呼んでもいいかと問いかけると花梨は嬉しそうに笑みを向けてくれたので、安堵したセナも笑みを返した。
「はー、やっとわろたな。女子はわろてるほうがええわ」
「花梨様々や。残念やったなあ大和」
 帝黒の選手たちも気を遣ってくれたらしく、皆がほっとしたように気を緩めていた。一人固まっている大和を除いてだが。
「あ、あの、大和くん。ぼくたちもそろそろ帰らないと……」
「――ああ、そうだったね。また連絡するよ、近いうちに用事もあるし」
「………? あ、じゃあ……お、お疲れ様」
 少し妙な言葉を残し、セナの肩を叩いた大和は帝黒アレキサンダースの選手たちに倣いバスに乗り込んでいった。見送ってからようやくバスに乗り込んだセナは爆発寸前の泥門の面々に悲鳴を上げる羽目になった。どうやら栗田とまもり、鈴音の三人がバスに押し込んで何とか宥めていたらしい。あんなの適当にあしらえと怒られたが、さすがにそんなことをセナにできるわけがなかった。

*

「いやあ、ちょっと可愛いと思てもうたな」
「けど周りが狂犬過ぎるんよな。女の子たちは可愛いけど」
「怖かったわあ。いやしかし、花梨にも照れへんのに小早川セナに見惚れとったな大和」
「……ばれてたか」
「そらあんな固まっとったらな。まあ確かに笑ったら可愛いわ……睨むなや、ちょっとした感想や」
 なんてやり取りが帝黒アレキサンダースの乗るバス内であったとかなかったとか。