炎馬ファイアーズチャンネル

 シルバーナイツの部室は広い。高校のホワイトナイツよりも一人にあてがわれるロッカーにゆとりがあり、シャワー室どころかランドリーも完備だ。洗濯している間の時間潰しにもうってつけの部室で部員たちは駄弁っていたのだが、慌ただしくドアを開けた一人に視線が集まった。
「進が電話してる!」
「つまらん冗談だなあ」
「いや本当に! 携帯で話してた、すぐ切ってたけど」
 ホワイトナイツで少しでも在籍期間が被ったことのある者はそのタレコミに馬鹿馬鹿しいとかぶりを振る。知らない者はいないほど有名だった上に、一度は目の当たりにしたことがあるからだ。
 機械音痴という名の破壊王である進が、携帯電話で通話をするなどまず有り得ないのである。
「お疲れ様でーす」
「あっ、桜庭! さっき進が――って、何観てんだ?」
 イケメンアメフト選手と呼び声高い桜庭が現れたので部員が話を振ろうとしたが、彼は何やらノートパソコンを操作して動画サイトを開いている。登録チャンネル一覧からクリックして表示されたのは、アメフト界でも強豪に名を連ね始めた大学の名前だ。
「炎馬ファイアーズチャンネル?」
「はい、最近立ち上げたらしいんですよね。俺も昨日知ったんですけど」
 チャンネルにはいくつか動画が投稿されているようだ。サムネイルにはアメフト界では知らぬ者はいないほどの有名人、アイシールド21が映っているものもあった。シルバーナイツでもしやるなら桜庭をサムネイルにすれば再生数が稼げそうだが、炎馬はそれを狙ったのだろうか。
「えーと……おーい進。早く来いよ」
「あ。いや桜庭それよりさあ! 進がさっき携帯で電話してたんだって!」
「あー。そうですね。一人だけできるんですよねえ」
「まじかよ!?」
「お疲れ様です」
部員の叫びとともにドアの奥から進が現れ、桜庭が手招きしながらベンチへと座った。ノートパソコンに手を伸ばした進に触るなと桜庭が言うと、眉根を寄せた進がどこか不満そうな声で応える。
「操作できるかもしれんとお前が言ったんだろう」
「でもこれ俺のだし、高かったし。セナちゃん映ってるだけじゃ駄目かもしんないじゃん。壊されたらたまったもんじゃないよ」
 中学からの友人である二人の仲は非常に良好だ。気のおけない様子が部員たちにも伝わってきて微笑ましくはあるが、如何せん機械音痴についてなので桜庭は心持ち冷たい態度だった。不思議なことも言っていたが。
「セナちゃんってアイシールドだよな? 小早川セナ」
「そうです。本当は観られたくないらしいんですけどね、モン太が教えてくれたんで」
 公開練習の他にも視聴者を意識した変な企画をしているらしい。アイシールド21目当てに観ている者も多く、コメント欄は主にファンや元チームメイトである泥門生の面々も多いのだとか。
 アイシールド21世代ではなかろうと、高校アメフト界に彗星の如く現れたヒーローは部員たちも気にはなっていた。今やシルバーナイツのエースとなった進や、各校のエースたちと攻防を繰り広げていたのはまさかの女子部員。ヒーローではなくヒロインだったというのだから当時は驚いたものだ。
 一番上にあった動画をクリックすると、炎馬大学らしきグラウンドが映る。端から現れたのは炎馬ファイアーズのマネージャーだという女の子だ。名前は瀧鈴音というらしい。
 アイシールド21の出張パシリ、とテロップが表れ、走って新たに現れたのはまたも女の子。月刊アメフトでもよく見る顔、小早川瀬那だった。動画越しに深く頭を下げて挨拶をした。
「こうして見ると本当普通の子だよなー」
「この子が光速のランナーだもんなあ」
 大学生の中でも地味な部類に入りそうな、どこにでもいそうな普通の子だ。緊張気味な表情が可愛いとは思うが。
 どうやら出張パシリというコーナーは好評だったらしく、これで二回目なのだそうだ。鈴音が宣伝の如く前回動画を観るよう促し、画面の端からラインマンの栗田が大袋を瀬那へ手渡している。
『一回目は武蔵工バベルズに行ったので観てね! 60ヤードマグナムのムサシャンたちとセナモン太がトークしてるよー』
『あの後苦情が入ってきたよね。何で先にうちに来ねえんだって怒ってたよ』
『くじ引きでも怒るんですよね……』
『運に言いがかりはスマートじゃねえな!』
 げんなりしたような表情が本気で嫌そうにも見える。今回どこに行くのかと思いきや、大学アメフト部の強豪、最京大ウィザーズへの出張パシリだそうだ。カメラ役は金剛雲水。炎馬ファイアーズのまとめ役、頭脳といっても過言ではない選手だ。
 二人でランニングがてら向かうらしく、取り留めもない会話をする和やかな空気は仲が良さそうに見える。カメラを構えるのは雲水なので自然と瀬那ばかりが映るのだが、楽しそうに話す姿はどこからどう見ても普通の女の子だった。
『んだよ、チビカスについてきたの雲子かよ』
『こんにちは阿含さん、赤羽さんも』
 最京大ウィザーズのアメフト部部室へと辿り着いた二人がノックをしてドアを開けると、ソファにふんぞり返った金剛阿含と奥にいた赤羽隼人が出迎えた。女子に対してチビカスと呼ぶのも酷いが雲水のあだ名も酷い。しかもそれを大して気にせず応える瀬那と雲水にも驚いてしまった。
『やあ。コータローは迷惑かけていないかい』
『いえ、そんな……ぼくは特には……』
『………』
 ちらりと見上げた瀬那の視線がカメラ側へと向けられる。背負っていた大袋の中に手を突っ込みながら、雲水の様子を窺ったようだ。
『あいつは常識はあるんだが……如何せん考えなしのところがある』
『フー……コータローとは僕も音楽性が合わない。悪い奴ではないが』
『それは俺もわかってるんだが……いや音楽のことは知らんが。うちも問題児が多くてな、コータローにはしっかりしてほしいところだ』
 問題児という言葉に瀬那がぎくりと肩を揺らした。袋から探り当てたものを阿含に手渡し、しょぼいと文句を言われて謝っている。渡したのはコンビニでもよくあるような個包装のクッキーだ。どこでも手に入るものなので、まあ、わざわざパシらせてまで貰いたいかといえばそうではないのだろう。王城の部員としてもアイシールド21から貰えるのは嬉しいと思うが。
『問題児ねえ?』
『わかりやすく目に余るのは水町だな。あいつはすぐ脱ぐ。通報されたらアウトだからカメラ役は駄目だ。セナもことあるごとに脱がれていつも困ってるだろう』
『そ、それはまあ……話しながら脱ぐので……』
 脱ぎ癖のある部員という親近感の湧く後輩がいるらしい。王城にも一人いるなあ、と妙なところで接点を見つけてしまった。まあ、女子がいてはそれは困るだろう。こうして見ていると男に慣れていなそうな大人しい女の子だし。
『あと、案外に陸が問題児だな。すぐ寝坊する』
『あはは……』
 赤羽へクッキーを渡した後、大袋の口を両手で握り締めながら瀬那が曖昧にから笑いを漏らした。何と言うべきかを困っているような様子だった。
『一応時間を決めて撮影することにしてるんだが、遅れず来た試しがない』
『陸、ひとり暮らしなので起こす人がいないんです……一応一年部員が持ち回りでモーニングコールするんですけど、二度寝するみたいで』
『高校で矯正してほしかった悪癖の一つだ。セナとモン太は――』
 びくびくと肩をすくめて雲水を窺う様子は不安げだ。庇護欲を煽る仕草に思わずときめいてしまったが、真面目そうなのに身に覚えがあるような態度で少し意外だった。炎馬大学といえば受験生全員合格などということがまかり通る大学だと聞いたことがある。神龍寺の雲水が炎馬に行ったのは王城内でも驚きだったが。
『特に問題児というわけではないんだがな。まあ勉強は苦手か』
 あからさまに胸を撫で下ろした瀬那の様子に部室内でも微笑ましい空気が満ちた。
『栗田とコータローもそうだから別にいいんだが、試験前は部室に集まって勉強会してるし』
『ケケケ、全員馬鹿だからな。糞坊主は苦労しかしねえだろうよ』
 瀬那の頭に背後からずんと誰かの腕が乗る。カメラに肘が映り、身動いだ瀬那が振り向きながら大袋を探り始めた。誰が乗ってきたかをわかっているような様子だった。
『よう糞チビ、ようやく編入しに来たか。糞坊主が後悔してるってんなら引き取ってやるけどなあ』
『まさか。楽しくないとは言ってないだろ』
 ヒル魔さんの、と手渡したのはクッキーではなく無糖ガムだった。瀬那がプレゼントを渡している時の雲水の声は穏やかで、嘘を言っているようには思えない。雲水を振り向いた瀬那の笑顔が眩しい。いや可愛いな。悪態をついた蛭魔に頭をしばかれていたが、楽しそうに笑っているからさほど堪えていなそうで安心した。
 その後は最京ウィザーズのマネージャーの女の子が出てきて瀬那たちと仲良くお茶したり、元チームメイトの十文字が来て仲良さそうに話したり、大和猛にぐいぐい話されて引き気味になり、見かねたらしい本庄鷹が宥めたりと、他にも目玉の選手たちとの交流があった。やがて炎馬大学へと戻ってきた二人が瀧鈴音と締めの挨拶をして動画は終わった。
 アイシールド21ファンからすればこの上ないファンサービスではないだろうか。彼女に興味のなかった部員の一人が可愛いと呟いているのが聞こえてきた。
「いや可愛いっすね。帝黒の花梨ちゃんのがタイプだったんすけど、こんだけ楽しそうにしてんの見ると応援したくなる」
「地味な感じでも笑うと可愛いよな」
 ノートパソコンを操作していた桜庭の口元が引き攣る。どうせ目が肥えている桜庭は可愛いとは思わないのかと少々恨めしげに思い突っ込んでやろうかと考えた時、懐から携帯電話を取り出した進が立ち上がって部室を出ていった。すぐそこで通話に出たらしく声が漏れ聞こえてくる。
「ほ、ほら! 電話出てる!」
 室内の部員たちがドア付近に群がり、むさ苦しく密着して耳をそばだてる。進とは違う少し高い声が聞こえてきて、通話相手が女子であることを悟った。意外だ。シルバーナイツの誰より女子に関わりがなさそうなのに。
「ああ、観た。桜庭が雷門太郎から聞いたらしいが」
 聞き覚えのある名前が進の口から聞こえてくる。進の言葉になおも慌てふためいたような様子が漏れ聞こえる声から伝わってくるようだった。
「――それで、王城にはいつ来る。………、……ああ」
 笑みを含ませた声で相槌が打たれ、聞こえた部員は驚愕に固まった。多少の表情の変化はあっても基本的には仏頂面の進が、まさか声でわかるほど笑うとは。部室では桜庭が引き攣らせていた口元を緩ませて笑っていた。
「昨日俺がコメントしたからかセナちゃん気づいたみたいだな。ちょうど観た後だし、ご愁傷さまだな」
 通話を終え、部室に戻ろうとして群がる部員たちに少し驚いた進は、桜庭の言葉に頷きながら返事をした。
「くじ引きはできるだけ早く引き当てるそうだ」
「来てはくれるつもりなのか。恥ずかしがって嫌がるかと思ったけど、良かったな」
「ああ」
「ちょ、ちょ、ちょい、待て待て!」
 二人で進む会話に一先ず横槍を入れてストップさせる。先程から驚愕しかない様子の進が本当に進なのかと疑ってしまうが、目の前で帰り支度を始める姿はまごうことなく本物の進だった。ということは先程笑っていたのも進であり、その相手は桜庭の言葉から察するにあの。
「さ、さっきの電話……小早川セナ?」
「はい」
「……もしかしてさあ。進って……小早川セナのこと好きだったり、とか? ていうか……付き合ってたり……する?」
 何せ電話をしていたのだ。進が。機械音痴の進が、である。更には親密そうに会話をしていて、笑ってまでいたわけだ。桜庭はにこにこと楽しげに笑うだけで口を挟まない。相変わらずの仏頂面で見つめられた後、進はいつもどおりの様子で口を開いた。
「はい、異性交際という意味なら」
「まじで!?」
「ふざけんなよお前! さっきファンになったばっかなのにお前っ!」
「えーっ! いつから!?」
 一気に阿鼻叫喚となった部室内でも進はさっぱりいつもどおりだ。何なら桜庭など普段より楽しそうにしている。驚いて騒ぐ部員たちを眺めて嬉しそうにもしているのだ。
「一年半ほど前からです」
「長えっ! アメフト界のアイドルをお前っ!」
 一年半も前からこの男のものになっていたなど信じられるか。あんなに男に慣れていなそうな様子だったのにショックである。悔しがって床を叩く部員や項垂れる部員が散見された。
「いやあ、進以外は俺は納得できないですよ。他に誰がいるのか知りたいですね」
「……まあ、そうだな。確かに……」
 何を隠そう王城シルバーナイツのエースで史上最強のラインバッカー、努力する天才、パーフェクトプレーヤーの進清十郎だ。時代の最強ランナーであるアイシールド21、小早川瀬那の相手として、ライバルとしても恋人としてもこれ以上なくお似合いではある。進以外となると、それこそ進並のプレーヤーくらいしか思い浮かばない。
 しかし、それはそれ、これはこれだ。可愛い恋人のいる者を妬ましく思うのはもはや条件反射のようなものだ。
「頭上がんないですよ。機械音痴も面白がってくれるし」
「まじ? すげーな」
「まあセナちゃん相手だと進が壊さなくなったせいもあるんですけど。矯正してくれたんで」
「それもすげーな!」
 矯正できるものなのか。ホワイトナイツの監督ですら無理だったというのに、ライバルの言うことだとできるのか。いや、そうか。好きな人だからか。何とも羨ましい限りである。
「出ないのか」
「あ、行く行く。セナちゃんに直接感想言わないといけないしね」
「何も言うなと言われたが」
「それは進だろ。俺は言われてないし」
 お疲れ様です、と会釈をした二人は部室を後にし、やがて残った部員たちは長く息を吐いて項垂れた。
 色々と衝撃過ぎてついていけないところがあったが、一先ずトレーニング馬鹿な進に恋人が一年半も前からいたことが驚きだ。しかも案外にうまくやっているらしいのがまた衝撃だった。
 ただまあ、相手が誰かを考えるとうまくやれているのは当然かもしれない。同じアメフト選手なら進のストイックさも知っているのだろうし、理解もしてくれるのだろう。はあ、とまたどこかから羨ましげな溜息が出た。

「俺全部観たよ。昨日聞いた時に」
 そう告げた時の瀬那の表情は凄いものだった。
 女子といえば表情すら飾る、というような印象だった桜庭は、瀬那の取り繕わない百面相が非常に新鮮で珍しいものに見えている。
 進も見飽きないのだろうな、と微笑ましく思いつつ、しかしふとした時に可愛くも綺麗にも見えるのだから不思議だ。
「何で言ったの!?」
「部費のためだ! 大体動画公開してんなら観てもらうのは普通のことだろ?」
「うぐ」
 モン太からド正論が返ってきた瀬那は二の句が告げられず黙り込み、果てしなく困り果てた顔で項垂れた。
「まあまあ。可愛かったし面白かったよ。阿含も丸くなったよね、口は悪いけど」
 コメントが一番湧いていたのは姉崎まもりが出てきたところだった。セナ来たの!? と部室に慌てて入ってきた姉崎が瀬那を見るや抱き着いて蛭魔から引き剥がし、瀬那と雲水にシュークリームを振る舞いながらティータイムに突入する様子が観られた。蛭魔が瀬那に寄りかかったあたりで進の機嫌が人知れず急下降していたが、引き剥がした姉崎のおかげで持ち直していたのでそこも良かった。コメントから蛭魔の瀬那大好きっぷりが透けて見える様子にも突っ込まれていて個人的には面白かったし、阿含を窘める雲水にいつものことなのだろうなと笑ったりもした。
「王城来てくれるの楽しみだけど、ちょっと大変かも。二人が付き合ってるの先輩らさっき知ってさ。質問攻めされるかもしんない」
「うえっ、そ、そうなんですか……」
「答えたくないことは言わなくていいけどね。全部進にまわしちゃえばいいし」
 トレーニング中毒ぶりを見てこの手の質問を勝手に避けてくれていたので、進もさほど先輩から根掘り葉掘り聞かれたことはない。まあ進は彼女いないだろう、とも思われて聞かれていなかったのだと思うが。
 ちらりと瀬那とモン太が目を見合わせたが、にやにやと笑ったモン太と目を逸らして苦笑いした瀬那で正反対の反応を見せた。
「ふっふっふっ。次の出張パシリは王城なんで、こうして俺も許可貰いに来たんスよ!」
「おお、そうなんだ? えらく早いね」
「元々決めるのは早いんです、王城はさっき決まりました。最京は一回目撮った後すぐ決まったんですけど、撮影許可とか日にち調整とかで主にヒル魔さんが口出しして、雲水さんがげんなりして……」
「ま、その前に番外編と学祭が入るから日にちは先なんスけどね。おっと、これ以上は企業秘密ッスよ!」
 蛭魔もいい加減瀬那が他大学所属であることを理解しなければならないと思うが、まあ並々ならぬ想いもあるのだろうし、惚れ込んだランナーの行く末にはいつまでも関わりたいのかもしれない。進のことはずっと気に入らないのだろうなと想像した。
「つうか、雲水先輩が言うにはヒル魔先輩、炎馬大自体が好きなんじゃないかって話だったんだよな」
「う、うん。モン太も栗田さんもいるしね」
「わかってて最京に行ったんじゃないのかよ……」
 進路が別れれば同じチームではいられなくなることくらい蛭魔にはわかりきっていただろうが、それでも会うと我慢しきれなくなるのかもしれない。悪魔のように見せかけて、考えれば考えるほど可愛げのある奴だ。ということは、武蔵工バベルズのことも相当好きなのではないだろうか。
「まあでも炎馬が楽しそうなのはわかる。雲水が生き生きしてるし」
「楽しいですよ。学祭も水町くんが張り切ってるんで、遊びに来てくださいね」
「ああ」
「何すんの?」
「それは内緒ッスよ! 女装喫茶なんて知ったら皆逃げちま、あっ!」
「………」
 呆れ果てた苦笑いの見本とでもいえそうな顔を瀬那が晒し、口を覆って黙り込んだモン太に溜息を吐いた。
 女装といえば桜庭も一度した覚えがある。今でも大田原に巻き込まれてメイド服を着せられたことを根に持っているのだが、大田原自身はすでにすっかり忘れている。
「だ、大丈夫です。皆可愛いから……陸とか女の子みたいだったんで」
「馬鹿野郎、漢は可愛いなんざ言われても嬉しくねえんだよ」
 確かに。そもそも何が大丈夫かもよくわからないが、悍ましさで逃げられるようなことはないということだろうか。何故か女子はわりと男の女装が好きなようなので、さほど心配せずとも客は入るだろうが。
「小早川は何をするんだ?」
「ぼくは……内緒です」
「目玉イベントやるんで楽しみにしててくださいッスよ!」
 目玉。ちらりと進へ目を向けた時、ほんの薄っすら眉が反応した。瀬那が担当する目玉イベントとは。雲水や陸がいて妙なことはさせないとは思うが、隠されると気にはなる。
 しかし、進が聞こうとしないものを押し退けて桜庭が聞くわけにもいかない。楽しみにしていろと言うのなら、素直にそうしようと桜庭は頷いた。