部活に入ろう!

「部活の勧誘って大学もかなりあるんだなあ。あ、栗田さんたちいた」
「セナくん、モン太くん!」
「ああ、きみらか。入学おめでとう。そうだ、書いてもらうのが遅れたな。入部届」
 入学式からの帰り、セナたち五人は外に机を設置して待機している雲水と栗田がいるのを見つけた。
 入学前の試合に出るだけ出て入部をまだしていなかったセナを含めた新入生は、雲水たちの背後に寄ってきたアメフト部員が嬉しげに湧くのを眺めながら順番にペンを走らせていく。雲水も栗田も楽しそうに見える炎馬大学のアメフト部には期待ばかりが募っていた。
 一時は悩んでいるようだった雲水が今楽しそうなのだから、きっと良い部なのだろう。泥門にいた頃もセナは楽しかったが、それ以上に楽しくなりそうだと思える。陸の後ろに並んでいたセナはひっそりわくわくしていたのだが。
「よっ、セナくん。入学おめでとう」
「えっ。あ、石丸さん!」
 陸から手渡されたペンを掴んだ時、肩を叩かれ振り向いた先にいた見覚えのある顔に驚いた。
 泥門デビルバッツの助っ人でも世話になった石丸だ。そういえば炎馬大学に進学すると聞いていたのを思い出した。
「この間アメフトの試合に出てるの見てさ、栗田にも聞いたんだ。会えて良かった。さあ陸上部に入ろう!」
「えっ!? セナくんはアメフト部だよー!」
 周りから驚きの声が上がり、ずいとバインダーに挟まれた入部届を目の前に差し出され、セナは口元を引き攣らせて固まった。ちらりとモン太へと目を向けると、驚きから苦虫を噛み潰したような顔へと変化していった。
「あ……あ〜……はは……、……はい……」
「えーっ!」
 握り直したペンをバインダーに向けた時、更に驚愕した声が響き渡って雲水が椅子をがたつかせて立ち上がり、栗田は机をひっくり返した。他の先輩部員どころか陸や水町も驚いていたが、事情を知るモン太だけは慰めるような視線である。
「何でだ!? アメフト部は!? アイシールドが来るって先輩たち狂喜乱舞してたんだぞ!?」
「あ、いやいやいや! 違うんですこれには訳があって」
 騒がしくなり始めた周りをまあまあと石丸が宥める。バインダーに挟まれた入部届に記名することをセナに優先させようと、続きを説明することを石丸が請け負ってくれるようだった。
「俺が卒業する時に、もし学校同じなら掛け持ちで頼むよっていう話をね、したんだよな」
「いやあ……掛け持ちというか助っ人というか……よく覚えてましたね……」
 正直セナも石丸に言われるまで忘れていたくらいだし、当時近くで聞いていたモン太もそうだっただろう。まさかあの時の約束が有効だったとは思っていなかったし、忘れも諦めもしていない石丸にセナもだいぶ驚いてしまった。
「こんな大事なこと忘れないから。大会の時だけの助っ人でいいから、アメフトの試合は頑張ってくれれば」
「石丸さんは出ないんですか?」
「いや、俺が助っ人頼まれてたのは人数足りなかったからだし。今は……居るよな?」
「あ、え? うん、セナくんたちが入って二十人越えたよ」
「そのはずだったがセナは先に陸上部に入られた」
「す、す、すみません……」
 恨めしげにも聞こえる雲水の突っ込みにセナは恐縮してしまったが、書き終えた入部届を見た石丸はやはり満足げだった。陸にも声をかけているあたり、勧誘はそこかしこでやっているように思えるが。
「泥門もそうでしたけど、陸上部って別に人足りないとかないですよね……」
「それはそれ。陸上やる人口が増えるに越したことはないし」
「はあ……。でも僕あんまり役に立たなかったんだけどな……」
 なんかちょっと押しが強くなっている気がするが、泥門アメフト部が石丸を好きに助っ人に連れ出していたのは間違いない。彼がいたから全国制覇もできたのだと思うと、やはり頼みごとは受けなければならないと考えるべきだろう。
「プロレベルの速さで役に立たないは有り得ないと思うが……何したんだ?」
「えーと……リレーに出たんですけど、間違えて次の走者をつい追い抜いちゃって」
「あー……」
 今ならもう少し上手くできるかもしれないが、走者を抜かないようにとかバトンはボールではないとか、癖をどうにか抑え込んで色々考えていたらスピードも少し落ちてしまうので、やはり最高速では走れない気がする。
「体育祭の時は上手くできてたのにな」
「あれは二人三脚だったから……」
 しかも陸との二人三脚だ。大和が最速四天王と呼び名をつけた面々の中にセナも陸も入っている。進や大和では体格差で二人三脚など無理だったとも思うので、やはり相手が陸だからこそあれだけ上手く走れたのだろう。
「ま、とりあえずありがとな。大会の時は応援に行くよ。あ、その前に陸上部の新歓あるからまた連絡するし」
「し、新歓? って、僕も出るんですか」
「うん、皆楽しみにしてるから」
 泥門デビルバッツの名は世間に知られていたし、そのメンバーにいた石丸は非常に持て囃されたのだという。更にアイシールド21はもっと名が知れ渡っていて、陸上部の中にもファンがいるのだとか。
 用は終わったとばかりに石丸は手の代わりにバインダーを掲げてその場を去っていった。
「………。あっ、セナくん、早く入部届書いて!」
「わっ、は、はいっ」
「これ以上他の部に行かれると困る。陸上部は仕方ないから他はもう勧誘受けないでくれよ」
「いや、勧誘というか助っ人というか……はは、はい」
 そもそも助っ人を頼むという話だった気がするのだが。セナは陸上部に入ろうとして入ったわけではない上に、籍を置くとは思っていなかったのだ。というか石丸としたその話も本来社交辞令のはずだったので他の部に入る気はセナにはない。セナの脚はアメフト以外であまり役に立たないのだし。
「ま、石丸さんは仕方ないな。あの人良い人過ぎるし、ちょっとくらい労ってやんないと」
「全国制覇のためにロデオドライブまで覚えてくれたもんなー……」
「そうだよね。石丸さんの頼みだし、仕方ないよね」
 雲水は納得していないような顔をしていたが、栗田からも石丸のことは聞いていたらしく、彼が良い人であることはわかっているらしい。溜息を吐いて項垂れた。
「よし、なら陸上部より先に歓迎会やろう。こっちだって待ってたんだからな」
「雲水くんは本当に楽しみにしてたよね! 特にセナくんが入るの」
「きみと一緒に阿含を倒したいからな」
 雲水が阿含と別の大学という時点で予想はしていたが、やはり彼は双子の弟である阿含を倒すために炎馬へ来たらしい。敵として戦ってみたい。セナがヒル魔のいる最京大学の推薦を蹴ったのと同じ理由ということだ。
「きみたちがいたら最京なんか目じゃない。阿含をぎゃふんと言わせることだってできる!」
「そ、……それは、どうでしょう……」
「ンハッ! 言わせんの面白そーじゃん!」
 乗り気になった水町に触発されてか、更に雲水のやる気は満ち満ちてしまったらしい。水町は阿含にも恐れずちょっかいを出していたこともあったから、案外に上手く言わせてしまうかもしれない。それはちょっと見てみたいが。
「ヒル魔にもぎゃふんと言わせるよー!」
「どっちも想像つかないなあ……」
 そのくらいの勢いでなければ下馬評一位の最京に勝てないだろうし、だからこそ言わせたいのだろうけれど。去年の雪辱を果たすのだとアメフト部全体で息巻いているという。
 ライスボウル制覇はセナ自身の目標でもある。ぎゃふんはともかく、結局やることはあの悪魔たちを含めた全員に勝つしかないのだ。