花梨と飲み会

 炎馬大学での練習試合後。瀬那の帰国祝いに食事に行くからと花梨も誘われ、断る前に何故か大和から止められ、内心で溜息を吐きつつも他の女子もいるというのでまあいいかと頷くことにした。
 大和ほど花梨の気持ちを置いてけぼりにするわけではなくとも、帝黒にいた頃から本音を言い難い花梨の気持ちは部員たちにもあまり理解してもらえなかった。まあ、言えない花梨が悪いのは確かなのだが、これは男女の違いというのもあるのかもしれない。あとは運動部というのも。
 この食事会で話せそうな知り合いが瀬那と大和と本庄くらいしかいない花梨としては、店の隅っこで周りを観察しておくくらいが一番楽な過ごし方だった。そういうわけで、この場は取材の気分で瀬那たちを眺めることにしたのである。
 食事会に来ているのは元泥門や炎馬大生という括りでは収まらない。そんな括りなどないものとして、社会人も他大学生もあらゆる人間が集結していた。
 アメフト以外に共通点のない彼らは、ただ一人を自分のところに呼び寄せようと躍起になっているように見える。その相手とはやはりというか、帰国したばかりの瀬那である。色んなテーブルから声をかけられ引っ張りだこで、どこに座るのだろうと気になってしまうほどだ。
「ケケケ糞チビ、まずは俺に挨拶に来るのが筋だろうが」
 なんて台詞を奥の座敷に座ると同時に放ってきたのが、元泥門でこれから大和のチームメイトとなる蛭魔である。それに便乗して金剛阿含がさっさと来いと柄悪く急かし、呆れた様子で赤羽が溜息を吐いていた。二人を朗らかに宥めながらもおいでよと手招きするのが大和だった。
「もう、セナの好きなとこに座らせてよ! ほらセナ、こっちおいで」
「やー! セナこっちこっち!」
 花梨の近くに座ってくれた女子二人、姉崎まもりと瀧鈴音も瀬那を呼び寄せようとする。特にまもりは好きなところにと口にしつつも近くで話したいようだった。瀬那と仲が良いようだから当然ではあるだろうけれど。
「あ、うん。ええと、」
「セナ、俺トガたちんとこ行くからあっち行こうぜ」
「えっ、あ、十文字くん最京受かったんだね。おめでとう」
 話しかけられるたびにおろおろしながら、未だに瀬那は立ったままだ。最初に座るのはどこのテーブルになるのか花梨は眺め続けることにした。
「セナ、帰りこいつらのついでに送ってってやるから荷物積んどくぞ」
「わっ、ありがとうございます! 自分で、」
「いい、いい。全員お前と話したいんだから話してろ」
 ガテン系のいかついおじさん……あれは確かキッカーの武蔵だ。瀬那の頭にぽんと手を置いて、持ってきていたスーツケースを奪い取ってまた外へと向かう。あんなにいかついのになんてスマートなのだろう。周りの空気が何だかぴりっとした気がしたが。
「セナくんちょっと逞しくなったねえ。料理もアメリカンサイズだったからかな」
「キッドさん。あー、確かに凄い食べさせられました」
「背も伸びたか? 昔はこんくらいだったしよ」
「はあああ、育っちまったなあおい」
「そんな小さくなかったよ……たぶん」
「モン太より伸びてねえ? 良かったじゃねえか」
「嘘だろムキャーッ!」
 気心知れたやり取りが一角で広げられている。元泥門とプラスアルファで盛り上がっているが、瀬那はまだ座っていなかった。視界の端で銃を取り出した蛭魔に花梨がびくりと驚くと、まもりが慌てて蛭魔を窘めた。テーブルの間を通るごとに話しかけられているだけなのだから仕方ないと花梨は思うが。
「おかえりセナくん。本当に背伸びたね」
「雪さん。周りも伸びるから目線があんまり変わらないんですよね……高見さんもお久しぶりです」
「ああ、今日も大変そうだな」
「大変……? 練習試合の話ですか?」
「うん、それも。ヒル魔がうるさいから早く行っておいで」
 蛭魔に顔を向けた瀬那の表情が少し怖ろしげに引き攣ったが、奥に座る蛭魔のテーブルまではまだ少し遠い。辿り着くまでにあと何回呼び止められるのかと花梨は眺めた。ああ、今も通りすがったテーブルから声がかけられている。
「久しぶりだから皆容赦ないな」
「ムサシくんまで乗ってきましたからね。話したいのはわかりますけど、恨まれそうだなあ」
 雪光がちらりと視線を向けた先ではちょうど武蔵が戻ってきていた。彼は視線に気づいたものの、つんと素知らぬふりをした。
 そうか、やはり皆瀬那と話したくてこうなっているのだ。特に武蔵は周りと話しておけと言っていたけれど、瀬那の帰りの時間をうまく貰うことに成功していた。恨まれるとは、周りが羨んでくるということなのだろう。
「随分揉まれたようだな」
「お久しぶりです進さん、桜庭さんと大田原さんも」
「久しぶりセナくん」
 王城とも練習試合をしようと話しかけるのが進と桜庭、豪快に笑っているのが大田原。進が声をかけた時、瀬那の声は少し弾んだように聞こえた。進と瀬那は同じ光速の脚を持っていてライバル同士だった気がしたが、仲が良いのだろうか。
「いつまで待たせんだ糞チビ!」
「わあっ! す、すみません!」
「こらーっ! 銃乱射しないで!」
「チビカスが俺を後回しにするたあ、偉くなったもんだなおい」
「す、すみません……いや、一番奥だからその……」
 悲鳴を上げた口元は引き攣りつつも嬉しそうに蛭魔の元へとようやく辿り着き、頭を下げる瀬那に落ち着いたのか蛭魔は銃を仕舞い込んだ。
 あんなに圧を込められたら花梨ならば萎縮して何も話せなくなりそうだが、瀬那は一瞬怯えを見せたものの、さほど気にせず楽しそうだった。慣れるとそうなれるのだろうかと考えるものの、銃に慣れたいとは思えなかった。
「おいおい、セナは炎馬の学生だっての忘れてねえか?」
「そうだよヒル魔ー、セナくんはうちの部員なんだからね!」
「俺らまだ入学してませんけどね」
 座らせようとした蛭魔の言葉を遮った炎馬の面々に瀬那が振り向き、一言二言声をかけてこちら側へと戻ってくる。嬉しそうな顔が近づいてくるのを、炎馬の面々もまた嬉しそうな顔で迎えていた。瀬那は何とか腰を落ち着かせることができ、ようやく乾杯も済ませて皆グラスに口をつけた。ちなみに炎馬大生は花梨たちの隣テーブルに座っていたので、瀬那はまもりと金剛雲水の間に座ることになった。
「阿含がすまないな。あとで適当に話しかけでもしてやってくれ」
「え、あ、えええ……は、はい」
「嫌そーだなセナ!」
「い、嫌じゃないよ! 恐ろしいけども」
「おい、糞マネのセナ離れが結局できてねえじゃねえか」
「何よそれ、ただ料理取り分けただけでしょ」
 水町の突っ込みに瀬那が慌てて否定しつつ、届いた料理を取り分けた皿をまもりが手渡す。それを別テーブルから目ざとく指摘する蛭魔と悔しげに眺める雷門と、楽しげに見守る元泥門生の皆。花梨はひたすらに納得していた。
 成程。瀬那は可愛がられているようだ。それはもう多方向から、程度の差はあっても全員から。成程成程。まもりに礼を告げて取り分けられた料理を口に運ぶ様子をじいと眺めながら、花梨も料理へ箸を伸ばした。
 逞しくなったと評されても尚小柄な身体で、好意の矢印を一身に集めているのだ。
「さすがセナくんやわ……」
 ぽそりと呟いた言葉は誰にも拾われることはなかったけれど、花梨は一人じっくりと納得してしまっていた。