花梨の取材

 見合いの如くテーブルを挟んで向き合うものの、互いにどうしていいかわからず俯いていた。
 しかし、大和に引きずられてきたとはいえ、彼に用事があったのは何を隠そう自分である。
 帰国して早々の練習試合で勝利を納めた彼と何とか話をしたくておろおろしていたところを、チームメイトであった大和猛に見つかり腕を掴まれて彼の前まで連れていかれた。強引というか何というか、相変わらずである。
 ――花梨がセナくんに用があるみたいだよ。
 アメフト関係者も大勢いる中でそんな宣言をされては、色んな方面に勘違いされてしまいそうで非常に焦った。というより、彼の近くにいた者たちは皆勘違いしたように思う。黒髪の女の子は目を剥いて花梨を凝視していたし、クリスマスボウルまでやってきた泥門のチームメイトは彼に殴る蹴るしていた。興奮したように喜ぶ人までいた。
 そうじゃない。そうではないのだ。
 小早川瀬那。アメフト部に強制入部させられたという彼には親近感を覚えたこともあったが、その後の姿勢は花梨とは正反対のものだった。アメフトにのめり込むと同時にひたすらに強くなっていく彼は、悲しみながら試合に出ていた小泉花梨とは全く違う。格好良いなあ、男の子ってこうなのかなあ、なんて考えたことだって確かにあったが。
 閑話休題。
 高校を卒業した花梨はもうアメフトと関わらずに生きていくつもりだったのだが、そうは問屋が下ろさなかった。漫画家への道を切り拓き始めたと喜んだ矢先、経験を活かしてアイシールド21の話を描けなどと言われてしまったのである。
 そういうわけで、とりあえず題材の許可を得るとともに取材をしに来た、と、花梨は瀬那におずおずと説明した。
「はあ、成程……漫画」
「す、すみません……」
「いや、悪いとかじゃなくて、ちょっと思ったことが……えーと、小泉さん……は、もうアメフトやる気はないのかなって思って。でも女子だしそういうもんだよね、たぶん」
 無理やり入部だったって聞いたし、とへらりと瀬那は笑った。
 最京大学に進学した大和と本庄には、スポーツ推薦枠があるとごり押しされかけた過去がある。第一希望は関東の大学ではなかったのと、担任にすでに伝えていたことから彼らの押しの強さは鳴りを潜めたが、大和は今日も相変わらずだった。
 花梨の気持ちを気にする言い方をするのは女友達ばかりだったので、瀬那の言葉に少々感動したくらいだ。
「でも、それなら僕よりそれこそ大和くんとか、桜庭さんとか映える人のほうが良いんじゃ……」
「そ、そんなことは! アイシールドくんて関西でも話題によう挙がってファンも多いし。帝黒での大和くんとアイシールド論争もセナくん派の人が結構おって」
「ろ、論争!? そんなのあるんだ……」
 本物を破った、偽物だった関東のアイシールド21という存在は、それこそフィクションのような夢のヒーローが現実に現れたように見えるのだと花梨も思っている。問題はそれを漫画にして描ききる力が花梨にあるかどうかだが、そこはとりあえず置いておいて。
「あと、これは私の勝手な考えなんやけど……。編集の人に言われたから来たのも確かにあるけど、強制入部ってやり方でアメフトやり始めたのは私もやから、感情移入もしやすいなあ思て」
 屈強であればあるほど良いアメフト選手の中で、小柄な男子がライバルに立ち向かっていく様だとか、彼らを越えてのノートルダム大学への留学だとか、映えるものは瀬那にこそあるのだ。瀬那の本質は控えめで大人しそうだから、本人に言えば恐縮してしまいそうなので言わないが。
「ああ、そういう……そう、だね。うん。わかりました。ええと、僕で良ければ」
 緊張しながら顔色を窺っていた時、控えめでも瀬那は花梨の話に頷いてくれた。
 大和は話を聞いてくれるが、花梨の伝えたい思いとは全く違う受け取り方をされてきた。瀬那は少なくとも花梨のしたいことを汲んで許可をくれたので、大和よりは話がしやすい気がする。いや、別に大和が悪い人というわけではないのだが、花梨とは致命的に相性が悪いと感じるのだ。
「あ、ありがとうございます!」
「いやいやいやこちらこそ」
 瀬那が恐縮するものだから花梨まで恐縮し、互いにペコペコと頭を下げながら握手を交わした。
 兄弟だとかチームメイトだとか、花梨の周りは圧の強い男子ばかりがいて辟易していたところがあったが。
 瀬那となら怖がらずに話ができるかもしれない。アメフトは好きではなかったけれど、花梨にだって経験から話せることくらいはある。少しは仲良くなれるかもしれない、とひっそり楽しみになってきていた。

「えっと、それで取材っていっても、僕まだ炎馬の学生じゃないから……」
「あ、ここ出ていかなあかんかな? 私も上京してきてるから泥門でも後日でも!」
「そうなんだ。じゃあついでに他のチームの取材とか――ひいっ!」
「そこはセナん家にお持ち帰りだよな!」
 炎馬大学の一室を借りて話していたから、やはり部外者は立ち去らなければならないかもしれない。練習風景とか色々と見たかったが仕方ない。そう思いながらドアを開けようとした瀬那についていこうとした時、勢い良く音を立てて開け放たれたドアから人が飛び出してきて、悲鳴を上げた瀬那とともに花梨も飛び上がった。
「おもてなしせずに帰らせるとかスマートじゃねえよセナ」
「セナにそんな度胸があるならねえ」
 いつから聞いていたのか、今までずっと外に張り付いていたのか、炎馬大学アメフト部の関係者たちが勢揃いしていた。むしろ炎馬大学生以外もいるのである。いや、瀬那がそもそもただの受験生ではあるが。
「セナっ!」
 炎馬の学生たちを押し退けて女の子が駆け寄ってくる。瀬那の肩を掴んで真剣な顔をしたまま、じっと見つめ合った。見覚えのある女の子だ。この子は確か。
「ちゃんと一人と付き合うのよ?」
「いや……何の話? まもり姉ちゃん」
 ここでも勘違いしていそうな台詞を吐いた女の子を、瀬那は姉ちゃんと呼んだ。
 花梨が一年だった頃のクリスマスボウル、彼女は確かベンチに座っていたはずだ。泥門アメフト部のマネージャーだったはず。
 男子が主に興味津々だったけれども、女の子同士だと恋の話なんてものもよく出てくるし、今のもそういう話である。花梨は何を言えばいいのかわからなかったが、瀬那はそもそも何故その話になったかを理解できなかったらしい。
「………っ、じゃなくて! まも姐も皆もこれただの取材だからねっ!? 勘違いだよ勘違い!」
「まあまあ、まもりさんも鈴音も落ち着いて! 決めるとこは決めんだから、ここはセナに任せとけばいいんスよ! ――セナ! 皆期待してんぜ!」
「だから何を!?」
 サムズアップしてウインクまで見せた雷門に瀬那は慌てたが、騒ぐ多数の人たちを連れ出してくれたのは助かったかもしれない。疲れからか瀬那の背中が丸く見えるのは気のせいではないと思うが、花梨も恐らく似たような姿勢になっていただろう。
「あ〜……日本に帰ってきた感じする……」
「あ、いつものことなんや……話聞いてくれへん人ばっかりやね」
「ははは……でも楽しいよ。ちゃんと聞いてくれる時だってあるし」
 聞かない時は大体ふざけている時らしい。
 へらりと笑った瀬那を眺めて、ふと花梨は思い至った。
 似た経歴から始まったアメフトとの出会いでも、瀬那と花梨との違いはこれだったのかもしれない。自分を置いて進んでいく周りと過ごす日々が楽しかったかどうか。アメフトを楽しいと思えたかどうか。それが違いだったのかもしれない。