さよならチームメイト
「ついに卒業か……なんか変な三年間だったな。俺らがスポーツマンで、しかもまだ続ける気あんのがよ」
「ふっ」
「へっ」
馬鹿みたいな短い笑い声が続き、おかしくなった三人は顔を見合わせて笑い合った。
アメフトを始める前の生活をどんな気分で過ごしていたか、正直あまり思い出せない。それくらいに濃く充実した三年間になってしまっていた。それは三人全員がそうだろう。
「しかも十文字は最京進学。カーッ、凄えな。まあでもセナに憧れたんなら仕方ねえよ」
「はあっ?」
「違うのかよ、実力で黙らせてくやつ」
「む……」
「あいつかっけーよなー!」
アメリカに行く、と宣言したチームメイトの顔が脳裏に過る。
行くことにしたよ、半年間。せっかく僕を招待してくれるってクリフォードさんが言ってくれたんだから、やれることは全部やりたいんだ。そうじゃなきゃ、僕は進さんたちに渡り合えないから。
なんて眩しいんだろうと、思ってしまったのだ。
そんなことを、こっ恥ずかしくてとてもではないが本人には言えないけれど。
「でもよ。あいつと敵同士だな」
「おう。俺が止めてやんぜ」
「カッカッ、言ってら」
「大口なんかじゃねえよ、全力で叩き潰さなけりゃなんねえんだ。けどな」
「おー、そりゃな。……つってもなあ……」
「セナ以上のエースなんかどこ行ったって……」
最後の言葉で三人の声が揃ってしまい、ぴたりと全員の動きが止まった。
同じチームで染まりきってしまっているのか、それとも昔から知る自分たちだからか。同じことを考えているのがわかってまた笑ってしまった。
「おーい。三人共、部室で写真撮らないかって、わっ、何、何!?」
鋭い走りで駆け寄ってきた元エースに思いきりばしばしと平手を食らわせて、慌てる様子を眺める。テストが悪かった時、試合を決めた時、自分では思いつきもしないことをこの小柄なエースが宣った時。常にこうして発破をかけるようにしばいていたのだ。
「うっせえ! てめーは大学でも誰にも負けんなよ。――最京が倒すからな!」
叩かれて俯きがちだった顔が目を丸くして十文字を見た。これもよく見てきた表情だ。
「馬鹿言うな、セナ倒すのは武蔵工だっつの! セナにかかりゃ最京なんかけちょんけちょんだわ」
「はあ!?」
「はあああ!? なんか違うかよ!?」
「ちょ、ちょっ! まあまあ」
仲間ではあれどたまに揉めることもある三人だ。十文字が反応すると黒木もまた受けて立ち、戸叶も乗ってくる。セナは慌てたように宥めようと輪の中に混じってきた。
「けちょんけちょんはどうかと思うけど……僕も負けないよ」
ライスボウルを制覇して、日本一になるから。
真っ直ぐこちらを見据えて伝えた言葉は何より眩しくて目を細めてしまうほどだった。
とはいえすぐにいつもの引き攣った笑顔を見せるのだからなんとも締まりがない。それがセナであり、自分たちの目にはひどく輝いて見えるのだが。
「……かっけーなおい。でもお前はちょっと手加減しろよ」
「えーっ! なにそれ結局!?」
「うるせえ。本当だよ、なんだよノートルダム大のヒーローって。漫画みてー」
「はは……」
「凄えよな、本当に……。セナ、ジャンプ読みたくなったら取りに来いよ」
どこかしみじみとした様子だった戸叶が、ふと話題を変えてセナへと声をかける。ジャンプ読者であったセナが、なけなしの小遣いをやりくりして雑誌を買っているという話を聞いた時、うちも買っているからと戸叶はセナにジャンプを渡していたのである。戸叶の影響で今ではセナもジャンプ以外の雑誌も読むようになっていたが。
「え、いいの?」
「おう」
「またトガんち集まってゲームしようぜ!」
「わあ、いいね」
最初は恐縮するばかりだったセナなのに、今では戸叶の申し出に嬉しそうに乗ってくる。それに便乗して騒ぎ出したのは黒木だ。セナは黒木の嗜むファミ通すら読むようにもなっていた。
「おい! 俺がハブられてんじゃねえか!」
「そりゃお前、一人勝手に関西だしよ。限界に挑戦し過ぎだっての」
「凄いよね。格好良いよ」
一瞬固まった十文字の反応が大層複雑なものであることは二人にもなんとなく伝わってきた。きっとどき、とかぎくり、なんて反応に混じってイラッともしたのだろうと予想する。だってそうだ。三人にとって誰より凄くて格好良いのは。
「凄えのはてめーだよ!」
「わあっ!」
首をホールドしてぐりぐりと拳をぶつける十文字に、捕まったセナは痛いと焦りながらも楽しそうだった。腕から抜け出された後は黒木と戸叶に目を向け、セナを含めた全員に言い放った。
「お前ら他のどこにも負けんじゃねえぞ!」
「そりゃこっちのセリフだ。十文字こそレギュラー落ちなんかしたら一生笑ってやんぜ!」
「うるせー!」
「ははは。じゃあ部室で待ってるから」
「おう」
三兄弟とまで称され続けてきたから三人に気を遣ったのだろうか。ずぎゃんと土煙を上げて走り出したセナの後ろ姿を見送り、少しの沈黙が落ちる。黒木は長々と溜息を吐いた。
「はあ〜……進路別々だぜおい」
「おう。今更ながら敵チームってちょっと……やべーな」
「おう。あれだ、……わくわくすんな」
「カカッ、おう」
ずっと一緒にいた三人だ。悪さをしていた頃からずっと、どうせ変わらずに爪弾き者としてやっていくのだと思っていた。それが今はどうだ。馬鹿で身体しか取り柄のない自分たちがそれを活かせる職種に就職できて、十文字はなんと難関校へと進学する。三人とも同じスポーツを続けながら。
「くっくっ。まあ〜でも、セナはエースに欲しかったよな!」
「おう。やっぱずりーわ栗田のやつ」
「モン太もな。悔しいからけちょんけちょんにしてやるし」
「おう。負けんなよ、俺ら以外に」
「おう!」
「セナのこともな」
「お、はあ!?」
威勢の良い返事が急に慌てふためいて十文字から戻ってくる。流れで頷くには聞き捨てならないものだったことは、黒木も戸叶も知っていた。それを十文字は気づいていなかったようだが。
「カカカ、ばれてねえと思ってやがる」
「言っちまえばよかったのに、敵になりやがって」
「………」
しくじったとでも思っているのだろう、手のひらで顔を覆った十文字は項垂れて黙り込んだ。晒された耳は赤く染まっているから照れていることは間違いない。やがて深々と溜息を吐き出した。
「……胸を張れる人間でいたいんだよ」
「かー、格好良いねえ」
「うるせえ」
「……まーでも、わかる。あいつにはちょっと、一目置かれたいよな」
どうして、誰に、なんて言われずとも伝わってしまうのは信じていたのが三人だけだった期間があったからか。また三人は小さく笑い合い、黒木は口を開いた。
「わかる。あいつ瀧のこと褒めてた時あっただろ、試合中。あれさあ……、言われてえ〜って思ってたんだよな……」
「裏がねえからな……まじで思われてることだし」
「……よし。あいつ叩きのめして凄えって言わせてやる」
先程まで照れて顔を隠していたくせに、決意を新たにした十文字は不敵な笑みを浮かべていた。
こいつならなんとかしてくれる。こいつの道を空けてやる。そう考えて、そのために泥門デビルバッツでやってきたことを、今度は行く手を阻むために戦う。
小市民の皮を被った挑戦したがりなあのエースならば、きっと楽しんでくれることだろうと信じられるのだ。
「いや、十文字は最京合格した時点で凄えって言われただろ。さっきだってよ」
「いや試合でも……」
「次は俺らだろ、まずは社会人リーグけちょんけちょんにしてやるし」
「おう、してこい」
「十文字は大学リーグ上がってこいよ。その頃にはもう誰かのモンになってるかもな」
「………っ、馬鹿にしてねえかお前ら!?」
するわけがない。煮え切らない友に発破をかけているだけである。その発破のかけ方は少し雑かもしれないが、十文字を思って言っていることだった。
だって自分たちの絶対的エースだったあの男は、どんな相手も釘付けにしてきたわけなので。
「ほれ行け。ほれほれ、格好良いとこ見せとけ」
「ふざけんな、んなの」
「じゃあ俺が先言おー」
「お、俺も俺も」
「……はあっ!? おい、離せこら」
慌て始めた十文字の両脇をホールドし、黒木と戸叶は部室へと走り出した。団子状態になった三人がアメフト部室前でたむろしている卒業生の中から目当ての人物を見つける。名前を叫べば彼は振り向いて、最悪の初対面のままの関係だったら有り得なかった笑顔を見せた。
「セナー! 愛してるぜー!」
「うわあっ!」
団子状態のままセナに思いきりタックルをかまし、セナは三人の下敷きになった。
二人で挟んだ十文字は叫べておらず、顔を歪めて照れていたけれど。
冗談交じりに伝えた言葉がどの程度本気を孕んでいたか。それを伝えるのは三人の下で唸るような声を漏らして蠢いている、自分たちの不動のエースをけちょんけちょんにした後だ。覚悟してろよ、と黒木と戸叶が頭を乱暴に掻き混ぜた。