進路先を巡るプレゼン大会
「炎馬に来るの待ってるよ！」
「ケケケ、糞チビ共の頭じゃ最京は推薦受けるしかねえなあ」
「社会人リーグもあるからな」
「は、はい」
卒業式。賞状筒を持った先輩たちとはこれで頻繁に顔を合わせることがなくなる。会いたいなら同じ大学や職場に行けばいいのだが、五人中四人が別々の場所へと進むのだ。
「わかってんな糞チビ、アメフトの強豪は最京だ。泥門じゃ有り得ねえ最新設備から何から揃ってやがる。能力の向上にはもってこいだ」
「はい」
「そうは言ってもね、セナくん！ 炎馬は弱小だなんだって言われるけど、ちゃんとそれなりの設備も揃ってるよ！ 何より少人数の楽しさはセナくんも知ってるもんね！」
「へへ、はい」
「就職希望出せばうちで雇ってやるからな。身体も鍛えられるし金も稼げる。うちにゃ満足な設備はねえが……作ってやりゃいいしな」
「助かります……」
「………。来てほしいのは山々だけど……」
三者三様の進路へ足を進める先輩たちからの勧誘を受けたセナは相槌を打ちながら話を聞いていたが、もう一人の先輩部員である雪光にはさすがに頷くことはできなかった。
「いやあ……医大はその……僕の頭じゃ到底無理ですもんね」
「でもその代わり！ 敵として強くなるから。一年後楽しみにしてるよ」
「……はい。雪さんが敵だとかなり手強いですもんね」
「セナの行きたいところなら、私はどこでも応援するからね」
「うん。ありがとまもり姉ちゃん」
まもりはヒル魔と同じ最京大学へと進学する。栗田は炎馬大学、ムサシは実家を継ぎ社会人チームへ。そして雪光は集英医大。ばらばらに進むことが寂しくないとはいえないが、応援しないわけにはいかない。そして、自分の進む道のことも。
決めていないわけではない。セナたちは皆進む道を決めたけれど、それをヒル魔たちに言うことはしなかった。後の楽しみにしておいてほしいと思う気持ち半分と、自分たちのことよりも新たな門出、新たな場所で新たな仲間とやるアメフトを楽しんでほしかったからだ。
来年、その輪の中にセナも足を踏み入れる。だからそれまでは、不出来な後輩のことは忘れて目一杯楽しんでくれればいいと思うのだ。
「俺らもこれで敵同士だ」
「……うん」
「辛気臭えんだよ糞デブ」
姉崎と雪光、そしてムサシたち泥門デビルバッツ創設メンバーである三人は人気の減った裏門で立ち止まった。憎まれ口を叩くヒル魔に姉崎は窘めるが、付き合いも短くなくなった自分たちには、特にムサシや栗田にはよくわかる。
「素っ気なくしてるがこいつはアレだ。自分を強く見せることに全力だからな」
「うるせえぞ糞ジジイ」
「ついでに言や、セナが欲しくて欲しくてたまんねえんだよ」
「それも見ればわかる……」
寝惚けたことを抜かすな、と蹴りとともに悪態が飛んでくる。それがただのポーズであることは姉崎にも雪光にももうばれているが、決してやめないのはヒル魔のハッタリがもはや性格にも影響しているからだ。
「まあ、僕もだけど……たぶん皆喉から手が出るくらい来てほしいよね」
「まあね〜、だから最後まで勧誘したんだし……」
卒業式を終え、誰かと最後の会話をして、写真を撮って、校門を踏み出せば違う道を行く。その間際までセナの進路を手繰り寄せようとしたのは他でもない自分たちだった。
「最京からもスカウト来てたし、留学となると受験してる暇があるかどうかだよねえ」
「となると、候補には上がってるだろうな」
「むしろ希望先一番だよね……」
最新設備も揃った強豪校なら部費も潤沢なのだろうし、部員が百人単位なら泥門の頃のように両面で出るようなこともなくなるだろう。常勝校のエースとして、セナならば昇り詰めることができるだろうし。
「……でも、敵同士になったって」
「うん。そうなったら勝たなきゃいけない相手だもの」
雪光と栗田の呟く言葉に、ムサシも小さく笑って頷いた。
なんとなく、本当になんとなくだが、セナの行く先が見えるような気がしている。あの小市民な絶対的エースだった後輩が、泥門で何を学んできて、これから何を見てどこに足を進めるのか。
アメリカ留学にまで行くのだ。勿論この一年で価値観の変化はあるだろうけれど、それでも小早川セナという人物がどんな人間かを考えた時、ムサシには彼の進路先が見えた気がしたのだ。
*
ヒル魔の機嫌が悪くなってしまった、と姉崎からのメールがあった。
雑誌を壁に投げつけてソファに荒々しく座り、無言でパソコンを操作する。しばらくそっとしておくとやがて落ち着きを取り戻したらしいヒル魔の機嫌は良くはなっていなかったが、表面上はそう普段と変わらなくなったとか。
セナが最京の推薦を蹴ったという情報を聞いたヒル魔の反応だ。
正直、可能性が一番高かったものだからがっかりするのもわかる。姉崎自身はどこに行っても応援すると言いつつ、寂しいことには変わりないとこっそり教えてくれた。セナが来ないことを知った金剛阿含などは、敵としてプチッとできると嬉しそうだったらしいが。
しかし雪光としては、最京と同じくらい可能性があると考えていた進路先だった。
スカウトで進路を決めるような子ではない、と。きっと皆も考えたことはあるだろう。強豪校に身を置くよりも、あの疾さで強敵を蹴散らしていく様が目に浮かぶ。そうして瞬く間に成長していった姿を目の当たりにしてきたのだ。雪光にもなんとなくの予感はあった。
皆卒業式の後、ぎりぎりまで勧誘してしまっていたけれど、きっとヒル魔も薄々勘づいていたのではないだろうか。
炎馬大学。栗田の通う大学。モン太も一緒に合格を狙える大学だ。
「そうか、小早川は炎馬を受験するのか」
「はい。予想はしてましたけど、ヒル魔くんが機嫌悪いらしくて」
「へえ、ヒル魔がねえ。まあ、確かに慣れた相手が駒に欲しいのはわかる。それが自分とこのエースなら尚更だな」
「そうなんですよね、ヒル魔くんはセナくんのこと大好きだし……うちはさすがに来てとは言えませんでしたけど……」
「ははは……小早川は成績あんまり良くないんだったっけ」
大体テスト前は雪光や姉崎が家庭教師役をしているようなチームメイトたちだった。そもそも泥門高校自体の偏差値が高くはないので当然といえば当然のようにも思えるが。
「あそこは雲水と栗田が入ってチーム力が相当上がっているからな。そこにアイシールドが加わるとなればかなりの強敵になる」
「そうですね……。でも、代わりにうちは強くなるって宣言してきたんで」
来てもらえないのなら、せめて厄介な相手だと思われたいものだ。ひと筋縄ではいかない奴だと、肩を並べて戦えた絶対的エースに尊敬されるような人でいたい。あの小市民な後輩の印象に残るような人間になりたい。そう思ってしまうのである。