創設三年目の部員勧誘

「俺ら優勝校なんだから殺到してもいいくらいだろ」
「たりめーだろ、優勝校なのになんで部員不足で悩まなきゃなんねーんだよ」
「二連覇かかってんだ、どこよりも先にアメフト部に引きずり込むぞ」
 こうして下級生を勧誘する側に立つと、自然とヒル魔の生徒への脅迫、強引な拉致の理由が理解できてしまう。勿論それをやる度胸も頭脳もないセナは口元を引き攣らせながら、過激なことをしそうな十文字たち三人を諌めつつ地道に新入生獲得に勤しむしかないのだが。
「今年は中坊くんが絶対入るって言ってくれてたけど、他に入ってくれる人がいるかどうか……」
「今から弱気になってどうすんだよ。だから勧誘すんだろが」
「そうそう。今年はマネージャーも主務も募集しなきゃなんねえだろ、キャプテン」
 怯えを見せつつも頷いたセナだが、まもりのやっていた仕事を思い出して途方に暮れた。
 セナが落第点を貰った主務業を、まもりはマネージャー業と兼任していたのである。昔から何でもできることは知っているが、まもり以上にこなせる人は恐らくいないだろう。
 いや。そもそも兼任していたまもりがスーパーマンだっただけだ。マネージャーと主務は普通は分かれているはずだ。王城だってそうだった。まあ王城は人数が多いから悩む必要もなさそうだが。
「まあでもよ、結構来るよな? 賊学の時もかなりいたしよお、俺ら間違いなく日本一。関東MVPで最強ランナーのセナもいるし」
「キャプテンでエースで広告塔だな」
「い、いやいや広告塔なんて……」
 そんな分不相応な。光速で手をぶんぶんと振ったものの、そういえば去年からずっと存在を利用されていたのを思い出して複雑な気分になった。そんなやり取りの途中、会話は部室の扉が開く音でかき消され、振り向くと見覚えのある女子生徒が三人覗き込んでいた。
「いた、セナくん!」
 びくりと肩を震わせたのは条件反射だ。
 あの三人は年末、冬休みに入る前にアメフトの試合を見て感動したと言ってくれた女子とその付き添いだ。
 彼女は遊園地に行かないかと誘ってくれたのを、助っ人手帳のスケジュールが合わずお断りしてしまった相手でもある。
「ねえ、アメフト部ってマネージャーとか募集してる?」
「え、」
 十文字らが三人顔を見合わせ、セナも女子たちへ驚いた視線を向けた。
「セナくんには年末にもアメフトの話聞いたけど、この子もし募集してるんならやりたいんだって。でもほら、前まではあの人いたからちょっと……」
「あ、あー……」
 あの人とはあの人のことだ。アメフト部の支配者、泥門デビルバッツの司令塔、皆が恐れるヒル魔のことである。濁した言葉だけで部員全員が曖昧な声を漏らして頷いた。
「それにルールとかも把握してなくて――」
「あ、そ、その辺は別に! うちは初心者も大歓迎です!」
「全員初心者だったしな」
「そう? 良かった。私らは部活別のとこ入ってるから手伝えないけど、この子が頑張るから」
「う、うん。よろしくお願いします。一緒に頑張ろう」
「よろしくお願いします!」
 一人増えた仲間を部室内の全員がはしゃいで歓迎する。入学式前に部員が増えるとは思っておらず、嬉しい誤算だった。相手が女子だからか黒木たちの喜び方が半端ない。
「でも私、運動部のマネージャーとか初めてで何したらいいか……」
「まもりさんに聞きゃいいだろ? ぎりぎりまで手伝いに来てくれるって話だったし、引き継ぎしてもらえば」
「ああ、なるほど……」
「セナが呼べばいつでも来るよなー」
 アメフト選手であることを告白して随分経つとはいえ、まもりの心配性が急になくなるというわけではない。風邪を引かないように、怪我をしないように。昔よりは治まっているとはいえ、まもりがセナを見る視線はまだまだ不安そうに見える。心配のいらない選手になるにはもう少し時間がかかるようだった。とはいえ気にかけてもらえること自体は嬉しいものだ。
「でもまもり姉ちゃん今日は用事で来られないって話だったから……明日からでもいいかな」
 大きく頷いた女子生徒を見送り、セナは大きく安堵の息を吐いた。勧誘せずに人が増えるのは非常に有難い。
 部員勧誘のポスターは戸叶が手掛けてくれたおかげで、何やらコミック調のものが出来上がっている。掲示板にはすでに貼りに走った後だ。チラシも準備完了し、あとは入学式を待つだけである。
「うう、緊張するなあ……いっぱい来ると良いんだけど」
「俺らが引きずってでも連れてきてやるよ」
「いやいや……できれば望んで来てほしいっていうか……」
 やりたいと思っている人を勧誘はしても、興味のない人をやる気にさせられたことはセナにはない。モン太も結局は皆で引き入れたようなものだった。
 それにセナ自身、選手としては無理やり入部させられ、十文字たち三人も無理やりどころか脅迫されて入部したのだ。楽しめるようになったから良いものの、厳しさのあまり辞めてしまうことだって有り得るわけで。
「どうにかなるさ! この僕がいるんだからね!」
 楽観的な瀧の言葉に苦笑いを返しつつも、明るい彼らがいることにセナは救われていた。

*

 入学式の日、校門近くには大勢の運動部や文化部の勧誘が行われていた。出遅れたアメフト部は場所を何とか確保し、どうにか新入生たちの通る道すぐそばで女子マネージャーを前に出させた。
「セナとモン太も前に立て。お前らはアメフト部の顔だからな。マネージャーと三人で並んでれば女につられて寄ってくる馬鹿もいるはずだ。集まってきたらセナが部室まで光速ランで誘導するって寸法だ。いらねー奴はあとで俺らが追い払う」
「セナに追いつける奴がいればめっけもんだな。去年はミーハーなのとか多かったからなー」
 春大会の王城戦がテレビで放映された後、練習試合をグラウンドでしたおかげで人は集まったのだが、大勢来たうちの数人しか本入部には至らなかった。十文字たちもあのテストを受かるつもりなど毛頭なかったはずなのだが、結果努力と根性、負けん気が強い者たちで構成されたチームになっていた。
「あっ! セナ先輩!」
 大きな声に驚き思い切り飛び跳ねたセナを呆れた顔で眺めつつ、慌てて顔を向けると中坊明が満面の笑みを向けて走ってきていた。
「中坊くん! 入学おめでとう」
「ありがとうございます! アメフト部の入部届くださいっス!」
「早えーよ」
 世界戦にて顔を合わせた中坊明は、セナに憧れてアメフトを始めたのだと言っていた。ランニングバックには向いていないがラインで力を発揮していたし、戦力としてはこれ以上ない。人数の少ない泥門アメフト部において、経験者というだけで逃がしてはならない存在である。
「アメフト? 年末にテレビやってた?」
「あーっ、アイシールド21!」
「デビルバッツのセナくん!」
「うわ、本物!」
「ひい!」
 予想していたより騒ぎが大きかったのか、セナは驚いて悲鳴を上げ、十文字が声をかける前に逃げ出した。囲まれ始めた人垣をすり抜け、アメフト部のポスターを貼り付けたプラカードを持ったまま走り抜ける。その小さな背中を追いかける人だかりが一気に校門前から移動した。
「ムキャーすっげ大移動……」
「待ってくださいっス、セナ先輩ー!」
 追われて逃げるのはランニングバックの本能もあったりするのだろうか。
 十文字や中坊では到底追いつくことのできない疾さは何度見ても感服する。感服はするが、勧誘だというのに逃げるなよ、と十文字は呆れたように一人突っ込みを入れた。

「お、セナだ」
「早えーな、もう戻って……凄え引き連れてんな」
「やるじゃないかセナくん!」
 部室前で待機していた居残り組が騒ぎの元であるはずのセナを視界に収めた。その後ろには大勢の新入生らしき人だかりがセナを追いかけている。
「おー結構速い奴いんじゃねえの?」
「だな。こりゃ意地でも入部させねえと」
 有望そうな生徒を遠目で見繕いながら部室前に出した机に座ると、走ってきた勢いをブレーキで殺しながらセナが部室前へと辿り着いた。土煙がもうもうと舞う。
「早かったなー。さっき校門前行ったばっかなのによ」
「囲まれてつい……」
「見ろよ、現役アメフト部が追いついても来ねえぜ」
「しっかりしろよな。石丸より速い奴いねえんだっけか」
「今モン太が二番目だったか?」
 自分たちの脚はしっかり棚に上げて苦言を呈し、セナの手にあるプラカードを部室の壁に立てかけ、追いかけてきた新入生たちを出迎える。これは色紙でも用意しておくべきだったか、と考えたのは戸叶だけではなかった。
「アイシールド21ファンです! サインください!」
「さ、さ、サイン!?」
 最初に辿り着いた足の速い新入生が叫ぶ。キラキラした目がセナを見つめて只管に恐縮させている。その後にゴールした生徒は握手を所望していた。
「やっぱ色紙いったな」
「色紙!?」
「サインのためのだよ」
「いやいやいやいや」
 光速で首を振るセナはそんなことはできないとばかりに焦っている。こういう小市民な部分はなかなか治らないが、いつか自信家になる日は来るのだろうか。
 そりゃまあ確かに、長年パシリとして生きてきた(更には戸叶たちもパシらせてしまった過去がある)セナが一年程度のアメフト経験で、急に自信家になるようなことは難しいのだろうが。フィールドではヒーローなのにな、と呆れつつ、謙虚なのはセナの美徳なのかもしれないと思うことにした。
 それでも少しくらいは試合中のあの気迫と根性、強敵を抜くと口にする自信を普段からも持てればいいのに。溜息を吐きそうになっていると、黒木もどうやら呆れているようだった。まあ、それはともかく。
「入部希望者は?」
 この調子ではどうせミーハー共ばかりだろうと予測していると、黒木の問いかけに意外にも人だかりから複数の手が上がった。一、二、三、と指を使って数え始めると、数日前まで不安視したセナが予想していた新入部員の数を大幅に超えていた。
 おお、と素直に感嘆の声が小結や瀧からも漏れ、セナは呆然と新入生たちを眺めていた。
「凄えぞセナ! 予想以上だ!」
「う、うん!」
「僕に憧れたファンはいないのかい!?」
 馬鹿のファンがいるかどうかは知らないが。
 能力のありそうな者は引き留めて勧誘し、やる気のある者には即面接を行った。経験者にも初心者にも、意欲のある奴は去年よりも数倍多い。根性さえあれば入部などいくらでも受け付けるつもりでいる。泥門デビルバッツに余裕はないのだ。春大会はすぐそこなのだから。

「凄いね、こんなに……去年の春は新入部員僕だけだったのに」
「全員の根性の賜物だな!」
 入部届を眺めながら、セナは試合で勝ったときと同じくらい嬉しそうに笑った。戸叶と黒木が入部届の束を見せびらかしながら写真を撮れと催促すると、セナは携帯電話のカメラを二人へ向けた。
「栗田さんたちに……」
「グループに送れよ。アメフト部」
「う、うん」
 部員全員のグループメールに写真を添付し今日の出来事を綴る。入学式、アメフト部に興味を持った新入生が予想以上に入部届を出してくれた。皆心の底で不安だったのが、一気に軽くなるほどの衝撃だった。
 送信してしばらくすると、セナの携帯電話が鳴り始めた。まもり姉ちゃん、と呟いてボタンを押す。
『凄い! セナ凄い! 何人入ったの!?』
 スピーカーでもないはずなのに、興奮した姉崎の声が漏れ聞こえてきた。耳に当てた携帯電話を少々離しながらセナが返事をしている。
 内容までは聞き取れないが、姉崎が飛び跳ねて喜んでいる姿は十文字ですら想像できるものだった。
「帝黒は何百人とかだったよなー。さすがにねえか」
「泥門にしちゃ充分人数はあるが……少数精鋭ってのも悪かねえだろ」
 モン太の呟きに十文字が不敵に応えると、部員たちは各々目を見合わせて各々らしい笑みを浮かべた。通話を終えたセナは相変わらずの不安顔だったが。
「大体生き残るのがどれだけいるかもわかんねえしな」
「あとから経験者が入るかもしんねえし」
「それは確かに……」
 兎にも角にも、ヒル魔たちが抜けたことで弱くなったなどと思われるわけにはいかない。文字どおり死ぬ思いで修業してきたのは十文字たちも含めた全員だったのだ。今年もあのデスマーチについてこられる程度の根性がある奴に、これからさせていけばいい。アメフトで変わったのはセナだけではなく、十文字たちこそである。
「ま、助っ人は引っ張って来ないとなんねえかもな。試合経験は貴重だしよ」
「重佐武とバスケ部か……あいつらももう部員みたいなもんだよなあ……そういやセナ、ヒル魔先輩からなんか渡されてたよな」
「あ、あ〜……」
 煮え切らない返事はいつものことで、曖昧な笑みを浮かべるのもいつものことではあるが。実は、と目を泳がせながらセナがポケットからあるものを取り出した。
 脅迫メモと書かれた小さな手帳を。
 ――次代キャプテンの糞チビにはこれをくれてやる。
 早朝に顔を出し、そう告げて悪魔の笑みを見せたヒル魔に怯えて突き返そうとするとマシンガンをぶっ放され、結局返しそびれたという経緯を口にしながら。
「脅迫手帳の中身っ!?」
「の、一部ね一部」
 かつての戦慄が背筋に舞い戻り、十文字たち三人は思わず椅子をがたつかせて立ち上がった。何を隠そうアメフト部に入ったのは他ならぬヒル魔に脅迫されたからである。
「僕らの学年の助っ人の脅迫ネタが書いてあるって言ってたんだけど……」
「お前っ……、そんなものを……! キャプテンに代々継がれるのか……!?」
「そ、それはないと思うけど、一部だって話だし……それに、あのヒル魔さんが僕にこんな大事なネタを渡すかと考えると、メモは嘘で中は白紙だったりするかも……」
「あー……まあ、あの悪魔だからなあ……」
 セナを買っていたヒル魔が特別に渡したというなら中身があるかもしれないが。
 もしも本当に中身が書いてあったらと思うとセナは恐ろしくなり、渡されたものの懐に仕舞い込んだままだったのだという。もし中身を開いて爆発でもしたらと気が気ではないが、持ち帰って自分の部屋に厳重に隠しておくつもりでもあるらしい。何だ爆発って。まあヒル魔なら有り得るか。
「俺らのは……?」
「ま、まさか……部員のはないんじゃないかな。ヒル魔さんて意外と優しいから……」
「おい!? 何を絆されてんだお前は!?」
「ひい!」
 十文字たち三人の勢いにセナがビビる。
 あの悪魔が優しいとか正気か。脅迫されたことがないのだろうか。いやセナもヒル魔にはビビり散らしていたはずだった。まあセナは大体誰にでもビビるのだが。
 しかし、意外とが付きはしても、セナにとってヒル魔は優しい人物に分類されることがあるらしい。小市民なのか器が大きいのかいまいちわからない奴だった。
「いやでもヒル魔さんは……部員のことは気に入ってた……と思うよ。何とも思わないならきっと、信じたりしないだろうし」
 黙ってキックは褒めてる証拠。
 そんな話を試合中に聞いたことを思い出した。敵相手には容赦なく、味方にも大概容赦はないが、確かにまあ、己のチームメイトのことは奴にとって使える駒ではあったのだろうし、それがヒル魔なりの天邪鬼な信頼の証だったというのなら、わからないでもない。
「……まあでも、こん中で付き合い長いのはセナか。お前が言うならそうなのかもなあ」
「いやいやいや。大して変わらないかと」
「まあ確かに、信頼があったよな! エースだって言ったのはヒル魔先輩だしよ!」
「はは……最初は騙されて連れてこられたけどね」
「脅迫よりまし」
「手帳頼りになんじゃねえぞキャプテン!」
「い、いやいや! 脅迫メモは使わないって!」
 悪魔のキャプテンなどヒル魔だけで充分過ぎる。ビビリな小市民であるセナが使うはずもないが、これはちょっとした軽口だ。戸叶と黒木は楽しげに見てみようぜと手を伸ばしている。光速でかぶりを振るセナに脅迫などやれるはずもないが。
「けどな。抱え込むのもやめとけよ」
 試合中の勝負時では頼りになり過ぎる奴ではあるけれど。
 こんなこと、一年前なら考えもしなかった。つるんでいる二人以外のことなどどうでもよかったのだ。だというのに十文字は、今やアメフト部の立派な一員になってしまっているのを自覚していた。それはもう、あの夏の時点でだったが。
「お前の頭じゃすぐパンクするだろうし――こんだけ部員が増えるんだからな」
「………、ありがとう。頼りにしてます」
「カッカッカ。悪魔ほど上手くはねえけど俺らが脅して連れてくんぜ」
「だ、駄目だってば……」
「ま、いつまでも悪魔流ってのも癪だしな。脅迫なんざなくても強いってこと証明しようぜ」
「……うん!」
 去年までのチームメイトはもういないのだ。それは揺るぎない事実であり、向き合わなくてはならないことである。
 だが、去年を知るチームメイトは残っている。自分たちを主軸に継げるところは受け継いでいき、そして新しくしていくのだ。
 新生泥門デビルバッツで優勝を狙う。部員たちは拳を合わせて笑い合った。