ことはら
「伝説?」
ようやく穴が埋まったと、普賢が十二仙入りすると決まった時に聞かされた話だ。
崑崙十二仙と呼ばれる彼らは、太公望の知る限り十一人しかいなかった。常々不思議に思っていたことを、ちょうどいい機会だと考え深堀りすることにしたのだった。
いわく、崑崙十二仙筆頭を任されていた、竜吉公主よりも強大な力を持っていた伝説の仙人。元始天尊と三日三晩戦ったのち、敗れた彼は下界に落ちた。五百年以上も昔のことであり、普賢はそのような大仙人の後釜になるのだという。
「熱血漢だったからサボり魔の太公望とは相性が悪いかもしれないね。きみたちとはタイプが真逆のような男だったけど、実力は折り紙つきだった。死ぬとは思えなかったけど……相手が元始天尊さまでは燃燈も勝てなかったようだよ」
生きていれば妲己への抑止にもなったろうに。伝説を知る太乙真人は少しばかり寂しそうな声音で呟いたように聞こえた。
袂を分かった詳しい原因は知らされておらず、元始天尊も深くは話そうとしなかった。どちらも譲れぬものがあったのだろうことだけは理解して、伝説は死んだのだと納得するしかなかった。
「——まあ、燃燈のことが知りたいなら竜吉公主に聞くのが一番じゃないかな。私たちの知らない顔をよく知っているからね」
「………。竜吉公主が?」
「うん。当時は彼女も辛かったろうと思うけど、太公望なら思い出も話してくれるだろう」
そこでなぜ竜吉公主の名が出てくるのかわからなかった太公望は数秒固まってしまい、問いかけようとした時には太乙はさっさとその場を離れてしまっていた。
よく知っているということは、浅からぬ関係であったということだ。
太公望にとっての普賢のような友であったのか、それとも家族であったとか。家族という括りの中でも親子やきょうだいなどと様々あるが。
よもや伴侶だったのだろうか。
今まで考えたことがなかったが、長く生きていればそのようなこともあったやもしれぬ。加えて竜吉公主は絶世と称される妲己に劣らぬ美貌の持ち主でもある。しかし彼女自身は気さくではあるが、元始天尊の直弟子でなければ太公望も知り合うことなどできないはずの大仙女だ。大仙女であるが故に、彼女を娶ろうと考えた者がいるかもしれないなどとは思いつきもしなかった。
しかし、伝説にまでなった十二仙筆頭の大仙人であればなきにしもあらず。
だとしたら、きっと寂しかっただろう。家族を失う辛さは太公望も覚えがあった。
「そうか、おぬしらは知らなかったな」
鳳凰山へ顔を出せば、彼女は快く太公望を迎え入れてくれた。普賢が十二仙入りすることを口にすれば竜吉公主も知っていたようで、先に行かれてしまったなと笑われてしまった。サボり続けている太公望と己より真面目に修行していた普賢とであれば、先に彼が仙人になるのは当然ともいえるであろう。
その流れで太乙真人から伝説となった十二仙筆頭の仙人の話を聞いたのだと、様子を伺いつつ太公望は口にした。少しばかり驚いたように目を丸くした竜吉公主は、やがて納得したように呟いたのだった。
「公主がよく知っていると聞いた」
「うむ。仙人としてのあやつは十二仙たちのほうがよく知っておろうが」
伝説を気安く呼ぶ様子は、予想した関係性のどれかに当てはまるであろうと想像できるものだった。友よりも近い、身内へ向けるような呼び方を竜吉公主が紡ぐ様子を、これまで太公望は聞いたことがなかった。
「少し過保護な面はあったが、それも私を案じる故じゃ。五百年は経ったか……元始天尊は死んだと言ったが、私には……」
伝説が崑崙にいた頃を想っているのだろう、麗しいかんばせを緩ませて懐かしげに笑みを浮かべる。
「過保護なくせに、私の意向には大きくは逆らわぬ。しかし異母姉様のお心のままに、などと殊勝なことを言いながらも、やんわりと止めようとするのが面白くてな。たったひとりの異母弟じゃ、可愛いものだったよ」
「……ねえさまか」
「ん? うむ、あやつは私をそう呼んでいた」
ようやくふたりの関係性を明かされることとなり、太公望はひとり納得した。
なるほど、姉弟。伝説の仙人は竜吉公主の弟。聞けば母親は違うというが、伝説は出生も伝説級であるようだ。
この麗しい崑崙の姫の異母弟であるならば、過保護になっても致し方ないような気もする。それ自体に嫌気が差していたような様子もないから、竜吉公主も異母弟から気にかけられるのは嬉しかったのかもしれない。
「おぬしにきょうだいはおらんかったか?」
過去に想いを馳せた時、同時に出てくるのは妲己の暴虐だ。けれど辛いものばかりではなかったことも確かだった。
「妹がいた」
「そうか。会えぬのは寂しいものじゃな」
会いたいと思っても、すでに会うことのかなわない相手だ。生きている太公望たちにはどうすることもできない。
「………。ならば寂しいと思う暇もないくらいサボりにくるとするかのう」
「ふふ……燃燈とはまったく違う性格の弟ができたようじゃ」
「わしも姉がいたことはないのう」
寂しいと口にした竜吉公主が己の台詞で楽しげに笑ったので、まあいいかと太公望は思い直すこととなった。
そうして伝説が生きていたと判明するのは数十年後、仙人界が落ち第三の島に降り立った時。想像していた伝説は予想を遥かに超えて暑苦しく、竜吉公主とは似ても似つかない者であったが。
しかし、二人して奥ゆかしいものだと太公望は思ったものだった。すぐにでも駆け寄って無事を確認し合いたいだろうに、それをしないのは優先すべきことが目前にあるからか、それとも長く生きている故か。しかし、勝手に選抜して観客側へと異母姉を向かわせるあたりにこの男の想いが透けて見えるようで、太公望は生温い笑みを漏らしてしまったのだった。