5月9日、想う心

「へえー、サタンの誕生日は五月なんかあ」
「はい、おとうさんの誕生日も五月だって言ったら、一緒にどうかってビーデルさんが誘ってくれて」
 パパも喜ぶから合同で誕生日パーティーをしよう。そう誘ってくれたのは自習中の騒がしい教室内でだった。黙々と進めていた課題から顔を上げ、ひと息ついた時話題が振られたのである。
 ミスター・サタンの誕生日パーティーは毎年ビーデルも友人のシャプナーたちを誘っているのだそうだ。
 地球が元通りになった後、天下一武道会を見に来ていたシャプナーたちは早々に金色の戦士の話を興奮気味に問いかけてきた。取り繕うのが苦手な悟飯は、魔人ブウの記憶は半年後に消すわけでもあるしと肯定してしまった。グレートサイヤマンも金色の戦士も、間違いなく悟飯であるということを。かといって出来事すべてを伝えられるわけもなく、困っていたところにビーデルが助け舟を出したのだった。
 悟飯は悟飯の父とともにミスター・サタンと一緒に戦った。サタンひとりでは勝てなかった、いうなれば戦友なのだと伝えると、テンションの上がった友人たちは悟飯を小突いたり羽交い締めにしたりと騒がしくなった。
 後ほど事実と違う言いまわしをビーデルは謝ってきたが、そもそも父が救世主などと呼ばれることを嫌っているのだから謝る必要はないだろう。悟飯はサタンと一緒に戦ったわけではないけれど、全体を見ればそう言えるかもしれないし。それに、こうして身近な友人たちがわかってくれたのならそれでいい。記憶が消えたとしても、この時の反応だけで悟飯も嬉しかったのだ。
 まあ、神龍が消したのは魔人ブウの記憶だけで、シャプナーたちの金色の戦士についての記憶や悟飯が話したことについては、まったく忘れていなかったのは誤算だったのだが。孫くんの息子バカねえ、としみじみ言われたブルマの表情が脳裏に過ぎった。
 悟飯も家族や知り合いの人数分招待状が入った封筒を受け取りながら、めかし込んでいかないと恥をかくことになるだとか、豪邸で過ごす時間が至福だとか、料理が楽しみだとか騒ぐ友人たちの話を耳にしていた。料理は確かに楽しみだなあ、と思いながら悟飯が小さく呟いたことをビーデルが拾ったのである。
 おとうさんと誕生日近いなあ。そうなの? じゃあおじさまの誕生日も祝わない?
 ひっそり続いた会話は近くに座る友人たちには聞こえていたらしく、気になってたんだよなあ、とミスター・サタンの戦友という扱いになっている悟飯の父を見たいと言い始めてしまった。かしこまった場に行くのが苦手な父が断る可能性もあるので、一応ビーデルには先に謝っておいたが。
「良いでねえか! きっと美味えもんもたくさん出るだよ」
「ふーん。ま、なら行くかあ」
「良かった。じゃ、預かった招待状もぼく皆さんに配っておきますね」
 父、母、弟宛と自分宛の招待状を封筒から抜き、興味を示す弟が手を伸ばしてテーブルから持ち上げた。失くすでねえぞ、と母がちくりと忠告しているから、家族の分は母が管理してくれるだろう。残る招待状の配達は今週かけて行うことにした。
 実をいうと、父にとって父の誕生日は祝うものではない。そう認識されているからその日はずっと違う言葉を使われていた。今年はサタンと合同なのだから、わざわざ変えてもらうことはしないだろうと悟飯は考えていた。

*

「お招きありがとうだ」
 重厚な扉から現れたのは悟飯の母と、カプセルコーポレーションの女社長とその夫だった。来て早々ビーデルに話しかけていたイレーザとシャプナーは興味津々になりながらも、ビーデルと会話をする様子を眺めながら二人で会話に没頭することにしたようだ。
「いえ、今日はおじさまも主役だからそんな。楽しんでってください」
 悟飯の父がまず山奥育ちの元野生児なものだから、格式張ったパーティーはあまり得意ではないと聞いている。彼の性格を考えれば確かにそうだろうと理解しているが、それも踏まえてビーデルの父は是非呼ぼうと言ったのである。知り合いばかりのパーティーなのだからかしこまらずとも問題ない。女同士の会話に飽きたのか気を遣ったのか、ブルマの夫は早々に席へと去っていった。
「それで、おじさまたちは?」
「トランクスたちと一緒よ、がきんちょどものお守り。悟飯くんは先に来るかもしんないけど」
 二児の父――次男の存在はあの日の天下一武道会まで知らなかったらしいが、悟飯の幼少期はよく遊んでいたのだと悟飯の母が教えてくれた。自分より甘やかすこともあったと懐かしそうに話している。
「そうだビーデル、誕生日ケーキはあるだか?」
「ええ、かなり大きめのを用意してますけど」
 サイヤ人というのは相当な大食漢であり、ビーデルも何度か目にしてきた。地球人とのハーフである悟飯自身もよく食べるのだから例外はないのだろう。余るだろうと思えるほどの料理が彼らの胃袋に収まっていく様子は驚愕するしかないほどだったが、一周まわって今では清々しい。
「悟空さのケーキの上に乗せるプレートにはありがとうって書いてくれればいいべ」
「え? おめでとうじゃなくて?」
 ハッピーバースデーとか色々書き方はあれど、感謝の言葉を書けと言われたのは初めてだ。パティシエにはあるのかもしれないが、少なくともいくつもの富豪たちのパーティーに出席したことのあるビーデルは見たことがなかった。
「悟空さの誕生日は、悟飯ちゃんへお礼を伝える日でもあんだ」
「………? どういう……」
「………、そういえば孫くん教えてくれたことがあったわね」
「あんれまあ、珍しいべな」
 そうねえ、と訳知り顔のブルマが楽しそうに笑みを見せ、悟飯の母――チチもどこか嬉しそうな表情を浮かべた。ビーデルとしてはよくわからずに疑問符が浮かぶばかりだ。父親の誕生日でどうして息子に礼を伝えることになるのだろう。プレゼントを毎年悟飯が渡しているのだろうか。
「ふふふ、もうずっと昔だ。悟飯ちゃんが三歳くらいの頃だべなあ……あの子が悟空さの誕生日決めてくれただよ」
「え?」
「赤ん坊の頃じいさまに拾われたから、悟空さは自分の誕生日知らねえだよ」
 誕生日を決める、などという普通ならあるはずのない出来事は、悟飯の父――悟空が親を知らない拾われ子であることが原因していたらしい。拾われた悟空がずっと住んでいたのがあのパオズ山なのだとか。
「お祝いもなあ、本人もしたことねえしいらねえって言うもんだから、おらの誕生日も祝わねえようになっちまったけど……子供にはしてやりてえだろ? そんでまあ、悟飯の誕生日は祝うのにおっとうとおっかあはねえから気になったんだべなあ。おらや悟空さに誕生日聞いて、ごまかしゃいいのに悟空さは知らねえって素直に答えんだべ」
「孫くんらしいわねー」
「まあ仕方ねえ。嘘がねえのが悟空さの良いとこだ」
「そうだけどさあ」
 苦言のようなことを口にしながらも、懐かしむ二人は穏やかだ。
 五月九日。五と九で悟空。語呂合わせでこの日を父親の誕生日にしようと幼い悟飯は決めたのだという。悟飯を祝ってくれる両親を、誕生日を知らない父親を祝いたくてそう提案したのだと。
「その時の悟空さはそれはもうすげえ喜んでただよ」
「しっかりしてて良い子だわあ、悟飯くん」
 うんうんと力強く頷くブルマにつられたチチもまた頷いている。
 ――オラの誕生日ってやつ、悟飯が決めてくれたんだぜ!
 そう言ってこれまた嬉しそうに教えてくれたのだとブルマが思い出を語る。その後のことについてはなんともいえない顔をして曖昧に濁されたが、ビーデルとしては予想外に悟飯の可愛いエピソードを聞けて非常に喜んでいた。表情に出すようなことはしていないが、あとで本人に聞くのも面白そうだ。
「心臓病になる前だったかな……そろそろありがとうじゃなくておめでとうって祝いてえって悟飯が言ったんだが……悟飯より先におらに言っただよ」
「なにを?」
「ケーキのプレート、ありがとうって書いてくれよってな。今日のパーティーはおらが先に行くから、言っといてくれだと」
「あらまあ、大人げないわねえ」
「ふふふ。こればかりはおらも悟空さの気持ちを汲んでやりてえ。悟飯と一緒に祝いたくもあるけどなあ……せっかく誕生日なんだ、悟空さの好きにさせてやるだよ」
「……そういうことなら任せてください」
 呆れて溜息を吐いているのにブルマが楽しげに見えたのは気のせいではないだろうし、ビーデルもまたその気持ちは少し理解できた。
 可愛い親子の可愛いエピソードだ。悟飯が父の誕生日を祝いたいという気持ちはよくわかる。ビーデルだって父の誕生日がわからなければそうしたかもしれない。どちらかといえばビーデルは娘側だから、悟飯の気持ちを優先してあげたくもなったが。
「顔にやけきってるわよ。まあでもめちゃくちゃ可愛い話だったわね〜、悟飯くんのパパもなんか可愛いわ」
 二人と別れたビーデルにかけられた声にぎくりと肩を震わせてしまったのは不覚だ。近くで話していたイレーザとシャプナーは聞いていないと思っていたが、しっかり聞いていたらしい。
「そ、そうね……」
 にやけを抑えつけるために無理やり不機嫌な顔を作ったものの、悟飯に礼を伝えたい悟空の気持ちをプレートに篭めるため、ビーデルは急いで厨房へと向かった。

*

「にいちゃんありがとう」
 ビーデルや悟飯と同じテーブルに座っていたシャプナーは、食べていた料理を勢い良く噴き出した悟飯に視線を向けた。慌ててナプキンで口元を押さえ、服を引っ張る弟とその隣に立つ子供へじとりと目を向けている。弟くんも可愛いわよねえ、とはしゃぐイレーザの言葉など聞こえてもいないようである。
「……悟天。おとうさんに何言われた?」
「おとうさんの誕生日はにいちゃんにお礼言う日だって」
「もおおお」
 金色の戦士は牛にもなるらしい。父親に祝いの言葉を言いにいったらそう追い返され、言ってこいとまで急かされてきたのだそうだ。悟飯の母親の話を聞いていなければ意味がわからなかったところである。
 しかし、家族仲良いな。シャプナーは人並みに親へ反抗したい気分になることがよくあったが、この調子だと良い子ちゃんな悟飯にはまったくもってなさそうで呆れとも感心とも感じる複雑な気分になった。田舎者はこんなに良い子に育つものなのか。
「悟飯ー! ありがとなー!」
「ちょっとクリリンさん!」
 父親の親友、悟飯自身も昔馴染みであるらしい親父……近寄ってきたクリリンに食ってかかるのは反抗といえなくもないかもしれない。まあまあと宥めるクリリンに恨めしげな視線を向けているところを弟に見られていることに気づいたらしい悟飯は、取り繕うように咳払いをした。
「俺たち今までこうして誰かを祝うなんてしなかったからなあ。この話ほら、お前がちっさい頃カメハウスに来た時に聞いたけど……覚えてねえか。あいつすっげえ嬉しそうでさあ。あんなに嬉しそうだったの、おじいさんに会えた時並みだったんだからな?」
「おじいさん?」
「へへ、お前と同じ名前の悟空のおじいさんだよ。おじいさんも占いババに一日だけ連れてきてもらったことあったんだ」
 どうやらその祖父と悟飯の父親はしばらく離れて暮らしていたのだろう。一日だけとは切ないが、会えただけでも悟飯の父親は良かったのかもしれない。悟飯と同じ名前の祖父。シャプナーの近所に住む子供もジュニアと名付けられていたのを思い出した。大抵父親の名前だった気がしたが、悟飯は祖父から名前を貰ったらしい。
「はは、お前も嬉しそうだな」
「う……い、いやでも! お、おとうさんっ! 今日くらい、っていうかもういいっすよね!?」
 少し離れたテーブルにミスター・サタンと座っていた悟飯の父親はこちらへと目を向けてひとつ瞬いた後、にかりと笑った。パーティーが始まる前に紹介されていたが、どこをどう見ても若すぎる父親だった。表情も悟飯より子供めいている気がして、イレーザが少々浮つくくらいに。
「何言ってんだ、これからも変わんねえぞ」
「ええ〜っ!」
 不満を漏らす悟飯も大概珍しい。でかい肉にかぶりついている若すぎる子供みたいな父親でも、悟飯にとっては甘える対象というのがなんとなくわかった。この歳で甘えるというのもなんだか恥ずかしい話だが、それが信頼から来ているのだろうことくらいはシャプナーにだってわかる。少し前なら認めなかったが、シャプナーだってもう大人だ。父親への反抗にも甘えが混じっていることくらい、一応理解はしているのだ。そういうことである。
「普通に祝いたいのに……」
 肩を落とす悟飯の裾を掴みながら、弟ともう一人の子供がブッフェを取りに行こうと誘う。先程まで散々食べていたはずだが(競ってみたが早々に降参した)、まだ腹に入る余地があるらしい。
「悟飯のやつ意外にめちゃくちゃ食うよな……」
「悟天くんも、おじさまもよ」
「家計アッパクしそー」
 なんなら悟飯の家族以外にも大食漢はいたりする。鍛えているせいだろうかと考えたが、救世主であるミスター・サタンは人並みの食事量だった。
「やっぱ金色の戦士って家族もすげえな……」
「それは確かに。悟飯くんのパパすっごい若いもんねえ。街で会ったら絶対声かけちゃうわ」
 顔がそっくりだとはしゃぐイレーザの好みのタイプは悟飯である。まさか同級生の父親に手を出したりなんてしないだろうなとシャプナーは疑いを向けたが、それはビーデルも同じだったらしい。
「……肉食ね……」
「こっそり仲育んでるビーデルに言われたくないわよ?」
 今度はビーデルが飲んでいた紅茶を噴き出した。家族ぐるみなど将来を見越した付き合いすぎる、などとビーデルを揶揄う言葉がイレーザから発せられ、真っ赤になったビーデルはカップを傾けてごまかしているようだった。正直そのごまかしはもうシャプナーとイレーザには通用しないのだが。
「ねえ〜、まだ付き合ってないの〜?」
「う、うるさい! と、とにかく! 同級生のパパなんだから自重してよ!」
「ただの冗談じゃない、まったく」
 まあ、父親であるミスター・サタンと共闘した悟飯たちと家族ぐるみの付き合いになるのはわからなくもないが、こうしてビーデルの気持ちを察しているシャプナーたちから見れば、外堀を埋めているように見えるのは仕方ないことである。

*おまけ

「知らなかった。ピッコロさんておとうさんと誕生日同じなんですね。へえ〜、なんか嬉しいな……ぼく五月九日がもっと好きになりました。おとうさんも来年はちゃんとお祝いさせてもらいますから」
「かあさん説得できりゃあな! 今度からピッコロもうちで祝ってやるからよ」
「いらん。勝手に団欒してろ」