好晴
「なあ界王神のじっちゃん。命って返すことできねえんか?」
「はあ?」
先程までの光景が現実であることを痛いほど思い知り、ようやく生きた心地が戻ってきたところで一言呟いた者がいた。
地球ではない別の世界だというこの場所で、どこからか戻ってきた顔色の悪い二人に話しかけたのはもう一人のブウを倒した男だ。
「せっかくやったもんを返すとはなんじゃ。わしの命がフマンか!?」
「そうじゃねえけどよお」
「悟空さんはすでに死人だったのですが、大界王神さまが命を与えてこの世に生き返ったんですよ」
近くで疑問符を浮かべながら不審げに見ていたサタンに気がついたらしく、顔色の悪い片方の若い男が説明してくれた。
冗談のようなことを至極真面目そうな顔をして話しているが、これを昨日聞かされていたならサタンは笑い飛ばしていたところだ。人が生き返るなどあり得るはずがない、命を渡すことなどできるはずがない。あんな戦いなど夢でしかあり得ないと。
しかし、今日のことはすでに現実であると理解していたサタンは、信じ難いとは思いながらも彼ならあり得る話だと納得した。
「オラ二回死んでるからさあ、地球のドラゴンボールじゃもう生き返れねえんだよ。で、界王神のじっちゃんが命くれたんだけど」
いくら現実であると理解していても、驚くことには変わりない。
ドラゴンボールという奇跡の珠も信じ難いわけだが、二回死んでいるとさらりと言う男にも驚愕する。そして奇跡の存在であるドラゴンボール並のことをしたという界王神とかいう爺にも。
「せっかく現世に帰れるというのに……一体どんな理由で返すなどと仰るのですか」
先程まで朗らかに笑っていたはずの男は神妙な顔をして佇んでいる。彼とともに戦っていたもう一人の男は聞こえているのかいないのか、少し離れた場所で休憩しているようだった。
「七年経ったんだ」
「悟空さんが死んでから……でしょうか?」
「ああ。……セルゲームから七年。オラが死んでから昨日まで、地球は平和だったろ」
ふとサタンの脳裏にあの日の光景が過ぎった。
あり得るはずのない出来事を目の当たりにして、今日のように現実を信じきれなかったセルゲームでの戦い。生きていたわけではなく、彼はあの時死んだのだ。そうだった。
「オラが生き返ったら、また今日みたいに危ねえことが起こんじゃねえかって思ってよお」
呼び寄せている、などと。彼は考えているらしい。
生き返ってまた悪を呼び寄せるくらいなら、死人のまま家族や仲間があの世に来るのを待つほうがいい。別の星にあるドラゴンボールで生き返ることもできたというが、実際にその選択肢と秤にかけてあの世に行くことを選んだのが七年前だったそうだ。
なんでそんなことを言うのだ、この男は。
「な、な、何を言ってるんだあんた! そ、そんなのは……そんなのはまたみんなで戦えば済む話だ!」
サタンの張り上げた声に驚いたように目を丸くした男がこちらへ視線を向け、ぱちりと一つ瞬きをした。
もう一人のブウを倒しきったのはこの男だ。この男こそ地球の住人たちから賞賛を浴びるべき人間だというのに。
「ふん。しみったれた顔をして何を話しているのか知らんが、一番の足手まといが何を言ってる」
「おいおいベジータ。こいつだって戦ってたし、おめえも助けられただろ」
「うるさい! 貴様もうだうだと悩むな鬱陶しい!」
ベジータと呼ばれた男が近寄ってきて、聞いていなかったふりをしておきながら男の頭を小突いて怒鳴りつける。一瞬不満げに眉を潜めた男は、界王神の爺の笑い声に目を向けた。
「馬鹿じゃの〜」
「なんだよお」
「おまえ、今日一日だけ現世におったんじゃったか?」
「うん」
不満げな声とともに今度は困った顔をして、男は子供のように界王神の爺へ返事をした。
占いババという人間に頼んで死後一日だけ現世に現れることができるのだそうだ。その貴重な日は天下一武道会に出場するため今日を選び、家族や仲間に会い、本来なら再会を噛みしめるところだっただろうに、よりによって今日魔人ブウが復活してしまった。けれど彼はそれを討ち倒した。たった一日で色んなことが起こり過ぎているとは思うが。
「こんなことが起きて災難だったとは思うがな。ま、それはともかく、おまえが今日見てきた家族や友人の顔は覚えとるじゃろ」
「うん?」
「泣いとったか、笑っとったか……そのあたりは知らんが。答えはおまえさんが見てきた顔にある。おまえの息子の顔をよう思い出してみい。わしには、別れを惜しんでたように見えたがのう」
飄々とした男に見えた。ほんの少しの会話でも、極限状態だった戦いの最中でも、彼のしょげたような顔が珍しいもののような気がしてサタンは少し親近感を抱いた。
世界チャンピオンであるはずのサタンが足下にも及ばないような、成熟した精神を持ったべらぼうに強い武闘家でも恐れるものはあるのだ。サタンと同じく人であり、家族や仲間の喪失を恐れる普通の男なのだろう。
「……そうですよ。私は今日悟空さんのご家族やお仲間と再会したところも見ていましたが、皆さん会えて喜んでおられた。たとえ悟空さんが悪を呼び寄せていたとしても、それが答えということですね」
顔色の悪い男からちらりと視線と笑みを向けられ、更に皺を増やした眉間のままベジータはふんと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
「今後何かがあったとしても。悟空さん、あなたが地球を守ることになるでしょうが。これからゆっくり後継者を育てるのも悪くないでしょう」
「そもそも今回はおまえが原因というわけじゃなかろう」
「そっかな……ヘヘ。ま、それでいいならいっか!」
「相変わらず軽い奴だ」
「……原因がどうとか私は知らんが……」
サタンの言葉など必要ないかもしれないが、これだけは伝えておかなければならないことだ。不思議そうに視線が向けられる。
「あんたが悪いブウを倒してくれて助かったんだ。あんたが……あなたがいてくれて良かった。助けてくれてありがとう。本当に……」
「………、おめえもな!」
晴れやかに見えた笑顔がぶれ、視界はびゅんと疾走感を増した。肩を叩かれたと認識した時には、サタンの体は思いきり吹っ飛び頬で地面を擦っていた。
「あっ! わ、悪りい!」
手加減したけどしきれていなかった、と慌てて謝りながら引っ張り起こされ、少しばかり申し訳なさそうにサタンへ笑みを向けた。吹っ飛んだ体は多少の怪我を負わされたものの、曲がりなりにも鍛えているおかげか大したものではなかった。
向かい合って笑い合う。彼の仲間にサタンは入っていないけれど、今こうして礼を伝えて笑い合えたのだから良かった。
「それにわしドラゴンボールで生き返ったから返されても困るんじゃ」
「あっ、そっかあ」
「諦めて界王神の爺の命で生きるんだな」
とぼけた声が突っ込んで、納得した声が相槌を打った。それを聞いていた顔色の悪い男は苦笑いを漏らしていたが、ベジータと呼ばれた男は呆れたように男を一瞥し、溜息とともに吐き捨てるように呟いた。
*
「ねえ、あれ……人が飛んでるわ。………、………! ねえ! あの子!」
空に向かって大きく両手を振った。青空に人影が四つ。気づいてくれたらしく降りてくるのが見える。
四つの影のうちの一つが、まるで思い出の中から抜け出てきたような姿だった。あれから二十年以上経つというのに、そうとしか思えないものだったのである。
「悟空! ねえハッチャン、悟空よ!」
「ソンゴクウ!」
地に降り立ったものの彼はぽかんとこちらを窺っている。その後ろで残りの三人も降り立ち、同様に視線を向けた。
「おとうさんのこと知ってるの?」
寒そうに両腕を擦りながら問いかける姿が思い出の中の彼とそっくりだ。けれど目の前の彼から飛び出した言葉は別人であることを察することができた。
しかし、別人であっても縁のある関係だ。驚いたものの堪えきれずに口角が上がっていくのを自覚した。
「……知ってるわ。私たち悟空に……あなたのおとうさんに助けられたことがあるもの」
「そうなの? にいちゃん、この人たちおとうさんの友達だって!」
にいちゃんと呼ばれた青年が目を丸くしているが、こちらとしても驚くばかりだ。思い出の中の姿そっくりの少年だけではなく、成人前後の青年までが、まさか。
「あ、あなたも……」
「ぼくたちは……、……孫悟空の息子です」
少年の頭を撫でながら青年が答えた言葉は、驚くしかないものではあったけれど。
自分が子供の頃の記憶だ。彼もまた子供だった。あれから二十年以上の月日が経っているのだから、彼に大きな子供がいたっておかしなことではないのだ。
「ソンゴクウ、元気なんだな」
「ええと……そうですね。……はい」
「悟空にありがとうって伝えて。あなたたちも……きっと戦ってたのよね。……ありがとう!」
「えへへ」
思い出そっくりの少年の手を握り礼を伝える。青年にも、その後ろに佇む二人にも。嬉しそうに笑う少年と、照れたように頬をかく青年を眺めて目を細めた。
「ぼく悟天だよ。にいちゃんは悟飯。名前なんていうの?」
「あ、そうよね。私はスノ。こっちは……ハッチャンよ。そう言ってくれればきっとわかってくれる」
悟空がいなかったらスノもハッチャンも、今みたいに自由に過ごせなかった。忘れたことなど一度もない。たった一度しか会わなくても、鮮明に姿を思い出せるほど脳裏に焼きついている。
「……わかりました、伝えておきます」
手を振って空高く飛び上がっていく四つの影を見送りながら、スノとハッチャンはいつまでも手を振り返していた。
*
見せつけてくれるわね、と揶揄い混じりの言葉に少し照れてから、ビーデルは目の前の温もりから体を離した。
彼を知る仲間たちがこぞって気が感じられないと言っていたのは別の世界に移動していたからで、ビーデルの生きている気がするという希望的観測は当たっていたということもわかり。
まあ、結局この神殿にいる皆を含めて殆どの地球人は一度死んだのだろうが、そこはもう置いておこう。彼の父は生きているといいとビーデルに言ってくれたし、信じて良かったと思うばかりだ。
「それでねえ、下にいる人たち、おとうさんのこと知ってたんだよ。みんなぼくのことおとうさんと間違えるの」
「ウパさんだろ悟天」
「ウパ! 懐かしいなー! そういや下は聖地カリンだ。まあ悟天は悟空の子供の頃そっくりだからなあ」
二十年以上も昔、悟飯の父である悟空もまだ子供だった頃に知り合った相手の話だそうだ。
殺し屋に父を殺されたウパという少年のため、父親を生き返らせるためにドラゴンボールを集めて願いを叶えたという。未だに信じ難い代物だが、実際に世話になってしまった身からすれば否定などできようもない。
「あとねえ、ハッチャンとスノ」
「悟天、ハッチャンさんとスノさんだぞ」
「いや、ハッチャンはたぶんあだ名だろ? 聞いたことないけど……ブルマさん知ってる?」
クリリンの突っ込みは悟飯に向かった。
悟飯の父、悟空と一番付き合いの長い者がカプセルコーポレーションのブルマなのだという。クリリンの問いに首を振りながら知らないと答え、近くにいたヤムチャたちも同様に答えた。
「おとうさんだけの友達?」
「そうねえ……クリリンも知らないならそうだと思うわよ」
「あいつ、武天老師さまの修行で地球一周してたこともあったし、その頃知り合ったのかもな」
「そうなんですね。……みんな、恩を忘れてないって言ってたんです。お礼を伝えてほしいと」
悟飯の言葉に頷くのはこの神殿にいる者全員だった。孫悟空という一人の人間の功績がどれほど大きいかが伝わってくるようだった。悟天の頭を撫でながら、悟飯はビーデルにも笑みを見せた。
「だろうな。しかし、今思うと本当に俺たち色々やってたよなあ……ウパの親父を生き返らせるのもそうだけど、レッドリボン軍にカチコミに行ったり」
「あれは間に合わなかったでしょ。孫くん一人で乗り込んでたじゃない」
「れ、レッドリボン軍って……」
セルを作ったドクター・ゲロの所属していた軍隊。壊滅させた悟空もそのせいで恨みを買った原因にもなってしまったが、レッドリボン軍をのさばらせておいても被害はそこかしこに出ていただろうと彼らは教えてくれた。
「俺たちレッドリボン軍の奴に追いまわされたこともありましたよね」
「ブルマは浮気症だからな。好みの男を見ると見境なく言い寄るから。悟空のこともさあ……」
「なんだって!?」
「若気の至りよ! ていうか孫くんは違うわよ、ウーロン!」
悟飯の母が目をつり上げてブルマに詰め寄り、慌てたように彼女は弁明しようとし始めた。彼女曰く若気の至りの思い出を口にしたウーロンを睨みつけながら、記憶を思い起こすように宙へと視線を彷徨わせる。
「あれはあ……ちょっと前までチビだった孫くんが急におっきくなって現れたから驚いただけよ! もう、昔話はいいでしょ! チチさんに睨まれるのはあたしなんだからね!」
「う、うるさいなあ……」
「……話逸れてるぞ」
子供の前で何を言っているのか、と呆れた顔がブルマへと突っ込みを入れた。うるさいと突っ込んだ彼――ヤムチャの頭をはたきながらブルマは咳払いをした。
「しかし、悟飯たちは頭に輪っかのない悟空を見たんだろ? 悟空はもうあの世に帰ったはずなのにどうやって留まれたんだろうな」
「……やっぱり生き返ってるんじゃないかな? ほら、ドラゴンボールに頼んだんだろ。だったら悟空も」
「神龍は死後一年以内の人間しか生き返れなかったんじゃなかった? うーん……」
色々と制約があるらしいドラゴンボールだが、それでも絶滅しかけた地球人の蘇生が叶うというとんでもない奇跡を見せてくれた珠だ。頼み方によっては悟飯の父も一緒に生き返っていて不思議はなさそうだと思う。
「そもそもドラゴンボールを使う前に現れましたから無関係なんですよ」
「ふうん。まあでも、……孫くんのことだから。どうにかして生き返ったのかもね? あり得ちゃうわよあいつは」
「……そうですね。それなら……嬉しいです」
「んだな」
どこか寂しげにも見える笑みを見せた悟飯の背中をブルマが叩き、クリリンもまた労いながら笑いかけた。その様子を眺めながら、ビーデルは少しばかり疎外感を感じてしまっていたが。
「とりあえず、待ってみるしかなさそうね。悟飯くんのパパたちと私のパパ、一緒にいるみたいだし……無事だといいけど……」
本当に何故一緒にいるのかわからない。あんなに強い戦士たちと一緒にいて、足を引っ張っていなければいいのだが。
声は聞こえなくなったが、元気玉とやらでありったけの気を持っていかれた後は皆大丈夫だと言うのである。悟飯たちも生きていたわけで、ビーデルが心配しなくても確かに無事だと思ってはいるけれど。
困った人でも父は父。娘としてはやはり心配してしまうのである。
そうして待つことしばらく。ふいに皆の気配が浮足立ち、ある方向へと顔を向けた。
気を感じ取れる者たちだけだったが、それにつられるようにして悟飯の母やブルマたちも同じ方角へ目を向けていく。
建物の影から現れたのは、皆が待ち望んでいた顔だった。
「おとうさん!」
「パパー!」
「デンデ!」
彼らの家族が駆け出した。
悟空にしがみつくのは彼の家族だ。悟飯すら抱きついて、悟天は抱き上げられて、悟飯の母も一緒にくっついている。死んでいたなんて話が嘘のようにも思えるくらいだ。
「あ、ぱ……パパぁ!?」
ビーデルもまた待っていた父の顔を見つけた時、隣にあるトラウマ級の顔に悲鳴を上げてしまった。ブルマたちもまた同様に焦り、子供たちが率先して臨戦態勢に入りかけたところで悟飯の父が慌てたように間に割り込んでくる。
「待てってみんな! こいつは大丈夫だからよ!」
「で、でも!」
「わ、私が責任持って保護するんだ!」
「あんたがどれだけ信じられるってのよ!?」
「いやいや、悪いブウはやっつけたし、こいつもサタンのいうことならきくからさ!」
戦っていたはずの張本人が魔人ブウを庇い、父の言葉を肯定して皆を諌めようとしている。困惑しながらも落ち着きを取り戻し始めた周りから聞こえたのは、彼への信頼がはっきりと見える言葉だった。
「……まあ、悟空がそう言うなら仕方ないか……その代わり、本当に責任持てよ」
「は、はい! ……良かった……」
大きく胸を撫で下ろした父に悟空が親指を立てて笑みを向けた。父はペコペコと頭を下げていて、世界チャンピオンとしては情けなくも思えるような姿だったが、ビーデルとしてはなんだかほっとした気分だった。
「それでさ、悟空は……その。なんでここにいられるんだ?」
「あ、そうそう。オラまた生き返っちまった! 界王神のじいちゃんに命貰ってよ」
「………!」
神殿にいた皆が予想していた希望が、そのまま彼の口からするりとこぼれ落ちてきた。喜色に歪み始める皆の顔と気配の中、悟空のそばにいた悟飯がぽつりと呟くのが聞こえてきた。
「………、じゃあ……また、一緒に暮らせる……?」
「……おう!」
先程よりも泣きそうな顔をした悟飯へ視線を向けた悟空は一瞬目を丸くした後、満面の笑みを彼へ見せた。
まるで快晴の空のような、今日会ったばかりのビーデルですら彼らしいと思えるような笑顔を見せて、周りもはしゃいで更に神殿は騒がしくなった。
「本当!?」
道着を引っ張ってはしゃいだ悟天を抱き上げる。ぐしゃりと顔を歪めて堪えようとしていた悟飯の目から涙がこぼれ落ちた時、悟空の手が彼の頭に乗った。もっと乱暴にしそうな印象だったけれど、その手は悟飯の頭を優しく撫でていた。
「よく頑張ったなあ悟飯。悟天も、チチも」
子供みたいにしがみついて、彼の父の肩に顔を埋めて、歯を食いしばっているところだけがビーデルに見えた。
本当ならきっと、見てはいけない場面なのだろう。ビーデルは悟飯とその家族が今までどんな生き方をしてきたのか殆ど知らないのだ。言葉にすることも難しいような出来事があったのだろうことだけは、彼らの様子から見てとれた。
「……親子だなあ。悟空も昔ああやってさあ、おじいさんと暮らせるかって聞いてたの思い出しちまった」
「あれも占いババさまに連れてきてもらった一日でしたね」
もらい泣きしていた周りから、悟空の昔馴染みだというヤムチャが一言呟いた。彼の肩に乗るプーアルが応える。
「ああ。会えて泣き出して、また一緒に暮らせるのかって……あの時は無理だったけどさ。今度は暮らせるんだ、家族と。良かったなあ悟空……悟飯、悟天も、チチさんもさ」
「これからは働いてももらわないとね。生きてるんだから」
「ははは。確かに」
ヤムチャの言葉は優しかった。茶化しているように聞こえる言葉でも、ブルマの声音もまた優しかった。昔馴染みである悟空とその家族を心から慮っていることが空気から伝わってくるようだった。
*
「スノ?」
「うん。ハッチャンって大きな男の人と」
「………! ハッチャン!」
悟天が名前を伝えた時、悟空の表情は驚愕に染まった。
悟空が神殿に戻ってから、悟天は彼の両親のそばから離れようとしなかった。悟空に抱き上げられた後は母のチチにも抱きしめられ、今は父に肩車をしてもらってご満悦のようだ。
「誰なんだよ?」
「えーと……確か……ジングル村だ! そこで会ったんだ。ほら、おめえたちがレッドリボン軍に行こうとしてた時によお」
「や、やっぱあん時か!」
レッドリボン軍という言葉にぎょっと目を剥く者もいたが、悟空は気にせず説明を続ける。
ジングル村といえば西の都とは気温も違い、かなりの寒冷地だったはずだ。二十年以上も昔、雪を知らなかった彼はいつもの道着のままで防寒具もないまま、凍ってしまったのだとか。カチコチの悟空を助けてくれたのがスノだったという。
「ジングル村も困ってたし、ドラゴンボール探しついでにレッドリボン軍やっつけてハッチャンも連れ出したんだ。人造人間だけど優しい奴だぞ!」
「へえ……」
「人造人間……そうか、だから気を感じられなかったのか」
「懐かしいな〜」
ありがとうと伝えてほしい。そう告げられたことを悟天が悟空へ伝えると、首を傾げつつも彼は嬉しそうにからりと笑った。
「おとうさん、会いに行ったらいいと思うんですよ」
「あー、そうだなあ。顔見に行くかあ」
「んだ、ついでに家族旅行すりゃいいべ!」
「やったー!」
一家の予定が立てられていく様子を見ていると、うまくことが済んで本当に良かったと心から思える。悟空の蘇生が想定外のことだったのは間違いないが、それでも大団円に収まってくれたことが嬉しい。
自分の言葉が死を選ぶ決め手になってしまうなんて考えもしていなかった。軽い気持ちで話したことは、それでも悟空ならなんとかしてくれると思っていたから口にしてしまっただけなのに。
彼の家族を悲しませるつもりなど毛頭なかった。七年も経って彼らは悟空の死を乗り越えたように見えていたけれど、戻ってきてくれて本当に良かったと思えるのだ。
「ぼくたち神殿来る前に地球見まわってきたんです。何度も悟天が声をかけられて……そっくりだから」
「ああ、ブルマと会ってから知り合い増えたしなあ。地球上走りまわったこともあったっけ」
「地球一周旅行だべか、長え日程になりそうだな」
自分の名前が出たことで少しばかりどきりとしたものの、チチの言葉にぎょっと目を剥いた悟空がジングル村だけではないのかと慌てているのを眺めることにした。当然だと眉を顰めるチチと並んで、彼らの日常が戻ってきたのだと実感が湧いてくる。
「あたりめえだべ。悟空さが世話になったところは挨拶に行かねば」
「めちゃくちゃ前なのによ」
「時間なんて関係ねえべよ。きっと喜ぶだ」
顔を見せればきっと。悟天が息子だと知った悟空の知り合いたちは、皆驚いたあと嬉しそうに頷いていたのだと悟飯は言った。悟飯も息子だと知った者は更に驚いていたらしいが。こんなに大きく立派な子供がいるとは思わなかったのかもしれない。
「あ、あの〜、良ければ皆さんうちで食事でも……シェフに作らせますから」
積もる話もまだまだ尽きないだろうから、とビーデルに肘でつつかれながらミスター・サタンがおずおずと食事の提案をして、周りから歓声にも似た声が上がった。
しかし、一番食いつくと思っていた悟空は嬉しそうに笑ったものの、頬を掻きながらちらりと隣へ目を向けた。
「チチは疲れてんのか?」
「ん? どういう意味だべ。悟空さより疲れることなんかねえだよ」
「ふーん。……へへ、サタンとこの飯も気になるけど、オラチチの飯食いてえなあ」
「………!」
そのセリフにチチは言葉を失くして驚きのままに悟空を凝視し、悟飯と悟天は目を見合わせた。微笑ましげに眺める周りに紛れ、年頃のビーデルは少し照れていたが。
「あの世の飯はやっぱ味気ねえしよお。天下一武道会の飯も美味かったけど――オラ家帰りてえな」
一拍の後、悟飯とチチ双方から両の腕を取られ、慌てたように悟空がなんだなんだと疑問符を浮かべた。肩に乗った悟天は楽しげに家族を見下ろしたまま。
嘘のない言葉だ。悟空は昔からそうだった。言っては駄目なことも良いことも、どんなことでも偽ったことなどない。子を守るためのたった一度を除いては。
「孫くんあんた……そんなこと言えるようになったのねえ」
「オラ思ったこと言っただけだぞ」
「そういうところよ、本当に」
「食材たっくさん買い込んで帰らねえとだな!」
空いている背中をばしんと思いきり叩いても、武道家でありサイヤ人である彼にはブルマの張り手など大した攻撃にはならない。わかっていても少しばかり悔しかったが。
「筋斗雲ー!」
「お。ははっ、久しぶりだなー筋斗雲! おめえたちが使ってたんか」
悟天の声で近づいてきた雲に驚くのはビーデルとミスター・サタンだ。神殿の外側に待機した筋斗雲を興味深げに遠目から覗き込む様子はなんだか微笑ましく、意外と二人も似ている親子だ。きっと愛らしいビーデルの見た目は母に似ているのだろうが。
「チチとおっちゃん乗れよ。おーい」
「おじいちゃん乗れる?」
「ははは。悟空さ、チチおぶって帰ってやれ。今日くらいくっつけといてやれ」
腕にしがみついて離れないチチを不思議そうに眺め、悟天の頭を撫でて苦笑いしながら口にした牛魔王からの提案に、仕方ねえなあと悟空は呟いた。さほど苦にも思っていないような声音で、家族に向けた優しい声だった。
「日を改めてパーティーしましょ。今日くらい家族水入らずじゃないとね」
「だな。またな悟空!」
「おう!」
ヤムチャとクリリンが離れていく悟空たちに大きく手を振り、後ろ姿をいつまでも見送った。
セルゲームが終わってからの地球は確かに平和だったけれど、どこかぽっかり大きな穴が開いているような感覚を抱くことがあった。その原因はただ一つ。
雲一つない空のような男がいなくなって、ブルマもやっぱり寂しかったのだ。
「良かったのお、ブルマ」
「………」
ひっそり目元を拭ったことに気づかれていたらしく、亀仙人の声にブルマは慌てて素知らぬ振りをしようとした。
ブルマにも初めての子供が生まれていて、あっという間に流れていった七年だったことは間違いない。けれどどこか心の隅には、彼への言い表し難い思いが燻っていたようだ。
「……ふん。いつもみたいにまあいっかで流してれば、あたしだって気を揉まずに済んだのに!」
あの家族の下に戻ってこられる奇跡が起きて本当に良かった。きっと悟空でなければそんな奇跡は起こらなかっただろうと思う。悟空だからこそ起こり得た復活劇なのだ。
それを目の当たりにできたことも、ブルマにとって涙がこぼれ落ちるほどの喜びだった。