そらのいろ
「フクウ。知ってるか? こないだジゾウが嫌そうに話していたんだがな」
コクウの話を微笑みながら聞く少年。一見しただけでは少女にも見紛うような風貌だが、肩までの髪をふわりと揺らしながら、フクウは首を傾げる。
「センジュと会ったことはあるか?」
「センジュ……さん? ううん、会ったことはないですけど」
仏国土の人口密度は現世と比べ物にならないほど少ない。顔見知りとまではいかないものの、住まう仏の名は把握している。そこかしこで名を聞くのならば尚更に。
「幼なじみらしいんだがな、これがまた手を焼くほどのやんちゃだそうだ。その癖、一度決めたことは譲らない、頑固者でもあるらしい。千手観音といやあ、もれなく救う慈悲の仏だ。お前と似ているな」
どうやら、コクウは旧知の仲であるジゾウのぼやきを聞いてフクウのことを思い出したらしい。手を焼かせるほどのやんちゃぶりを見せたことはないと思うが、とフクウは思いながらも相槌を打った。
「でも、有名ですよねえ。こないだベンテンさんがはしゃいでましたよ」
七福神の紅一点と会った時のことを思い出しながらフクウは言った。センジュ様は、本当に可愛らしくて、抱きしめたいくらいよ! と興奮していたベンテンに、少しだけ身を引いてしまったのは勢いがすごかったからである。
「会ってみたいですね、センジュさんに」
「まあ、興味はあるな」
思ったよりも早く、初対面の時はやってきた。
大木の下で、蹲っている人影が見えた。何かを抱きしめるようにしている後ろ姿は、少年のようだった。
「……どうか、しました?」
振り向いた時に見えた抱えるものは、弱った狛犬だった。恐らくは寿命か何かで廃棄されたのだろう。大事そうに抱えながら、少し泣きそうな表情で少年はこちらを見つめる。
空色の髪。綺麗な色だ、フクウはしばし見とれた。
「……狛犬、弱ってるの?」
「ここでへたり込んでて。僕、連れて帰ろうと思ったんだけど」
頭をなでると、狛犬は小さな声で鳴いた。少年の顔を一なめして、狛犬はするりと腕を抜け、覚束ない足取りで去っていった。
少年の目には瞬きすれば今にも零れ落ちそうなほど涙が溜まり、じっと狛犬の後ろ姿を見つめる。金色のような色素の薄い瞳は、悲しげに翳っているものの、綺麗に揺れていた。
「……あの狛犬は、とても嬉しそうでしたよ。貴方に抱えられて」
「……そうかな」
そうだといいな、と目を細めて笑えば、涙は水滴となって地面へ落ちた。ごしごしと乱暴に拭う姿を、優しい子だとフクウは思う。
「鳴き声が聞こえたから、ちょっと寄ったんだ。そしたらさっきの子がいて。……長い間祀られてたんだよ。すごく年寄りだったから」
「そうですか」
「僕、センジュ。きみは?」
センジュ、という名を、フクウはつい最近耳にした。ああ、この子が、と思うと同時にすとんと納得した。
「フクウです。一度会ってみたいと思っていました」
「え、僕に?」
びっくりしたように目を丸くするセンジュに、フクウは穏やかに笑いかける。
「はい。この間お話を聞いたので。やんちゃで明るい人だって」
多少はしょったものの、聞いたままをセンジュに話す。少しだけ照れたように視線を逸らしたセンジュは、ぷっと吹き出して笑いだす。
笑顔を見せたセンジュに、フクウはああ、と理解した。泣いている姿よりも、この少年には笑顔が似合う。空色の髪に金色の瞳を持った少年は、まるで快晴の空のような存在だと感じた。
青く広い空に、曇りない太陽の瞳。これでは皆が騒ぐのも無理はない。だって、笑うだけでこちらも笑顔になれるのだから。
「あなたは、空みたいな人ですね」
「……空? 髪のこと?」
「それだけじゃありませんけど」
にこりと笑ってそう言えば、センジュはよくわからないのか小首を傾げる。幼い少年は純粋で明るく、そして頑固者。まだよく知らないけれど、きっと仲良くなれそうな気がする。
「同じ目標を持つ者同士、仲良くしてくださいね」
「……? うん、フクウくん。よろしくね!」
満面の笑顔を見せられて、やっぱり快晴の空みたいな人だ、とフクウは思った。