厄介な依頼
「銀時。お前を万事屋として見込んでの依頼をしに来た」
真選組の局長としての顔をした近藤が真剣な表情で銀時を見つめ、後ろに控える山崎も銀時を見据えていた。その目は否を許さないような視線で、銀時を刺す。
「何だよ。仕事っつーんならギャラは弾むんだろうな」
「それは、仕事ぶり次第だ」
いつになく硬い口調で近藤は言う。従業員2人は今はいないが、場合によっては1人で受ける仕事になりそうだ、と銀時は考えた。
「ある人物の護衛をしてほしい」
「護衛?」
護衛ならば、適任である警察の連中が目の前にいる。わざわざ万事屋に頼むということは、訳ありなのだろう。先を促すように銀時は足を組んだ。
「その人物は事件に巻き込まれて、今までの記憶がないんです。記憶喪失なんて噂が広まっちゃ困るんで、長期休暇という形で此処に住まわせてもらいたいんですけど」
「いやいや、うち大所帯だし。何、監視ってことかよ。ジミーのが適任だろ」
「俺は監察ですけど、強くないんで。部屋借りて住んでもらうのもいいですが、それだと旦那も此処を空けることになりますし」
「共同生活で監視かよ。どんだけ危険人物なんだ、そいつは」
「危険に晒されやすい人なんですよ。だから、四六時中見張っておかなくちゃ」
ちらりと近藤の顔を見ても、思いつめたような表情のまま動かない。それほどまでに機密事項らしい依頼とは。関わることは避けたいが、真選組に恩を売っても損はないだろう。
「もうちょっと情報が欲しいなァ。どんな連中が危険かくらいはよ」
「受けてくれるか?」
「断らせるつもりもねえんだろ」
ほっとしたような近藤のため息が漏れ、山崎が席を立った。車に待たせているらしいその人物を連れてくると言い出したことに、万端だったわけか、と銀時は嵌められた気分になった。
「こんな依頼、普段だったら土方が来そうだけどなァ。あいつはその人物のお守りでもやってんのか?」
俯いた近藤を眺めて、銀時はいい様のない嫌な予感が過った。何か、とんでもない事実を、近藤と山崎は伝えていない。おい、と声をかけようとした時、山崎ともう1人の人物が部屋に入ってきた。
「……護っていただきたいのは、この人です」
顔を隠すように頭にかけられた布を外した人物を、銀時は驚愕の目で凝視した。
「原因は、天人の薬のせいです。かかりつけの医者の話では、解毒剤を飲むか、あるいは普通の記憶障害のように、何かの拍子に思い出すこともあるかもしれないらしいんです。俺は解毒剤の在り処を探しますが、もし可能ならば、旦那にも記憶を戻すことを手伝ってほしいんです」
暫し放心していた銀時は山崎の言葉に我に返った。所在なさげに佇む人物は、普段の凶暴さを微塵も感じさせず、別人のようだった。
「記憶を戻すったって、そんなの真選組にいたほうが戻るんじゃねえのかよ。こんな滅多に来ねえような処より」
「そうなんですが、さすがに隊長クラスにしかこの話はしてないんですよ。隠したままだと、この通りですから、すぐ異変に気づかれます。解毒剤を必ず見つけますから、旦那はただ副長と生活してくれればいいんです。必要だと思いますんで、子供たちには話してください」
ただ、それ以外は他言無用です。そう釘を刺して山崎と近藤は仕事に戻っていった。後で衣類やら必要経費は送るというが、銀時はまだ頭の整理がつかない状況である。
「どうしたもんかねェ……」
呟いた言葉は思ったよりも悲壮感がこもっていた。ちらりと小さく座る人物を見ても、相手は初対面であるかのように少し緊張した面持ちだった。
「……本当に、覚えてねえんだな」
土方。と、寂しげに呟いた。女物の着物を着ているのを見ても、ちっとも心がざわつかない。
「……坂田、銀時。近藤さんから、そう聞いてる」
目の前にいる土方の声で紡がれた自身の名に心臓が一瞬跳ねたものの、ついに銀時は項垂れた。