色づく

「ちょっと待ってェェ!! トシィィお前見合いの場に何着てこうとしてんのォォ!!」
「何って、紋付袴」
「それ総悟のじゃん! あいつトランクス一丁で突っ立ってたよ!? 何でほかの人の服着てんだァァ!!」
 襖を開け、何食わぬ顔で出てきた土方に近藤は思い切り叫んだ。
 山崎の見合いだからと、真選組を取り仕切る2人プラス仲人のようなものである沖田とともに付き添いとして向かうのだが、当の土方は嫌そうに眉を顰めただけだった。
「いいだろ、別に。相手は万事屋の連中だって言うじゃねえか。何でこんなことになったのかさっぱりだが、いちいち正装していくんだから勘弁しろって」
「お前のそれは正装じゃねえから! ただの男装だから! 総悟の着る服なんだから大人しく着替えてくれよォォ!」
「ちっ……しゃあねえな」
 しぶしぶ部屋に戻った土方を見送り、近藤は大きくため息を吐いた。
 それを眺めていた山崎も、深い深いため息を吐いていたのだが。
「相手はともかく、ちゃんとした席だって言うじゃねえか。それならこっちもそれなりにしていかねえと、万事屋はともかくその娘さんに悪いだろう」
「……わあったよ。ったく、面倒くせえ上に時間がかかるから嫌だったんだ」
「土方さあん。俺の一張羅早く返してくだせえ」
「きゃあああ総悟ォォー!! トシ今生着替え中だから! ちょっと待ってろ!」
 下着一丁で廊下を歩いてきた沖田を宥め、近藤は肩で息をしていた。しばらくして襖が少しだけ開き、廊下に土方が脱いだであろう沖田の衣服が捨てられた。
「ったく、時間かかるとか、こんなことやってる間に用意できたでしょう。余計なことするから余計に時間かかるんでさァ」
「うるせーぞ総悟、どこで着替えてんだ」
「あんたがここに俺の服捨てたんでしょうが」
 廊下で着替える沖田がいつ土方を挑発するかもわからない状況で、近藤ははらはらしながら沖田の着替えを見守る。着替えの済まない状態で、いつ土方が飛び出してくるかがわからないからだ。
 性別を偽っていないとはいえ、土方の性格は限りなく男に近い。普段では自重して身嗜みを整えてから隊士たちの前に出るものの、頭に血が上ればかまわず飛び出してしまうのが土方である。相手が沖田なら尚更に。何度もその状況を見てしまった近藤は、着替えのときばかりはやめてくれと沖田に頼み込んだほどである。
「すまねえ、近藤さん」
 すらりと襖を開けたのは、ほかでもない土方である。その姿は先ほどと打って変わって、女性としての正装をしていた。
「あーもうトシ……。別嬪なんだから最初からそうしててくれよ……」
「面倒なんだって。化粧もしなきゃなんねーし」
 黒の着物を纏い、うっすらと化粧を施した土方は、どこからどう見ても女性である。正式な場に向かうことを意識して、短い髪も器用に纏められていた。
「じゃ、行きますぜィ」
「おい、山崎。何してんだ行くぞ」
「は、はい!」


 真選組ですらあまり拝むことのできない土方の正装に、万事屋の連中は開いた口を閉じることもしなかった。結局見合いでやったことは、見合い相手であるたまへの採点――姑のようなことだったのだが。
 個室を逃げ出し、6人は廊下へ一列に並ぶ。見合いがだめになってしまった以上、ここにいるのは意味がない。そして、彼らの興味は珍しいものへと移っていく。
「トシちゃん、今日綺麗アルな! おめかししてんのか?」
「うるせえな、大人の正装だよこれが」
「でも、本当に綺麗ですよ土方さん。休みの日とか、そういうときくらいそういう格好すればいいのに」
「面倒なんだよ」
「いやあ、しかし化けるねえ。ま、目つきの悪さは隠せてねえけどお」
「何言ってんだ、銀時。こーんなに別嬪じゃねえか」
 銀時の嫌味にも近藤は意に介さず、思ったことを口にする。
 はっきり言ってしまえば、銀時は初めて見る女としての土方の姿に見とれてしまったのだ。自身の想いを自覚した後ではあるといえ、なんとなく気に入らず、好きな子をいじめる小学生のような反応を示してしまった。
「はあ。銀ちゃんはお子様アルな。さっきまで間抜け面さらしてトシちゃんに見とれてたくせに」
「あー、やっぱり旦那、土方さん狙ってますねィ。うちのゴリラが許しませんぜィ」
「うるせー、俺はもう帰るぞ」
 騒ぎ出した外野を無視して土方は一人外へと向かう。すっかりしらけた空気に、銀時も帰るぞ、と一言漏らし、店を後にした。


 新八と神楽と別れ、パチンコ屋まで歩いて来てみれば、通りを歩く土方の姿があった。装いはまだ正装で、普段とはまた違う意味で目立っている。
 もはや、病気である。いい女がいるな、と思って何気なく視線を向ければ、それは先ほど店で別れた土方だったのだから。一人の人間に固執するのは、今まで数えるほどもなかった。
「おう、姉ちゃんよ」
「……なんだカス野郎」
 日に日に自分に対する暴言が酷くなっているのは、気のせいではないだろう。
「こんなとこ歩いてたら、どっか連れてかれちまうぜ。この辺はまだ物騒だからな」
「見回りしてんだ。それくらい知ってる」
 隊服であればこんなことを言いはしない。女の格好――それも、極上の女だ。そんな奴がお供もつけず歩いているのが周りから異質に見られているというのに、土方は気にもしていない。
「……悪かったと、言っといてくれ。たまって娘に」
「あ? なんで」
「総悟が無理やり計画したんだろう。どう見たって山崎の一方通行な上、迷惑かけちまったと思うが」
「ああ。別に、いんじゃね? あいつは人間のデータを書き込むことに人生かけてんだ。ジミーのデータも書き加えてんだろうぜ」
「……あ、そう」
 呆れたような表情を見せ、土方はそれならいいんだが、と呟いた。傍若無人な振る舞いをし続ける部下や上司に囲まれて、気を使うことに慣れてしまっているのだろう。恐ろしい話だ。
「ま、だから、おめーが気にするほどのもんでもねーだろ」
 タダ飯を食べに来たのに嘔吐してしまったわけだが、それはこの際おいておく。真選組に恩を売っておくのもいいだろうということで了承したのだ。
「てめえに慰められてるようじゃ、俺も落ちたもんだ」
「―――」
 やわらかい笑みを浮かべて、土方は言った。あまりにも自然で、銀時にとって初めて見るような表情。思わず息を飲んで凝視してしまった。
「んだよ」
「……や、別に」
 疑うような視線を向けられつつ、銀時ははぐらかした。
「似合ってるぞ」
「……は?」
 煙草を取り出してくわえたまま、土方は銀時を見た。
「……だから、それ。たまには、いいんじゃねえの。そういう、相応な格好も」
 ライターを探していた手が止まる。怒らせたか、と少しげんなりする。一度は貶してしまったのだ。仕方がないのかもしれない。
「……そいつは、どうも」
 ふと顔を上げれば、土方は怪訝な顔をしながらも、少しだけ頬は色づいているように見えた。
 もしかしなくても、照れている。そう理解すると、銀時の心中は少し浮上した。
 なんだ、こいつ。可愛いじゃねえか。
「お前でも、俺にお世辞使ったりするんだな。気使ってるのはそっちじゃねえのか」
「俺が世辞なんか言うかよ、チンピラなんかに」
 言ってしまった本心をお世辞ととられては、銀時も少し気分が下がる。やはり先ほど言ってしまったことが気になっているのか。そんなタマではないことは銀時も良く知っている。
 きっと、性格からなのだろう。男のように振舞ってきたせいで、銀時は土方が女だと気づくのに随分遅れた。気づけた箇所は良く考えれば沢山あったにも関わらず、先入観がそれを制していたのだ。
 女装しているような気分にもなるのかもしれない。これが正しい姿なのに。そう思うと、何が何でも認めさせてやろうと生来の負けん気が頭をもたげる。
「おめーは自覚がねえのか、鏡を見たことがねえのか、どっちだ? どう考えてもいい女だろうがよォ! 目立ってんのがわかんねーのか? ただ自覚するだけでいいんだよ。てめーは女で、誰よりも綺麗だって、……」
「へえ。旦那がうちの土方さんをそんな目で見てたなんて、びっくりでさァ」
「銀時ィィ! トシは許さんぞォォ! 万事屋なんて不安定なところに嫁には出さんぞォォ!」
「銀さん……あんた……」
「気持ちはわかるアル。けどこんな往来で言うようなことじゃないアル」
 いつの間にいたのか、先ほど別れたはずの連中が集合していた。銀時と土方を囲むように立つ4人を前にして、今言い放った言葉を今ほど撤回したいと思ったことはなかった。
「帰りましょうや。……あんた顔真っ赤ですぜ」
「うるせー総悟! 帰るぞ!」
「トシちゃんまたネー」
「気をつけてー」
 鉄壁を駆け上るのがこれほど大変だとは。銀時の顔は羞恥やら怒りやらで、複雑な表情になっていた。