月夜
刀を振るいなぎ倒していく姿を、月詠は呆然と見つめていた。
絡んできた男たちはそれなりに腕の立つ者たちで、それでも自警団の頭領としてやってきた自分の腕は悪くなかった。数人相手でもねじ伏せたことは幾度とあるし、男相手でも申し分ない腕となっていると自負していたのだが。
背後から頭を殴られ、思わず膝をついてしまった。振り上げられた刀を見て、月詠はまずい、と瞬時に感じ、クナイを素早く取り出そうとした時。
男の短い悲鳴が漏れた。倒れかかる1人の男の後ろには、通りがかりであろう人間が立っていた。
「てめえ!」
暗い夜道の街灯を背にしていて風貌は見えないが、刀を持っている。洋装であることは影でわかるが、暗い色の服を纏っているせいで闇に同化しているように見えた。
真横に振り払った刀は、斬りかかってきた男の腹を掻っ捌く。流れるように残りの男たちを一掃して、街灯を背負う人物は刀を仕舞った。
「山崎。片付けとけ」
「はいよ」
落ち着いた声が聞こえ、いつの間にいたのか傍に控えていた男へと命を下し、月詠を窺うようにしゃがみ込んだ。
「こいつらを知ってるのか」
「……知らん。絡まれただけじゃ」
男は懐から煙草を取り出しライターで火をつけた。炎の光で薄っすらと見えた顔は、ぼんやりだが整った顔をしていることが見て取れた。
「歩けるか。手当てしてやる」
立ち上がって差し出された手を、月詠は無意識に取っていた。
近くの安宿に入り怪我の手当をされている間、月詠も相手も黙ったままだった。
黒服を着た男は、確実に先ほどの男たちとの関係を怪しんでいる。あの男たちがどういった人間なのかは知らないが、あまり良くはない人間なのだろう。
今男が着ている服を、月詠はかぶき町で時折見かけたことを思い出した。かぶき町の住人たちもいい顔をしていなかった様子だった。そうだ。あれは確か。
「……真選組か」
思い至ったように呟けば、男はああ、と素直に相槌を打った。あの悪名高い武装警察の制服だったか、と月詠は納得した。
チンピラだなんだと恐れられているのは知っているが、目の前にいるのは整った容貌を持つ綺麗な男だった。目つきは鋭く、先ほどの立ち回りもあり、腕の立つ男なのだということはわかっている。
「お前さんがあいつらと関係ないことはわかったが、女の夜道の一人歩きは止したほうがいいんじゃねえか」
「言われずともわかっておる。あそこを通らねば吉原へは帰れん」
「吉原か。じゃせめて車使いな。それか夜中に通るんじゃねえよ」
ライターの火が見え、男は紫煙を吐き出した。窓の淵に肘をかけて煙草を吸う様は絵のようで、しばし目を奪われた。
夜が似合うな。
以前、自身が誰かに言われたような気のする言葉を、月詠は男に向かって心中で呟いた。闇の中で生きているような雰囲気を持つ者は、白い横顔が闇に映えて綺麗だった。
「驚かぬのか」
「お前さんが堅気じゃねえことくらい見りゃわかるさ。そんだけ別嬪なら吉原でも引く手数多だろうよ。……ああ、腕が立つみてえだから、座敷に上がるような仕事はしてねえのか」
「自警団の頭をしておる」
「成程な」
納得したように口角を上げた男は、視線を月詠に定めた。まさか容姿を褒められるとは思っていなかった月詠は、少し面食らった。
「今日は此処に泊まっていけ。宿代くらいは出しといてやる。あと、明日病院行ってちゃんと処置しておけよ。……ああ、名前を聞いてなかったな。俺は真選組副長の土方だ」
「月詠、じゃ」
窓枠から体を離し男は立ち上がった。そのまま足音が聞こえなくなるまで部屋の襖を眺めながら、月詠は少しばかり複雑な気分になった。