閑話 煉獄家

「高校の友人の結婚式に招待されました。友人のなかでは一番最初です、宇髄は式を挙げなかったので」
 もうそんな歳になったのだなあ。感慨深く槇寿郎は天井を仰いだ。
 高校から交際していた女性と結婚するのだと、自分のことのように嬉しそうに報告してくる息子に、瑠火は目を輝かせて耳を傾けている。自分たちもかなり仲が良いと自覚しているし、近所の奥様方にも羨ましがられるのだと言っていたが、こちらは見合い婚。いくつになっても恋愛結婚というのは憧れるもののようだった。
「何度言っても剣道をやってはくれませんが、目出度いことには変わりない」
「……ああ、結婚するのはあの時の彼か」
「はい。うちで武術を見せてくれた冨岡です」
 高校の時、杏寿郎は一度同級生を無理やり道場に連れ込んできたことがあった。帰り道を会話しながら歩いてはいたが、剣術道場を見学させられるとは思っていなかった彼――冨岡という名の息子の友人は、逃げる前に杏寿郎に捕まり道場まで引きずられてきた。一度しか見ていないのに鮮明に思い出せるのは、品行方正なはずの杏寿郎が無理やり人を連れてくるなどという暴挙に出たのが、後にも先にも冨岡相手だけだったからだ。
 竹刀を持ちたがらない冨岡を何とかその気にさせようと画策する杏寿郎をどう宥めるか思案していると、どうやら冨岡が習う古武術は武器を持った相手にも使えるものであると話の流れで発覚した。杏寿郎は無闇に力を振りかざしたりしないのだが、剣道をしないのならばと何故か竹刀対拳で手合わせをすることになっていた。冨岡の顔には何故とわかりやすく書いていた。槇寿郎にもわからなかった。
 決着がつくことはなく、かといって何もしなかったわけではなく、二人とも存分に力を発揮して槇寿郎は目を奪われていた。手合わせを中断したのは次男の千寿郎が道場へ入ってきたからだった。その隣には千寿郎の友人らしき少年がおり、冨岡を親しげに呼んだのだった。
「義勇さん、剣道をするんですか?」
「……しない。煉獄が無理やり連れてきたから、仕方なく付き合っている」
「すまない、うちの息子が……」
「全くもってつれないな! こんなに白熱したというのに」
「お前が剣道に真摯に向き合っていることはよくわかったが」
「俺もきみが武術に心身を捧げていることがよくわかった」
 殴り合いの後青空を見上げて認め合う青春劇のごとく、彼らはお互いを認め合ったようだった。これほど心身ともに鍛えられた者は今の若者にはそうそういないだろうし、剣道をやってみて欲しいと思う息子の気持ちは大変よく理解できた。同時に杏寿郎の言うとおり、武術に心身ともに捧げているのだから、剣道をしたくないという冨岡の気持ちもよく理解できたし、頑固そうであることも察した。
「気が向いたら剣道にも目を向けてくれ」
「………」
 無表情に何ともいえない複雑な感情を乗せたのがわかり、杏寿郎もまた曲げない性格であることを槇寿郎は申し訳なく感じた。せめて剣道に興味を持ってくれる相手を勧誘すれば良いものを、と溜め息を吐いたものだった。
「杏寿郎は気になるお相手はいないのですか」
「今のところは。半人前の身分で結婚はまだ早いと思っています」
 槇寿郎夫妻は杏寿郎の年齢の頃には見合いを済ませていたし、二十代もまだ前半とはいえ早いということはないはずだ。本人に興味がないのならば無理強いはしたくないが、娘というものに若干の憧れを持っている瑠火からすれば、早く結婚してほしいと思うのは仕方ない。
「それより今は冨岡の結婚です! 礼服と祝儀袋を用意しなければ!」
 招待というのだから日取りはまだ先だろうに、杏寿郎は待ちきれない様子で部屋へと戻っていった。